第15話 かからずにはいられない罠
【西暦2060年10月上旬 日台帛連合皇国 東京都江戸川区涼成小里 私立愛球学園付近】
清川凛殺害以降、連続通り魔殺人事件の犯人は警察を嘲笑うかの様に被害者を増やしていた。
目黒区、練馬区、足立区と被害者が通っていた高校が位置している場所はそれぞれ異なっている。
統一性が見られたのは殺害方法のみで、犯人に繋がる決定的な証拠は殆ど出てこなかった。
だが犯人は神では無い。全くミスをしない人間などこの世に存在しない。
遠藤沙奈の衣服からブルーウィンターを回収し損ね、脳を破壊する事にも失敗。
当然犯人も焦ったが、1億円と言う額は警察にも用意出来まいと高を括っていた。
凶悪な殺人事件はこの連続通り魔殺人事件以外にも発生しており、1つの事件に警察が大金を投じるワケが無い。
万が一そんな事態に陥ったとしたら自分はとうに逮捕されている。
そうして無理やり心の平穏を保っていた犯人、黒田龍二はターゲットを物色する為動き出していた。
見つからぬ様私服の警察官も彼を追跡しており、一挙一動を見逃すまいとしていた。
「よぉし、始めるか」
誰に言うでもない独り言を呟きながら、背負っていたリュックサックを地面に下ろす黒田。
その中に入っていたのは超小型の望遠ドローンとカメラの映像を確認する為のモニターだった。
「そうか、奴はドローンで女生徒を物色して殺害する標的を選び出していたんだな」
離れた場所で現場の指揮を執っていた加藤はそう言うと背後にいる女性に目配せした。
2人の女性、『凛Ⅱ』と『二階堂雲雀』は頷いた後車から降りる。
車は改造されたキャンピングカーであり、周囲の人間から怪しまれる事無く捜査を行うにはうってつけだった。
黒田龍二に目星を付けた警察は、彼が次に何処の高校の生徒を狙うのか徹底的に調べ上げた。
黒田は生徒全員が顔写真付きで載っているファイルを数多く入手している。
元々はブルーウィンターを売り捌く為に組員が時間をかけた集めた情報の塊であったが、黒田はそれを別の目的でも使用していた。
警察は彼を尾行し、何度か江戸川区に足を運んでいる事を確認。
江戸川区には15の高校があるが、地道な努力により黒田が
黒田が狙っているのはその学園の生徒。それさえ解れば囮捜査の方法もおのずと浮かび上がってくる。
凛Ⅱと二階堂雲雀は愛球学園の生徒に変装しており、元々在籍していた生徒との『入れ替わり』にも成功していた。
「奴は用心深く、高校に通っている生徒では無い人物だと気付けば囮捜査だと感付く可能性が高い。
我々はそこを逆に利用する。つまり、実際に高校に通っている女生徒だと思わせれば良いと言う事だ」
加藤はこの日の前日、凛Ⅱと雲雀に2人の生徒のプロフィールと写真を見せ、この2人と学校側に協力を取り付けた事を明かす。
この2人は家から出ずにリモートで授業を受ける予定であり、その為の端末は彼女達に託される事となった。
「
この2人の生徒は君達2人によく似ている。特に須藤はロシアハーフで全体の雰囲気も非常に近い。
身長まで全く同じとは言い難いが誤差の範囲内だろう。
特に須藤に化けていれば黒田が君に狙いを定める可能性は極めて高い。
黒田は既に君を刺し殺しているからな……」
黒田龍二に対する恨みや怒りの感情は不思議と沸いてこない。
凛Ⅱにとってはそんな負の感情よりも黒田の凶行を止め、ニューマンの立場を回復する事が全てだった。
(私達に狙いを定めてくれれば、ニューマンによる私人逮捕が可能になる。
もし何の関係も無い別の女生徒が標的になってしまった場合は守り通さなければならない。
こんな囮捜査が何度も出来る事じゃないのは誰でも解る。ココで決めないと)
愛球学園の制服を身に纏い、髪型を変えさらにカラーコンタクトで目の色も変えている。
2人は授業中に小型ドローンで監視される事も想定しており、何日も別の人間になりきる覚悟を決めていた。
『所有者でも何でもない、赤の他人が体内バッテリーを入れ替えられる様に出来ませんか?』
『それ位は設定変更でどうとでもなりますが……』
『恐らく犯人は目星を付けた相手をドローンで追尾して、学校から自宅までのルートを探るハズです。
