第50話 やりたい放題・その2

「炎龍!」


 ベリアルから発せられた青い炎が、龍の形となって目の前の敵に絡みついている。レオンから聖神力を流し込まれた後から、魔力の質が変わったのか、ベリアルは青い炎を操るようになっていた。


 灼熱の炎に焼かれて、オオカミ種の獣人族は動かなくなった。炎龍は次の獲物へと、燃えさかる視線をむける。


「次はあいつ。行け」


 その言葉とともに炎龍が、ワニ種の貴族に巻きついた。

 ベリアルを止めようと、奴隷商人が横から襲いかかってくる。その足元に、指先から炎の玉を放った。慌てた奴隷商人は、そのままスライディングして床に転がる。



「私に触れていいのは、大魔王様だけ。アンタなんかが気安くさわらないで」



 ギリギリと奴隷商人を踏みつけて、睨みつける。それでもベリアルの美しさに見惚みとれた奴隷商人は、顔をだらしなく緩めて踏まれ続けていた。


 貴族を焼きつくす寸前で離れた炎龍は、次に奴隷商人に狙いをさだめる。そして、その顔が恐怖に変わるやいなや、奴隷商人を飲み込んだ。




     ***




 テオの剣技は、まるで隙がなく一撃一撃がとても重いものだった。悪魔族との戦闘で培った、勘の良さもある。

 貴族たちはテオとレイシーに近寄ることさえできなかった。そしてアルスの双剣から放たれる炎は、触れたものを焼き尽くし床へ沈めている。



「隊長、私の分には手を出さないでください」


「あぁ? そんなの早いもん勝ちに決まってんだろ」


「早い者勝ち……? そうですか、わかりました。それなら遠慮しません」


 テオと背中合わせだったレイシーは、両手両足に風魔術を展開する。聖神力を高めていくと、パタパタと隊服がはためいた。



加速ブースト



「あ、それはズルイだろっ!」


 すでに後ろにはレイシーの姿はない。

 レイシーは得意の風魔術を使って、スピードを強化して獲物を狩り始めた。



 レイシーは、昨日出来上がったばかりの、オーダーメイドの暗器に最高に浮かれていた。仕事の早いロルフによって、希望通りの武器が仕上がってきたのだ。


 中指にはめた指輪から、極細の糸につながったナイフが浮かび上がる。糸は聖神力が通っていれば、伸縮自在で軌道調整もできる、優れものだ。しかも硬度も変えられるので、縛り上げるのも切り裂くのも自由自在だ。


(ふふ……今日はこれを存分に使える……ふふふ)


 傍目にはわからないが、超絶ゴキゲンのレイシーーはサクサクと、貴族たちを倒していった。




     ***




「はぁっ、はぁっ、ここまで来れば大丈夫だろっ!」

「危なかったな、出口の近くで助かった……」

「こんなところで捕まってたまるか!」


 三人のヒグマ種の貴族は、息を切らしながら出口にむかって全速力で走っていた。


「あそこだ! ここから出れば……」


 ひとりが出口のドアに手を伸ばす。ドアノブを掴もうとしたその時、目の前に紅い刃の槍がふりおろされた。

 慌てて手を引くが、わずかに触れてしまい強い痛みが走る。



「あら、どちらに行かれるんですか?」



 赤黒い刃の槍を優雅にあやつるエレナが、ヒグマ種の貴族を止めた。聖神力で具現化させたマグマの槍は、常に高温で触れるものを溶かしてしまう。触れることすら叶わない、灼熱の槍だ。


