第19話 世界で一番濃密な1日

【西暦2060年11月上旬某日 日台帛連合皇国 東京都新宿区歌舞伎町周辺】


 煌めくネオン、人の洪水。路上に立つ客引き……

 俗に『眠らぬ街』とも呼ばれている歌舞伎町だが、数日前から人の姿は殆ど無く現時点に至ってはほぼいない。

 正確に言えば一般人がいないと言う表現が正しかった。

 路上には防弾チョッキやヘルメットを被った人相の悪い男達が多数集まっている。

 彼等の手には銃器が握られ、そうでない者でもバット等何らかの武器を手にしていた。


 ロシアは第三次世界大戦後も『かの国』に代わって皇国及びアメリカ合衆国を『敵性国家』と定めており、裏から皇国を転覆させようと企んでいる。

 巨大国家となった大インド帝国との連携こそ失敗に終わったが、対皇国を睨み武器の製造を続けてきた。

 今回の鳳翔会対自衛隊の戦闘は、ある意味ロシアの武器見本市と位置付けても過言では無い。

 ロシアの連射に重きを置いたマシンガンや地雷、ラジコンの様に操作する事が出来る戦争用ドローン。

 流石に戦闘機や戦車を多数購入する事こそ出来なかったが、最低限の戦闘用車両を揃える事は出来た。


『まず我々の本拠地周辺で防衛戦を展開し、リモコンでニューマン300体を全て戦闘不能にする。

 自衛隊も戦闘機及び戦車を海外からの侵略に備える為に回しているのでそこは過度に恐れる必要は無い。

 そこから皇居及び国会議事堂に攻め込む侵攻戦に持ち込めるかはお前達次第だ。

 とにかく数を減らさない事を第一に考えろ。俺達は500人しかいない。

 相手が斥候としてどれだけの兵力を投入してくるのかは不明だが、くれぐれも警戒を怠るな』


 皇国の中にも当然一定数反日勢力が存在するが、この戦いには勝ち目が無いとして日和見を決め込んでいる。

 鳳翔会にとっては初戦で勝利を飾りこの日和見戦力を取り込めるかが勝負の鍵となっていた。

 勝ち目ありと踏んで皇国に住んでいる日本人では無い者達が味方になれば、数万人を超える戦力になるかもしれない。

 それ故にどちらの陣営にとっても、初戦は絶対に失敗する事が許されない状況だった。


「現在、朝の5時です。今の所道路にも上空にも敵の姿は見受けられません」

『互いに準備する期間を設けはしたが、向こうも戦闘開始時間を教える程お人好しじゃない。

 常に攻め込んでくるものと思い、一時も気を緩めるな』

「解りました」

 彼等はヘルメットに取り付けられているマイクで互いに連絡を取り合い、付近の見回りを交代で続けていた。

 襲撃があれば即座に全ての組員にその情報が伝わり、戦闘態勢に移る手筈となっている。

 とは言ったものの、大規模な殺し合いを殆どの組員は経験しておらず不安要素は山積みだった。


「今の所地雷に引っかかった報告も無いな?」

「かなり遠くからも音がしますし、連絡が入るハズなのでそれはまだかと……」

「ドローンを操る連中にも常に動かせる状態にしておけと命じてある。

 今のラジコンはカメラ付きで対象を正確に攻撃したり爆破したり出来るからな」

 兵数の少なさをドローンで補う。鳳翔会は初めからその戦法を貫くつもりだった。

 対ニューマンに対して通用するかどうかは不明だが、ニューマンさえ停止すればその問題も解決する。

 緊急停止させる為のリモコンは6つ用意されており、すぐに誰かが押す態勢も整えられていた。


「いいか、狙撃された時の対策も怠るな。ヘルメットで頭蓋を守り、防弾チョッキで心臓を守る。

 勿論これでも身体の全部位を守り切れはしない。被害を少なくする事が第一だ。

 誰かが撃たれたら周囲の者は一旦伏せて身の安全を確保しろ」

 暴力団の組員でも、最低限の知識だけは持っている。

 戦闘訓練は受けていないが『相手がしてくる事』を想定して準備を進めてきた。

 事実ヘルメットを被る事で眉間を撃たれる可能性はほぼ皆無になっている。

