第18話 嵐の前の一週間

【西暦2060年10月下旬 日台帛連合皇国 東京都大田区北馬篭 美輪光輝の自宅】


『ねぇ、皆買い物行って必要なものは一通り揃えた?』

『スーパーもショッピングモールも人だらけで大変だったけど、何とか飲み水と食料品を確保したよ。

 解ってると思うけど、カップ麺とかはNGだからな。電気もガスも止まる可能性があるんだから』

『やっぱ缶詰のパンや肉・魚しか無ぇのかな……俺そういうの苦手なんだよね。

 その点美輪は良いよな。食べ物は元々用意されてて、いざという時逃げる事だって出来るんだろ?』


 ネットを使ったビデオ会議の画面を見ながら、光輝は一瞬目線を横に逸らした。

「外国の勢力に狙われる可能性がある施設だから……エヴォリューションは。

 建物を閉鎖して籠城出来る様に食料は常に備蓄されているし、要塞の様な空飛ぶ車で脱出する事も出来る。

 俺や母さんは食べ物を貰っただけだけど、父さんは暫くの間会社から戻れないって」

 エヴォリューション内にはニューマンを作る為の材料が山ほどあり、絶対に社外には漏らせない機密情報が眠っている。

 設計図を狙って鳳翔会が攻めてくる可能性は考慮されており、護衛用のニューマンが入口付近に常駐する等準備が進んでいた。


『今や皇国の心臓なんて言われてるもんな、エヴォリューションは。

 親父さんが人質にされるかもしれない、なんて考えたら大変だろ』

『特権がある人にはそれに見合ったリスクがあるものね。

 私達は光輝みたいに恵まれてなくて正解よ。一般市民はそこまで背負う必要が無いし』

 言いたい放題だな。と光輝は思った。

 小学校の頃から光輝は『特別扱いをされている父親の息子』として生きてきた。

 陰口を叩かれた事等何度もある。

 それでも、彼は『普通の高校生』として他の生徒と接する為に努力を続けてきた。


『一週間以内には終わらせる、なんて政府は言ってるけどどう転ぶかは解らないからな。

 自宅から外に出るな。が合言葉だ。また全員笑って会える様にしようぜ』

『光輝も気を付けてね。お父さんの事があるから心配だわ』

「俺も家からは出ない様にするし、念の為だって父さんがニューマンの警備員を送ってくれてるよ。

 皆も気を付けて。ずっと家の中にいると気が滅入るかもしれないけど何とか乗り切ろう」

 通話を終えた後、光輝は椅子に背を預けて思い切り腕を伸ばす。

 政府から自宅待機が厳命されているとは言え、ずっと部屋の中にいると退屈であるのもまた事実だった。


 第三次世界大戦から月日が流れ、驚くべき速度で街は復興し、光輝は『戦争を知らない世代』として育ってきた。

 漠然と『もうそんな事は起こらないだろう』と思っていたのに、突然その幻想が打ち砕かれたのである。

 政府は『同盟国であるアメリカの手を借りず、戦争の規模が拡大しない様全力を尽くす』と明言しているが、先は見えない。

 当然皇国としては『テロ組織の蜂起を許さず、鎮圧する』辺りで事態を収拾したいと考えているだろう。

 だが鳳翔会が『核爆弾を保有している』と言う噂が広まっているせいで人々の不安は増すばかりだった。

 (加藤さんが見せてくれた、鳳壮一の顔写真……あの人と全く同じ顔だった。

 やっぱり、俺に近付いてニューマンを作ってもらい、政府に対抗するつもりだったんだろうか?

 その為に俺を利用するつもりだったとしたら、やるせなくなるな)


 暴力団の組長にしてみれば、美輪光輝は美輪彰浩の息子に過ぎない。

 彼にしてみれば、父親の影に隠れて評価もされないと言うのが最も苦痛を感じる事だった。

 常に父親と比べられ、自分だけを見てもらえず不満ばかりが溜まっていく。

 一家が政府から特別扱いされているのは事実なのだが、それを指摘されるのも光輝には堪えた。

「コウ君、ちょっといい?」

「ああ、大丈夫だよ。丁度ビデオ通話が終わった所だから」

 凛Ⅱが部屋のドアを開けて入ってくる。

 前までは若い女性用の服が無かった為光輝の服をよく着ていた凛Ⅱだったが、今ではそれも大分改善されていた。


「私達が始めた事がここまで大きくなってしまうなんて……」

「俺達のせいじゃないよ。

 ニューマンの存在を守る為に出来る事を精一杯やっていたら、こうなってしまったってだけさ。

 後は自衛隊の人達に任せよう。もう俺達は介入しない方が良い」

 責任を全く感じていないワケでは無い。

 だが素人である自分達に出来る事があるだろうか?

