第8話 破滅へのカウントダウン(2)

 レオンを国外追放してから、三週間近くがたった。



 シュナイクはこの日、溜まりに溜まった書類を片付けていた。

 結界が破られたあとも、悪魔族は何度か襲来している。その度にギリギリでしのいでいた。


 なぜかレオンがいなくなってから、上位悪魔の襲来頻度が格段に上がっている。

 総帥ノエルの容体はなかなか回復せず、支援も期待できない状況だ。隊員たちの疲労も溜まる一方だった。


 悪魔族の襲来によって、隊員たちの治療にともなう経費の書類や、砦が破壊されたときの修繕に関する書類、また、四番隊の諜報活動の報告書など、多岐にわたる書類と格闘していた。



 このような書類仕事など、私がする必要があるのか? まったくこんな手間のかかるシステムは、私が総帥になったら改善しなければならんな。


 そもそも以前より、かなり書類が増えているではないか。これは……私に対する嫌がらせか!?



 そんなことを考えていると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。


「誰だ! 今は忙しいのだ!」


「申し訳ありません……五番隊のエレナ・テイラーです」


「えっ! エレナ隊長ですか!? 失礼いたしました! どうぞお入りください」


 組織運用のもろもろの雑務を引きうけ、アクの強い祓魔師エクソシストたちの潤滑油となる五番隊。

 その隊長を務めるエレナ・テイラーは、大天使ラグエルの加護を受けている。物腰の柔らかいおだやかな笑みをいつも浮かべていて、二二歳だが落ち着いて見える。

 そのサラサラの黒髪とアクアマリンのような瞳は、見る者の目を奪っていた。


「お忙しいところ申し訳ありません……シュナイク副隊長にお願いしたいことがござまして……」


「は、はい! なんでしょうか?」


「午前中に提出された書類に不備がございまして、訂正していただけないでしょうか?」


「それは申し訳ありませんでした。どの書類でしょうか?」


 その程度の用件でわざわざ隊長が来るのかと疑問に感じながらも、おだやかな態度は崩さなかった。

 エレナはうっすらと微笑みをうかべたまま、「ニコラスさん、お願いします」と扉のむこうの補佐官に声をかける。


 ニコラスが二箱分の書類を運びこんでくる。

 シュナイクは貼り付けた笑顔のまま固まっていた。


「本当に恐縮なのですが、不備の箇所にはフセンも貼ってありますので、あしたの午後六時までに再提出お願いします。あと、一緒に追加の書類もお持ちしましたわ」


「……こ、これを全て……ですか?」


「こちらで処理できるものはしたのですが、総帥代理でないと決済できない書類ばかりなのです。でも、シュナイク様でしたら、きっとすぐに処理できるものばかりですわ」


「いや、でも……多すぎ……ませんか?」


「そうですね。砦の修復や隊員の治療に関する書類は、いつもこの十分の一ほどですから。他の隊長様も仕事量が増えております。ですがシュナイク様も、精一杯頑張っておられますでしょう? 私もできることは、お手伝いさせていただきますわね」


 くそっ! 隊員たちが役立たずなせいで、こんな書類仕事に追われる羽目になったではないか! しかも総帥代理の決裁書類では、ほかの者に任せることもできないではないか!!




「では、よろしくお願いします」


 最後に花が咲くような笑顔をシュナイクに向けて、エレナは執務室を後にした。扉を閉める直前、チラリと室内に目をむけたが、シュナイクは石像のように固まったままだった。


(さて、これであのポンコツも少しはまともな仕事をするかしら。五番隊も二四時間体制にしてるから、そろそろあの子たちの負担を軽くしてあげないとね)


 こんな毒舌を吐いているとは、想像もできない笑顔を浮かべて、エレナは自分の執務室へ向かって歩き出した。


 五番隊の入隊条件は人の本質を見抜く力と、高度な対人スキルがあるかどうかである。そんな部隊の隊長がエレナだ。腹黒さでは総帥に引けを取らない。


「あら、また来たのね。はぁ、ますます書類が溜まってしまうわね」


 エレナが呟いた。それと同時に、けたたましく鐘の音が鳴りひびく。

 悪魔族の襲来だ————




     ***




 何故だ……何故、毎回こんなにも苦戦するのだ!


