第16話 逆恨みと憎悪の果て
【西暦2060年10月中旬 東京都千代田区霞ヶ関 警視庁本部取調室 午後1時】
黒田龍二に対する取り調べは3回目である今日、大きく進展しそうだった。
逮捕された当初から黒田は連続通り魔殺人事件の犯人である事を否認せず、寧ろ全面的に自供する様な素振りを見せる。
自宅に複数の物的証拠が残っていた事を考えると完璧にしらを切るのは不可能であったが、これ程早く認めるとは加藤達も思っていなかった。
「石原和子、岡崎浩美、駒井千鶴、
ルミノール反応が出たのはいずれも凶器と思われる包丁やお前が着た形跡のある黒のパーカー、黒の皮手袋等だ。
遠藤沙奈もお前に刺し殺された事を『証言』してくれている。
他の容疑に関しても、お前は自分の仕業であると自白するんだな?」
取り調べ室は刑事ドラマでよく見る様なマジックミラー付きの小部屋で、椅子と机が置かれている。
壁の隅に設置された録音機材はただ録音を行うだけで無く、別の部屋に音声を流す機能を有していた。
「ああ。全部俺がやった。ココまで来たら誤魔化しても無意味だしな。
5人殺すのも11人殺すのも結局極刑は免れねぇだろ?
やっぱりあの時脳を破壊しておくんだったぜ。
ズタズタに傷付けておけば警察が俺に辿り着く事は無かっただろうしな」
実際、黒田の言う通りだった。
遠藤沙奈の証言によって似顔絵が作成されなければ、黒田龍二逮捕には至れなかっただろう。
現場に証拠を残さない手際の良さからして、被害者が20人以上になっていた可能性は極めて高い。
そうなった時の事を想像し、取り調べを行っている刑事の横で立っていた加藤は思わず顔を背けた。
「11人と言うのはどういう事だ」
「前にも言っただろ。あんた達が掴んでいない殺しがあるってよ。
全部話してやるぜ。いずれ、二階堂雲雀の耳にも入るだろうしな」
連続通り魔殺人事件とは『無関係』であると思われていた二階堂雲雀の『失踪』。
2059年10月に発生したこの事件は、二階堂雲雀のニューマンが作られた事により表向きには無かった事になっている。
別室で取調室の様子を知る事が出来ていた雲雀は、暗い表情を浮かべたまま溜息をついた。
(やっぱり、黒田君が私の事を……)
黒田龍二と二階堂雲雀は互いに相容れない間柄、まさに水と油であった。
大企業の『御嬢様』として礼節を学び、いずれはグループを率いる事になるであろう期待の星。
黒田はそれとは全く異なり、当初から『文武両道』の極道になる事を目指して入学してきた。
暴力で相手を黙らせ、頭脳で人を騙して任侠の道で大成する。
そんな彼は生徒達から鼻つまみ者扱いされており、醜悪な容姿もあって近付く者は誰もいなかった。
「俺が高校生だった時、数名の女生徒と俺が諍いを起こした事があってなぁ。
その時に俺が奴等に腹を立ててあの女の腕を掴んだら振り払われたんだよ。
気持ち悪い。触らないでくださいって言葉付きでな。
怒りが爆発しちまったぜ。他の生徒に止められて、殴る事は出来なかったがな」
顔の表面は
間近で顔を見れば殆どの人が蛙の様な顔に悲鳴を上げ、反射的に顔を背けるだろう。
黒田がそんな顔で生まれてきた事は彼自身にとっても不幸であったが、被害者達にとっても不運な事だった。
「その時に誓ったんだ。大人になったら必ず二階堂雲雀を殺してやろうと。
そして、二階堂雲雀の様な美しい顔を持つ女を少しずつ社会から除去してやろうとな。
俺もまた、雲雀の顔に似ている女を見る事に耐えられなくなっちまったのさ。
あいつに近い顔を持つ女を写真で見る度に憎悪の炎が燃え上がった。
逮捕されるまでずっと殺し続ける事が、俺の存在理由、生き甲斐になったんだ」
身勝手で、どうしようも無い殺害理由。
こんな理由で殺された女性達が、ただただ不憫でしか無いと加藤は思った。
「貴様!!そんな滅茶苦茶な理由で、何の罪も無い女子高生を次々に殺害したと言うのか!
