第4話 仁王立ちする美女

 なにもない荒野のど真ん中で、悪魔族の美女と睨みあいが続いている。悪魔族というだけあってスタイルもいいし、とても魅力的なんだと思う。普通なら。

 だが俺は、この悪魔族の怒りを買ってしまったようで、憤怒のオーラを放っている。



 ヤバい、面倒くさい以外になにも思いつかない——



 困ったことに、この状況からのがれるための言い訳が出てこない。この調子で進んでいくと、ほかの悪魔族の縄張りごとに目をつけられる可能性がある。

 だからと言って、一か所に長く留まるのも危険すぎる。どうしたらいいんだ?


 ——頼むから、そっとしておいて欲しい……!


「ねぇ、聞いてるの!? 無視しないでよ! 人族の分際で!!」

 

「あ、悪い。無視したわけじゃないんだけど、ちょっと考えごとしてて」


 怒り心頭のようすで、めちゃくちゃ絡まれる。ちょっと三分くらい黙っていただけなのに、悪魔族はせっかちなのか?

 今までは即戦闘だったので、実はまともに話すのが初めてだ。

 そういう意味では、この美女は悪魔族の中では少し変わったタイプなのかもしれない。


「はぁぁ!? 私を前に考えごとだなんて……バカにしてんの!?」


「いや、バカにもしてないから。 悪魔族に縄張りがあるなんて知らなくて……荒らしちゃって、ごめんなさい」


 とりあえず、素直に謝ってみた。わざとじゃなくても、怒らせるような事したみたいだし。そっと悪魔族の様子をうかがう。


「ごめんで済むわけないでしょ————!!」


 ですよねー! いや、俺もそうだと思った!

 しかし、詫びとして渡せるもの持ってないしな。謝ってダメなら下からいってみるか?


「じゃぁ、どうしたら許してもらえる?」


「っっ!?」


 シュンとしたフリで聞いてみる。お、ちょっとは響いたようだ。人を手玉に取る天才おとうとの真似をしたみたけど……以外とイケるかもしれない!

 言葉につまってるな。もう一押ししてみるか。ええと、天才おとうとならこう言うだろうか?


「俺にできる事なら、なんでもするよ」


 綺麗な夕日色の瞳を見開きかたまってしまった。

 あれ? やりすぎたか?


「ふふふ……なんでもねぇ。それなら、あなたの全てを私に捧げて。そうしたら許してあげる」


「うん? 全てってどういう意味?」


「全ては全てだよ。貴方のその祓魔師エクソシストの力も、血も身体も魂も、何もかもよ。これからは私——上位悪魔のベリアルのためだけに生きていくの」


 あー、そう来たか。ようするに下僕しもべになれってことか。で、死んだ後は魂よこせって事ね。

 うーん、それは、縄張り荒らした対価として払うには大きすぎる代償じゃないか?


「……それは無理。他のでお願いします」


 スッパリ言い切った。だって相手は悪魔族だし、調子のいいことばっかり言ったら、あとが怖いだろ、絶対。

 そして、やっぱり天才の真似は俺にはムリだな。


 あれ? え? なんか、俺の周りメラメラ燃えてるんだけど!?


 レオンを取り囲むように真っ赤な炎が、燃え上がって包み込もうとしていた。ベリアルは両手を突き出し、さらに魔力をこめる。



「もう! アンタ……何なの!? 燃え尽きて灰になってしまえ————!!」


 

 バチバチッと大きく弾ける音がした。一瞬で炎が消えている。立ち上る煙のなかに立っていたのは、六枚の黒い翼をはためかせるレオンだった。

 何でもないように、はぁ、と短くため息をつく。


(何っ!? 今何をしたの!? あれだけ魔力を込めたのに、炎が消された?)