 余計なちょっかいを出して危険に巻き込まれてもつまらないと光輝は考えていた。

「雲雀さんからメールが来て……『加藤さんにお願いして参加させてもらう』って。

 昨日からずっと考えていたんだけど、私も一緒に行こうと思っているの」


 凛Ⅱの願いを、光輝は全力で退けようとする。

「何を馬鹿な事を言ってるんだ。遠足に行くんじゃないんだぞ。

 銃弾やミサイルが飛び交う戦場に足を踏み入れるなんて無謀過ぎる。

 君がニューマンなのは解っているけど、戦闘訓練も受けていない者が役に立てると思うのか」

 辛辣過ぎるか、言い過ぎたかと喋っている最中に思ったが、それも全ては凛Ⅱを守る為だった。

 壊れたらまた次のを作ればいい、なんてドライな思考には陥っていない。

 今この場所に存在している彼女を守りたいと言う切実な思いだった。

「危険な事は重々承知しているわ。それでも、私や雲雀さんには私達が始めた事を終わらせる義務がある。

 ニューマンを守る為に黒田龍二を逮捕して、皇国が鳳翔会と戦う事になった。

 そうなってしまったのは誰のせいと問われれば、私達に責任の一端があるのよ」


「仮にそうだとして、君が出ていく事にどんなメリットがあると言うんだ。

 ニューマンが銃弾や爆弾でも容易には破壊出来ない耐久力を持っている事は父さんに聞かされているから解ってる。

 でもその条件は自衛隊のニューマンだって同様だし、何度でも言うけど君は普通の女子高生として作られたんだ。

 自衛隊の足を引っ張って、彼等を窮地に立たせてしまう可能性だって充分ある。

 君が責任を感じているのは解るけど、見守る事が最良のケースだってあるんだよ」

 何が何でも、危険な場所には行かせない。

 凛Ⅱを守りたいと手を尽くしている間にも、凛が動いているかもしれないと光輝は不安になった。

 思想は全く同じなのだから、彼女と同じ様に戦場に立つ事を望む可能性が高い。

 雑念を振り払いながら懸命に説得しようとした光輝であったが、凛Ⅱの決意は固かった。


「利点があるとするならば、それは私の見た目よ。

 同じニューマンでも、軍服に身を包んだ屈強な男と女子高生では警戒心に差が出てくる。

 鳳さんは私達と顔見知りだし、見ず知らずの自衛隊員よりは話を聞いてくれるでしょう。

 私は何とか鳳翔会の本部地下に乗り込んで、最悪の事態を回避したいの」

 何時でも東京都を壊滅させられる爆弾を鳳壮一が持っていると言う噂。

 リモコンのスイッチは彼の手に握られており、もし爆発すれば東京都は壊滅的な被害を受ける。

 噂なので確定こそしていないが、核爆弾であれば首都周辺にも被害が及ぶだろう。

 そうなれば『かの国』の残党が復讐に動き出し、米軍と衝突すると言う最悪のシナリオが始まるかもしれない。


 そういう意味では、『相手を守りたい』と言う強い意志を持っているのは凛Ⅱの方だった。

「もしスイッチが押されればコウ君も、周りにいる皆も全員助からない。

 鳳さんを宥めて納得させる役目を果たして、皆の命を守りたいのよ。

 無茶だし、馬鹿な事を言っているのは自分でも解っているつもり……

 それでも、今動かないと私はきっと一生後悔する事になると思う。

 行かせて頂戴。これからずっとコウ君の側にいる為に、少しの間離れる必要があるの」

 その瞳からは迷いも恐れも感じられない。

 子供の時にも見せていた、決意と覚悟に満ちた表情だった。


 幼い頃から、清川凛は一度決めたら自分の意志を決して曲げない性格だった。

 妥協しても良いと判断すれば身を引く事もあるが、そうでなければ最後まで己を貫き通す。

 凛や光輝が小学生だった頃、ダンボール箱に入れられた猫が道端に捨てられていた事があった。

『助けなきゃ』

 餌をろくに食べていなかったのか衰弱している猫を、凛は放っておけず自宅に持ち帰る。

 彼女の両親から大反対されたが、まず餌を与えて元気にすると無理やり押し通した。

『私が飼うかそうでないかは後で考えれば良い。目の前にある消えそうな命を守らないと』

 しかし餌を与えたり身体を温めたり努力をしたものの、結局その猫は死の運命から逃れられなかった。


『君のせいじゃないんだ』

『私が守ってあげられなかった。もう少し早く見つけてあげられたら……』

 泣きじゃくる凛を慰めていた己の姿が、光輝の脳裏を掠める。

 彼女は、消極的な選択をして最悪な結末が訪れる事に恐れを感じているのだ。

 大切な人を、隣にいてくれるべき人を絶対に失いたくない。

 美輪光輝と言う1人の人間を、ただ守りたいと言う純粋な思い。

 やらずにする後悔とやってする後悔のどちらが重いのかと言う話だった。

 そして、光輝にはもう彼女を止める力も権利も無い様な気がしていた。


「……俺は君を所有している。所有主として君を拘束する事は法的には可能だ。

 でも、そんな事をすれば俺は君の事を『物』として扱う事になる。

 君の人格・思想を尊重したい。君を1人の『人間』として捉えたいんだ」

 俺は何を言っているのだろうと光輝は思った。

