第45話 仕込まれたエサ

 ノエルの執務室と化している、宿屋の一室に冷たい空気が流れていた。冷たいのだ。隊服を着ていないので、身を守る術はない。

 昨夜、酒を酌み交わしたメンバーは、寒さに震えていた。



「………………酒臭い」


 このノエルの一言から、この状態だ。テオに至っては二日酔いもあって、もはや顔色が白くなっている。


 これ、多分ノエルのヤツ、拗ねてるんだろうな……アシリアもいたから、余計に面倒くさいことになってんな。まぁ、俺にしたら、可愛い駄々こねてるみたいなもんだけど。


「ノエル、落ち着けよ。いま回復魔術かけるから」


 一番まともに動ける俺が、みんなの身体に残ったアルコール成分を回復魔術で消していく。シャキッとしはじめた頃に窓を開けて、部屋にこもった匂いをアリシアの風魔術で追い出してもらった。



「……次は僕も参加するからね」


(はうぅ!! 不意打ちの拗ねてるノエル様が、素敵すぎるっ……! 朝から気絶しそう!!)


 アリシアは心の中で、可愛いノエルに悶絶していた。


「あー、スッキリした! で、今日はどう動く?」


 すっかり回復したテオが、何食わぬ顔で聞いてくる。こういう、メンタルの図太いところは見習いたい。エレナはのんびり紅茶を飲んでいる。


 ふぅとため息をひとつついて、ノエルは今日の段取りを話しはじめた。最後にそれぞれ準備をして、配置につく。


「さぁ、始めようか」


 ついに、奴隷商人と腐った貴族どもの殲滅せんめつ作戦が実行された。




     ***




「くそっ! 離せよ! 誰がお前の話なんて聞くか!」


「うるさい、黙って。あぁ、ここだ」


 何やら家の外が騒がしいな……? 昨日の夜は新しい奴隷しょうひんを探しに出てて、寝たのが遅かったのに、なんなんだ!!


 奴隷商人は重だるい身体を起こして、家の扉を開けた。


「なんなんだ! 人の家の前で騒がし————」


 目の前に飛び込んできたのは、六枚の黒い翼だ。首輪をつけられて、両手も拘束されている。

 少しクセのある黒髪に宝石のような紫の瞳が、より希少性を高めていた。


 ————こ、これは! まさか、まさかまさかまさか、あの噂の変異種か!?



「騒がせてすまないね。この前、コイツを捕まえたんだけど、どうにも手に負えなくて売りたいんだ。頼めるかな?」



 そう言って後ろから姿を表したのは、十日位前に奴隷を見たいと言ってきた悪魔族だった。


 こいつは……そうだ! 大魔王じゃないか! 来たぞ……俺にもチャンスが来た!!


「も、もちろんです!! どうぞ! 狭い家ですが、どうぞお入りください!!」


「あ、ちょっと待って。……ちょうど連れてきたところだね」


 ノエルが視線を向けた先には、配下の悪魔族がふたりいた。小脇に何か抱えている。


「お、間に合ったな! 手間取ってすみません、かなり暴れられまして」


 そう言って、赤髪の男がドサリと細長い荷物を置く。隣にいる女も、一回り小さい荷物を下ろした。

 モゾモゾ動く荷物は、首から下が麻袋に包まれていて、見覚えのある髪色をしている。

 白に黒のメッシュが入った髪色に、三角の獣耳が付いている。奴隷商人の男は、これでもかと目を見開いた。


 なにぃぃ!? あのホワイトタイガーのガキどもじゃないか!?


