第二章 ブルトカール編
第30話 生涯の主人
この一週間、大雨が降り続いていた。
外に出られなくてヒマすぎて、仕方なく城の中の改造を進めている。それぞれが、使い勝手の良いように調整や変更をしていた。
俺の場合は風呂だ。そうだ、大好きな風呂だ。浴槽をひとつにまとめて、泳げるくらい広くした。そして、出てくるお湯の種類を、ダイヤルで変えられるようにしたんだ。
ダイヤルには魔石がはめ込まれていて、お湯の素となる魔力を込めている。魔石を変えれば、お湯の種類も変わるので、どんな風呂でも入れるようになった。
今度ノエルが来た時は、アイツの好きなユズ湯でも用意してやろう。
というか、これ売ったら儲かるんじゃないか? まずはヴェルメリオに持ち込んでみるか? ベルゼブブに確認してみよう。ちなみに作ってくれたのは、ルディの弟のロルフだ。
あの時のちびっ子たちは、今では随分大きく成長した。
ルディなんかは俺と変わらないくらいの見た目だし、ロルフをはじめ妹や弟たちも、いい年頃の見た目になっている。悪魔族って長生きだから、それでも俺より年上だけど。
ともかく、俺はベルゼブブの執務室にむかった。
「ベルゼブブ! 今大丈夫か?」
「主人殿か、どうしたのだ?」
書類の整理をしていたベルゼブブは、手を止めて視線を上げた。いつも忙しいのに、ちゃんと俺の話を聞いてくれるベルゼブブには本当に感謝だ。
「あのな、ロルフに作ってもらった風呂のダイヤルなんだけどさ、あれ売ったら儲からないかな?」
「あぁ、魔石を何個も使ったヤツか。ううむ……かなり原材料費が掛かっておるからのぅ。いい値段での取引になるであろうな」
「それなら、貴族とかの富裕層に高値で売ったらどう? 模様とかつけて、高級感出したらどうかな?」
「ふむ……」
ベルゼブブは腕を組んで考えている。頭の中では、いろいろ計算してるんだろうな。
「よかろう。ロルフとアスモデウスとも相談しよう。それでは販売先なのだが、この商品なら北にあるブルトカールでも需要があると思うのだが、どうじゃ?」
「ブルトカール……って獣人の国か?」
「あそこはかなり寒い国だからのぅ……貴族どもに特別なオンリーワンの入浴が楽しめると打って出せば……魔石の追加購入も狙えるな……ククク」
なんか、めちゃくちゃ悪い顔してるけど、大丈夫だよな? 騙すわけじゃないもんな? それじゃぁ、俺は魔石の確保でもしてくるか。
「ベルゼブブ、魔石はどうする? 結構な数いるよな? なんなら俺行ってくるよ」
「魔石ならブルトカールとの国境近くに、鉱脈があるのじゃ。あの辺は地盤が緩いから、この雨ではしばらく無理であろう」
「そっかー、暇つぶしできると思ったのにな」
獣人の国、ブルトカールか……獣人って見た目は人族と変わらないけど、種族にちなんで耳とかついてるんだよなぁ。悪魔族の角みたいなもんか……ちょっと、いや、かなり見てみたい。
その時はノンキにそんなことを考えていた。
***
ルージュ・デザライトとブルトカールとの国境には山々が連なっている。大雨が続いて地盤が緩み、あちこちで小規模の山崩れがおきていた。
大きな魔石の鉱脈があり、採掘のために深く掘り進めていたのも原因の一つだった。
ブルトカール側の山中に、ある獣人族の集落があった。白に黒のメッシュが入った髪に青い瞳が特徴的な種族だ。魔石の採掘をして生計を立てている。
ひっそりと暮らしている彼らは、この大雨により集落から離れるかどうかで、意見が分かれていた。
今夜も夕食の後に、集落のボスであるライカの家で会合が開かれていて、意見がぶつかり合っている。
「そうは言っても他の場所に行くったって、アテなんてないんですよ?」
「たが、このままでは、ここもいつ山崩れに巻き込まれるかわからないんだ。みんなが無事なら、あとは何とでもなる! まずは山を降りよう!」
「もし街に行っても、住むところがなかったらどうするんだ?」
「そんな……うちの子たちはまだ小さいのに、そんなの無理だわ」
「それなら、避難して大丈夫だったら戻ってくればいいじゃないか。死んじまうよりマシだろ!」
「だから、どこに避難するってんだよ!」
「このまま山崩れがおきたら、みんな流されてしまうのに、何を悩むことがあるんだよ!」
ライカは、三日前からの結論のでない話し合いに、頭を悩ませていた。
住人たちの意見が分かれて、迅速な行動に移せないでいたのだ。
(どちらの意見もわかるが……今回の大雨の山崩れは、いつもと違う気がする。何だか、ザワザワするんだ。でも、ただの勘では、みんなを説得できない……!)
ライカは苦渋の選択をした。命があるから、未来を夢みれるんだ。手遅れになる前に、決断しなければならなかった。
「みんな、聞いてくれ!!」
今まで出したことのないくらい、大きな声で叫んだ。どうしても失いたくない、大切なもののために。
「私も十三歳と十一歳の息子たちがいるし、不安な気持ちはわかる。だが、いま決断しなければならない。明日の朝に山を降りる。これは、この集落のボスである、私の権限で決めた決定事項だ。すぐに準備に取り掛かってくれ」
ライカがこのような一方的な命令を下したのは、初めてだった。そのことに住人たちは流石に何も言えなくなった。いつも、自分たちのことを考えてくれていたボスが、決めたのだ。
納得していないものもいたけれど、みんなライカの決定に従い下山の準備に取りかかった。
翌朝にそなえ眠りついている住民たちに、地を這うような地鳴りが聞こえてきた。ライカは不穏な音に目を覚ます。まだ空は暗いままで、夜明けまでしばらくありそうだ。
ひどい胸騒ぎを感じて、子供たちの寝室に駆け込んだ。すやすやと眠る横顔に安心したが、すぐに叩き起こす。
「ライル! アシェル! 今すぐ起きて、山と反対側の屋根に登るんだ!」
「……ふぁ……なに? まだ夜じゃん」
「う……ん、まだ眠いぃ……」
「いいから! 早くしろ!」
そのまま、子供部屋の窓を開けて集落に向けて、
「ガオオォォォォ! ガオオォォォォ!!」
ライカは獣の雄叫びで、住民たちに危険が迫っていることを伝えた。だがこんな夜中で、しかもこの大雨では声が行き渡らない。
「お前たちは屋根に登って、どこかにしがみついてるんだぞ、いいな!!」
ライカはそれだけ言い残して、雨の中に消えていった。
それがライルとアシェルが父を見た最後の姿だった。
父が出て行ってほんの数分後に、集落は山崩れに巻き込まれ全てが流されていった。
(父さん! 父さんはどこだ!? さっき外に出て行って……ウソだ! ウソだ!!)
ライルは思わず叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。
「父さ——ん!!」
「うわああああ! 兄ちゃん!!」
二歳下のアシェルの叫び声にハッとして、後ろを振り返る。大きく傾いた屋根の上でバランスを崩し、アシェルは土砂の中へ落ちそうになっていた。慌ててパジャマごと引き上げる。
「アシェル! こっちにつかまれ!!」
あっという間に、家々が地面ごとズルズルと山の斜面を落ちていく。流されながら家屋は破壊され、バラバラになっていった。脱出が間に合わず、部屋ごと土砂に埋れていった住人も目にした。
ライルとアシェルは屋根から突き出ていた煙突に腕を回して、振り落とされないようにしていた。大雨が遠慮なく叩きつけ、寒さのあまり指の感覚もなくなっていく。
轟音に包まれ、雨に打たれながらも、それでも屋根から落ちないように必死にしがみついた。
気づいたら夜が明けていた。
雨はすこし弱まっていたが、まだまだ降り続いていて二人の体温を容赦なく奪っていく。土砂に埋れた、かつての家の残骸を呆然と眺めていた。
「兄ちゃん……父さんは……?」
アシェルが口を開いた。多分わかっているけど、聞かずにはいられなかったのだろう。ライルの方が年長な分、獣人としての能力も開花している。
その聴覚と嗅覚を使って、仲間の気配を探ってみた。けれど、何も感じなかった。
うすうす理解していたことが、現実なんだと突きつけられる。でも、それを言葉にはしたくなかった。
「アシェル……オレが……兄ちゃんがついてるからな……」
「……そん……な、父さん……」
まだあどけなさが残る兄弟は、抱きしめあって涙を流した。これからどうすればいいのか、どこへ行けばいいのか。
そんな兄弟に声をかけるトカゲの獣人族の男がいた。
「おやおや……これは……君たち山崩れにあったのか。お父さんやお母さんは?」
「…………」
ライルは無言で首を振る。それを見た男はニヤリと口元を歪ませた。
「それなら、私と一緒に来るといい。食事と住むところを用意してあげるよ」
ライルとアシェルは顔を見合わせる。頼れる大人はいない。住む場所もなくなったし、お金もない。その誘いにのる以外の選択はなかった。
あれから一ヶ月が過ぎようとしている。
ライルとアシェルを拾った男は、奴隷商人だった。ブルトカールでは、二年前から奴隷の売買や所持が禁止されている。けれども貴族や大富豪の中には、以前と同じように奴隷を求める声があった。
そのため法の目をかいくぐり、こっそりと奴隷売買をするものが後をたたなかった。そしてそれは、違法になったことにより、より高額な取引となっていた。
「まったく、お前らを拾ったときは儲けもんだと思ったが、エサ代ばかりかかって、ちっとも金にならないじゃないか!」
そう怒鳴りながら奴隷商人は、二人が入っている檻を思いっきり蹴り飛ばした。
ガシャ——ンと金属音が響く。聴力の鋭いライルとアシェルには耐え難いほどの騒音だが、耳を塞いでうずくまることしかできなかった。
「どこの種族かもわからんなど……ただの雑種じゃ、クソみたいな値段しかつかないのに! 早く売らないとエサ代の方が高くなるんだよ!」
ガシャ——ン! ガシャ——ン!!
奴隷商人は檻を蹴り続ける。いつもイラつくことがあると、こうやってライルたちに八つ当たりしていた。そのまま食事を抜かれることも多々あった。
「クソゥ、今日はお前らエサ抜きだからなっ!!」
奴隷商人の足が檻を蹴り飛ばすために、振り上げられたのが見えた。
でも、しばらく待っても、いつもの不快な音が聞こえてこない。ライルとアシェルは不思議に思って、顔を上げた。
そこには、奴隷商人ではなくて一人の男が立っていた。
少し癖のある黒髪に、見たことない角みたいなものがついている。黒い仮面をつけていて、顔はわからないけどチラリと見える瞳は、キレイな紫色だった。
「お前ら、俺についてくる気あるか?」
ライルとアシェルの獣人族の耳が震える。父のような暖かくて優しい声だ。この一ヶ月で聞いてきた、卑しい者にむける侮蔑の声とはまるで違う。その声に心臓が、己の血肉が沸き踊るように暴れている。
直感ともいえる感覚だったが、二人に迷いはなかった。
「どこまでもお供します。
ライルのその言葉に、アシェルもすぐに理解して続けた。
「ボクも、どこまでもついて行きます。
父さんは言ってた。獣人族は排他的だけど、義理人情に厚く、恩義を感じたら誠心誠意尽くすと。本能でそう行動してしまうと。
もうひとつ、なかなか出会えないけれど、生涯ただ一人の主人様がいるのだと。それは会えばわかると言っていた。
とても不思議な感覚で、間違えることはないと断言していた。そして、主人様と契約できた獣人族は、本来の力を使えると教えてくれた。
父さんは山奥の集落で、ボスをやってたから出会わなかったけど、もし出会っていたらここにはいなかったと話していた。
すごくわかる。こんな感覚を知って、ジッとなんてしていられない。何がなんでも、自分の主人様になってもらいたいと渇望するのだ。
(こんな感覚は初めてだ……この方が……オレの主人様!)
(すごくドキドキしてフワフワする! この人がボクの主人様なんだ!)
ライルとアシェルは、この男——レオン・グライスを主人だと理解した。生涯、ただ一人の主人だと。
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