お前は狂っている。まともな人間は、そんな理由で人を殺したりしない」
机を叩き、若き刑事は怒りに震えたが、黒田は全く動じていない。
「そういう類の人間も世の中にいるって事さ。
刑事さん、パンを食べる人間もいれば御飯を食べる人間もいる。
中には牛乳とジャムサンドしか食べられないなんて奴もいるだろう?
俺はたまたまそういう性分で生まれてきただけの事で、おかしくも何ともねぇよ」
「そんな詭弁を……」
怒りで我を失いそうになっている刑事を制し、加藤は軌道を修正した。
「確か、二階堂雲雀の死体を鷲ノ巣山に埋めたと言っていたな。
場所を教えてくれ。それと、共犯者の名前も」
黒田は加藤が持っていた地図にペンで印を付けたが、共犯者の名前は白状しなかった。
「お前1人で人1人を完全に埋める事が出来る穴が掘れたとは思えない。
最低お前を含めて3人は必要だ。恐らく、神原組の組員なんだろう?」
「あいつらは俺に指図されてやったんだ。
俺の命令に従った道具に過ぎねぇ。道具に罪を問うのはお門違いだろ。
二階堂雲雀は昏睡状態に陥らせた後俺が殺した。
殺したのは俺1人であってあいつらじゃねぇ。
あいつらに死体遺棄の共犯を問うのなら、俺にだって考えがある」
操った部下を売る様な真似はしない。
それは『彼のルール』であり、任侠としての矜持でもあった。
「解った。それに関しては私の方で何とかしておこう」
「加藤さん!?何を言っているんですか。
死体遺棄を行った連中は、高確率で二階堂雲雀の殺害に関わっている可能性が高いんですよ?
単に刺し殺しただけじゃなく、気絶させて山に運んでいる。
明らかな悪を見逃すと言うんですか」
若い刑事は鼻息荒く加藤にそう言ったが、加藤はあくまで冷静だった。
「小事を気にして大事を損なうのは愚か者のする事だ。
最優先事項は黒田龍二が犯した全ての罪をこいつ自身の言葉で聞き出す事。
この大事な局面でへそを曲げられてはたまらないからな」
「しかし……!」
「大人になるんだ。俺達は何を達成しようとしている?
よく考えろ。俺達が成し遂げたいのは神原組の組員の死体遺棄を暴き出す事か?
違う。違うんだから潔く諦めろ」
刑事は加藤の言葉に応じ、引き下がるしか無かった。
「へへへ……アンタ雲雀の間抜けより余程話が解るじゃねぇか。
あの女がアンタみたいな大人だったら、俺もこんな事をする必要は無かったんだがなぁ」
黒田の二階堂雲雀に対する悪意は尋常では無かった。
蔑まれた事が、見下された事がトラウマとなり、相手を消し去る事でしか払拭出来なくなっていたのだ。
彼の劣等感は暴走し、無差別殺人にまで発展してしまう。
雲雀は黒田の犯罪が自分の行動に起因していると知り、強いショックを受けていた。
『アンタみたいな異物がいるから、うちのクラスは統率が取れないんでしょ!?』
『何だとテメェ!!』
エリートを目指し、暴力など野蛮人が行うものと考えている将来優秀な高校生。
それとは違い、狡猾さを得る為に知力を鍛えている不良。