流石に自宅の中までは調べようとしないでしょうが、凛Ⅱも雲雀さんも家の中にいなければ不自然だ。
既に須藤玲央奈・常伏杏本人及び家族には協力を要請し、犯人逮捕への助力を確約してもらっています。
須藤家や常伏家の者達でもバッテリーを替えられる様にしてほしいんです』
帰宅ルートを把握した後、そのルートの中で犯行に適した場所を見つける。
そしてターゲットが外出して隙を見せた瞬間に殺害。
黒田龍二が犯人であるならば、これまでの犯行からこういった行動を取るだろうと思われた。
彼にも『別の仕事』がある為、そこまで悠長に時間をかけて殺人を犯す時間が無い。
その為、凛Ⅱ達にとっても犯人にとってもこの数日間が勝負の時であった。
今は、ターゲットを吟味する段階。
黒田は正門前の通りにドローンを浮かべ、登校する生徒達の顔を確認している。
「これを証拠にして黒田を捕まえるのは難しいんでしょうか?」
「殺害とは関係無いとしらを切り通すのは簡単だからな。
我々が目指すのはあくまでも現行犯での逮捕だ」
黒田は暫くの間校内に入っていく生徒達の姿をドローンを使って眺めていたが、15分ほどで切り上げた。
警察も相手に気付かれては元も子もない為、彼の表情を窺い知る事までは出来ない。
ただ、彼が間違いなく次のターゲットに愛球学園の生徒を選んでいるであろう事は解った。
『移動する様です。我々は尾行を続け建物外での一挙一動を報告します』
「くれぐれも奴に感付かれない様に行動してくれよ」
尾行されている側は、尾行の経験があってもなかなか気付きにくい。
特に東京の様な繁華街が多い場所では振り向いたとしても誰が自分を尾行しているのか判別出来ないだろう。
凛Ⅱと雲雀は念の為、そのまま愛球学園で授業を受ける事となった。
愛球学園は江戸川区内では知らない者がいないとされる程の有名な高校だ。
入学が難しい難関校である事、規律と躾けに厳しい御嬢様女子高としても知られている。
雲雀も凛Ⅱも男女共学の高校しか経験が無かった為、女子高の雰囲気に多少興味があった。
「話は聞いているわ。連続通り魔殺人事件の犯人を逮捕しようとしているんですって?
私達が協力出来る事があれば何でも言って頂戴ね」
茶髪・金髪禁止。ピアス禁止。過度な化粧禁止。
休み時間以外の私語厳禁など、息が詰まりそうな規則が並ぶ。
それでも、それに対して不満を口にする生徒は1人もいなかった。
入学する前から生徒全員がこの厳しい校則を把握しており、覚悟のうえでこの学園に足を踏み入れている。
頭の良い品行方正な女性が揃っているので、問題を起こす生徒も見受けられなかった。
(犯人も、殺害する予定のターゲットにばかり時間は割けないと言う事ね。
暴力団の若頭だって加藤さんが言っていたから、当然なのかもしれないけど……)
黒田は神原組の若頭として、多数の組員を管轄する立場にある。
ブルーウィンターの『シノギ』に関しては彼が計画・実行を担当しているのでかなり忙しかった。
黒田龍二が再び愛球学園の近くに姿を現したのは、下校時間になってからの事だった。
ドローンで正門前を暫く監視していたが、1人の生徒が出てきた瞬間にその生徒に狙いを定める。
「二階堂雲雀に食いついたぞ。絶対に黒田から目を離すな。
奴が実際に手を出すまで遠巻きに見張れ。絶対に焦ってはならん」
常伏杏に変装した雲雀の後をドローンは追跡し、彼女の帰宅ルートを探る。
雲雀はこの時点でドローンによる追跡が行われている事など知らされておらず、真っすぐ家へと向かっていた。
それは予め杏本人から聞いていた最短帰宅ルートであり、途中にはT字路等不意の襲撃を受け易い所も存在する。
黒田はあくまでドローンを先行させながら本人も移動して彼女を追っていたが、彼女が帰宅するとその行動を打ち切った。
「最低限の情報で殺人を繰り返していたのだとすると、相当頭の良い方法ですね」
「善悪を別にすればな。これならば暴力団の若頭を務めながら1ヶ月に1回人を殺せるワケだ。
被害者はまさかドローンで下校中に帰宅路を探られているとは思いもしない。
人の気配がしなければ『尾行されているかも?』とも感じられんだろうし」
