第6話 破滅へのカウントダウン(1)



 その日は朝から青空が広がり、爽やかな風がシュナイクの執務室を通り抜けていった。レオンを追い出してからはアルブスの運営に力を入れており、充実した日を過ごしている。


 悪魔族たちの撃退及び殲滅を目的とする組織アルブス。国の防衛を一手に引き受けることから、国王や教会のトップの大聖者とは別の特別権限を持っている。

 国王にも匹敵するその権限は、総帥のみが扱うことを許されていた。


 現在の総帥を務めるのは、大天使ミカエルの守護を持つノエル・ミラージュだ。二一歳にして歴代総帥の中でも切れ者と誉れたかい。私より五歳も年下なのに、正直めざわりだ。




「そうか、ノエルはまだ起き上がれないか。……復帰はまだまだ先のようだな」


 書類仕事の合間に、腹心の部下ニコラス・ケイトリンからノエルに関する報告を受けていた。まだニニ歳だが、なかなか見どころがある。


「はい、シュナイク様。毒が抜けないようで、ずっと三番隊のフィルレス様が詰めておられるようです」


「ふん、三番隊の隊長を独占するとは贅沢なことだ。これでは、悪魔族が攻めてきた時にどうなることやら……」


 フィルレスか……あの生意気なガキも、今までのような悪態はつけぬよう教育しなければ。回復と補助の専門部隊の隊長でなければ、私が総帥になったら即クビにしてやるのに、腹立たしいことだ!




 いつもその時は突然やってくる。悪魔族の襲来を告げる鐘がけたたましく鳴り響いた。



 カンカンカンカンカンカンッ! カンカンカンカンカンカンッ!



「ニコラス、来たぞ! 配置につけ!」


「はいっ!」


 シュナイクは指揮を取るため、すぐさま司令塔へと向かう。ニコラスは特攻部隊の一番隊の配置につくべく、すでに襲来された砦へ飛び立っていた。


 いよいよだ、私の能力を見せつけて、全てを手にするのだ。まずは完璧な勝利で、アルブスの隊員たちをひざまずかせるのだ!




     ***




 ————三時間後。

 

 シュナイクは息をするのも忘れて、やすやすと攻め込んで来る悪魔族たちを眺めていた。打開策を指示しなければいけないのに、思考は止まったままだ。


 ……何故だ! どいつもこいつも役立たずが! 一番隊は何をやっているのだ!!


「シュナイク様! 西の結界が限界に近いです!」


「わかっている! 少し黙っててくれ!」


「……っ」

(そんな……早く指示を出してくれないと、少しも余裕なんてないのに!!)


 全速力で報告に来た隊員の落胆に、シュナイクは気づけなかった。現状を整理するだけで、キャパシティを超えていたのだ。

 三時間前に攻め込んできた悪魔族たちに、いつもはしない苦戦を強いられている。


 くそっ! 邪魔者がいないうち、アルブスを私のものにしてやるはずが、何故こうも足を引っ張られるのだ!

 ここで結果を出さなければ、ノエルを蹴落とせないではないか!


 その時、バリーーンと何かが割れた音がした。


 いや、そんな……まさか! 私がアルブスに入隊してからは一度もなかったではないか!

 ……報告、報告はまだか!?


 そこへアルブスで飛行最速をほこる四番隊の隊員が舞いおりた。その表情はとても険しい。シュナイクは心臓の音がやけに大きく聞こえた。



「シュナイク様。西の結界が破壊されました」



 すこし低めの隊員のこえが耳に響く。目線は伏せたまま、間髪入れずに次の報告を告げてくる。


「……現在悪魔族は西の砦で食い止めてます。ですが、長くは持ちません。どの隊を応援にむかわせますか?」


 結界が——破壊された!? そん……な。総帥ノエルがいなくても、前回も前々回もいつも通り祓えていたではないか!

 結界を壊すほどの悪魔族など今までいなかったのに……。

 そうか! 上位悪魔だ!! 上位悪魔が来ているのだな!! レオンを国外追放した影響かもしれんな。危ない、上手くいっていて油断していたようだ。


「わかった、それでは北の砦の一番隊はすべて西の砦にむかってくれ。この塔の二番隊はそのフォローを頼む。おそらく上位悪魔がいると思われる。みんな全力で対応してくれ。私も西の塔へむかう」


「承知しました」


 四番隊の隊員、イリスは伝令を大至急で伝えるため、次の瞬間には空へ舞い上がっていた。猛スピードで移動しながら、でも、と思う。


(上位悪魔の出現なんて大事おおごとなのに、報告きてないけどなぁ? ……念のため隊長にも伝えておくか)




     ***




 伝令はまたたく間に伝えられ、シュナイクの指示した通り西の砦での総力戦となった。

 特攻部隊の一番隊はシュナイクが率いていた。それぞれが全力で聖神力を解放して、悪魔族を蹴散らしている。


 その戦いを横目に、イリスは目にも止まらぬ速さで縦横無尽に飛び回っていた。やっと目当ての人物を探し出し、ふわりと降り立つ。


「テオ隊長!! はー、ようやく見つけた……」


「ん? イリスか、どうした?」


 燃え上がるような赤い髪の青年は、のんきな様子でこちらに振り返った。

 四番隊隊長テオ・ロードは、現在二四歳で大天使ウリエルの加護を受けている。隊長や副隊長に任命される祓魔師エクソシストは大天使の加護を受けており、上級祓魔師エクソシストなので白い隊服だ。四番隊は業務内容から、全員がショートジャケットを着用している。

