第5話 素直になれない

 きっと、アイツも同じだと思ってた。

 利用される前に、利用してやる——それだけだった。




 私はベリアル。何もない荒れた世界、ルージュ・デザライトで上位悪魔として生まれた。

 悪魔族は例外なく見た目が美しい。もちろん私も自信があったし、私の魔力を利用しようと寄ってきた奴らは逆に利用してきた。


 悪魔族は強者には従うけど、大きな群れを作ったりはしない。一緒に行動するのは、せいぜい家族単位だけ。その代わりに、家族や愛する人はものすごく大切にする。

 私にも歳の離れた妹がいた。すごく可愛らしい子だった。

 多分、利用されて連れ去られてしまったんだと思う。今はどこにいるのかわからない。


 だから、を利用する存在は反吐が出るほど憎かった。


 初めてアイツを見たのは、悪魔族の子供に食料を分けてやっていた時だ。魔力を感知されないように抑えて、空間を歪めて身を隠し、子供たちの少し後ろから堂々と眺めていた。


(バカじゃないの。ここでそんなことしてたら、生き残れないわ)


 どうせすぐに餓死してしまうと思って、放っておいた。あの綺麗な紫色の瞳が光を失うのは、もったいないなとは思ったけど。だけど、アイツは襲ってくる悪魔族は倒すけど、逃げ出す悪魔族は放置してる。


 そういえば逃げ出す奴らが、『殲滅せんめつ祓魔師エクソシスト』って叫んでたよね。……なんだか、仲間から聞いていた印象と違うみたいだけど。


 なんなんだろう、アイツは。あの種族といったら、すぐに攻撃を仕掛けてくるか、自分の欲望を叶えたくてギラギラしてるかのどちらかなのに。

 いいわ、どっちのタイプか確かめてみようじゃない——




     ***




「ちょっと! 殲滅せんめつ祓魔師エクソシストってアンタね! よくも私の縄張りで暴れてくれたわね……許さないから!!」


 あ、ヤダ。ちょっと緊張してるかも。思ったより強気に出過ぎちゃったかな。

 ……こっそり見てたのバレてないよね? 気配感知できるみたいだから、細心の注意を払っていたけど、大丈夫だよね? もしバレてたら記憶から抹消してやる! ……ん?

 ……………………ちょっと、いつまで黙ってるの?


「ねぇ、聞いてるの!? 無視しないでよ! 人族の分際で!!」

 

「あ、悪い。無視したわけじゃないんだけど、ちょっと考えごとしてて」


 えええぇぇ!! あり得ない。あり得ないからっ! 今まで私の前にきた奴らは、みんな見惚みとれるか欲にギラついた眼で見つめられるだけだったのに……なんで、そんな面倒くさそうな顔してんの!!


「はぁぁ!? 私を前に考えごとだなんて……バカにしてんの!?」


「いや、バカにもしてないから。 悪魔族に縄張りがあるなんて知らなくて……荒らしちゃって、ごめんなさい」


「ごめんで済むわけないでしょ————!!」


 なんで私を見てくれないの! わざわざ目の前に現れてあげたのに!! 私なんて、アンタがルージュ・デザライトこの場所に来てから、ずっと見てるのに! なんなの!?


「じゃぁ、どうしたら許してもらえる?」


「っっ!?」


 ……へ? なに、何、ゆゆゆ許してほしいの!? しかも何その子犬みたいな瞳は! 私が悪いことしてるみたいじゃない!!


「俺にできる事なら、なんでもするよ」


 アメジストみたいな、綺麗な紫の瞳と視線が絡まる。

 ————なんでもする? ……じゃぁ、この綺麗な瞳を独り占めできる? それなら、契約書で縛ってしまえば、ずっとになる?


「ふふふ……なんでもねぇ。それなら、あなたの全てを私に捧げて。 そうしたら許してあげる」


 そうよ、さぁ、私の前にひざまずいてサインしなさい。そして私だけのものになって——


「うん? 全てってどういう意味?」


「全ては全てだよ。あなたのその祓魔師エクソシストの力も、血も身体も魂も、何もかも。これからは私——上位悪魔のベリアルのためだけに生きていくの」


「……それは無理。他のでお願いします」


 なっっっ…………!! 即決でお断り!? なんでもするって言ったじゃない!!

 何なの! 私ばっかり気にしてるみたいじゃない!! ほんと、何なのっっ!!