「まさか、外に逃げるつもりでしたの?」


 穏やかな微笑みを浮かべているが、その右手にはマグマの槍が握られている。エレナが軽く振り回すだけで、熱波に襲われた。


「ひっ!」

「うわぁぁ!!」

「熱っ!!」


「うふふ、よろしければ、私と遊んでくださらない?」


 そう言ってエレナは左手を前につきだして、土魔術の魔術陣を展開する。



「堅牢のハルト・ケージ



 魔術陣が淡く光ると、貴族たちの背後を塞ぐように、岩壁が通路をおおった。これで逃げられない。


「たまには私も、思いっきり力を解放したいのです。お付き合いくださいね?」


 そう言っておもむろにマグマの槍を振りあげた。

 ヒグマ種の貴族たちが床に這いつくばるまで、悲鳴は止まなかった。




     ***




「こんなにヒマで、いいんでしょうか?」


 屋上で結界に聖神力を注いでいるノエルとアリシアは、やることがない。不安になったアリシアはノエルに尋ねた。


「いいんだよ。僕もアリシアも、準備の方が忙しかったから後は任せよう」


「でも……なんだか申し訳なくて……」


「むしろ暴れる場所ができて、張り切ってるんじゃない? それとも……」


 ノエルはアリシアの耳元で、囁くように問いかける。



「僕とふたりきりじゃ、イヤ?」



 アリシアの耳元で囁かれた言葉と、耳にかかった吐息に心臓がドッックンと盛大に跳ねあがった。


(はうぅぅ!! 耳にっ! ノエル様のい、息がっっ!! ヤバい、これだけで軽く意識飛ぶっっ!!)


「アリシア」


 今度は甘く優しい声音で、名前を呼ばれる。ゾワゾワとした何かが、耳から背中をかけ降りていった。


(うあああぁ! もう無理! もう本気で心臓止まるっっ!!)


「ノエル様……」


 紅潮した頬に、潤んだ瞳でノエルをまっすぐに見つめるアリシアに、ノエルはピタリと動きを止めた。



(あ、ヤバい。僕が我慢できなくなる)



 ギリギリでなんとか理性を保って、穏やかな微笑みを浮かべたノエルは、空気を変えるために立ち上がった。


 「それじゃぁ、アリシア、僕ちょっと結界の様子みてくるから、ここ頼める?」


 返事を聞く前に羽ばたいて、屋上から離れた。アリシアから見えなくなったところで、ふわりと降り立ちガクッと膝をつく。



(あっっぶなかったーー! 押し倒すとこだった! 婚約者にするまでは、我慢だ……!! くっそ、アリシアが貴族令嬢じゃなければ、もっと好きにできるのに!!)


 貞淑さが求められる貴族社会では、婚約者でもない男と関係をもった令嬢は、だらしないと冷遇されてしまう。

 たとえそれがキスひとつでも。


 そのため、ノエルはいろいろと我慢せざるを得なかった。アリシアの父が、なかなか首を縦にふらなくて話が進まないのだ。これだけはノエルの思い通りにならない。


 ノエルは深呼吸を繰り返して、落ち着かせてから屋上に舞いもどった。




     ***




(コイツは、何者なんだ!?)


 ドルイトス伯爵は大きく見開いた目で、目の前の出来事を眺めていた。

 黒い六枚の翼をはためかせ紫雷を放ち、笑みさえ浮かべている男がいる。


 赤子の手をひねるように、貴族たちが倒されていった。この貴族たちが弱いわけではない。獣人族は強いものでないと、爵位はもらえないし、血統だって関係してくる。少なくとも、国民の上位二割の強者たちだ。



(この男が、強すぎるんだ————)



 ギリギリと奥歯を噛みしめながら、この場から逃げ出す算段を立てる。

 最悪、奥の手を使えば逃げられるかもしれない。ここで捕まっては、いままで築き上げてきたものを失ってしまう。


 ドルイトス伯爵は他の獣人族たちを盾にしながら、ジワジワと出口にむかう。あと二メートルでコンサートホールから出られるという所で、一気に駆けだした。


(よし、ここまで来れば……!)


 バチンッと紫雷が足元に落ちる。


「なっ……!」


 振り向けば、先ほど落札したはずの男がふわりと降り立った。薄く笑う顔に、ゾクリと寒気を感じる。



「俺から逃げられると思ってんの?」



 ドルイトス伯爵は、この男と戦わなければ逃げられないと悟った。



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