「リモコン担当の兵士は敵の襲撃を察知した瞬間にまずボタンを押すべきだ。

 ニューマンが乗り込んできていた場合、そいつらの動きを止められる事実は大きい」

 指揮官の役を担当する組員は当然暴力団の幹部クラスの者達で占められており、人をまとめる力に長けていた。


 指揮担当の組員が鼓舞する様に拳を振り上げた次の瞬間、彼は膝から崩れ落ちて倒れ込む。

 同じ事が様々な場所で同時に発生し、幹部クラスの組員がいきなり10名程命を落とした。

「なッ何だ!?どうしてだよ。眉間は強化ガラスで防いでたハズだろ」

「し、信じられねぇ。首を撃ち抜かれてやがる」

 それほどまでに正確無比な狙撃を人間が行えるわけが無い。

 驚くべき事に兵士が狙撃を敢行した場所はリモコンから放たれる電波の有効範囲の外。

 つまり半径100mの円の外側から行われたものであり、さらに同時に行われたものであった。


「手応えありです。間違いなく仕留めたと思います」

「よくやってくれた。敵が混乱、恐慌状態に陥っている間に次の手を打つぞ」

「了解。各隊、これより上空からの奇襲をかける」

 歌舞伎町に陣取っている組員達からは見えない位置にいたドローンが一旦上昇し、高低差を利用した攻撃に移る。

 窓から身を乗り出した自衛隊員が視界に移る敵を手当たり次第に銃撃した。


「クソッ!駄目だ。上にいるのはニューマンじゃねぇ。全員人間だぞ」

「それならそれで対応出来るじゃねぇか。会長から言われてた通りに頼むぜ」

 上にいる人間が下にいる人間を銃撃するのは容易いが、下にいる人間が見上げながら敵を撃つのは難しい。

 鳳翔会はそれを知っていた為、即座にドローンによる攻撃に切り替える。

 黒いカラスの様なドローンが大型のドローンに衝突した瞬間に爆破した。


 大型ドローンはあの『黒バス』を戦闘用に改良したもので、運転席以外の座席が取り払われている。

 窓から攻撃出来る様に携行用ミサイルも搭載されていたが、それも同時に誘爆した。

「このままでは我々が乗っている車両が空飛ぶ棺桶になるだけだ。

 運転手以外の隊員は全て降下し次の作戦に移れ」

 数台のバスが早くも墜落する中、隊員は事前に背負っていたパラシュートで脱出を図る。

 だがそうしてゆっくりと落下する隊員達は銃撃が可能なドローンの的となった。

「馬鹿め。パラシュートで地面に着地する前に蜂の巣にしてやる」

 その多くのドローンを嘲笑うかの様に、さらに多くの大型ドローンが空を覆った。


「なッ、何台いやがるんだ!?あんなに多いと流石に全部撃ち殺すのは無理だぞ」

「地上にいる奴もパラシュートで降りてくる敵を狙って撃て!1人も地上に足を着かせるな!」

 鳳翔会にとって厄介なのは、1台のバスに敵が何人乗っているのか把握出来ないと言う点だった。

 運転手しか乗っていないデコイ・単なる脅しの可能性もある。

 手当たり次第に爆破しても本命を優先して破壊しなければ彼等の着陸を許してしまうだろう。

 いきなり指揮官に相当する組幹部を失い、統率力が削られた事。

 現場が混乱し、ドローンを操作する者達に適切な指示が出せなかった事。

 これらの失策が自衛隊の着陸成功と言う結果に繋がってしまった。

 こうなってしまうと味方への誘爆がある為迂闊に自爆ドローンを使用する事が出来ない。

 自衛隊は組員達との戦いで被害を出しながらも、少しずつ着実に彼等の数を減らしていった。


「まだ私達は助けに行けないんですか?」

「リモコンを使用される可能性が排除されるまで、ニューマンの突入は禁止されている。

 現在自衛隊と鳳翔会が交戦中だが、リモコンの確保を最優先にしているだろう」

 自衛隊はエヴォリューションの本社及び支社からリモコンが盗まれたと言う情報を事前に得ている。