 鐘が鳴りひびいてから、どれくらいたっただろうか。シュナイクは思い通りにいかない、悪魔族との戦闘に苛立っていた。


「一番隊! 悪魔の数が減っていないぞ! 何をやっている! 二番隊! 援護が足りない!!」


 シュナイクの背後で、援護をしているのは魔術攻撃部隊の二番隊だった。だが彼らもまた、ギリギリの状態で魔術の攻撃をしているのだ。副隊長のヨークが悲鳴をあげる。


「シュナイク様! 二番隊はこれ以上の援護はムリです!! レオンがいた時は、一番隊がもっと悪魔族の数を減らしてましたよ!!」


「一人くらい居なくなったからと言って、何故こんなにも苦戦するのだ! いいから何とかしろ!! ニコラス! タイタラス! バーンズ! お前らもしっかり働け!!」


「うるせぇ! やってるよ! お前こそ後ろにいないで出てこいよ!!」


 頬から血を流したタイタラスが悪魔族を倒して、シュナイクに怒鳴り返す。だが、またすぐに別の悪魔族が襲いかかってきて、言葉を続けられなかった。


「何を言うんだ、指揮官がやられたらどうにもならないだろう! いいからお前たちは指示通りに動いてろ!」


 ニコラスとバーンズはさらに前線にいて、何とか悪魔族を倒していた。

 そこへふわりと四番隊隊長テオが舞いおりる。彼の愛剣、アルスの双剣がその軌跡に紅蓮の炎をまきちらした。炎に触れた悪魔族が、次々と消えてゆく。


 隊員たちのあいだを器用にすり抜けながら、高速で飛びまわっている。ほんの三十分ほどで悪魔族を半分にまで削っていた。

 ここで一気に悪魔族を追い返そうと、隊員たちは最後の力をふり絞る。


「遅れて悪かった。東の砦にちょっと強いやつがいてな」


 掃討戦に切り替わったのを確認したテオがシュナイクの隣に降りたった。今回は東と南の砦に同時に襲撃を受けていた。そのため戦力もさかれて、より苦戦していたのだ。


「いえ、テオ隊長、助かりました」


「俺のは強力だけど攻撃範囲が狭いからな。時間がかかっちまうんだ。レオンなら、十五分もあれば殲滅してたんだろうけどな」


「え……? あの男はいつも一人ではらってましたけど、さすがにそんな短時間では……」


「いや、レオンは攻撃範囲が広いのもいけるから、一人でやった方が効率いいんだよ。あれは圧巻だったな」


(それに、レオンが相方じゃ、俺ですら足手まといになるんだよなぁ……ほんと反則だよ)


 シュナイクは息苦しさを感じていた。

 いや、悪魔族の襲撃には勝ったのだ。きっと、気のせいだ。

 そもそも、押し寄せる悪魔族をたったひとりではらうことなどできるのか? そんなのは、人間業ではないだろう。大魔王でもあるまいし、きっと大袈裟に話しているのだ。


「あ、そうか、シュナイクはレオンより後の入隊だったか。それなら、レオンがいつもひとりではらってた理由なんて知らないか」


「……もう、ここにはいない人間の話なので、興味ありません」


「ふーん、そっか。まぁ、お疲れさん。じゃ、俺は先に戻るわ」


 テオ隊長はヒラヒラと手を振りながら去っていった。

 もう、レオンの話など聞きたくない。なぜ他の奴らはレオンの話などするのだ! 私の言う通りにして、悪魔族たちを追い払えているではないか!!

 私は大天使サリエルの守護を受けているのだ! 私の実力ならば、何も問題はないのだ!!


 シュナイクはまるで自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやいていた。




 ————カウントダウン、3


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