校内で暴力沙汰を起こさず、優秀な成績さえ残せていれば問題は無いと学校側は判断していたが、一部の生徒達は納得していなかった。
学校の外から聞こえてくる数々の『醜聞』は偏差値の高い高校の生徒として不適格である。
そう判断した者達が黒田を排除する為に動いていたが、そう簡単に追い出せはしなかった。
『俺はこの学校で真面目に勉強してるだけじゃねぇか。何が不服だってんだ』
『全部よ!大体、そんなユーゴーの小説に出てくる様な醜い顔で、こっちを睨み付けてくるだけで迷惑してるのに。
私達はアンタを退学させる為に全力を尽くすわ。異質なゴミは皆の為に片付けなくちゃ』
黒田が『インテリ極道』を目指して勉学に励んでいる事は他の生徒達の耳にも入ってきている。
あまりにも危険な思想と力を持った人間を危険視するのは自然な流れだった。
『ふざけるな!』
激高し、女子生徒に襲い掛かろうとする黒田。
その時、間に入って諍いを止めようとした雲雀はたまたま腕を掴まれてしまった。
(怖かった。気持ち悪かった。別に、黒田君を蔑んだり下に見たりなんかしていなかった。
ただ、とにかく恐怖に駆られて腕を払った。私にとっては、それだけの事だったのに)
ニューマンでも涙は流れる。雲雀は流した涙は恐怖と悔恨によるものだった。
自分がそうやって恐怖で彼を邪険に扱ったりしなければ、自分は殺されずに済んだのではないだろうか。
後でフォローしたりするのを彼女は怠った。
全ては彼に近付くのも嫌で、『怖い』と言う心理からくるものだ。
その一度の争いが、自分を含め10人以上もの女子高生の命を奪う事件に発展してしまった。
雲雀は逃げる事しか出来なかった。逃げた為に大きな不幸が起こってしまった。
悔やんでも彼女達の命は戻ってこない。雲雀にとってそれが一番辛い事実であった。
「あんたら、大方ブルーウィンターの事も掴んでるんだろ?
遠藤沙奈がその事もベラベラ喋っちまっただろうし……
俺達は二階堂臣人と組んで、鳳翔会主導で高校生にブルーウィンターを売り捌いたんだよ。
密輸の方法も教えてやれるぜ。高性能PCの『箱』の中に入れられるだけ薬を入れたんだ。
ロシアから薬を運ぶのに、それが一番怪しまれない方法だったからな」
雲雀は再びショックを受けた。暫くの間立ち直れないかもしれないと思う程の衝撃だった。
(父さんが、高校生の脳を滅茶苦茶にしてしまうドラッグの密輸に加担していた!?
鳳翔会とグルになってそんな大変な事件を起こしてしまっただなんて、信じられない)
認めたくないと心の中で必死に否定しようとする雲雀であったが、それでも疑念は別の記憶から漏れ出てくる。
そもそも、自分が失踪した事を何故父親は隠蔽し、ニューマンである自分を作る事で誤魔化そうとしたのか?
何故、自分がニューマンに入れ替わった後、父親との接触や会話が極端に減ったのか?
(父さんは、優秀な電子頭脳を持つニューマンである私と話す事で悪事が露呈する事を恐れた?