 その為、敵が所持しているであろうリモコンを破壊し、脅威が限りなくゼロに近くなるまでニューマンに待機を命じていた。

 それは、『一般志願兵』として来ている清川凛も自衛隊に所属しているニューマンも同様である。

『鳳翔会の幹部が保持していたと思われるリモコンが地面に落ちていた為、破壊しました』

『こちらも破壊に成功しました。引き続きリモコンの破壊を優先して行います』

 無線から聞こえてくる銃撃の音や爆音が、現場が凄惨な状態になっているのを予感させた。


 鳳翔会の縄張りとなっている事を知っている歌舞伎町及びその周辺に住む人間は事前に避難していた。

 民間人に今の所直接の被害は出ていないが、自衛隊の損耗は決して少なくない。

 何割かの自衛隊員が着陸を成功させるなか、常に乗っていた大型ドローンが炎上しながら落ちてくる。

 さらに地上に降り立っても、低空飛行しながら銃撃を続けるドローンが彼等を苦しめていた。

「いいか!絶対にニューマンを戦場に立たせるな。

 ココで何としても踏ん張って我々が勝ち、リモコンを手にして奴等を牽制し続けるんだ。

 会長もそれこそが唯一の勝ち筋だと仰っている。絶対に」

 命令を出している人物が『偉い人物』である事は遠目に見てもすぐに解る。

 組員達を鼓舞しようと頑張れば頑張る程、彼等はニューマンで構成された狙撃隊の餌食となった。


「うわ、また若頭が首を撃たれたぞ。何人殺されてるんだ」

「リモコンを持ってる奴はまだいるのか!?どうなっているのかさっぱり解らねぇ」

 奇襲を受け立場が上の人間が次々に殺されている事。

 敵味方入り乱れた戦闘状態である事。

 こういった状態に陥ると最早命令系統も混乱し、状況を把握する事も出来なくなる。

 お互いがワケの解らぬまま戦い続ける中、遂に最後のリモコンが敵の懐から見つかり破壊された。


『エヴォリューションから盗まれたとされる台数分のリモコンは全て破壊しました。

 まだ敵が隠し持っている可能性もありますが、やはり我々だけでは限界があります。

 ニューマンの部隊を援軍として現場に送ってください!』

 2000名の自衛隊は精鋭揃いであったが、やはり素早く飛び回り正確な射撃を行うドローンに対して苦戦を強いられる。

 自爆ドローンも彼等が乗っていた大型ドローンを次々に墜落させ、暴力団より先に壊滅する危険さえあった。

「まず自衛隊に所属しているニューマンが先行して戦地に赴き、リモコンが全て破壊されたのかどうか確認する。

 万が一奴等が緊急停止用のリモコンを隠し持っていた場合、援軍が全滅してしまうからだ。

 今回の任務に志願してきた一般兵は、君達を指揮するニューマンと共に暫くの間待機する様に」

 

 自衛隊としては苦渋の決断だった。

 ニューマンを投入しなければ2000名の斥候部隊が全滅する。

 だがもしリモコンを全て破壊したと言う情報が誤報であった場合はいきなり100体のニューマンが全滅するのだ。

 人命を軽視する事は出来ず、かと言って虎の子のニューマンを失えば敵の勢いを止められなくなるだろう。

 そこは博打であり、保険としてニューマンを温存するのも当然の判断であった。

「何だよ。思う存分暴れられると思ったのに」

「喧嘩しに来たワケじゃないのよお兄ちゃん。私達の仕事は自衛隊の人達を守る事でしょ」

「敵を倒せば結果的に自衛隊を守る事に繋がるんだから喧嘩で良いんだよ。

 いや、勿論殺さない様に気を付けるぜ?俺達の今後の生活に支障が出るだろうしな」


 鋼の肉体を持つニューマンであっても、『殺しの経験』は無いに等しい。

 本来ならば自衛隊員のニューマンを温存すべき局面であるが、政府は国民から批判される事を恐れていた。

 (殆どが自主的に参戦してきた者達とは言え、彼等に何かがあれば政府の責任問題になる。

 ニューマンの持ち主から集団訴訟されるリスクを考えれば、彼等を守るのも止む無しだ)

