第47話 フィルレスの決意

「もう大丈夫。ベルゼブブは薬が効いてるから、あと数日で回復するよ」


「そう、よかった……」


 アスモデウスはフィルレスの診断に心の底からホッとする。緊張の糸が切れたと思ったら、途端に体の力が抜けてしまった。

 フラフラと立ち上がり、他の患者を見に行こうと歩きはじめる。


 あら……? なんだかフワフワするわねぇ……?


「アスモデウス!」


 自分を呼ぶ声が頭に響く。ぐわんぐわんとなり響いて止まらない。

 フィルレスが真剣な顔で覗き込んで、額に手を当てた。


「くそっ!!」


 こんなに焦ったようなフィルレスの顔を、初めて見た。なんだか力が入らなくて、彼の肩にもたれかかってしまう。


 あぁ、ダメだわ……意識が……。まだ終わって……ないのに——


 もう瞼が上がらない。フワフワとしているのだけは感じている。そこからアスモデウスの意識は深く落ちていった。




     ***




 フィルレスは高熱で意識を失ったアスモデウスを抱き上げて、私室のベッドまで運んだ。

 治療薬の製造過程で、マジックトリュフを取り込んでしまったのかもしれない。


 ————魔力量が多いから、他の悪魔族より重症化してる。


 ストックしてあった治療薬を、何とかアスモデウスに飲ませた。とにかく熱がひどい。でも、薬が効けば徐々に熱が下がって、ニ、三日もすれば意識は戻るはずだ。


 他の悪魔族の診察が終わった後、フィルレスはずっとアスモデウスに付いていた。

 だが、次の日の朝方になっても熱が下がらない。


 何でだ!? 治療薬を飲ませたのに、何で熱が下がらない!? ベルゼブブにはちゃんと効いたのに……。

 もしかして……治療薬を作ってる間に吸い込んだ量が、多かったか? どれくらいの時間、マジックトリュフに触れていた?


 フィルレスの深い知識が、拭いきれない不安をかき立てる。せっかく、自分を理解してくれる相手に出会えたというのに、このまま魔力の暴走が始まったら、アスモデウスは灰になってしまう。



「…………絶対に助ける」



 大天使ラファエル、今こそ僕に最大限の力を貸して。

 僕はこの人を、助けたい————


 フィルレスの純白の翼が広がる。その強い想いに応えるかのように、柔らかく暖かい光が部屋中にふりそそぐ。ベッドに横たわるアスモデウスに両手をかざした。



「神羅万象のアスティマ・クラル



 三番隊の隊長しか使えない、最大の治癒魔術を発動させた。アスモデウスの身体を巡る、症状の原因はわかってる。

 すべてのマジックトリュフの成分を取り除き、魔力の流れを正しくする、そのことに意識を集中していった。


 フィルレスが最高の回復魔術の使い手なのは、その医療知識にある。具体的に、どこをどう治せばよいか理解しているから、非常に効果が高いのだ。


 くそっ……思ったよりも、マジックトリュフの成分が多いな……素早くかつ丁寧に取り除かないと、アスモデウスが持たない!


 神経をすり減らすような回復魔術を操って、フィルレスは確実にマジックトリュフの成分を減らしていった。




 どれくらいの時間がたったのか、治療が終わった頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

 半端ない疲労感に襲われて、ベッドサイドの椅子にドカッと座り込む。


 あー、疲れた。めちゃくちゃ甘いもの食べたい。今ならケーキワンホールいける!


 ベッドに横になっているアスモデウスは、穏やかな寝息をたてている。キレイにマジックトリュフの成分を取り除いたから、もう大丈夫だろう。

 濃度がこかったから、五、六日は魔力が使えないだろうけど、その間は僕がフォローすれば治療も問題ない。



「アイシンカグラ見せるって言ってたのに……早く起きてよ」


 ポツリと呟く声は誰にも届かないけど、アスモデウスの部屋に響いた。フィルレスはそっとアスモデウスの手を握る。

 ベッドに肘を乗せて頬杖をついて、まだ起きるはずのないアスモデウスを見ていた。




 今度は助けることができた————




 フィルレスが祓魔師エクソシストになろうと思ったのは、両親がきっかけだった。

 もともと城下町で店をやってて、そこそこ繁盛してた。でも仕事中に怪我をして働けなくなって、そこから転落するのは早かった。


 生活が苦しくて、両親は喧嘩ばかりでよく家出してた。そんな時にレオンに会ったんだ。


 その頃はひとりで公園にいて、よく時間をつぶしてた。

 レオンはもうアルブスで祓魔師エクソシストをしていて、仕事帰りに会えば僕にご飯を食べさせてくれた。


 お兄ちゃんができたみたいで、嬉しかった。


 そんな時、両親が火事で亡くなった。僕はいつものように家出していて、無事だった。


 僕が駆けつけた時は、母さんはまだ生きてた。炎に焼かれて、声にならない声で、涙なんて出てないのに泣いてるのがわかった。

 ほんの数分だったと思う。


 何で泣いてたのかわからないけど、僕を心配してくれてるのはわかった。



 あの時決めたんだ。どんな怪我や病気でも僕が治すって。

 目の前で消えていく、大切な人の命を必ず助けるんだって。



 その後は家も何もなかったから、レオンに頼んでフェリガの泉に連れていってもらった。幸いラファエルの加護を受けられたから、アルブスに入隊したんだ。


 僕はレオンに付き従うつもりだったけど、本人に断られて困ってたらノエルが声をかけてくれた。


 いろいろ教えてくれる代わりに、いざと言う時は手伝って欲しいと頼まれた。レオンの双子の弟だって聞いてたから、もちろん了承した。



 僕がラファエルの加護持ちで、回復魔術が得意なことから、配属は三番隊になった。

 最初はガキだと思ってるのか、誰も話を聞いてくれなくて、ぜんぜん治療が進まなかった。治療薬を出したそばから、酒を飲むヤツもいたっけ。


 いい加減ブチ切れて、今のような尖った話し方になってしまったんだ。この話し方なら聞いてもらえたから。

 みんなに早く治って欲しかったから。


 だから、あんなに普通に話せたのはすごく久しぶりだった。

 アスモデウスと、もっといろんな話がしたい。




     ***




「うっ……いって……」


 どうやら、あのまま寝てしまっていたようだった。ベッドに突っ伏していて、からだの節々が痛い。アスモデウスは、と見てみると、まだ眠っているみたいだった。


「はぁ……ぜんぜん起きる様子ないな。診察行ってこよ」


 いや、その前に食事だ。そういえば、昨日は治療を始めてから何も食べてないし。うわっ! 気づいたら、めちゃくちゃお腹すいた!

 フィルレスは慌てて食堂に駆けこんだ。


 ————アスモデウスはまだ目覚めない。


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