第46話 解毒薬の開発

「ちょっ、アリシア! そんなに引っ張らなくても、自分で歩くってば!」


「ダメ! 今回は絶対に協力してもらうんだから!」


「はぁぁ……」



 フィルレスはうんざりしていた。せっかく以前から進めていた、重症患者の回復力を高める試験薬の開発が調子よくすすんでいたのに、アリシアに連れ出されてしまったのだ。

 副隊長のジュリアに引き継ぎしてきたけど、最後まで見届けたかった。


 ノエルの指令書も持ってきてるんだから、ちゃんと働くのに。そんなにサボってるように見えるわけ?

 それにしても、レオンのやついい所に住んでるな。



「ベルゼブブ様ー! アスモデウス様ー! お待たせしました!!」


「おぉ! まことに連れてきてくれたのか!」


「アリシア様……ありがとう」


 アリシアにズルズルと引きずられて来た美少年は、ものすごく不服そうに挨拶をする。


「名前はフィルレス・コレット。で、僕をこんなところまで呼び出して、なんの用?」


 ベルゼブブもアスモデウスも態度の悪さは全く気にせず、マジックトリュフの話を切り出す。その様子にアリシアは一安心した。

 話さえ聞いてしまえば、完璧主義なフィルレスのことだ、投げ出さないだろう。


 ベルゼブブにそっと、宿屋に戻るとつたえるとレオンには内緒にしてほしいと頼まれた。本当に主人思いの下僕たちだ。アリシアはコクリとうなずいて、転移魔術陣を開いた。




「治療法の確立ね……普通なら年単位でかかるものだけど?」


「それはわかっているわ。でも時間がないのよ。患者は増えつづけているし、いつ魔力が暴走するかわからないの」


 フィルレスの最大の回復魔術でも、おそらく治せるだろうが、一度に一人しか治療できないし、クールタイムがあるから、効率的ではない。

 やはり治療薬の開発が、最終的には早い解決になると判断した。


「ふーん、じゃぁ、とりあえず患者を見せてくれる? それから、ここにある薬草とかもみたいんだけど」


「わかったわ。薬草はないけど……毒草でもかまわないかしら?」


「毒草ね……まぁ、いっか。どういうものが使えるか見たいから、それでいい」


「それじゃぁ、付いてきてもらえる?」




 アスモデウスとフィルレスは、最初に発症した患者から診察を始めた。日に日に症状が悪化して、今では食べ物も口にできない状況だった。


 二日前に倒れた悪魔族は、高熱が出ているものの体は動くようで、すんなり起き上がって診察を受けていた。

 フィルレスはアスモデウスから聞いた、魔力が体の中で停滞してしまうと言うところも、考えていた。



 多分だけど、マジックトリュフは魔力に対しての、なんらかの阻害要素を持っているんだろうな。

 それなら、マジックトリュフの成分を中和させればイケそうだけど……調べてみないとわからないな。


「あのさ、マジックトリュフって残ってる?」


「えぇ、私の部屋にあるわ」


「それを詳しく調べたいんだけど、設備はある?」


「そうねぇ……何が必要かわからないけれど、私のものでいいなら用意できるわ」


「うん、それでいいから頼むよ」





 フィルレスはアスモデウスの私室に入って、目の前に並んでいる数々の毒草に釘付けになっていた。チラリと見える研究用の設備も、物によっては自分のよりも高性能だ。


「これは……コノシクララ。え、ヒートハットもある! うわっ、こっちはベンジャミン草か!」


 ヴェルメリオではなかなかお目にかかれない貴重な毒草だ。毒草も使い方によっては、薬の材料になるので一通りの知識があった。


「これがマジックトリュフよ。設備はここにあるものなら、なんでも使ってかまわないわ」


 目をキラキラさせながら、毒草を見ているフィルレスにアスモデウスは嬉しくなった。やっぱり、自分が大切にしているものを、理解してくれるのは気持ちが暖かくなる。


「ふふ……後で温室も連れて行ってあげるわ。気温差に弱いものや、気温管理が必要なものがあるのよ」


「えっ! 本当に!? ……って、僕をそんなもので釣らないでくれる!?」


「あら、残念ねぇ。アイシンカグラもあるのに」


「っ!! …………行かないとは言ってない」


