第34話 投獄された大魔王

 奴隷商人の態度はひどいものだった。ウェイターやウェイトレスにいちいち文句をつけて、しまいには毎日来てるくせに料理にまでブチブチ文句を言っていた。

 だったら来るなっつーの、と喉まできた言葉を飲み込んだ。


 食後の紅茶で時間をつぶしていた俺たちは、早めに出て後をつけられるように準備する。外に出ると、空はもう夕闇に包まれていた。

 魔力で空間を歪めて姿を消し、聖神力や魔力を極力抑えて、奴隷商人が店から出てくるのを待った。


 これは……悪魔族と組んだら、諜報活動めっちゃ楽勝じゃん!! ああ、これはノエルが欲しがるわけだ。大事な仲間だから、あげないけど。




『出てきましたよ』


『よし、行くぞ』


 俺たちの周りには防音の結界もはったので、足音もしないし会話も自由だ。それでも奴隷商人の動きに注意しながら尾行する。ヤツは足元の石ころにさえ、八つ当たりしていた。


 やがて街の外れにある、立派な一軒家に入っていく。特に看板などは出ていない。


『この家、奴隷商人の家かな?』


『自宅なら、明日の朝まで待つしかないわね』


『あれ? なんかガシャンガシャン音聞こえません?』


『……裏庭か? 行ってみるか』




「まったく、お前らを拾ったときは儲けもんだと思ったが、エサ代ばかりかかって、ちっとも金にならないじゃないか!」


 奴隷商人は怒鳴り声をあげて、檻の鉄格子を蹴り飛ばしていた。

 ガシャ——ンと金属音が響くが、街の外れなので周りに民家はなく、誰も気がつかない。よく見ると檻の中には、何かがいるようだった。


「どこの種族かもわからんなど……ただの雑種じゃ、クソみたいな値段しかつかないのに! 早く売らないとエサ代の方が高くなるんだよ!」


 ガシャ——ン! ガシャ——ン!!


 金属音が耳にうるさい。他にも金属の檻は沢山あって、山積みにされている。それぞれに生き物が入っていた。



 え……檻の中に子供がいる!? 獣耳がついてるから、獣人族の子か? めちゃくちゃ怯えてるじゃないか! まさか……他の檻も獣人族が入ってるのか!?



 闇の中で目を凝らすと、檻の中には獣人族や見たことのない種族の者がいた。みんな小さくうずくまっている。


「クソゥ、今日はお前らエサ抜きだからなっ!!」


 奴隷商人の足がまた振り上げられている。


 まだやるつもりか? もう、いいや。コイツ今すぐるか。



 二人で肩をよせあう獣人族の子供に、かつての自分たちの姿が重なって見えた。こんな風に逃げ場がなくて、誰も守ってくれなくて、必死に生き延びた。あの時、助けてくれる人がいたら、どんなに心強かっただろうか。



『悪い、俺だけから出るから、二人は隠れてて』


 それだけ言うと、俺はベリアルの魔力範囲の外に出た。奴隷商人にだけ、遠慮のない殺気をむける。瞬間、ピタリと動くのをやめた。

 俺はそのまま奴隷商人の首をつかんで持ちあげて、檻を蹴らないように、ポイっと離れた場所に投げ捨てる。


 獣人族の子供たちの様子を、そっとうかがった。不思議そうに顔を上げて、俺と目があうと、目を見開いて固まって動かない。


 白に黒のメッシュが入った変わった髪色の獣人族だけど、アクアマリンのような瞳はとてもキレイだった。

 そうだよな、こんな黒ずくめの怪しい男じゃ警戒するよな。まずは味方だと教えてあげないと。



「お前ら、俺についてくる気あるか?」



 ほんの少しの間の後、二人は膝をついてキラキラした青い瞳で俺を見つめた。


「どこまでもお供します。主人様あるじさま


「ボクも、どこまでもついて行きます。主人さま」


 うん? 主人様? こんな言葉まで強要されてるのか!? アイツ……こんな子供にこんなセリフ言わせやがって……!!


