第35話 あれ、この人が大魔王様だっけ?

「レオン、遊びに来たよ」


 バルコニーに降り立ったノエルは、翼を消してレオンの執務室のテラスドアを開けた。三日間の休みが取れたので、久しぶりにレオンの城に泊まりに来たのだ。

 白いシャツに濃紺のスリムパンツという軽装だ。けれど、室内に入った瞬間、違和感を感じる。


 ん? 何だろう、レオンの気配を感じるのに……薄い感じ?


 執務机を見ると、固まったレオンがいる。顔色も悪くて、いつもと明らかに様子が違う。近づいてみて、わかった。

 あのバカ兄貴……また何かやってるね。


「で、レオンはどこ?」


 レオンの形をした誰かに声をかける。ビクリと肩を震わせ、冷や汗が流れ落ちている。吐く息がどんどん白くなっていく。

 ああ、気づかずに冷気を出していたみたいだね。


「僕が気づかないわけないでしょう? レオンはどこ?」


 ニッコリと微笑わらって、氷のような視線をむけた。空気が歪んで、ルディの姿があらわれた。

 ルディはパッと執務机から離れて、ノエルの前に土下座する。


「申し訳ありません! レオン様に頼まれて、留守を偽装しておりました!」


「それで、レオンはどこに行ってるの?」


「…………ブルトカールで……す」


「ふーん、獣人の国ね。いつ戻るの?」


「それ、は、わかりま……せん」


 わからない? 一国の主人が、他国に行って、いつ戻るかわからない? 本当にあのバカ兄貴は何やってるんだ!?

 全っっ然、王の自覚がないじゃないか!


「ルディ」


「はいっ!」


「僕があのバカ兄貴を説教するから、今すぐ連れてきてくれる? 君にこんな迷惑をかけて、本当に申し訳ないね」


「あの……そうしたいのは山々なのですが……ちょっと物理的にムリというか……」


「あれ? ルディならブルトカールくらいまで空間移動できるよね?」


「距離は問題ないんです。レオン様の方の問題というか……」


 どういう事だ……レオンの問題? 何か空間移動も出来ないような場所にいるのか? そんな場所、そうそうないだろう。王族の住居や宝物庫……それから————


 そこで、ノエルの背後に新たな気配が、空間移動であらわれた。見た目はベリアルなのだが、話す内容を聞けば別人だとすぐわかる。


「お兄ちゃん、ベリアル様と連絡取ったけど、やっぱりダメだって。レオン様は牢屋に入っちゃってるから、面会すらできないみたい」


「————牢屋、ね」


 固まった。この部屋にいる三人だけでなく、部屋にあるすべての物が、ピシリと凍りついた。






「そう……奴隷売買してると勘違いされて、グレシルと牢屋にね……アホだな。レオン……そろそろ、教育が必要かな? フフフ……」


 もう、ノエルに隠し通すことは出来なかった。全てを話さなければ、ルディとサリーの命が危なかった。

 ノエルはレオンの執務机に座って長い足を組み、薄く微笑わらっている。二人は執務机の前に並んで正座していた。


『ねぇ、お兄ちゃん』

『なんだよ、サリー。この人恐ろしいから、あんまり魔力通話へんなことするなよ』

『あのさ、この人が大魔王様だっけ?』

『え……あれ、この人が大魔王様だっけ?』


 二人の目には、レオンが置いていった角をつけたノエルが映っている。大魔王様かと勘違いするくらいには、角はしっくり馴染んで、圧倒されるほどのオーラは、それはもうドス黒かった。