 このショートジャケットがテオ隊長にはよく似合っていた。

 それにしても、結界が破れたというのに、焦っているようすは微塵みじんもない。


「念のため、お伝えしたい情報があります」


「何だ?」


 琥珀色の瞳が鋭く光る。四番隊は諜報部隊だ。情報がどれほど重要なのかは、誰よりも理解している。そして、その情報収集能力をもってして調べられないことはない。


「シュナイク様の私見ですが、上位悪魔が出現しているとおっしゃってました」


「上位悪魔? ここにか?」


「はい」


 テオ隊長の瞳からどんどん鋭い光が消えていく。

(あぁ、これは不要な情報だったのか。無駄足ふんだな)


「ぶふっ! くくくっ……あぁ、そう。上位悪魔ね」


「やはり上位悪魔はいないですよね。時間を無駄にしました」


「いや、上位悪魔がいるって言ったんだろ? それこそがいい情報だ」


 テオ隊長はなおも楽しそうに笑っている。どうやら、このギリギリの戦況はまったく気にならないらしい。いざとなったら前線で戦える人だから、余裕なのだろうか?


「……そう、ですか?」


「あぁ、おかげで確信した」


「では、西の砦に応援に行ってきます。一番隊が疲弊してますので」


「ああ、頼む」


 琥珀色の瞳はもう笑っていなかった。西の塔の方を見つめながら、今後の事でも考えてるのだろう。自分は自分の仕事をしようと、イリスは翼をはためかせ飛び立った。


「さて……あと何回もつかな?」


 ニヤリと笑う四番隊隊長テオ・ロードの鋭い瞳は、一番隊副隊長シュナイクをとらえていた。




    ***




「その調子だ! もう少しで結界の外に追い出せるぞ!! 気を抜くな!!」


 大声で指示らしきものを飛ばしているのは、副隊長のシュナイクだ。前線より一歩さがった場所に、仁王立ちしている。

 一番隊の隊員たちは、疲労で限界をむかえる寸前だった。途中からシュナイクがやってきたが、怒声をあげるだけで、戦闘には参加してこない。


 何しにきたんだ? シュナイク副隊長————これが、四時間におよぶ激闘をこなしてきた、隊員たちの本心だ。

 さいわい四番隊の隊員たちが、ずいぶんと応援に来たので、今では祓魔師エクソシスト勢が優勢になっている。


「後は……掃討戦か。もう勝ちは決まったな」


 応援に来ていたイリスは、ホッと安堵する。駆けつけた時は、混戦状態で悪魔族に倒される隊員もいたのだ。負傷した隊員たちは、すぐさま運びだされて手当てされていた。

 テオ隊長を探しているときに、回復部隊のフィルレス隊長を見かけたから心配ないだろう。


「よし! みんなよくやった! 後は私が引き受けよう!! ニコラス、タイタラス、バーンズも私に続くのだ!」


 そう言って飛び出してきたのは、シュナイク副隊長だ。後ろには、金魚のフンがついてきている。

 イリスはテオ隊長が笑っていた理由をなんとなく理解した。そして四番隊でも唯一、情報収集が困難な人物を思い出す。


(隊長は『確信した』って言ってたよな。……まさか、後ろで糸引いてるのって…………いやいやいや、敵に回したくないから! あの人だけは絶対!!)


 恐ろしい事実を垣間みた気がして、ひとりガクブルするイリスだった。


 シュナイクたちは危なげなく悪魔族をキレイに片付けて、満面の笑みで司令塔へと戻っていく。そんな彼らを隊員たちは、冷めた目でみていた。




     ***




「今日は完璧ではないが、有終の美を飾れたな」


「さすが、シュナイク様だな!」


「上位悪魔をものともせず、素晴らしかったですね!」


「この調子でどんどん悪魔族をはらいましょう!!」


 満足気な顔でシュナイクたちは、司令塔へつづく廊下をつき進んでゆく。途中、救護室として使っていた大広間の前を通りがかったときだった。



「有終の美の意味、わかって言ってんの?」


 ふいに後ろから尖った声が聞こえた。振り返るとつややかな銀髪に翡翠色の瞳の美少年が、腕を組んで壁にもたれかかりシュナイクたちを睨んでいる。


「これはフィルレス隊長! あぁ、怪我をした隊員たちはどうですか?」


「興味もないくせに聞かないでくれる?」


 弱冠十六歳で三番隊隊長をつとめる、大天使ラファエルの加護を持つフィルレス・コレットだ。とてつもなく口が悪いが、回復や補助を使わせたら右に出るものはいない。


 本当にいつも生意気なことばかり言いやがって! せっかく気分よくしていたのに何なんだ!


 目元がわずかにふるえたが、何とか笑顔をはりつけて穏やかに切りかえす。


「そんな、興味がないだなんて……そんなことはありません。後で差し入れとして、皆で食べられるものを持っていかせます」


「食事の管理も含めての治療なんだって、わかってる? 差し入れよりも、傷薬の方がよっぽど役に立つんだけど」


 くっそ——!! 何でいつもこんなに突っかかってくるんだ!? このガキは!! でも、ここで切れるわけにはいかない……私が総帥になったら、必ずクビにしてやる!!


「そんなことより、負傷者出し過ぎ。たいした強い悪魔族もいないのに、何やってんの? やる気ないなら他の人にやってもらいなよ」


「……は? なっ!」


「じゃ、そこどいてくれる? 結界の補強に行くから」


 自分の言いたいことだけ言って、フィルレスはさっさと破れた結界の元へ向かっていった。

 残されたのは、血管が何本かブチ切れてしまったシュナイクと、八つ当たりされるニコラスたちだった。



 そして残念なことに、シュナイクは最後まで気づかなかった。

 レオンがいないということに。今までレオンがたったひとりで、どれくらいの悪魔族をはらっていたのかを。




 ————カウントダウン、4


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