そして、警察沙汰にしない事でブルーウィンター密輸の事実を隠そうとした?まさか……)
考えれば考える程、辻褄は合ってしまう。
二階堂雲雀のニューマンが生まれた理由は、世間体を考えた結果だけでは無かったと言う事だ。
彼女の父親は今も恐れている。罪も無い青少年の未来を壊した犯罪者として糾弾される事を。
(でも、もうおしまいだわ。
黒田君が全部喋ってしまうでしょうし、その証言をもとに警察も動く。
捕まる前に、父さんに自首してもらった方がきっと傷が浅くなるでしょう)
雲雀はそう確信していたが、実際は違った。
警察は鳳翔会との全面戦争を回避する為、ブルーウィンター事件の大規模な報道を食い止めようとしていたのである。
「君と私はある一点において考えが一致しているよ。
即ち、皇国の暗部を引っ張り出して鳳翔会と皇国の全面戦争に持ち込みたいと言う考えだ」
加藤の言葉を聞き、若い刑事は驚愕の表情で彼を見つめた。
「そうさ、俺も死刑は免れないだろうし、皇国そのものと心中してやる。
俺がブルーウィンターの話を暴露すれば、皇国は鳳翔会と衝突して共倒れだ」
「……この世の膿は消えなければならない。臭いものに蓋をしてもいずれ再び出てくるだけだ。
警察の上層部は及び腰だが、私は鳳翔会は今潰さなければいけないと考えているんだよ」
「加藤さん、そんな発言を今この場でしたら、後で記録を聞かれて我々は消されてしまいますよ」
「心配するな。当たり障りの無い会話に入れ替える策は事前に練っている。
今は2060年だぞ?声を偽造するなんて容易い事だ」
加藤はまさにこの世の理から外れた刑事だった。
警察としての正義では無く、己の正義を優先する。
巻き込まれた若い刑事にとってはたまったものでは無かったが、最早彼の作戦に付き合うしか道は無かった。
「頼んだよ。全ては君にかかっているんだ。
この国を正しい方向に導く為に、力を貸してくれ」
加藤の言葉は、当然二階堂雲雀に向けて放たれたものだった。
(加藤さんは、これから私が何をするのか全部知っているんですね。
いえ、そうなる様に仕向けたんですね。解ります、それ位は私にだって……
でも、私はそうせざるを得ない。貴方の思い通りに動くしか無いんです)
二階堂臣人に会って、彼を説得する。
最早人から止められたとしても雲雀はその動きを止める事など出来なかった。
「加藤さん、二階堂雲雀を別室に案内してこの部屋の中が見える様にしたのも、何を喋っているのか解る様にしたのも全て計画の内だったんですね。
普通はそんな事しませんよ。一般人に取調室の全容を公開するなんて」
「一般人?彼女は『物』だろ。別室に置いてある録音機材の一部みたいなものだよ。
たまたま別室に機械が置かれていた。それだけの事じゃないか」
加藤はその言い訳で逃げるつもりだった。
人間で無ければ、『捜査情報を一般人に明かす』事案には該当しない。
黒田もまた別室にいるのが雲雀である事を悟り、刑事達を嘲笑った。
「随分簡単に片付くと考えている様だが、鳳翔会を舐めるんじゃねえぞ。
ロシアから最新鋭の武器を買い占めている。
戦車やヘリは流石に揃っていないが、攻撃用ドローンや自爆ドローンは購入済みだ。
それに、いざという時は東京都全てを灰燼に帰す事が出来る爆弾も用意しているからな」
核爆弾。もし爆発すれば東京は壊滅し、房総半島全てに放射能の影響が及ぶ。
彼等と戦うと言う事は、そのリスクも考慮しなければならないと言う事でもあった。
「そこまで成長しているのだから、どうにもならなくなる前にやらなければならないと言う事だ」
加藤自身はどんな結末が訪れようとも、全面対決を行うと腹を括っていた。
二階堂雲雀もまた、加藤と同じ様に皇国の未来を守ろうとする者の1人である。
そして、もし重大な事件へと発展する様な事があれば彼女も戦うつもりであった。
(凛さんも、凛Ⅱさんも、この国を守る為に戦うと決意を固めていました。
私達はどこまでいっても結局はロボットに過ぎません。
人々の役に立つ為に、全力を尽くしたいんです)
国の為と言うより、雲雀は大切な人の為に戦いたかった。
この国が時間をかけて鳳翔会に蝕まれれば、父親やその周囲にいる人間も平穏を満喫してはいられなくなるだろう。
いざ戦うとなれば、誰かが盾になられなければ多くの人命が失われてしまう。
己が機械であると言う認識からなのか、彼女の心は不思議と落ち着いていた。
死に対する恐怖が薄れているのも、やはりロボットであるからなのだろうか?