 とにかく戦闘に勝利して味方を増やす事だけ考えれば良い暴力団側とは違い、政府側は『勝ち方』も求められる。

 国民を失望させまいと考慮する事が結果的に自衛隊の足枷となって彼等を苦戦させていた。


「地雷が反応したぞ!恐らくニューマンの部隊が来たんだ。

 リモコンを持っている者はすぐにスイッチを押せ!躊躇う必要は」

 何処からともなく飛んでくる銃弾によって倒れる鳳翔会の幹部達。

 彼等が死ぬ度に格下の組員に指揮権が移っていたが、そういった者達も狙撃部隊の餌食となっていた。

「狙撃部隊がとんでもねぇ精度してやがる。もう何人やられてるんだ」

「奴等が地雷原を抜けてきたぞ、リモコンのボタンはまだ押されてねぇのか?」

 ニューマンの肉体は頑健で、地雷の爆発程度ではびくともしない。

 自爆ドローンの爆発も銃弾も、彼等にしてみれば『ちょっと痛い』程度の感覚だった。


 そんな無敵の兵士達が戦場に参加すれば、当然戦況は完全にひっくり返る。

 ニューマンの兵士は減らないのに暴力団の組員は銃弾に倒れるのだから当たり前の話だ。

 自衛隊員は彼等の勢いを跳ね返し、ようやくニューマンの援護によって攻勢に転じる。

 自衛隊側は組員側の生存は考慮しておらず、殺害によって対処しようとしていた。

「駄目だ、リモコンは皆やられちまってるらしい。奴等の動きが止まらないのがその証拠だ」

「もう現場で命令出来る奴が残ってねぇぞ。どうするんだよ」

 一転して窮地に立たされた組員側は大いに混乱し、集団としてのまとまりも無くただ右往左往する状態となった。

 次々に殺されていく仲間を見て、自衛隊側に投降しようと考える組員も現れ始める。

 裏切りが粛清を招き、暴力団員同士での殺し合いすら発生していた。


「そうか、リモコンによるニューマンの機能停止には至っていないか。

 つまり奴等は我々に対する切り札を失った事になるな。

 一般兵のニューマンも投入して一気に畳みかけるぞ」

「鳳翔会の会長が隠し持っているとされる『爆弾』への対処はどういたします?

 彼等が壊滅するとなった時に、死なば諸共とばかりに起爆スイッチを押される可能性が……」

 暴力団の本拠地に乗り込み、会長である鳳壮一を確保出来なければこの戦いに勝利した事にはならない。

 彼が持っている『爆弾』が原爆であるか否かについては自衛隊内でも意見が割れていたが、関東地方を壊滅状態に追い込む程の被害が出るだろうと言う予測が立っていた。

「ともかく、敵を一掃して制圧する事が先だ。

 その後の交渉については相手を刺激しない事に尽きる。

 その時点で警察に任せ、我々は出ていかない様にするのが最善の策だろう」


 一見正しい事を言っている様に聞こえるが、それは単に警察に厄介事を押し付けているだけに過ぎない。

 責任をたらい回しにするのは日本のみならず人間の伝統だが、こんな時でもそういった悪癖が出てしまっていた。

「君達は『殺人』に抵抗があるだろうから、敵に対する対処は戦闘不能状態にするだけでも構わない。

 また、戦場で傷を負った兵士の救護も大事な任務だ。

 そういった救護用具を使いたいと言う者は名乗り出る様に」

 兵士がすべき事は、何も敵の殺害だけでは無い。

 現実の戦争においても救護兵のみならず、偵察するだけの兵士や、物資を輸送するだけの兵士もいる。

 特に『攻撃されても無傷』のニューマンであれば、反撃をあまり考慮する必要が無いのは利点であった。


 殺さなくても問題は無い。

 そういったフォローを受けても尚、敵の殺害に自分の存在価値を見出そうとする者がいた。

 (もう僕には、そういう開き直った生き方しか許されないのかもしれない。

 殺人犯として疎まれる世界にいるよりも、殺人が肯定される世界に自ら出向くしか……)

 伊藤洋太にとって、皇国での生活は苦痛でしか無くなっていた。

 無罪を主張しても信じる者は周りにおらず、誰もが恐怖の対象として彼を避けた。

 それは彼の所有者である両親も同じであり、自宅も彼の安息の場所では無くなりつつある。

 自己を救う為に人を殺したと言う弁解が一切通じない世の中である事を彼は認めなければならなかった。

 (殺人を犯して、褒められる世界に飛び込む事が僕の救いになるのなら、僕は喜んでそうしよう。

 このまま僕が生きている事が否定される世界にいても、僕も周りの人達も不幸になるだけだ)


