第31話 平和すぎて落ち着かない

 平和だ……平和すぎる……!

 いや、いいんだけど。みんないつも笑顔だし、食い物はうまいし、風呂は気持ちいいし、いいんだけど。このマルチトリュフのパスタとか、ほんとサイコーだよ。



 この前の大雨から、一ヶ月が経とうとしていた。

 大魔王の仕事も、今のところは落ち着いてる。それぞれの役割が決まり運営に問題がないことから、今は人材の確保と育成に取り組んでいた。


 そして、その時に思いついた風呂のダイヤルも、量産の目処がついて、いよいよ販売しようかというところまで来ている。

 魔石の採掘も俺がやるよりも、適性のある悪魔族がやった方が効率がいいと言われて、やらせてもらえなかった。


 超高待遇すぎて、むしろ俺がお荷物なのでは? とすら感じていた。下僕たちが有能すぎて、いつお払い箱にされるかと本気でビビってる。




「レオン様、ご報告に参りました」


「ルディか、どうだった?」


 ルディは魔力の扱い方をスルスル覚えて、立派な青年の姿になっていた。教育担当のベリアルいわく、もともとセンスがあるらしい。


 兄弟そろって空間魔術が得意だというので、今は諜報部門の担当者として活躍してもらっている。多分、そういう血統なんだろうな。


 空間魔術は敵を倒すのには不向きだけど、隠密行動や転移なんかはお手の物だ。ヴェルメリオと俺の執務室くらいなら、一瞬で移動できるんだ。めちゃくちゃ重宝している。


 ノエルがルディたちをものすごく欲しがってたけど、アイツなら転移魔術とか余裕だと思うんだよな。何であんなに欲しがってたのか、よくわからん。



「他国はブルトカールを除いて、今のところ動きはありません。あちらの国から、国境を超えて商人がやってきてますが、あまりまともな商売をしていない者もいました」


「それって、どんなやつら?」


「そうですね……ぼったくり価格の行商人や、ニセの魔石を販売する者、あとは奴隷商人でしょうか」


 奴隷商人、そうかブルトカールは奴隷推奨国家だったもんな。ちょっと前に新しい国王になって、法も変わったみたいだけど、そう簡単にはなくならないよな。


「その奴隷商人の被害者に、悪魔族はいるのか?」


「レオン様が大魔王になられてからは、被害者は出ておりません。それ以前は奴隷として連れて行かれたものもいました」


「わかった。じゃぁ、まずは、行商人が取り扱う商品の適正価格一覧を、みんなに配ってくれるか?」


「かしこまりました」


「魔石については、ノエルから検査用の魔道具借りてくるから、それで対応しよう。ロルフなら複製作れるだろ?」


「それなら、ロルフが直接ノエル様の元に飛んだ方が早いですね。そのように指示してきます」


「あ、それ助かる。ありがとう」


 本当に話が早くて、一度指示を出すと次からは勝手に動いてくれるんだ。ルディはこういうところが、有能すぎると思う。あの時助けた俺、本当にいい仕事したよ。




「それじゃぁ、あとは奴隷商人か……奴隷にされたら、どんな扱いを受けるんだ?」


「奴隷になった者は、商品の証として隷属の首輪をつけられます。その首輪には拘束の魔術が施されていて、主人に逆らうことができません。多くの奴隷は檻などに入れられて売られています」


「じゃぁ、解放するには、その首輪を外せばいいんだな」


「外すには条件があるようです。無理に外すと、魔術で頭が爆発する仕組みです」


 なんだそれ!? 頭が爆発って、マジか! どんなホラーだよ!? ていうか、本当に物扱いしてて胸クソ悪いな!!

 ……奴隷とか欲しがってる奴らは、殲滅せんめつして問題ないな。

 ほんのり殺気が漏れだして、ルディが冷や汗をかいていた。あ、やば、落ち着け、俺。


「その条件ってわかるか?」


「申し訳ありません。そこまでの調査は、まだできておりません」


 ルディが申し訳なさそうに、目を伏せる。そもそも奴隷を買うような奴は、首輪を外すことなんて考えないから、調べにくいのかもしれない。


「そっか。いいよ、じゃぁ、自分で調べるから」


「……ご自分で?」



 ニヤリと笑う俺にルディは何かを悟ったようで、ちょっと顔色が悪くなってた。

 ベルゼブブに相談しても、きっと他のヤツに仕事を割り振るだけだろう。いい加減、俺も仕事したいんだ。身体がなまってしかたない。


「そこで、ルディ……相談なんだけど」


「はい……何でしょう……?」


「変化の魔術、使えるよな?」


「つ、使えます……」


「じゃぁ、俺になって」


 ピシリとルディが固まった。え、何で? 俺、ほとんど何にもしてないから、余裕でこなせると思うんだけど。なんなら、俺よりルディの方が仕事できる感じなのにな。


「っ! イヤです! 大魔王様の代替役なんてできません!!」


「何言ってんだよ! ルディなら大丈夫だ! 絶対俺より賢いし、機転がきくし、決断力あるし!」


 盛大に褒められて、ルディがちょっと嬉しそうにしてる。意外と可愛いところのあるヤツだ。もう一押しいってみようか。


「わかった、じゃぁ、何かあった時のために、緊急時マニュアル作って行くから!」


「緊急時マニュアル……」


「そう、変に仮病使うと逆にアスモデウスにバレるから、通常通りが一番いいんだ。だから、俺ならこうするみたいなヤツまとめて行くよ」


「……ひとつだけ条件があります」


「うん、何でも言って!」


「常に自分と連絡を取れるようにして下さい。さすがに国の運営に関することは対応できかねます」


「わかった! 約束だな! 連絡手段はどうする?」


「それなら……レオン様、失礼します」


 そう言ってルディは、人差し指を俺の額にそっとのせた。



魔力通話ウィンクルム



 額にのせた指先から、ルディの魔力がほんの少し流れ込んできた。身体の中をスッと通り抜けていく。


「これで、自分とレオン様は、魔力を使った通話ができます。強力な結界の中では通話できないので、気をつけてください」


「どうやれば話せるんだ?」


「最初に『ルディ』と名を呼んでくだされば、つながります」




『ルディ』


『はい、レオン様』


 頭の中でルディと呼びかけたら、カチリと音がして同じように返事がかえってきた。


 なんだこの便利な機能! でもうっかりルディにつながらないように気をつけよう。俺の思考がダダ漏れになったら恥ずかしいからな。


『ダダ漏れになってますよ……では』


 またカチリと音がして回路が切れたようだ。って、え、いまダダ漏れになってるとか言われなかった!?


「レオン様が考えていたことは口外しませんが、気をつけて下さいね。自分も気まずいので」


 ニッコリ笑うルディに「わかった」としか言えなかった。


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