恐らく愛球学園にもブルーウィンターの魔力に屈した生徒がいるのだろう。
生徒一覧から目星を付け、今も登下校している生徒であるのかどうか確かめる。
その後、ターゲットの行動範囲を把握して殺害に適した場所を探すと言う手順であると思われた。
『黒田の監視を引き続き続行します』
「そうしてくれ。特に深夜帯は奴が動く可能性もある」
黒田龍二はドローンを回収した後一旦神原組の事務所に戻り、夜11時近くに再び動きを見せる。
『黒田が常伏杏の自宅付近を散策しています。
超小型の監視カメラを自宅や付近の建物の壁に貼り付けている様です』
コンビニで買い物をしてその帰りに襲われた清川凛。
友人とゲームセンターで遊んだ後、移動する際に襲われた遠藤沙奈。
犯人はこうして情報を集め、ターゲットが無防備になる瞬間を狙っていたのだ。
「襲う前に回収していたのか、それとも後なのか……
どちらにせよ、この様な証拠が残っていないというのはとんでもない事だ」
『ええ。黒田はこういった事に対して非常に手慣れている様です。
彼が犯人ならば既に10人もの女子高生を葬り去っている相手。
ターゲットがニューマンとは言え、油断はしない方が良さそうですね』
「その通りだ。また大きな動きを見せたらその都度報告してくれ」
そこから約3日間、黒田龍二は判で押した様な行動を続けた。
まるでそれが毎日の日課であるかの様に、朝は通学中の雲雀をドローンで監視。
帰宅時間になると再びドローンを使って帰宅路を真っすぐ帰る雲雀を監視。
雲雀は門限を厳守する女子高生を演じ、今の所犯人から怪しまれている様子は無い。
「油断と慢心か。恐らく奴は自分の能力の高さを過信している。
俺達に目を付けられているとは思ってもいないんだろう」
『幾ら気を付けていても、同じ事を繰り返していると警戒心も薄れるでしょうからね。
彼女が常伏杏の自宅に戻り、黒田が事務所に戻ってから我々も餌を撒く為に動きましょう』
チーズを罠の上に置いて鼠を捕まえるのと同じで、ワザと大きな隙を作れば相手も反応してくれる。
雲雀は父親に『ニューマン全体の危機』を訴える事で長期休暇を許されていたが、内心は同僚に対する申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(早く捕まってくれると良いんだけど……)
机の上に置かれていた、黒田龍二の顔写真を初めて見た時の事を思い出す。
あの場で加藤や凛Ⅱに言い出す事は出来なかったが、雲雀は黒田の顔に何となく見覚えがあった。
『私達はアンタを退学させる為に全力を尽くすわ。異質なゴミは皆の為に片付けなくちゃ』
『ふざけんじゃねぇぞ!』
『ヒッ、気持ち悪い……触らないでください!!』
人間だった頃、ふとした時に漏れ出てこようとする悪しき思い出。
必死に蓋をして忘れようとしていた。だがニューマンの身体では最早忘れる事が出来ない。
(私はかつて本当に女子高生だった時に、彼と会っていたんだわ)
男女共学の高校に通っていた頃、とんでもなく粗暴で周囲に恐怖を与えていた男がいた。
それが黒田龍二であり、当時クラス委員長を務めていた女子生徒と雲雀が彼と諍いを起こしたのだった。
無理やり嫌な記憶から逃げたくなったその時、加藤から渡されていたスマホが鳴る。
盗聴を防止するシステムが備わっている特殊なスマートフォンで、警察関係者同士のやり取りに用いられていた。
「はい」
『犯人は君に狙いを定めた様だ。恐らく近い内に『実力行使』に踏み切るだろう。
そこで、わざと狙い易くなる様にルートを変更するのでは無く、帰宅ルートの何処かで寄り道をしてもらいたい。
あくまでも自然な形で、そこまで長く時間を取らなくていいから』
「常伏杏が、寄っても不自然では無い場所ですか。
帰宅路の途中に文房具店があるので、そこに立ち寄ってノートとペンを購入しようと思います」
人間の心が緩み切っている時。それは何かを終えてから家に帰ったり移動したりする時だ。
コンビニに立ち寄ってから家に帰ろうとする時。
ゲームセンターで遊んでから別の場所へ向かう時。