「待ってろ、今自由にしてやる」


 そう言って、さっき投げ捨てた奴隷商人の前に立つ。腰を抜かして、ガタガタ震えながら器用に後ずさった。


「おい、ここにいる全員の首輪を外せ」


「そそそ、それは無理ですぅぅ!!」


 本当に無理なのか? うーん、なんかウソくさい。

 口を割らせるために、俺は右手に紫雷をまとわせた。バチッと音がして、やがてそれは槍の形になっていく。


「……そうか、今すぐ死にたいか。 雷神のやトール・ラ——」


「ほっ! 本当なんですぅぅ! 私は商人だから、仮の持ち主で首輪は外せないんです!!」


 命の危機を感じたのか、必死に説明している。外せないのは本当みたいだ。だけどコイツ、いまいち信用しきれないんだよなぁ。まぁ、でも本当の持ち主になればいいのか?


「——それなら、全員俺が買えばいいんだな? いくらだ?」


「ふぇ? え? 全員……ですか?」


「全員でいくらだ?」


「……金貨二ひゃ……二千枚……です」


 今コイツ言い直したな。絶対吹っかけたよな? 目ぇ泳いでるもんな? 金貨二千枚って……ヴェルメリオなら、普通に庭付きの戸建てが買えるぞ?

 だがな、俺は大魔王だからな。金貨二千枚ごとき即金で払ってやる! なめんな!!


「金貨二千枚か、わかった。今用意する」


 ルディに持ってきてもらおうと、魔力通話をオンにする。そのまま頭の中で会話した。



『ルディ』


『レオン様、何かありましたか?』


『奴隷を買うことになったから、金貨二千枚持ってきてくれ』


『……は? 奴隷を買う? 金貨二千枚??』


『うん、急いでるから早く頼む』



「あと五分で金貨は用意する」


 俺は奴隷商人に告げた。少なくとも、ここにいる人たちは助けることができる。根本的な解決は国王の仕事だから、あとは任せよう。


「わっ、わかりました! いやはや、大切なお客様だとは気づかずすみません」


 奴隷商人は今度はヘラヘラ笑いながら、すり寄ってきた。お前の客になったつもりはないけどな。それよりも、あの人たちを檻から出してあげないと。


「全員、檻から出してやれ」


「あぁ! そうですね! 私としたことが……すぐに準備して参ります!」


 そう言って奴隷商人はポケットから出した鍵で、次々と檻の鍵を開けていった。


「ほら! お前らモタモタするなっ! お客様がお待ちだろう!!」


 奴隷商人は動きの遅い奴隷たちを、腰に下げていたムチで叩き出した。まるで家畜を扱うが如く、俺の目の前でムチをふるった。



「雷神のトール・ランス

「切り裂くデストル・ウェント


「ギャアアアァァ!!」


 紫雷が奴隷商人を直撃し、風の刃がムチを細切れにした。

瞬間的に雷を落としてた。隣を見ればグレシルも出てきていて、珍しく怒ってる。


「すみません、レオンさま。ああいうの、我慢ならなくて」


「……俺も人のこと言えないから、大丈夫だ」




 突然外がガヤガヤ騒がしくなった。大人数がガチャガチャと駆けつける音が聞こえる。とっさに、まだ隠れているベリアルに、そのままでいろと目配せした。


「ここだっ!! ここから通報が来てたぞっ!!」

「裏庭か!? ここから行ける!」

「魔術封印の首輪を用意しろ!!」


「こっちですぅぅ! 騎士様ぁぁ! 助けてぇぇ!!」


 奴隷商人がいかにもな叫び声をあげて、逃げまどう。俺とグレシルはなだれ込んできた、獣人族の騎士たちに取り押さえられた。


「ちょっと待てよ! 俺たちじゃなくて、アイツだよ! そこにいるヤツは奴隷商人なんだ!」


「そうですよ! いっぱい奴隷捕まえてるの見たんだから!!」


 俺たちが話してるのに、首輪の魔道具がつけられて手足を拘束されていく。取り押さえられた時に怪我をしたのか、腕の切り傷から流れ落ちた血が地面を黒く染めていた。


 えっ! なんで話聞いてくれないんだよ!? 目の前に奴隷たちがいる……ええ! 全部なくなってる!?