雲雀にはその理由がハッキリ解ってはいなかったが、今はその方が有難かった。
「わざわざお前の方から『会いたい』と連絡してくるなんて珍しいな。
大切な話だと言っていたが、一体何だと言うんだね」
3回目の取り調べが行われた日の夜、二階電脳堂の社長室にいた臣人は雲雀と相対していた。
父親が豪華な椅子に腰かけ、机に手を置いている所を見ると、取調室での出来事が彼女の脳裏をよぎる。
雲雀は立ったまま、簡潔に伝えるべき事を話した。
「黒田龍二と言う男の人が、連続通り魔殺人事件の容疑者として逮捕されました。
同時にブルーウィンターと言う覚醒剤が鳳翔会主導で売り捌かれていた事が発覚し、父さんがその一件に関与している事も彼の自白によって明らかになっています。
二階電脳堂に捜査の手が伸びるのも時間の問題です。それに……」
顔から血の気が引いている臣人の様子を見ながら、雲雀は話を続ける。
「黒田龍二は鳳翔会の傘下である神原組の若頭で、ブルーウィンターの密輸を主導する立場の人間でした。
私、『二階堂雲雀』を拉致して殺害し、遺体を山に埋めた事も自白しています。
私は鳳翔会に殺されたも同然だと言う事が、解ってもらえますよね?」
社長とその部下として話をしていた雲雀であったが、臣人は完全に冷静さを失っていた。
「私がこれまで積み上げてきたものが、一瞬にして失われると言う事なのか?
それだけじゃない。お前が鳳翔会と深い関わりを持つ人物に殺されていたなんて……
お前は私にどうしろと言うんだ」
二階堂臣人自身は黒田龍二が逮捕された事も事前に知っており、鳳壮一から連絡を受けている。
『心配するな。黒田の逮捕は痛手ではあるが致命傷じゃねぇ。
警察の御偉方と相談して、神原組を差し出す事で手打ちにするつもりだ。
ブルーウィンターの出所に関しては有耶無耶にするから安心しておけ』
壮一はそう言って臣人が裏切らない様に釘を刺していたが、雲雀の話を聞いて彼の心の中に疑念が生まれた。
それは当然、自分が神原組と同じ様に『尻尾切り』される可能性である。
(神原組を差し出して終わりにするつもりなら、単に密輸に関わっていた私の首を差し出す事も充分考えられる。
私が何を叫ぼうとも、黒田龍二の様に口を塞いでしまえば鳳翔会に被害は出ない)
相手は暴力団。保身の為なら平気で裏切る。
組員の中には暗殺に長けた者もいるだろう。
臣人がそこまで壮一を疑っているのには理由があり、そこには娘である雲雀の件が大きく関与していた。
『鳳さん。娘が行方不明になった件ですが……』
『こっちはそんな事知らねぇよ。何か別の事件に巻き込まれたんだろ。
俺達の事を疑ってるのか?証拠も無しに変な事を口にするんじゃねぇ。
ビジネスパートナーだからって、何でも言い合える仲だとでも思ってるのか?』
あの時は引き下がるしか無かったが、黒田龍二が娘を殺したと言うのならば話は別だ。
殺人の理由が臣人には伝わっていない為、彼の頭の中で『脅迫』の一環として娘を殺させたのではないかと言う疑惑が浮かんだ。
(娘を殺害する事で、私もやろうと思えば何時でもやれると言う事実を提示したのだとすれば……
嘘をつかれていたのが露呈した今、保身に走らなければ積み上げてきた全てどころか命まで奪われかねない)
「父さん、警察に保護してもらう為にもマスコミの前で全てを打ち明けましょう。
そうすれば父さんの命は保障されるし、自首だと言う事もあって単に逮捕されるよりは罪が軽くなる。
加藤さんも父さんが告白に動くのなら最大限の協力をすると約束してくれているわ」
上司と部下の関係としてでは無く、父と娘としての関係から放たれた魂の叫び。
臣人にはそれが、『娘と暴力団のどちらを信用するの?』と訴えている様に感じられた。