 4人も人を殺しておきながら、無罪になった凶悪犯。

 事件の背景など普通の人々にとってはどうでも良かった。

 彼が推定無罪になった事実も彼等にしてみれば大した事では無い。

 彼の周りにいる人間にとってはそれだけが事実なのであり、だからこそ社会から排除されるべきだと信じられている。

 法では裁けない事が確定しているにも関わらず、伊藤洋太を廃棄処分にするべきだと言う声はどんどん大きくなっていた。

「そうだ。人殺しになるんだ。人から褒められる人殺しに」

 社会が伊藤洋太を追い詰めたせいで、彼もまた倫理観が壊れてしまっていた。

 最早両者の溝は永遠に埋まらず、どちらかがいなくならなければこの諍いが終わる事は無い。

 彼の『人殺し宣言』は、本当は平穏に生きたかったニューマンが下したあまりにも哀しい決断だった。


 清川凛は救護部隊として戦争に参加する事を表明し、凛Ⅱは彼女を利用して敵の本拠地に向かうつもりだった。

 (私が止められるなんてそんな大層な事は考えてない。

 ただ……どうしても今、あの人と話し合いたいと思ったからそうするだけ)

 二階堂雲雀も囮役を引き受け、なるべく自分達に視線が向く様大袈裟な戦いをしてみせる。

 相手に後ろから抱き着いて押し倒し、周りにいる自衛隊に攻撃を頼む等、常に自衛隊に負担をかける様心がけていた。

「私は大丈夫ですから、そちらは仰向けのままじっとしていてください。

 攻撃してくるドローンの弾はなるべく私が受け止める様にします」

 凛の『人を救いたい』と言う気持ちは、この戦争においてより顕著になっていた。

 実際に傷付き苦しんでいる人を間近に見て、治療を行う事で命を救っている己を深く認識する。

 (私、こういう形で人を助ける事が好きなのかもしれない)

 誰かを守る事で存在価値を見出そうとする者と、誰かを殺す事で存在価値を見出そうとする者。

 同じニューマンでありながら、結果が正反対になるのは皮肉としか言いようが無かった。


 人を殺す事自体に喜びが見いだせたとは言い難い。

 伊藤洋太が感じた喜びは、近くにいた自衛隊が感謝を述べた事だった。

「有難う。君のおかげで助かった。君がいなければ殺されている所だった」

「相手を倒してくれれば、それだけこちらの被害も減っていく。

 遠慮せずどんどんやってくれ。君の活躍が皇国の未来に繋がっていくんだ」

 人を殺す事で感謝されたり、人の死が国を守る事に直結する。

 彼は今までそんな事を考えもしなかったし、また自分がその立場になる等思ってもいなかった。

 (そうか、常識が変われば僕は認められるし僕が輝ける場所があるんだな。

 これから僕が何処で何をして生きるべきなのか、それが解った気がする)

 1人殺せば殺人犯だが、1万人殺せば英雄になれる。

 勿論それが正しいのかどうかは人それぞれであり、永遠に答えが出る事は無いだろう。

 確かなのは、伊藤洋太が人を殺す事で人を生かす道を選んだと言う事実だけだった。


 警棒を振り上げ、相手の頭を躊躇せずに叩き潰す伊藤。

 敵が混乱している間に、凛Ⅱは鳳翔会の本拠地である本社ビルの入口に辿り着いた。

 勿論入口の近くでも戦闘は常に起きており、苛烈になっている。

 (何とか自衛隊の人達に気付かれない様にしたいんだけど……)

 自分がビルの中に侵入した事で自衛隊が雪崩れ込む様な事があってはならない。

 あくまで彼女1人がビル内に入る状況を作りたいと思っていたが、やはりガードが固そうだった。

「誰1人今は中に入れるな!例え見た目が俺達の仲間に見えてもだ」

「ドローンを操作している奴が潰されたら、どうしようも無くなるからな。

 無茶は承知だ。例え相手がニューマンだとしても近付けるな!」

 

