第7話 そろそろ家が欲しいんだが

「なぁ、ベリアル、そろそろ家が欲しくないか?」



「家? それがレオン様の願いならすぐに用意するよ」


「えっ! マジで!?」


 ベリアルは自信たっぷりに「当然でしょ」とドヤ顔している。

 悪魔族ってほんとスゴイと思う。魔力を使って、いろんなことをしてくれる。まったくのゼロから生み出すことはできないが、形ある物なら変化させるのは自由自在にできるらしい。

 ただ契約した後は主人あるじだからと様付けで呼ばれて、ちょっと落ち着かない。


 律儀に契約を守ってくれるので、俺にとっては居心地のいい時間を過ごしていた。だから俺も対価である『ベリアルを守る』ことを、何よりも優先したいと思っている。


 そのためには、まず生活の基盤となる家が必要だ。俺ひとりなら何でもいいけど、やっぱり悪魔族とはいえ女性が野宿というのは気が引ける。

 俺が守りやすいようにピッタリくっついて寝てくれるけど、いつまでもそんなことを続けていては嫌だろうとも思う。


 家に住んで結界を張れば多少の敵は防げるし、侵入者が来たとしても感知しやすい。そして、なによりベリアルに温かいベッドと、安心できる環境を用意してやれる。まぁ、ベリアルにお願いしないといけないのが、残念だけど。


「うーん、この辺なら……あそこがいいかなぁ。レオン様、少し距離があるけど大丈夫?」


「もちろん! あ、距離があるなら、俺が連れていってやろうか?」


「えっ? レオン様が?」


「うん、ベリアルも飛べるだろうけど、俺は長距離でも平気だし。その、抱きかかえても嫌じゃなければだけど……」


「えぇっ!! い、嫌じゃないから! おおお、お願いします!!」


 ……嫌じゃ、ないんだよな? 眉間にシワがよってるけど、嫌じゃないんだよな?

 あ、もしかして、俺臭う? そうだよなぁ、まともに風呂入れてないもんな……これは、ベリアルに気を使わせてるのか?

 …………家を用意してもらったら、一番に風呂を準備してもらおう。それまでは仕方ない、なるべく密着しない抱き方で我慢してもらおう。


「じゃぁ、少しの間だけ我慢してくれる?」


「は、いぃぃぃぃ!?!?」


 ヒョイっとベリアルを抱き上げる。この体制なら、一番密着しないはずだ。

 黒い翼をはためかせて、なるべく優しく舞いあがる。ベリアルは固まったまま動かない。

 そんなに、臭うのか……。風呂に早く入りたい。


「どっちに行くか、教えて」


 いたたまれなくて、そっけなくなってしまうのは許してほしい。自分が臭うのに、我慢してもらってるのはダメージが半端ないんだ。

 ベリアルに負担がかからないように、なおかつ最大速度で目的地に向かった。



(いやぁぁぁぁ!! ここここ、これはっ! 夢にまで見た、お姫様抱っこぉぉぉぉぉぉ!?!?!? ぎゃ————!! 口から心臓が出ちゃうぅぅぅぅ!!)


 ベリアルの心の雄叫びは、レオンにはまったく届かなかった。




     ***




 目的地についてベリアルを下ろすと、ようやく落ち着いたようで目の前の建物を指さした。

 え、ここで間違いないのか?



「ここだよ」


「…………マジで? ここ? 使っていいの?」



 ベリアルの細い指の先には城があった。ルージュ・デザライトの中心部近くまで飛んできたけど、他に建物はない。

 ド————ンと構える巨城がそびえ建っていた。


 これは…………風呂どころか、部屋とか何個あるんだ?


「かなり……デカイな。もっとこじんまりしてていいんだけど……」


「これくらいの堅牢な建物じゃないと、この荒野には残らないの。今は誰も使ってないから大丈夫。それに、レオン様にはこれくらいの住まいじゃないと、私の気が済まないっていうか……とにかく! 手入れすれば住めるから!」


「そっか。うーん、まぁ、いいか。ベリアル、ありがとう」


 ん? あれ? 優しく笑ったつもりだったんだけど……またベリアルがしかめっ面になったみたいだ。

 あぁ、そうだった、とりあえず風呂の準備を頼もう。これ以上メンタル削れたら、しばらく浮上してこれそうにない。


「……早速で悪いけど、風呂の準備を頼んでもいい?」


「おおお、風呂!? わかった! す、すぐに準備してくるから!!」


 あっという間にいなくなったベリアルに何もいえなくなってしまった。

 …………そんなに、キツかったのか。



(また! またフワって微笑わらった! あれズルイ!! キュンキュンしちゃう!! とにかくご要望通り、湯殿ゆどのの準備しなくちゃ……背中とか、流した方がいいのかな? え、どうしよう! レオン様の、ははは裸とか!! ぎゃ————!!)


 っていうベリアルの心の雄叫びは、やっぱりレオンには届かなかった。





 カポ————ンと桶の音がひびきわたる。

 城の湯殿だけあって、二十人くらい同時に入れるくらい広かった。だが、ここを利用するのは、あくまで城主のみだ。


 洗い場がやたら広くて、ジャグジー風呂や薬草風呂、乳白色の湯など、数種類の湯が張ってある。


 さっき使った石鹸もすごくいい匂いだったしな。こんな贅沢していいのか……? 庶民の俺には、逆に落ち着かない。明日からは湯船は一種類にしてもらおう。日替わりにしたら楽しそうだ。


「レオン様……?」


 ん? 空耳か? ベリアルの声が聞こえたようなーー


「あ、ここにいたんだ。あの……背中を流しに……きたんだけど……」


 空耳じゃなかったーーーー!!!!