 真っ赤になっているフィルレスは可愛らしいけれど、これ以上からかうと怒り出しそうなので、アスモデウスは話題を変えた。


「それで、どうやって調べるの?」


「あぁ、それは、さっき採血してきた悪魔族の血液と、マジックトリュフの様々な成分を比べるんだ。どんな成分が影響してるのか調べたい」


「わかったわ。それなら私は、血液の共通点も調べてみるわね」


「そうだね、頼んだ」


 フィルレスとアスモデウスは、それぞれのデータを取りながら調べていく。通常なら、これだけで半年はかかる作業だが、アスモデウスの魔力を使ったりしながら、サクサク進めていく。



 悪魔族の魔力って……なんでもありだな。もしかして、今後も研究の協力をしてもらったら、いつかスゴい薬が作れるんじゃない? あ、それ、すごくいいかも!

 フィルレスは密かに、ここに通えないかと思案した。




     ***




「あった! これだ! これを中和すれば、多分みんな回復するよ」


 ほんの数日で、原因になった成分を突き止めた。ものすごい快挙だ。だけど、そんな感動に浸るまもなく、次の作業にうつっていく。


「そう……これがあの症状の原因だったのね。中和させるものなんてあったかしら……?」


 アスモデウスも成分を確認して、いま用意できる毒草を思い浮かべる。


「うーん、そうだなぁ。この成分なら、たとえばだけど、ショックスターとかユウギリソウとか……麻痺成分のものが効くんじゃないかな」


「ヒドラン草も使えるわね……。集めてくるから待っていてくれる?」


「僕も手伝うよ。重いもの持つくらい平気だから」


 フィルレスは、いつになく充実した時間を過ごしていた。

 アスモデウスと話していると、自分が期待した以上の答えが返ってくる。今までの自分にない、自由な発想に感心していた。


 もっといろいろ話して、もっと一緒に研究したい。尖った話し方をしなくても、アスモデウスなら僕の意図を正しく読み取ってくれる。

 わかってもらえるって、こんなに嬉しいんだ。

 いつになく気分のいいフィルレスだった。





「できたわ……」


「できたね……」


 最後にフィルレスが回復魔術を付与して、治療薬が完成した。早すぎる完成だ。

 それもこれも、フィルレスの医療知識と回復魔術、アスモデウスの魔力があったからだ。


「まずは症状の重い患者から試していこう」



 こうして菜園担当の悪魔族と、業務的な都合で、ルディから治療薬が試された。


「作り方はわかったから、私の部下にも手伝わせるわ。あなたは最後の仕上げをしてもらえるかしら?」


「わかった。予備までしっかり仕上げるから」


 どんどん治療薬を作っては飲ませて、悪魔族を治していった。予備の薬も五十本ほど用意して、薬の製造は終了となった。




 薬を飲んだ後は、数日間だけ魔力が使えなくなるが、回復した者はいつも通りの生活に戻ることができた。ルディもこの二日間、魔力なし生活を過ごしている。

 落としてしまった着替えを拾い集めていると、魔力で誰かが助けてくれた。


「あ、ベルゼブブ様。ありがとうございます。魔力がないのが、こんなに不便だなんて思いませんでした」


「うむ……よいのだ」


「? ベルゼブブ様? どうされま——」


 ゆっくりとベルゼブブが倒れてゆく。床に転がった顔は赤く、明らかに発熱しているようだ。


「ベルゼブブ様!!」


 魔力が使えないルディは、ベルゼブブを抱えながらアスモデウスの部屋へとむかった。




「アスモデウス様! ベルゼブブ様が、発症してます!!」


「!! どこかで摂取してたのね……」


 アスモデウスは、すぐさま治療薬を飲ませた。そのまま私室のベッドに寝かせる。


 ベルゼブブは魔力量が、悪魔族の中でもダントツに多い。もし、暴走してしまったら、この大陸を飲み込んでしまうほどの魔力が放たれる。


 それよりも、ベルゼブブを失いたくない。この気持ちはおそらく、友情と呼ぶものなんだろうと思う。

 レオン様と過ごすうちに、感化されたのかもしれない。


 アスモデウスは祈るような気持ちで、回復薬が効くのを待った。


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