 無理やり入る事が出来たとしても、確実に目に付くし相手を倒さなければならない。

 理想としては、侵入された事にすら相手が気付かないのがベストだ。

 そう考えながら入り口近くで逡巡していた凛Ⅱであったが、それに気付いた雲雀が助け舟を出した。

「あの中に入りたいと思ってるんでしょう?なら、こうするべきです!」

 自爆ドローンが爆発しても自身の身体が平気である事を知っていた雲雀は、自分に向かって飛んできたドローンを両手で掴むと、そのまま地面に叩き付ける。

 入口近くで凄まじい煙が上がり、入口を死守しようとしている組員達の視界を奪った。

「くそッ、何も見えねぇ」

「畜生、誰が来ようが蜂の巣にしてやる」

 混乱し、銃を乱射する組員。その横をすり抜け、凛Ⅱが入口からの潜入に成功する。

 ただそれは入口にいる組員を欺けただけで、彼女の姿はハッキリと監視カメラに映っていた。


「会長の所には、絶対に行かせるな!」

「銃や爆弾じゃ駄目だ。電撃棒を叩き付けて奴をショートさせろ」

 数名の組員がロビーに集まり、凛Ⅱの行く手を遮る。

 凛Ⅱもすんなり通れるとは思っていなかったので、警棒を握り締めたまま彼等の方に向けた。

「私は話をしたいだけですし、貴方がたを傷付けたくありません。下がってください」

「ふざけんな!それが通るとでも思ってんのか」

 一斉に襲い掛かってくる相手を、凛Ⅱは彼等の足に警棒を叩き付ける事で対処した。

 電撃棒を床に落とし、悶え苦しむ組員達。

 (手加減はしたハズだから流石に骨折はしてないと思うけど……)

 凛Ⅱは追手がまた来ると面倒になる為、目に入った下り階段の方へと走っていった。


『会長!会長の所に、若い女の姿をしたニューマンが向かってます!

 すぐに退避してください。後は俺達で引き受けます』

「馬鹿な事を言うな。頭が戦場から逃げ出す様な事をするかよ。

 それに爆弾で脅せばニューマンが相手だろうが俺に手を出す事は出来ん」

『しかし会長の身にもしもの事があったら』

 無線装置の電源を切り、椅子に座ったまま微動だにしない男。

 彼もまた彼女と話がしたいと思っており、寧ろ凛Ⅱがこの場所に来る事を止めはしなかった。

 (若い女のニューマン、か。誰なのかはある程度見当がつく。

 話がしたいのなら、俺もそれに乗ってやるさ。

 俺が『相手から危害を受ける』事はまず無ぇだろうしな)

 

 鳳壮一は自分でもどういう感情で彼女を招いたのか解らずにいた。

 諦念であり、敗北を受け入れた証として話をすべきだと思ったのか。

 それともただ、愚痴を聞いてもらいたいと思ったのか。

 戦いの敗色が濃厚になる中で、鳳は誰かに伝えるべき過去がある事を察していた。

「お願いです。もう、無駄な戦いは止めてください。

 こんな事をして何になるんです。お互いが死んだり傷付くだけで、得になる事なんて何も無い。

 投降してください。貴方の部下である人達の命を守る為にも」

 地下室に足を踏み入れた凛Ⅱの言葉に対して、鳳は何も答えずただ後ろを見る様促した。


 巨大な爆弾。

 それが原爆であるかどうか凛Ⅱが解る事では無かったが、爆発の規模がとんでもない事だけは間違いない。

 関東全体かどうかはともかく、東京都は全て破壊される規模であると容易に想像がついた。

「お前が俺を無理やり拘束しようとすれば俺はこのボタンを押す。

 この距離ならお前がどんな形で飛び掛かろうとも阻止は出来まい。

 これが爆発したら、皆吹き飛ぶのは馬鹿でも解るよな?」

 静かに、だが凄みのある声で淡々と語る鳳。

 凛Ⅱは即座に警棒を床に捨て、戦う意思が無い事を示した。

「私は貴方に乱暴な事はしたくありません。話し合いましょう」

「俺も丁度そう言おうと思ってたんだ。気が合うな。

 ちょいと昔話でもしようじゃねぇか。お前さんが生まれる前の話をな」


 鳳が凛Ⅱに話したいと思ったのは、若い世代に自分が伝えなければならないと思っていた話だった。

 本来ならば、公の場で堂々と訴えるべき事柄だったかもしれない。

 だが皇国の未来を憂い、暴力的な革命の準備を進めてきた鳳翔会にとってそれは不可能だった。

 凛Ⅱは何も言わずに、鳳の話に耳を傾ける。

 それは誰よりも皇国を愛している男の、心からの『叫び』であった。

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