「悪いけど、こっちも頼めるかな。どうにも小さすぎてね」


「もちろんです! もちろんです!! さっ、どうぞこちらへ!!」




 奴隷商人は大慌てで、ノエルたちを招き入れた。通いのメイドに、家にある最上級の紅茶を出すように伝えて寝室へむかう。手持ちの一番上等な服に着替えて、いそいそと応接間へ降りていった。


「すみません、お待たせいたしました」


 興奮からか、体温が上がっている。上気した顔で、ノエルたちの向かいのソファーへ腰を下ろした。


「それで、あの三人はいくらで買い取ってくれるの?」


 にこやかに微笑むノエルに、奴隷商人は計算を始める。


 どうせ悪魔族の大魔王とは言っても、奴隷の価値もわからないアホゥみたいだからな。低めに言っても、問題ないだろう。


「そうですね……あの子供たちは雑種なので、あまり値段がつきません。黒い翼の獣人も見たことない種族なので、鑑定をしていくらつくか……」


「ふーん、そう」


「もし、即決してもらえるなら、三人まとめて金貨七百枚で買い取ります!」


「……話にならないな。他の奴隷商人を当たるよ」


 奴隷商人は焦った。いくら無知だと言っても足元をみすぎたのだ。他の奴らに取られてはたまらないと、必死に食らいついた。


「それでは! 金貨千枚で!」


「…………」


「金貨千五百枚!」


「…………」


「ええい、金貨三千枚!!」


「…………」


「うぅ、それなら、おいくらなら売っていただけますか?」


「そうだね……オークションを開いてみるのはどうかな?」


 穏やかに微笑むノエルの笑顔に、奴隷商人は一瞬、見惚みとれてしまう。ポーッとしてしまい、思わず頷きそうになってしまった。


 オークションだって? 奴隷のオークションなんて聞いたことないぞ!? そもそも、見つかったら捕まってしまうんだ、そんな危ないこと……。



「僕と君で売上を折半で、どうかな?」



 断ろうと口を開いたまま、固まってしまう。売上を折半なんて……少なくともあのガキどもだけで、最低でも金貨一万枚だ。あの変異種ならもっと値がつくだろう。


 いや、オークションだ。その価格から始めれば、どんどん売値を釣り上げられる。それなら、ただ単にドルイトス伯爵に売るよりも、儲けられる————



「わかりました。それでお願いします」



 ニヤニヤと崩れる顔を隠しきれない。いくら儲けられるんだろう? 金貨一万枚? いや二万枚も夢じゃない。


「それじゃぁ、会場や招待状はこちらで用意しよう。その代わり、この国ではコネがないから人集めは頼むよ」


「はいっ! 任せてください!」


「奴隷を買うような貴族たち全員と、奴隷商人も頼めるかな? 今後のためにパイプを作りたいんだ」


「うーん……少し難しいですが……、なんとかしましょう!」


 オークションだ、参加人数は多い方がいいに決まってる。何がなんでも、全員参加してもらうぞ!



「最後に、会場や招待状の準備金として、金貨二千枚用意してもらえる?」



「え? 準備金……ですか?」


 途端に奴隷商人は、大魔王からの金の無心に警戒しはじめる。美味しい話には、裏があるから要注意なのだ。


「あたり前でしょう。会場の準備に賄賂を送らないで、奴隷のオークションなんてできると思ってるの? それを僕が全額出すの? 売上は折半なのに?」


「あぁ……いや、そうですよね。たしかに、捕まりたくはないし、そういうのも必要経費ですね」


 大魔王の言うことは最もだった。会場を抑えるにも、かなりの規模のものが必要だし、それを役人が黙って見過ごすはずがない。

 おそらくルージュ・デザライトの商品のオークションだと見せかけて、奴隷を出品するのだろう。



 奴隷商人は「わかりました」と頷いて、金貨二千枚を大魔王に渡した。その後も、様々な打ち合わせを重ねていく。



「それでは、あとは手紙のやり取りで頼むよ。ここに来るのを、あまり見られたくないんだ」


「はい、かしこまりました」


「では、当日は僕も会場に行くから。よろしく」


「はいっ! よろしくお願いいたします!」



 見送りをした奴隷商人は、ノエルたちが見えなくなるまで、頭を下げたままだった。


「ククククク……クックックッ! もうすぐだ、もうすぐ!!」


 奴隷商人は高笑いが止まらなかった。上機嫌のままレストランに出かけて、気味悪がられていたのにも気づかない。

 破滅の時がやってくるのにも、気がついていなかった。



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