第48話 罠にかかる獲物たち
「ドルイトス伯爵様! ようこそいらっしゃいました! お待ちしておりました!!」
「ふん、お前か。あの招待状の内容は、本当なんだろうな?」
「もちろんでございます。今日の目玉商品ですからね! さぁ、ではこちらの番号札をお持ちください。入札したい商品が出ましたら、札をあげて金額をおっしゃってください」
「わかった」
メイリルの街の北側にある、コンサートホールがオークションの会場として準備されていた。
招待状に書かれた番号札を持って、招待客たちは自由に席に着く。フリードリンクで、ワインやウイスキーなどの酒類も用意されていて、至れり尽くせりだ。
アルコールで正常な判断力をにぶらせる狙いもあるが、誰も気づいていない。
奴隷商人は会場の受付で、招待客たちの案内をしていた。大魔王との約束通り、奴隷を所持している貴族全員と、奴隷商人たちが勢揃いしている。
かなり骨の折れる仕事だった。そもそも人の話を聞かない貴族どもを調整して、ライバルたちには貴族が集まるからと招集をかけたのだ。
大魔王が他のことを準備してくれて助かった。
「全員そろったみたいだね」
不意に声をかけられた。この冷ややかな威圧感のある声は、あいつだ。
「これはこれは、大魔王様! はい、先程ドルイトス伯爵が来場されましたので、すべてそろいました」
「そう。フフフ……楽しみだね」
そう言って
いやいや、これから稼げる金額を想像しての、武者振るいだ! そうに違いない!
気を取り直した奴隷商人は、オークションの先行きを見守るべく、大魔王と一緒に特別室にむかった。
***
「ご来場の皆様、たいへんお待たせいたしました。これより、特別オークションを開催いたします」
幕が下ろされたステージの脇にたったエレナにライトが当たる。黒のスパンコールがついたドレスがキラキラして、控えめだが華やかさも出していた。
「本日招待させていただいた皆様には、ここだけの特別な商品をご紹介します。まずはひとつめ——」
その言葉で、ステージ中央にライトが当たる。深紅のカーテンは下ろされたままだ。
「ホワイトタイガー種の兄弟です」
深紅のカーテンが引き上げられ、檻に入れられたライルとアシェルがスポットライトを浴びた。
隷属の首輪に手枷までつけてある。
「こちらは非常にレアな種族で、ふたりセットになります。金貨一万枚からスタートです」
エレナのその言葉に次々と札が上がり、貴族たちは声張り上げて競っていった。
「一万一千!」
「一万二千!!」
「一万五千っ!」
「一万七千」
「一万八千!」
「二万五千」
突然金額が跳ね上がる。札を見るとドルイトス伯爵の番号だった。会場は静まりかえっている。
「二万五千、他にはいませんか?」
それでも手を挙げるものはいなかった。決まりだ。買い手が決まったことで、次の準備のため深紅のカーンは下ろされた。
「それでは、八六番が落札されました」
黒服姿のテオが、ドルイトス伯爵の元へむかう。手続き用の書類を渡して、サインをもらい売買は成立した。
「それでは、続いて本日のメインの登場です」
会場はにわかにざわついている。みんなコレが目当てなのだ。ブルトカール中で噂されている、六枚の黒い翼を持つ獣人族の変異種。
一体どんな種族なのか、固唾をのんで見守っている。
「こちらは、先日ルージュ・デザライトで捕獲された、変異種になります。種族の鑑定はすんでおりません。ですが、ぜひご覧ください」
深紅のカーテンが上がる。そこいたのは、六枚の黒い翼を広げて立つレオンだ。首輪は付けていない。手枷もつけていない。
「では、こちらは金貨二万枚からスタートです」
エレナは何食わぬ顔で、スタート価格を告げた。あまりの価格にひるむ者も多かったが、すぐに声が上がる。
「二万枚一千!」
「二万三千!」
「二万六千!!」
「三万!」
どんどん価格は釣り上がってゆく。それを特別室から見ていた奴隷商人は顔が緩みっぱなしだった。
(いいぞ! もっと! もっとだ!!)
ノエルは面白いように罠にかかる獲物たちを、冷めた目で見ている。そろそろ、次の行動に移るタイミングだ。
「……悪いけど、トラブルがあったようだ。君はゆっくり見ていてくれる?」
「えっ? あ、ああ、わかりました。いくらになるのか、ちゃんと見届けますよ」
ニヤニヤ笑いながら、すでに目線は会場の方にむいていた。ノエルは特別室から出ると、奴隷商人が逃げないように部屋に結界をはる。これからの流れを考えて、かなり強固なものにした。
「これで、一人は捕獲だね」
まずは一匹。トカゲを捕まえた。あとはレオンたちに任せよう。
六枚の純白の翼を解放して、ノエルは目の前の窓から空に羽ばたいた。
***
「それでは、八万七千で、他にいませんか?」
すでに会場は静まりかえっていた。とんでもない金額が、ドルイトス伯爵から出たのだ。他の貴族たちは、王城でも買えそうな金額に手がでない。
「八六番が落札されました」
何故こんなに、奴隷に金貨を払えるのか。答えは簡単だ、奴隷の中に悪魔族がいて、魔力で金貨を増やしているのだ。
その奴隷がいるうちは、金貨などいくらでも用意できた。
(あの悪魔族を無理してでも、買った甲斐があったな……あの時の貧乏作家には、礼でも言いたいくらいだ)
今度は黒服の女が来て、サインを求められた。金額を確認してペンを走らせる。とりあえず払っておいて、あとで増やせばいいのだ。
ドルイトス伯爵は、今日買った奴隷たちをどのように使うのか、そのことで頭がいっぱいだった。
「八万……七千……まさか、そんな……」
ものすごい金額だ。さっきの二万五千とあわせて、十一万二千だ。折半でも五万六千……!!
もう一生働かなくても、贅沢して暮らしていける!!
奴隷商人は腰を抜かしそうになっていた。
ハッとして、大魔王に伝えようと扉に手をかける。ガチャガチャとドアノブを回しても扉が開かない。ドアノブは回るから、鍵はかかっていないはずだ。
「なぜ、開かないのだ……?」
訳がわからず、部屋の中を右往左往するばかりだった。
***
「アリシア、用意はいい?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「じゃぁ、いくよ。鉄壁の
ノエルの結界によって、コンサートホール全体が包まれた。氷の結晶が消えて、全体が淡い青白色に光っている。
(はぁぁ、いつ見ても綺麗……)
アリシアはノエルの絶対防御結界を
ノエルとアリシアは、コンサートホールの中心にある、屋上に陣取っている。今回はこれから暴れる者たちのために、外から結界を張っていた。
暴れる人数が多いので、アリシアの聖神力も結界に注いでもらい、周りに被害が出ないようにフォローするのがふたりの役割だ。
—————建前は。この配置にしたのは、この前の飲み会に参加できなくて悔しかったから、というのはここだけの話にしてもらいたい。
「アリシア、あとは中のメンバーに任せて、少しのんびりしようか」
聖神力を込めながらも上機嫌なノエルに、満面の笑顔でうなずくアリシアだった。
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