 なぜか、ロングキャミソール姿のベリアルが目の前にいる。湯殿の中が暑いのか顔が真っ赤だ。えーと、どんな状況だ、これは?


「せ、背中? もう洗ったから大丈夫!」


「そうなんだ……他に、手伝うことある?」


 なんだ? どうした? ベリアルが近づいてくる!

 ちょっ、その格好は俺には刺激が強すぎるんだが!? ていうか、これは契約内容に含まれてないよな?


「い、いや! もう上がるから! 悪いな、ベリアル!」


「……わかった。じゃぁ、湯上がりのじゅ……ひゃぁぁ!」


 ベリアルはくるりと向きを変えて、入り口に向かって踏み出した。その一歩が、これまた見事にツルッと滑り、レオンが入っている湯船に背中からダイブする。


「ベリアル!」


 とっさに手を伸ばした。バランスを崩して倒れ込んできたベリアルをなんなく受け止めて、ホッとする。

 よかった。思いっきり濡れたけど、ケガはないみたいだ。


「はぅ……ごっ、ごめんなさいぃぃぃ!!」


 そこからのベリアルは速かった。一瞬で湯船から出て、声をかける間もなく湯殿からも出ていった。


「速っ! そんな気にしなくていいのに……俺もあがろ」



 その頃、ベリアルはレオンの寝所で、


(はぅぅぅ……! なんて大胆なことをしてしまったの! でもレオン様の、むむむ、胸板が私の背中に…………いやぁぁぁぁ!! ラッキーすぎるっっ!!)


 とのたうち回っていた。





「うわーー! すごいな! これ、全部ベリアルが用意してくれたのか? ベッドとか、めちゃくちゃ気持ちいいなー!!」


 風呂から上がった俺は、ベリアルに寝所まで案内された。そこにはフカフカのキングサイズの天蓋付きベッドに、センスの良くそろえられた家具が並んでいた。

 全体的に濃紺とダークブラウンでまとめられていて、しっとりと落ち着ける空間になっている。


「これくらい、余裕だから」


「すごく気に入った、ありがとう!」


 あ、まただ。ベリアルがしかめっ面になってしまった。風呂にも入ったのに……うわ、もしかして、気づかないうちに嫌なことしてた!?


「なぁ、ベリアル。俺、なにか嫌なことした?」


「えっ? なんで?」


「いや……よくしかめっ面になるから、なにか我慢してるのかと思って……」


「っっ!!」


「気づかなくて、ごめん。なにが嫌だった?」


 ベリアルは俯いたまま、グッと拳を強く握っている。よっぽど我慢していたのか? 悪いことしちゃったな。


「……っ! 違うの!」


「うん?」


「あのっ……レオン様がしてくれるみたいに、優しくされたこと……なかったから、慣れてないだけなの! その、恥ずかし……くて」


 顔は俯いたままだけど、長い髪の隙間から覗く耳は真っ赤になっていた。


「そうだったんだ……我慢はしてないんだよな?」


 ベリアルはコクコクと激しく頷いている。


「そっかー! よかった! 嫌われたのかと思って、どうしようかと思ってた」


 ベッドに倒れ込んで屈託なく笑うレオンの笑顔に、ベリアルはまた赤くなる。


 そっか……悪魔族っていうだけで、感情もあるし一生懸命なところもあるし、ほんとに人族と変わらないんだな。これなら、ベリアルとずっと一緒でもやっていけそうだ。

 なにせ、俺が死ぬまでの契約だからな。


「嫌いなわけない……から」


 ポツリと呟いたベリアルの言葉は、レオンの耳に届いていなかった。


 安心したら、強烈な眠気が襲ってきた。

 そういえば、まともに寝たのはいつだっけ? このベッド気持ち良すぎ、やば……限界ーーーー

 レオンの規則正しい寝息が、ベリアルの耳にも届く。


(え、寝ちゃった……?)


 ベリアルはレオンの寝顔を眺めていた。ついさっきまでは埃まみれで薄汚れた旅人のようだった。いつのまにか目の下にクマができてる。手は剣ダコだらけでゴツゴツしているけど、大きくて温かい。


(私は寝かせてくれるのに、レオン様は寝てないんじゃない)



『俺が火の番するから、ベリアルは寝てていいよ。おやすみ』

『ベリアル、寒くないか?』

『ベリアル? 疲れた? じゃぁ、一休みするか、ハラ減ったし』

『これでベリアルもあったかいベッドで寝れるな! ちゃんと守るから安心して』



 ここまでくる数日間のレオンとのやり取りが甦ってくる。こんな無防備に眠っている男が、悪魔族のなかでは殲滅せんめつ祓魔師エクソシストとよばれ恐れられていた。レオンのいる砦に向かった者が、ほとんど帰ってこなかったのも事実だけど。



(でも、本当はこんなに優しい人だった。もっとレオン様の喜ぶ顔が見たいな。もっと私にだけ微笑わらってほしい)



 ベリアルはそっと頬にかかった髪を手ですいて、ふわふわな布団を優しくかける。部屋の明かりを落とし、静かに寝所を後にした。


 だが、翌朝レオンから風呂場でのお手伝い禁止を言い渡されて、ガックリと肩をおとしたのだった。



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