第51話 やりたい放題・その3
事前にノエルから、八六番がベリアルの妹を囲っている貴族だと教えてもらっていた。
さっき、俺を落札したヤツだ。ヘビの獣人族って言ってたっけ。しっかり顔も覚えたから、逃すつもりは一ミリもない。
「俺から逃げられると思ってんの?」
苦い顔をしたこのドルイトス伯爵が、俺に向き直る。やる気になったようだ。
「ふんっ、私を捕らえらるなら、やってみるがいい!」
そう言って、ドルイトス伯爵は頭だけ蛇に変化させた。チロチロと長い舌を出している。
ぶっちゃけ、キモイ。頭だけヘビで、体は人族と変わらないんだ。不思議な生き物にしか見えない。これは、即倒そう。そうしよう。
「
聖神力を高めて、一瞬でドルイトス伯爵の目の前に移動して、紫雷を叩き込んだ。けど、紫雷はドルイトス伯爵の表皮にはじかれて、まったく別の方向に飛んでいってしまった。
はじかれた紫雷は、二階の中央部分まで飛ばされてる。ガラス張りの小部屋に直撃していた。
おお、紫雷が効かないとか、初めてかも。獣人族の特殊能力か? あれ、あの小部屋みたいな所って、特別室じゃなかったっけ? 奴隷商人を拘束する作戦だったよな? やば、ノエルに怒られる!
「ふはは! どうやら貴様の攻撃は、私には効かないみたいだな! ならば、私からいくぞ!」
ドルイトス伯爵が素早い動きで、俺の背後に回った。次の瞬間には、その首がニュルリの伸びて俺の肩に噛みついた。
鋭い牙が、肩にくいこみ痛みが走る。
「うぇ、首伸びてる! キモッ!」
あ、しまった。痛くて思わず口に出ちゃった。見た目に関してキモいとか言ったら失礼だよな。それにしても、いつまで噛みついてんだ? そろそろ離してくれないかな。
ドルイトス伯爵は噛みついたまま、離れない。何をしたいのかわからない。……もしかしてキモいって言ったのショックだったんだろうか?
「あの……キモいって言ってごめん。そろそろ離してくれない?」
ドルイトス伯爵は驚いたように、一気に離れた。よかった、離れてくれた。
「なっ……なぜ平気にしている!? 私の毒はかなり強力なものなんだぞ! たしかに噛みついたのに……」
「毒? ああ、俺には効かないから」
「そんなバカな! 私の毒は神経系と血液に作用するのだぞ! 一族の中でも最強の毒なのに……!!」
ドルイトス伯爵が驚きすぎて固まっている間に、治癒魔術で咬み傷を治してゆく。隊服に穴が開くぐらいだから、そこそこ強力な攻撃だったみたいだ。
結局、俺的にはキモいおっさんに噛みつかれただけの攻撃に、成り下がってしまった。
ドルイトス伯爵はワナワナと震えて、最後に舌打ちをこぼす。
「
たしかに、そう呟いた。
***
窓の外で始まった大乱闘に、奴隷商人は戦慄していた。つい先程、女が宣言した内容を受け取めきれていない。
自分が取引していた相手は、大魔王ではなかったのか?
悪魔族の角もついていたし、部下のようなものも……部下?
奴隷商人は大魔王が、屋敷に訪ねてきた時のことを思い出す。あの、赤髪の男は……あそこにいるじゃないか! それなら、あの仮面の男は……? 黒髪に、紫の瞳————
ステージ前で派手に暴れている、あの変異種が目に飛び込んでくる。仮面の男と同じ、黒髪に紫の瞳だ。そうだ、仮面の男と同じだ! なぜ気づかなかった!!
ここで奴隷商人は、全員アルブスの組織の者だと気づく。悪魔族も混ざっているが、たしかに全員いる。
「なんてことだ……最初から……はめられていたのか?」
それなら、ここに自分を閉じ込めたのは、大魔王のフリをしたあの金髪だ。
「くそぅ、アルブスと言ったら
何としてでも逃げなければ! 何の目的で島国の連中が乗り込んできてるのか知らんが、絶対に私にとって損しかないはずだ! しかも、ここに集めた貴族や商人たちから、逆恨みでもされたら、たまったもんじゃない!!
奴隷商人は特別室の豪華な椅子を、窓ガラスに投げつけようと振りあげた時だった。
突然、
「うぅ……なん、だ?」
顔を上げてみれば、叩き壊そうとしていた窓ガラスが壁もろとも砕け散っている。どうやら、何かが当たって壁ごと破壊されたようだ。
「逃げれる……これなら、逃げられる!!
奴隷商人の男は、自身の最大の能力を使う。自分が触れたものを周囲と同化させて、相手から見えなくする能力だ。
この能力を使って、奴隷たちも簡単に隠すことができた。
今は自分自身に使って、なんとかこの場から逃げ出すのが最優先だ。
破壊された壁から、一階へと降りていく。トカゲ種には造作もないことだ。周囲の背景と同化した奴隷商人に、誰も気が付かない。
そのまま誰にも気づかれず、奴隷商人はコンサートホールから抜け出した。
***
目の前にいるのは、体長十メートルにも及ぶ大蛇だ。ドルイトス伯爵もまた、血の契約を済ませている獣人族だった。
トグロを巻く姿は、圧巻だ。気の弱いものなら、睨まれただけで動けなくなってしまう。
「なんだ、獣化できるんだな」
「……この姿になったからには、貴様は必ず殺す!」
「話せるのか! へぇ、ライルとアシェルもそうなるのかな……」
「何をブツブツ言っている!」
シャーっと威嚇しながら、蛇に獣化したドルイトス伯爵が襲いかかってくる。それをヒラヒラと避けながら、レオンは仕留める場所を考えていた。
これだけデカイと、仕留めた時に暴れられたら危ないよなぁ。どこか他のヤツらがいないところ————そうだ、あそこならいいか。
愛刀の黒龍をにぎりしめて、牙を剥きながら襲ってくる巨大な蛇を少しずつ、ある場所に誘導していく。
「どうした! 私の姿に恐れたのか! もう後はないぞ!!」
ステージの壇上に、レオンはふわりと降り立つ。ニヤリと笑ってドルイトス伯爵を挑発した。
「まさか、ただのでっかい蛇だろ?」
その言葉に逆上したドルイトス伯爵は、レオンを潰す勢いで飛びかかってくる。
レオンは黒龍で床を十字に切りつけ、蛇の巨大な口に飲み込まれる直前に、めいっぱい飛びあがった。
深く切り込みを入れた床は、ドルイトス伯爵の攻撃に耐えきれずバキバキと音をたてて崩れ落ちる。
レオンは舞台下の奈落の底へと落ちていくドルイトス伯爵に、黒龍を突き立てた。そして黒龍を通して紫雷を流し込む。目を見開いた大蛇は暴れながらも、深い深い闇の中へ落ちてゆく。
自身の重量と重力によって叩きつけられたドルイトス伯爵は、二、三度ビクリと跳ねたがやがて動かなくなった。
「さて、あとはアイツか……」
レオンはドルイトス伯爵が目覚めても動かないように、結界で拘束してからステージ上へと羽ばたいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます