第29話 おまけの話・面白いヤツが来た

 オレは大天使ルシフェルと呼ばれている。多分、天使の中で最強だ。


 ある日、オレの前にレオンと名乗る面白いガキが来た。あれからオレの退屈だった毎日は、想像もできなかった希望に満ちている。




 オレがいる世界は、人族や悪魔族がすむ地上とは別の次元にある。

 たしか七千年だか八千年だか、とにかく気の遠くなるくらい昔に、オレたちの宿敵と戦争になって負けたから、逃げのびて自分たちだけの世界を作ったんだ。


 真っ白でフワフワしたものに囲まれている。寝心地は最高だ。



 負けた話なんてしたくないから端折はしょるけど、宿敵たちは地上の世界で、他の生命と結びついて悪魔族と名乗るようになったんだ。


 天使の力は強力すぎて、制約があった。他の生命体に直接攻撃することができないので、ずっと手を出せなかった。


 悩んだ末に、悪魔族たちから逃げる他の種族に目をつけた。オレたちの力を貸せばあの宿敵たちを、倒してくれるかもしれない。

 最終的に人族に力を貸すことになった。



 まずはミカエルが、一番心の美しい者に力を貸した。思いの外うまく行ったので、他の天使たちも力を貸し出した。


 だけど、オレはただ心が綺麗なだけのヤツじゃ、物足りなかった。オレのこの圧倒的な力を使いこなすには、心だけじゃ足りない。

 もっと強く求めるものがないと、無理だと思ってた。


 オレの認めたヤツは、そんなに多くなかった。百年に一人いるかどうかくらいだ。まぁ、認めたヤツはみんないい仕事してくれたけどな。



 百二十年ぶりに、これはと思うヤツが来た。




「ルシフェル様——!」


「何だ?」


「あの、私、力を貸そうと思って、人族の少年に会い行ったんです。けど、一番強いヤツ出せって、チェンジだって言われてしまったんです! もう、どうしたらいいですか!?」


 虹色に輝く涙をこぼしながら、目の前の天使はボロボロ泣いていた。


「は? 何だそれ。大天使ラファエルのお前にそんな事言うヤツいるのか……?」


「言われちゃったんですぅぅ……」


 これは……なんて面白そうなヤツが来たんだ!

 大天使ラファエルなんて出てきたら、普通は大喜びなんだけどな。それをチェンジか……ハハハ!

 これはオレが行くしかないだろう!


「ラファエル、オレが行く」


「ええぇぇ!? そ、そうですか……? まぁ、それなら大丈夫かな?」


「クックックッ、楽しくなりそうだ……」


「いや、だから、その笑い方、大天使に見えないって……」


 通常運転に戻ったラファエルを横目で見てから、人族の世界につながる泉へむかった。

 オレは六枚の黒い翼をはためかせて、泉に飛び込んだ。




     ***




 そっと瞳を開けると、目の前にはボロ雑巾のようなガキがいた。クセのある黒髪に、意志の強そうな紫の瞳が輝いている。


 へぇ……格好はみすぼらしいが、魂の輝きは相当なもんだな。金色に輝いていて、しかも光が眩しいくらいに強い。

 さてはラファエルのヤツ、この逸材見つけて、横取りする気だったな?


 まぁ、ぶっちゃけこの時点で合格だったんだ。

 どの天使の加護を受けるかは、この魂の輝き具合で変わってくる。色や透明度、強さで加護を与えるかどうか、オレたちが決めていた。


 力を貸しても、使いこなせないんじゃ意味ないからな。適正とか相性とか色々あるんだよ。

 それでもオレは、いつものように人族に聞く質問をした。


「呼び出したのはお前か。名を名乗れ」


『レオンだ。レオン・グライス』


「何のために力を欲する?」


『ノエルを……弟を守るためだ!』


 まぁ、ここまではよくある答えだな。八割から九割はこんな感じの答えだ。


「それならオレでなくても問題ないだろう?」


『いや、一番攻撃が強くなくちゃダメだ!』


「何故だ?」


『俺は! たった一人の弟を守るって、自分に誓ったからだ! 最強じゃないと全部守れない!』


 ここまでもよくある答えだな。何だ、思ったよりつまらんな。


「それならば、何故、盾よりも剣を選ぶ?」


『だってさ、最強の攻撃力で倒さないと、また襲ってくるかもしれないだろ? 動かなくなるまで、やっつけないと安心できないじゃん』


 ほぅ……コイツ、今十二歳か? この歳で敵に対して容赦ない攻撃性は、オレの好みだな。


『なぁ、力を貸してくれんの? くれないの? 俺、今すごい急いでんだよ。無理なら他当たるから、早く決めてくれよ』


 ……っ!! 何だと!? このルシフェル様が出てきたと言うのに、この態度か!?


「お前、オレが天使の中で一番強い大天使だって、わかって言ってるのか?」


『いくら強くても、オレの力にならないなら、どうでもいいよ。で、どっちなの?』


 どうでもいいって……このガキ、ブレないな。というか、初めてどうでもいいって言われたぞ。

 ククク……面白いなぁ。こんなに真っ直ぐで強い己を持っていて、この魂か。いいね、レオン、気に入ったよ。


「レオン、お前に大天使ルシフェルの加護を与える。存分に力を使え」


 そう言って、オレはちょっと変わった人族、レオンに加護を与えた。周りの人族どもが何だか騒いでたが、まぁ、それこそどうでもいいな。

 まずは、レオンの今後を観させてもらおうか。




     ***




 結果から言うと、非常に面白かった。

 レオンのやつ、あれは規格外だ。


 加護を与えた対象とは繋がりができるので、空中にスクリーンを出して様子を観ることができる。これで本当にヤバい時は、こっそりフォローしたりもできるのだ。


 やたら急いでるから、どうしたのかと思ったら、リアルタイムで弟がヤバかったらしい。


 ある屋敷に乗り込んで、初めて使う聖神力であたり一面焦がしまくってた。

 でもここで力加減を覚えて、弟を助けた後は、弟に攻撃を当てないようにするために、コントロールを覚えていた。


 この調子ならあと二年もすれば、天空神ディアウスの攻撃も使えるようになるだろう。

 オレのフォローなんて必要なくて、寂しいじゃないか。ものすごく久しぶりの加護なのに。


 だが、この弟の魂もなかなかの逸品だ。しかも、どうやら弟も泉に来るらしい。ククク、こっちは、アイツに任せよう。


「ミカエルー!」


 振り向いたのは、オレンジブラウンの髪に碧眼の大天使だ。オレと同じで六枚の翼を持っている、二番目に強いやつだな。


「……何?」


「うわ、機嫌悪いな」


「あぁ、この前、加護与えたヤツが死んでから、力が溜まりすぎてモヤモヤするんだよ」


「そんなミカエルに朗報だ。いいヤツ見つけたぞ」


「えっ……本当に?」


「ほら、これ観てみろ」


 ミカエルの目の前に、レオンと弟の映ったスクリーンを出してやる。ミカエルは食い入るように観ていて、魂を吟味しているようだ。


「あー、黒髪の方はオレの加護与えたからな。お前の担当は金髪の方な」


「は!? ルシフェルが加護を与えた!? クッソ、出遅れた……!!」


「残念だったな。あ、ほらもう金髪の方も泉に行くところだ。早く行かないと、他の奴に取られるぞ」


「わかったよ! まぁ、あの子もすごく綺麗な魂だから、不足はないからね。じゃ、行ってくる」


 振り返ることもなく、ミカエルはあっという間に泉に消えていった。

 

 これで、しばらくは楽しめるな————




     ***




 ————楽しめるどころじゃなかった。


 なんなんだ、レオンの奴。なんで悪魔族の奴らと契約までしてるんだ!? しかも、ヒトの名前を大魔王呼ばわりしやがって!! オレは大天使だっつーの!!!!


 まぁ、でもこれはこれで面白いからいいか。


「あれ、大魔王様がこんなところで何やってんの?」


 ニヤニヤしたミカエルが頬杖をついて、オレをからかってきた。ムカつく奴だ。


「うるさい。大魔王って呼ぶな」


「またレオン観てたの?」


「あぁ、この前は久しぶりに、ヤバいくらい怒り狂ってたからな。気になってな」


「そうだよね、ノエルも本気出してたから、思わずフォローしちゃったよ。『天空神ディアウスの怒り』は危なかった」


「ハハハ、アレは最大火力の攻撃だからなー。でも、ノエルもなかなか腹黒くて見てて楽しいな」


「あ、わかる!? そうなんだよね、話してみたらあの容姿で、思いっきり腹黒なんだもん。加護与えるの即決だったよ」


 このミカエルもちょっと変わり者で、やはり魂が綺麗なだけでは物足りないらしい。コイツの好物は二面性だ。ギャップがあるほどいいと前に熱く語っていた。



「というか……このふたり、世界を変えたな」


 今スクリーンに映っているのは同盟の調印式だ。ちょうど全員がサインを終えたところだった。握手をして、それぞれが退出していく。


「そうだね、まったく想像していなかったけど、悪魔族と同盟結ぶとか」


「そうだな……これでオレたちの宿敵だった悪魔と、争うことがなくなったな」


 この数千年、ずっとずっと、闘い続けてきた宿敵が友になってしまった。たったふたりの人族によって。


「オレたちは何のために闘っていたのだろうな……」


「……さぁ? あんまり昔のことすぎて、覚えてないね」


 サラリと流すミカエルに、オレは軽く驚いた。だって、オレたちの数千年が何だったのか、意味を持たなくなったのだ。


「まぁ、いいんじゃない? 理由も忘れてしまうくらいなんだから、そろそろボクたちも変化の時なんだよ」


「変化の時か……」


「そうだよ、こんな世界に引きこもってるのも、いい加減あきたしさ」


「そうだな、それは言える。それなら、もっと変化を促すようにフォローしてみるか?」


「それいいね! ボクもその方向でフォローするよ」


「あぁ、これからのレオンたちに期待しよう」



 世界が変わり始めている。

 オレたちですら成し得なかったことを、レオンなら出来るかもしれない。

 

 新しい地上の世界を、作り出せるかもしれない。


 争い傷つけあうのではなく、穏やかな一つの世界へと。


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