 こういった話はどう言い繕っても相手に悪い印象を与えてしまう。

 だが時にはそういった結果になる事を承知した上で言わなければならない時があると考えていた。

「君がどうしても戦いたいと言うのなら、俺には君を止める権利が無いのかもしれない。

 勿論、今でも危険だと思っているし君をそういう目に遭わせたくない。

 どこまで行ってもこの議論は平行線を辿るだろう。

 俺から言える事は……ただ、無事で帰ってきてほしいと願う事だけだ」


 正しいとか、正しくないと言う話では無い。

 光輝の考えも間違ってはいないし、凛Ⅱの考えも理解出来る。

 正しい道を選ぶのでは無く、2つの正しい道の1つを選択しただけだ。

 そして凛Ⅱがその道を突き進むのならば、黙って見届けるしか無いと思った。

 強硬に反対する事も出来た。強制的に動きを止める事も。

 だが光輝にはそれが出来なかった。最後には彼女の気持ちに寄り添い折れたのだ。


「私達が暮らしているこの国と、人々の命を守る為にも……

 ニューマンが一致団結して皆を救わなければならない。

 そんな気がするの。コウ君、必ず帰ってくるからね」

 自然と涙が零れた。次の瞬間には無意識に凛の身体を抱き締めていた。

 1人になる事を恐れ、凛Ⅱに対して『ココにいてほしい』と言う我儘な気持ちがあったのかもしれない。

 漠然とした恐怖を緩和してくれる存在として、光輝は彼女を望んでいた。

 しかしそれ以上に彼女を愛していた。だから、彼女を送り出さなければならないと思っていた。


「コウ君……泣かないでよ。私も、決意が揺らぎそうになっちゃうじゃない」

「そんな、そんな事言ったって……」

 日常が崩れていく事への不安、両親すら彼に寄り添えない程の多忙、増していく孤独感。

 何か縋れるものが欲しかった。意思疎通が出来る、自分を大切に思ってくれる相手が。

 結局、高校生なんてどんなに大人だと背伸びしても根の部分は子供なのだ。

 膝をつき、彼女を強く抱き締めながら嗚咽を漏らす光輝。

 無意識に出てしまった泣き落としですらも、凛Ⅱを家の中に留めておく事は出来なかった。


 伊藤洋太にとって、『自分がココにいる意味』は考えても考えても答えが出ない問題だった。

 完全犯罪を成し遂げたと言う一時の達成感の後に待っていたのは大いなる空虚。

 人間である本当の伊藤洋太は既に死亡しており、そのニュースも彼のクラスメイトの知る所となる。

 両親も周囲の人間も、彼に面と向かって何かを言うワケでは無いが事の真相をある程度把握していた。

 その結果、腫れ物に触るかの様な対応に終始し、誰も彼に本音で語りかけようとしてこなくなる。

 4人もの人間を殺害した冷酷非情なロボットが、処分される事も無く我が物顔で学校に通っている。

 それが彼の周囲にいる人々の評価であり、社会から『拒絶』されているのは明らかだった。


 かと言って彼等を責めるつもりも無かったし、開き直って悪に生きようとするワケでも無い。

 自分は世間から見て悪事を働いたのだと言うのは理解しており、自分を虐めていたあの屑達の様にもなりたくなかった。

 あくまで自分の身体と心を守る為の『正当防衛』だったのだ。

 自分で自分を納得させてみようとしても難しかった。

 ただあの世に逃げるだけなら彼等を殺す必要は無い。憎かったから道連れにした。

 自分が人として死ぬ事は受け入れられても、虐めていた者達がのうのうと生き続ける事は到底認められない。

 しかし全てが終わった後周りを見渡してみれば、もう何も残っていない真っ白な世界。

 どうしてまだ自分は存在しているのか、それも解らぬまま悪戯に日々が過ぎていった。


 それでも『自死』を選ばなかったのは、死んだ4人よりも長く生きて彼等を嘲笑いたいと言うネガティブな思想からだった。

 そして死んだ本物の『伊藤洋太』が見れなかった景色を見続けると言う『遺言』も影響していた。

 ただ生きている。誰からも称賛されず、褒められない状況の中で、皇国は鳳翔会との戦いに踏み切った。

 償いとか、死に場所を探すとか、理由を挙げようと思えば幾らでも挙げられる。

 ともかく彼は見えない力に引っ張られるかの様に暴力団との戦いに参加する事を決めた。

「僕が活躍した所で誰も喜んだりしないだろうし、僕が壊れれば多くの人が胸を撫で下ろすと思うよ。

 皆が何を望んでいるのか心の中までは見えないけど、それでもこの流れに抗ってみたいんだ」

 

 クラスメイト達はただ不自然な笑顔を見せただけだった。

 肯定も否定もしない。むしろどうでもいい事で関わりたくも無いと言いたげな表情。

 人からの評価は望めない、ただの自己満足。リスクを背負うだけで己には何の得も無い行為。

 伊藤洋太はただただ己の生き方を自分自身で肯定する為だけに参加する事を決めた。

 (人の助けになるとか、そういうのは求められていないんだ。

 英雄になりたいとかそんなんじゃない。居場所を見つけたい。

 少なくとも戦場で必要とされない事は無い。それだけの理由なんだ)

 