 先程まで積みあがっていた檻も、外に出ていた奴隷たちも、何もかも幻のように消えてなくなっていた。

 首輪のせいか、聖神力もうまく使えない。


「お前たちが奴隷を売れと強要したんだな!! お前たちみたいな奴がいるから、奴隷商人もなくならないと、わからんのか!!」


「違う!! そんなんじゃない!!」


「黙れ! おい! コイツらを連れて行け!!」


 奴隷商人を見るとニヤニヤ笑っていた。

(イヒヒ……攻撃されたら自動通報する魔道具持ってて助かったぞ! 誰がこんな奴らに奴隷たちを売ってやるもんか! どうせ金貨二千枚も用意できないに決まってる!)



 アイツ……アイツが通報して、俺たちを捕まえさせたんだな!? クッソー!! 絶対にぶっ飛ばしてやるからな!!






 俺とグレシルは拘束されたまま、メイリル城にある取調室に連れていかれた。

 騎士たちは全員、犬耳の獣人族で構成されている。すでに連絡が入っていたのか、グレシルとは別の部屋が用意されていた。



「たしかにあの家の持ち主は元々奴隷商人だったが、今では法律で禁止されていて、売買できないんだ。知らなかったのか?」


「いや、だから、アイツが今でも奴隷商人やってるから、奴隷の人たちを助けたかったんだよ」


「何を言ってる。奴隷など、どこにも居なかったじゃないか」


 狭い個室ではあるが、この空気は前も感じたことがある。そうだ、ヴェルメリオの裁判室だ。

 全然、話を聞いてくれない! またかよー!!


「いたんだよ! 裏庭に檻が積みあげられてて、何人もそこに入ってたんだ」


「わかりきった嘘をつくな! 我々が駆けつけた時には何もなかっただろう!」


「だから、あったんだって! どうやって消したのかはわかんないけどさ」


 だからアイツが奴隷商人だって言ってんのに、ホントに勘弁してくれ……さすがに取調室で暴れたらマズイよなぁ。


「はぁ、もう話にならんな。……もうひとりも同じようだ。二人まとめて牢屋にぶち込んでおけ!」



 やっぱりロクに話も聞いてもらえず、グレシルと仲良くメイリル城の牢屋にぶち込まれた。




 ひとり残されたベリアルは、目の前の出来事に激しく動揺していた。

(どっ、どうしよう!? レオン様とグレシルが連れていかれちゃった!! えーと、えーと、奴隷商人はひとまず置いておいて、まずはサリーに連絡して、相談しよう! 最悪、ベルゼブブ様にも話さないとだよねー、はぁぁ、絶対に怒られる!! それにしても、あの奴隷商人……レオン様を罠にはめるなんて、絶対に許さないから!)




     ***




『違う!! そんなんじゃない!!』

『全然、話を聞いてくれない! またかよー!!』

『だからアイツが奴隷商人だって言ってんのに、ホントに勘弁してくれ……さすがに取調室で暴れたらマズイよなぁ』

『げっ!! やっぱり牢屋に入るのかよ!! うわー、マジ』


 プツリ。





『レオン様!』




 呼びかけてもつながらない。どうやら、魔力通話の届かない結界の中に入ったようだ。


(なんだ、今のは……取調室? 牢屋? 間違いなくレオン様との通話だったよな? あの人また切り忘れて……誰か、頼むから気のせいだといってくれ——!!)


 レオンの執務室で、金貨二千枚を抱えたまま、死んだ魚のような目で遠くを見つめるルディだった。



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