「悪いけど——俺に敵意を向けるなら容赦しないからな」


 身に降りかかる火の粉は払うしかない。襲いかかって来るなら、相手をしてやる。

 黒髪の隙間からのぞく紫の瞳が光った。


「ふっ、だから何?」


 ベリアルは両手の指先に紅蓮の炎を灯らせて、次々と放ってきた。それらを表情一つ変えず、ステップや時には翼を羽ばたいて避ける。


 レオンは腰にさしていた刀を抜いて、聖神力を流し込んだ。黒い刀身からは、紫雷が踊るようにあふれ出ている。体の隅々まで聖神力を巡らせて、瞬発力を爆発的に高めた。

 次の瞬間、ベリアルの背後にまわる。

 一瞬遅れて反応したベリアルの瞳が見開かれていた。


「……悪いな、安らかに眠れ」


 いつも悪魔族を祓う時にかける言葉を、ベリアルにも伝える。紫雷をまとった刀が、ベリアルの首を切り落とそうとした。


「まっ、待って……!!」


 ベリアルの首の薄皮に、触れるか触れないかで刃を止めた。ヴェルメリオで戦っていた時は、後ろに守るものがあったから、止めることはなかった。


 でも、今は、俺ひとり。力の差は歴然だし、話くらい聞いてみるか? なにせ初めて会話した悪魔族だしな。ちょっと興味わいたし。


「命乞いか?」


 ただ、優しくしてまた襲いかかってきたらイヤなので、冷たい態度は崩さない。


「はぁ〜、わかった、負けたわ。ねぇ、あなたの下僕しもべになるから命は取らないで? まだやり残したことがあるの」


「下僕……?」


「なんなら契約もするし。悪魔族にとって契約は絶対だから、あなたを裏切らない証明にもなるし、損はないと思うけど。どうかな?」


「……契約の内容による」


「これでどう? 名前は?」


「レオン。レオン・グライス」


 ポンッと空中に淡く光る書類が浮いている。

 聞いてはいたが、悪魔族の魔力を使った魔術はすごいな。こんなこともできるのか。これは、契約内容をしっかり見とかないと、いけないヤツだな。契約は絶対って言ったしな。




     ————契約書————


 1、ベリアルは主人あるじレオン・グライスの下僕しもべとなる。

 2、期間は主人の命が尽きるまでとする。また、下僕は主人の命を奪えないものとする。

 3、主人の命があるうちは、下僕としてどんな願いでも叶える。

 4、主人が契約解除すると宣言する事によって、途中解除を認める。

 5、主人は報酬として下僕に対価を払わなければならない。対価は双方相談の上、決めることとする。

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 二十項目にもおよぶ内容を、しっかりと読みこんでいく。前に契約でボッタクられたことがあったから、慎重になった。どんな経験でも役に立つもんだな。

 最後の項目だけヤケに小さい文字で書かれている。


「なぁ、ここに小さく書いてるのは何だ。俺が死んでも魂はやらないぞ。却下。やり直し」


「ちっ、意外と細かい男」


 やっぱり! 俺を騙すつもりだったのか! 悪魔族は油断も隙もないな。まぁ、ほかの項目は聖神力があれば、危険回避はできそうだからいいけど。


「なんだ、やっぱり命はいらないのか」


「わかったから! ほら、これでいいんでしょ!?」


「よし、契約成立だな。よろしく、ベリアル」


 ルージュ・デザライトに来て、初めて仲間と呼べる存在だ。若干の不安はこの際、無視しよう。

 それよりも、頼れる存在ができたことの方が嬉しかった。ずっと一人で、心細かったんだと今さら気づいた。


 笑顔で握手を求めると、なんと応じてくれた。初めて悪魔族と握手した——! なんか、人族とあんまり変わらないな。細くて柔らかい手だ。


「ところで、さっそく願いを伝えていいか?」


「はいはい、どうぞ!」


 侮蔑するように視線を向けられて、ちょっとムッとする。なんだよ、そんな風に見なくてもいいじゃないかよ。


「まずは、俺に嘘をつかないでくれ。ベリアルを信じたいから。それから、嫌なことやできないことはハッキリ言ってほしい」


「…………………え? それだけ?」


「今のところは」


「…………随分と変わった人族だね……」


「? そうか? よくわかんないけど」


 ベリアルはポカーンとしている。そんなに変なこと言ったのか? そういえば、前にもポカーンとされたっけ。悪魔族と人族は感覚が違うのかもな。


 他にも細々とした取り決めをしていくが、ベリアルはずっと変な顔をしていた。なんだろう? カルチャーショックでも受けたのか?

 そして、衣食住も望めば用意してもらえると言うので、食いっぱぐれは無くなったようだ。


 これで、この地で生き抜くための光が見えた気がした。



 ほっと息をついたレオンを、ベリアルは潤んだ瞳で見つめていた。よく見たら頬もわずかに色づいている。そんな様子にレオンは一ミリも気がつかなかった。



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