 ロボットは誰かの役に立たなければならない。

 そんな原則的な話よりも、ニューマンが立ち上がるのは近くにいる大切な人を守りたいと言う願いからだった。

「叔父さんも叔母さんも、俺達を蘇らせてくれた蜀さんの子供達や親戚もこの場所にいる。

 東京都を暴力団の手から守る事は、俺達にとって大事な人を守る事にもなるんだ。

 だから、俺達は行かなくちゃならない。そうだろう?」

「私達が頑張れば、きっとお父さんもお母さんも喜んでくれるよね」

 緑野翡翠と緑野琥珀もまた、そんな思いで戦場へと赴く者達である。

 自衛隊に所属していないニューマンの戦闘志願は警察や政府の予想を大きく上回るものだった。


「自衛官として政府が生み出し、管理しているニューマンの数はおよそ200体。

 今回全国から志願してきた一般人所有のニューマンは100体です。

 試験的な意味もありまだニューマンは大量生産されておりませんが、まさかこれ程多くの志願があるとは……

 政府が運用しているロボットの全数における2分の1が駆け付けた事になりますが」

「誰かを守りたいと言う強い思いがあるからだろう。

 そういう意味では『限りなく人間に近いロボット』を作ったと言える。

 心の無いロボットには執着心も無い。失いたくないものなど存在せんのだ。

 だが人間は失いたくないものの為に戦える。命を賭ける時すらある」


 鳳翔会との一連の戦闘において、陸上自衛隊以外の戦力は投入出来ない。

 それが解っていたからこそ、援軍の存在は彼等にとって心強かった。

 街を悪戯に破壊する事が出来ないと言う制約だけで無く、混乱に乗じて攻めてくる国への牽制も同時に行わなければならない。

 海と空の自衛隊はそういった外からの国防に赴かなければならない為、自衛隊側の戦力は決して潤沢とは言えなかった。

「我々人間はドローン型車両を使い空から強襲し、組員の持っているリモコンの破壊に全力を尽くす。

 電波を飛ばされニューマンの機能が停止してしまえば勝てる戦いも勝てなくなるからな。

 ニューマン部隊は我々がリモコンを破壊するまでは電波の届かない遠距離から狙撃で援護を行ってもらう。

 破壊が完了した後はニューマン部隊と一般人の志願部隊で組員達の戦力を無力化。制圧出来れば第一段階は完了だ」


 自衛隊にしてみれば、問題はその後だった。

 鳳壮一が持っているとされる核爆弾のボタンに対してどう対処するべきか。

 恫喝に屈して組員を解放する事も出来ず、かと言って迂闊に攻め込めば共倒れになりかねない。

「この第二段階の任務が最も危険であり、政府が彼等との対立を避けてきた一番の理由だ。

 鳳翔会会長を刺激せず、出来れば説得によって投降してもらいたい。

 ここからは最早戦闘力など意味をなさず、交渉力に秀でた者に期待するしか無いだろう」

「我々の部隊にも口が達者な者は数名おりますが、鳳がまず我々の言葉に耳を傾けてくれるかどうか……」


 失うものが無くなった男が都民を道連れに爆死する。

 そんな最悪のシナリオだけは絶対に阻止しなければならないと言うのが自衛隊の総意だった。

 しかし開戦直前に至っても確実に彼を説得出来る術が用意されているワケでも無く、どうなるかは未知数。

 相手の出方に全てを委ねる必要がある為『100%の成功』などありえなかった。

「こうなる事が解っていた……だからこそ我々は鳳翔会と衝突したくなかったのだ。

 戦う事が決まってしまった以上もう後には引けないが、この局面に至ってもなお有効な方法が解らない。