 怒りが込み上げてきた。なぜ私を見て平然としてられるの? なぜ私のそばにいることを拒否するの? なぜ私を欲しがってくれないの?

 こんなに引っ掻き回されるヤツなんていらない!!


 今まで培ってきたプライドが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 無言でレオンのまわりを炎の柱で囲いこんだ。真っ赤な炎はあっという間に燃え盛り、すでに人影は見えない。骨すら残さないつもりで魔力を込めた。


「もう! アンタ……何なの!? 燃え尽きて灰になってしまえ————!!」


 バチバチッと音が鳴った瞬間、あれほど熱を放っていた炎が消えていた。そんなに簡単に消せる魔力じゃないはず……!


(何っ!? 今何をしたの!? あれだけ魔力を込めたのに、炎が消された?)


「悪いけど——俺に敵意を向けるなら容赦しないからな」


 ゆらゆらと立ち上る煙の間に、紫の瞳が光った。嫌な汗が背中をつたう。

 ……っ! 今までと空気がちがう。でも、私もここで引き下がりたくない。


「ふっ、だから何?」


 指先から紅蓮の炎を次々と放ってはいるものの、全てきれいに躱されている。しかも、顔色ひとつ変えずに。


 これが、殲滅せんめつ祓魔師エクソシスト……なるほどね。焦りを顔に出さないようにするだけで精一杯じゃない。


 気がついた時には背後にレオンが回り込んでいて、紫雷をまとった刃を構えていた。

 られる————


 これほどの圧倒的な力の差を感じる相手がいただろうか? 身体の奥に眠る本能が叫ぶ。強者に従えと。強者を求めろと。

 ————そうだ、私は、初めて見た時からこの人が欲しかった。


「……悪いな、安らかに眠れ」




「まっ、待って……!!」


 私の首の薄皮に、触れるか触れないかで刃が静止している。思わず、叫んでいた。湧き上がる感情が何なのか理解してしまった。もう、目をつぶることはできない。


「命乞いか?」


 冷めた紫の瞳は変わらないままだ。

 どうする? どうやって、この人をつなぎ止める? どうやったら、そばに居られる?


「はぁ〜、わかった、負けたわ。ねぇ、あなたの下僕しもべになるから命は取らないで? まだやり残したことがあるの」


「下僕……?」


 そう、私の話を聞いて、私と契約を結んで。そうしたら、あなたの望むものを全て与えるから。

 ……なんだ、魂はもらえないのか。残念、ずっと側に置きたかったのに。


「わかったから! ほら、これでいいんでしょ!?」


「よし、契約成立だな。よろしく、ベリアル」


 え、笑顔! しかも優しい笑顔!! ホントに!? さっきまであんなに冷たかったのに! え、どうしよう、心臓がうるさい!!

 そして、訳がわからないうちに、気づいたら握手までしていた。レオンの手……大きくて温かいな。


「ところで、さっそく願いを伝えていいか?」


「はいはい、どうぞ!」


 ウットリしてたのを隠したくて、変にツンツンしてしまう。あぁ、この調子じゃ、レオンに誤解されちゃう!


「まずは、俺に嘘をつかないでくれ。ベリアルを信じたいから。それから、嫌なことやできないことはハッキリ言ってほしい」


「…………………え? それだけ?」


「今のところは」


「…………随分と変わった人族だね……」


「? そうか? よくわかんないけど」


 本当に、望めば何でも叶えるのに、それだけ? レオンが望めば、名誉もお金も、あんまりっていうか、全然気は進まないけど美女も用意できるのに。

 こんな風に言われたら、大事にしてもらってるって勘違いしちゃうよ?


「……対価だけど」


「うん、何がいい? 今の俺じゃ、あんまりできることないけど」


「…………わ、私を、守って」


 言っちゃった! 言っちゃった!! いっつも守る側だったから、守ってもらうの憧れてたんだよね——!!


「そんなんでいいのか?」


「うん、それがいい」


「そうか、任せとけ。ベリアルは俺が守ってやる」


 ふっと微笑むレオンの紫の瞳が優しくほそめられる。

 顔が赤くなるのがわかって、ごまかしたくて慌ててしかめ面をする。今はこれ以上私に何かを望まないで。もうね、ムリ。ムリったらムリ。

 『俺が守ってやる』——だって! もう、レオン様って呼ばせていただきます!!


 レオン様、あなたの側にずっといさせてね。あなたの願いを全て叶えてみせるから。



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