第52話 最後の仕上げ
(よし、やったぞ! ホールから抜け出せたぞ!! このまま出口まで行けば、逃げられる!!)
奴隷商人は必死に走った。誰もいない通路を駆け抜けて、正面口につながるホールの前で足を止める。
(何だ……? この岩壁のようなものは……?)
触ってみてもビクリともしない、まさに岩そのものだった。通路を塞いでいて、これ以上前には進めない。しかも、この壁の向こうから、かすかに叫び声が聞こえてくる。
こんな所でモタモタしていては、捕まる可能性がある。そう判断して、他の出口にむかって走り出した。
(ダメだ……! どこの出口も開かない!!)
奴隷商人は焦った。複数ある出口は、どこもドアノブは回るのに扉が開かなかった。
(まさか、この建物に閉じ込められているのか……? それなら、どこかに隠れてやり過ごすか……見つからなければ、あとで抜け出せるはずだ)
そうして、すぐに逃げ出せるように、出口の近くにある待合室に身を潜めた。
(ここでやり過ごせば、なんとかなるだろう……はぁ、なんて日だ。もう全てメチャクチャだ。あの時、話に乗らなければよかった————)
あの時の自分の決断をおもいだして、後悔の念がおしよせる。そもそも、あの変異種が仮面の男ならば、噂自体が意図的に流されたのではないかと思いあたった。
(クソゥ! この私を罠にはめたんだな! クソゥ!!)
その時、待合室にフワリと風が流れ込んできた。不思議に思った奴隷商人は部屋のなかを見渡してみる。
そこにいたのは、六枚の漆黒の翼を広げたレオンだった。
「っ……!!」
叫びそうになるのを必死に抑える。両手で口を覆って、なんとかこらえた。
(何でアイツが、ここにいるんだ!?)
なのに、何故、真っ直ぐにこちらにむかって来るんだ!?
心臓が早鐘のように鼓動して、全身からは冷や汗がふきでている。カタカタと震えそうになるのを、うずくまって耐えていた。
「隠れてもムダだ。気配感知でわかるんだよ。残念だったな」
(何だと!? 気配感知だと!? そんな——)
「
奴隷商人の意識はそこで途絶えた。
***
クリストファー国王が、宰相と数人の近衛騎士を引き連れてやってきたのは、レオンたちが貴族と奴隷商人をすべて片付けた頃だった。
もちろん、これも計画通りだ。国王たちは、貴族の屋敷から奴隷たちを解放するために、駆けまわっていたのだ。テオたちが作ったリストを元に、一人残らず解放できたら合流する予定だった。
ここからは国王であるクリストファーに引き継ぎをして、レオンたちは任務完了となる。
「本当に……全て片付いているのか?」
「もちろんです。いま結界を解除しますね」
ノエルはいつもの微笑みを浮かべながら、パチンと指を鳴らす。それと同時にバリンバリンと、コンサートホールを覆っていた淡い青白い結界が解除されていった。
「では、どうぞ。ご案内します」
ノエルと国王たちはコンサートホールの中へと、足を進めた。入ってすぐに三人のヒグマ種の貴族たちが、床に転がっていた。いたる所で服が溶けて、肌がむき出しになっている。
側には穏やかな微笑みのエレナが立っていた。
近衛騎士たちは倒れている貴族たちに、レオンにつけていたのと同じ囚人用の首輪をつけていった。
「エレナ、これ解除してくれる?」
「承知しました」
エレナが岩壁を解除すると、そこには悪魔族の角をつけたレオンが奴隷商人を抱えて立っていた。
「コイツも頼む」
近衛騎士に奴隷商人を渡すと、「ホールに行ってるな」と飛び去ってしまった。
(レオン……コイツを閉じ込めた結界を壊したね? まぁ、ちゃんと捕まえてるからいいけど)
「国王陛下、少し……我らの隊員たちが暴れたようで、施設に被害が出ているようです」
「ハハハッ! そんなものは気にするな! これだけのことをやり遂げたのだ」
クリストファーの力強い言葉に、ノエルは「それでは」とオークション会場へ進んでいく。
「これは……すごいな」
オークション会場には参加した貴族や奴隷商人たちが、いたる所に転がっていた。
黒焦げになっている者や、切り刻まれている者、また、氷漬けになっている者もいる。
クリストファーは近衛騎士たちに目配せして、次々と首輪をつけてさせてゆく。
テオやベリアルたちは、転がっている獣人族を一か所に集めて、作業が早く進むように協力していた。
「お! 来たな。こっちにもいるからなー!」
ステージから聞こえてきたのは、レオンの声だ。何やらステージのど真ん中に、ぽっかりと穴が空いている。
その中から大蛇をズルズルと引き出していた。
「あれは! 獣化したドルイトスか!? まさか……アレまでも倒したのか……しかも無傷で……何という……」
「国王陛下、あとはお願いしてもよろしいですか?」
はっとしたクリストファーが慌ててうなずく。
「あ、あぁ! もちろんだ。それから例の奴隷は、そろそろこちらに到着する頃だろう」
「ありがとうございます。では」
「うむ、こちらも城に戻ったら使いを出す。ではな」
無事に引き継ぎをすませて、ノエルたち
グレシルとライルとアシェルは、串焼きを買ってから宿屋にむかうとはしゃいでいた。
俺とベリアルはコンサートホールの正面入り口で、届け物を受け取るために、荷物の到着を待っている。中身がなんなのか俺は聞いたけどベリアルにはまだ話していない。
ちょっとしたサプライズだ。
「あ、来たみたいだな」
「ようやく来たの? どれだけ待たせ————」
目の前に止まった馬車から、ウェーブのかかった赤い髪の悪魔族が降りて来る。フラフラとした足取りで、付き添いの近衛騎士に支えてもらっていた。
ベリアルは、驚きのあまり息もできないようだった。そしてクシャリと顔をゆがませて、涙をこらえている。
「ロシエルが見つかったから、連れ来てもらったんだ」
「うそ……本当に? ……ロシエル?」
「そうだよ。ほら行ってこい」
その言葉にベリアルは弾けるように、ロシエルの元へと駆けだした。
「ロシエル!!」
「…………? ぇ……お姉……ちゃん?」
「ロシエル! ロシエル! 会いたかった!! 会いたかったぁぁ!!」
「うっ……ううっ……お姉ちゃんっっ!!」
魔力がほとんど残っていないロシエルは、髪に艶はなく痩せこけてボロボロになっていた。それでも愛しくて愛しくて仕方ない様子で、ベリアルは涙を流してキツく抱きしめている。
「ずっと、ずっと……探してた……」
「ごめっ……ごめんなさいっ……!」
ロシエルの翡翠色の瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちる。ベリアルの愛情が染み込んでいくごとに、ポロポロと次から次へと涙がながれ落ちていった。
そんなふたりを、レオンは穏やかな微笑みで見守っていた。
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