「うん、決めた」


 ノエルは優雅に組んだ両手に、そっと顎をのせて微笑む。ルディとサリーは、その微笑みに恐怖しか感じなかった。


『ひぃぃ! お兄ちゃん!! この人めっちゃ怖い!!』

『そんなのわかってる! いいか、絶対に逆らうな!!』


「レオン救出作戦を実行する。もちろん、協力してくれるよね?」


「「はいっ! 何なりと申し付けください!!」」


「さて、それじゃぁ、早速ヴェルメリオに行って、テオとレイシー、エレナとアリシアも呼んできてもらおうか。フィルは、きっと断ると思うけど声だけかけてきて」


「「承知いたしました!!」」


 アルブスは悪魔族の襲撃がなくなってから、結界の維持のみで平和な時を過ごしていた。つまり、ヒマなのだ。ここで隊長たちを呼び出しても、まったく問題はない。


 フィルは自分の研究で忙しくしているから、まぁ、ムリに来なくても仕方ないか。今なら業務は少ないから、ニコラスと他の副隊長が実務担当で充分こなせるでしょ。


 ルディとサリーはすでにヴェルメリオに移動したね。

 さすがに空間移動の使い手は素早いな。それじゃぁ、僕もベルゼブブとアスモデウスに話さないとね。






「何だよー! せっかく娘とデートしてたのに……! あんな天使、他にはいないのに!!」


 メソメソとするテオにノエルは黙らせた方が快適かと、適当にあしらう。


「だから、ブルトカールに行って、帰りに限定のお土産でも買えば穴埋めになるんじゃない?」


「ブルトカール限定……」


「そうそう、奥さんの分もお揃いで買えば、きっと喜んでくれるよ」


「ほっぺにチューもらえるか……?」


「そうだね、二人からしてもらったらいいんじゃない?」


「それは……めちゃくちゃヤル気でるなぁ!!」


 テオには、休みか家族の話をしておけばいいので、扱いが楽でいいとノエルは思っていた。

 レイシーは暗器集めが趣味なので、ブルトカールでは獣人用のものが手に入るとやる気を出させた。


 アリシアは僕がいれば勝手にテンション上げてくれるから、手がかからなくていい。

 エレナは多分、あとで借りを返せと言ってくるだろう。妥当なものなら応じよう。



「本当に申し訳ない。我が主人のために集まっていただき、感謝する」


「はい、これ、パワードリンクよ。体力回復させたい時に飲んでね。ひとり三本ずつ用意してあるわ」


「そんなに恐縮しないで。逆に兄が迷惑をかけてすまないと思ってるんだ。それに同盟国なんだから、助けるのは当然だよ」


 ベルゼブブは神妙な顔をしていたけど、ホッとしたように顔をゆるめた。アスモデウスはパワードリンクを配っている。実はこれ優れもので、ヴェルメリオではすでに手に入りにくい物だ。


「そうです、まったく気にしないでください。むしろ食事代も宿代もアルブス持ちで、暗器の買い出しに行けるかと思うと、お得感しかありません!」


 レイシーが拳を握り締めながら力説していた。隊服では目立つので全員私服なのだが、レイシーの羽織っているマントの下は間違いなく暗器だらけだ。


「ええ、本当に。こんなことでノエル様に貸しを作れるなんて、お得以外の何物でもないですわ」


「ノエル様の私服……はぅあ! もうすでに胸いっぱいです!!」


 黒さを完璧に隠したエレナの笑顔は、淑女そのものだ。水色に白いフリルのついたワンピースが、よく似合っている。

 そして、安定のアリシアはノエルがいれば何でもいいらしい。ハーフジャケットの下はショートパンツだ。ニーソックスとショートブーツを合わせている。


 動きやすさ重視なのはいいけど……ちょっと体の線出しすぎだよね? さっさと片付けて、買い物しよう。


「最近身体もなまってるからな、ちょうどよかったよ」


 訓練ばかりで実践は久しぶりのテオも、何だかんだで楽しんでいるみたいだった。薄いグリーンのショートローブに黒のパンツ姿は、旅人のように見える。


「本当にみなありがたい言葉じゃ。それでは、我もできる限り力になろう。好きに使ってくれ」


「パワードリンクなくなったら、いくらでも補充するから、バンバン飲んでねぇ」


 協力体制が整ったところで、ノエルが指揮を取る。全ての可能性を考えて、使えるものはすべて使ってレオンを助けだすと、決意した。




「それじゃぁ、テオとレイシーは情報収集。エレナは集まった情報の精査、アリシアは転移魔術を使ってみんなのサポートして。ベルゼブブとアスモデウスは、ベリアルと合流して欲しい、追って指示を出す。ルディとサリーは僕と一緒に来てもらうよ」


 全員が静かにうなずく。アリシアが転移魔術の魔術陣を展開した。部屋を包むほどの魔術陣は淡いブルーの光を放ち、輝きを増してゆく。


「さぁ、作戦開始だ」


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