(頭では解っている。こいつは私の娘でも何でもない。ただの機械だ。ロボットなんだ。
……それでも、こいつがロボットだとしても、娘がもし生きていたらきっと同じ言葉を私に投げかけただろう。
娘と同じ記憶と人格を持ち、動き出してから娘と全く同じ生活を送っていたのだから)
鳳壮一と、目の前にいる娘の姿をしたロボット。
ビジネスパートナーとして共に悪事に手を染めてきたが、所詮は赤の他人。
全ては自分の会社の繁栄の為と己に嘘をつき続けてきた。
娘が真実に気付いたら、臣人にしがみついて涙を流すだろうと思われた。
丁度今、二階堂雲雀のニューマンがそうしている様に……
「解ったよ。私の負けだ。
私は今まで間違った道を歩んでいたし、お前の意見は正しい。
お前に真っ直ぐな道を歩いてもらいたかった。私の様にならないでほしかった。
もう、その願いは永遠に叶わなくなってしまったんだな」
黒田龍二によって二階堂雲雀は殺された。
復讐と言う程大層なものでも無い。
自分が鳳翔会の考えとは違う方向に進む事で彼等に一矢報いる。
会社と自身が破滅するのは理解していたが、臣人はこの衝動を止める事など出来なかった。
「丁度明後日に我が社の新商品の発表会がある。
マスコミも集まるし、テレビで生中継される予定だ。
そこに私の懺悔と言う『爆弾』を投げ込めば、彼等も阻止する事は出来まい」
二階電脳堂が開発したスマートフォンの発表会。
壁やスクリーンに映像を大きく映し出す事が出来ると言う画期的な商品だった。
画面に情報を映すだけで無く、簡易的なミニシアターにもなると言う驚異的なパワー。
この商品のお披露目の場がある事は事前に鳳翔会の者達も把握していた。
「お父さん。今からだって充分やり直せるわ。
罪を償う必要はあるけれど、お父さん達が身に付けてきた技術は本物。
刑務所から出てきた後、私も社員の皆が戻ってこれる様に全力を尽くすから」
雲雀はそういって少しでも臣人を励まそうとしたが、彼は首を横に振った。
「私自身はやり直せんよ。密輸に関与していない部下達が私の仕事を引き継いでくれると良いんだがね。
恐らく『二階電脳堂』の名前は世に残るまい。
受け継がれていくのは技術だけだ。新しい場所で、お前も自分の道を模索する事になるだろう」
技術の革新は社会に求められている。皇国も決して例外では無い。
二階電脳堂に代わる家電量販店が出現した時、自分は何を思うのだろうか。
そもそも、その日まで生きていられるのだろうか。臣人はそんな事を考えていた。
「お前に新しい友達が出来た事はお前から聞いて知っていたが、この一件以降も仲良く出来ると良いな。
人間は残酷な生き物だ。相手と付き合うのが危険だと思えば、すぐにお前の前から姿を消してしまう」
「大丈夫。二階電脳堂が傾く事で付き合い方が変わる様な人達じゃないわ。
それに、きっともっと絆は深くなると思うの。一緒に戦うって決めたから」
雲雀が何を考え、どう動こうとしているのか臣人には何となく解った。
だが敢えて何も言わず、彼女を抱き締め彼女の頭を優しく撫でる。
(本当に正しいと思う方向が解ったのならば、そのまま走っていきなさい。
私は、お前が私の様に道を踏み外す様な者では無いと信じている)
偽物でも、自分の後を託せる相手がいるのは幸せな事なのかもしれない。
彼もまた決断した。人に頭を下げ、今までの地位と名誉を捨てる覚悟を決めたのだ。
皇国と鳳翔会が全てを賭けて戦う日まで、もう残っている時間は少ない。
雲雀も凛もその日までになるべく多くの仲間を集め、大切な者達を守ろうと心に誓っていた。
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