 運に縋らなければならないと言うのが辛い現実だ」


 自衛隊の上層部は隊員達の間で不安が蔓延する事を恐れ、この事実を全く語っていない。

 ニューマンが大挙して突撃したとしても、1人の男がボタンを押すのに1秒もかからないのだ。

 上手く隙を突けたとしても自爆を阻止するまでには至らない。彼等の苦悩はずっと続いていた。

「鳳壮一に、この国を思う心がある事を祈るしか無いのだ。

 あの男は我々と敵対してはいるが、元々は皇国を守りたいと言う志に満ちた青年だったと聞いている。

 何処でどう歪んでしまったのかは解らんが、自分が守りたいと思った国を滅ぼすとは思いたくないな」

「全くです」

 警察も自衛隊も、そして鳳翔会も準備を進める中ニューマンも動き出した。

 彼等の願いは1つ。『この国を守りたい。大切な人を守りたい』と言う一点のみ。

 国家対暴力団の全面戦争は間近に迫っていた。


 恐怖や不安が無かったワケでは無い。それでも勝手に挙手を行っていた。

 二階堂雲雀が清川凛と共に戦場に立つ理由。勿論挙げようと思えば幾らでもある。

 自分達がきっかけとなって起こってしまった戦争だから。

 戦火に巻き込まれるかもしれない父親を守りたいから。

 友達になった清川凛が行くと決めた時、それを尊重して自分が隣にいてあげたいと思ったから……

 そうやって色々理由を挙げても、最後は自分の心の声に従ったと言う結論がある。

 彼女は自分を変えたかった。どう変わるかは解らなかったがとにかく変わる為に行動したかったのだ。


 (高校生の時の私は、人を傷付けてしまい、それにも気付けなかった。

 自分が恐怖と戦えなくて逃げて、自分が自由に振る舞える安全な場所から出ようとしなかった。

 そして、殺された……勿論、殺した相手に全く非が無いとは思っていない。

 でも彼と相対した時に感じたのは怒りでも恨みでも無かった。弱い自分に嘆く己の姿だけだった。

 だから……変わりたいの。弱い自分と決別して、誰の前でも立派に堂々と振る舞える強い人間になりたい。

 ロボットになってしまっても、今更遅いなんて思わないわ。ココから始めてみせる)


 黒田龍二を拒絶するのではなく、余裕を持って慈母の様に振る舞う事だって出来たハズだ。

 あの時自分が強ければそれが可能だった。人間としての二階堂雲雀が死ぬ事も無かった。

 もしかしたら、彼が暴力団の組員になる事も、ブルーウィンターをばらまく事も防げたかもしれない。

 無限に広がるたらればを一旦心の中に封じ込めて、雲雀はこれからの最善を尽くす事を心に誓った。

 だからこそ勇気を出して参戦する必要があった。逡巡するよりも動くべきだ。

 本気でそう思えたからこそ清川凛と共に立っている。彼女はそんな己を誇るべきだと思った。


「私達の力で、きっと未来を変えられる。コウ君の為だけじゃない。

 この国に住んでいる平和を享受したい全ての人々の為に力を尽くしましょう」

「そうですよね。私達の力を合わせればきっと良い結果を生み出せますよね」

 凛に引っ張られているのかもしれない。でも最後には自分の意志で参加を決めた。

 後悔はしていない。今までの事は全て自分の人生にとって必要であって、無駄なものは何も無い。

 雲雀はそう信じていた。そしてこの戦いでそれを証明出来るとも思っていた。


 静寂の1週間が終わり、戦いの幕が開く。

 それはどちらが己の主張を通せるかと言う意地の張り合いでもあった。

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