しかもそういった施設に入った事が確認出来る様、犯人は監視カメラを取り付けている。
被害者が中にいる間に先回りして、死角から刃物で襲い掛かると言う常套手段。
今回は、清川凛のケースの様にいきなり真正面から刺して逃げる方だと警察は考えていた。
『犯人が先回りして君を襲うであろう場所は絞れている。
凛君が背後に立って逃げ道を塞ぐ形になるだろう。
その際、必ず攻撃を受けてから捕まえると言う順序を取ってもらいたい』
「私の命を狙ったと言う確実な証拠が欲しいと言う事ですね」
『そうだ。多少強引な手段になるが、奴を逮捕したと同時に家宅捜索を始めるつもりでいる。
神原組の事務所と、黒田龍二の自宅だ。
恐らく凶器や、ブルーウィンターとそれを売り捌いていた証拠が出てくるだろう』
警察も一枚岩では無い。
黒田龍二の『殺人罪』を問うのは構わないにしても、『覚醒剤の売買』を公にする事に関しては意見が割れていた。
鳳翔会との『全面対決』に踏み切るか否かで議論が続いていたのである。
人間の頭を最終的には破壊する薬物を高校生に売り捌く暴力団と言う鳳翔会の裏の顔が人々の前に姿を現す。
もしそんな事になればニューマンバッシングの比では無い排除運動が巻き起こるのは明らかだ。
そうなれば、『戦争』も可能である程武器を蓄えてきた暴力団との『殺し合い』が発生するだろう。
民間人の死傷者がどれだけ出るのか想像もつかない。
そういった事情があり、警察は『ブルーウィンター』の件を明るみにする事に難色を示していた。
「事実は伏せたうえで、ブルーウィンターを今後高校生に売らない様取引を行ってもらいたい。
勿論、我々政府としてもそれなりの『代わり』は用意するつもりだ」
「正気ですか、覚醒剤を未成年に売っていた事実を隠すだなんて。
既に依存症に陥っている生徒も大勢いる。隠し切れるものではありませんよ」
「それでも、無理を承知で君に頼むんだ。
加藤君、君だって鳳翔会と警察・自衛隊がまともにぶつかり合ったらどうなるか解っているだろう。
ニューマンを使っての制圧に出れば、彼等は民間人を盾にして脅してくる。
それに、彼等はロシアから『アレ』を手に入れたと言う情報も入っているからな」
加藤は警察としての正義と、人の命を守ると言う正義の間で揺れ動いていた。
社会的正義で言えば、犯罪を警察が見逃す等と言う不祥事があってはならない。
しかし人道的正義で考えた場合、核爆弾を手に入れたと言う組織と真っ向から戦っていいのかと言う問題が立ち塞がる。
マシンガンで暴力団が屍の山を築く姿を想像し、加藤は吐きそうになった。
『いずれにせよ、今最も大事なのは黒田龍二を逮捕する事だ。
その後の事は我々警察に任せておいてくれ。頼んだぞ』
「解りました」
通話を終えた後、窓の外を見ながら物思いに耽る雲雀。
ニューマンは眠る必要が無いので1日が今までより非常に長く感じられた。
翌日、警察の読みが当たり黒田は明らかに何時もと違う動きを見せた。
登校時のドローン監視自体は何時もと同じであったが、下校時間の前に神原組の事務所を出発。
付近のトイレで着替えを終えた黒田は、フード付きの黒いパーカーを身に纏っていた。
「その姿になったと言う事は、黒田は『やる気』だ、と言う事だな」
『見失わない様複数名で追跡を続けます』
捜査員の間でも緊張が走る。
黒ずくめの恰好をした黒田が走らせる車を遠くから追う警察。
警戒されては困る為かなり後ろからの追跡に留まっていた。
新宿区から世田谷区へ到着した黒田は、何時もとは違う場所からドローンを飛ばし正門前を監視する。
その場所は、常伏杏の帰宅路に近いT字路の手前だった。
「恐らく横から飛び出して包丁を前に突き出した後、状況を見て後ろか横道に逃げると言う計画だろう。
清川凛を待機させているな?背後から犯人が逃げない様羽交い絞めにするんだ」
ニューマンに囮捜査を任せ、確保まで任せると言う加藤の采配に疑問を持つ警察官もいた。
勿論、安全と言う意味においてはそのやり方は間違っていない。
それでも彼等は犯人の確保がロボットの行動に委ねられている事に不満を抱いていた。
「万が一にも逃がすワケにはいかん。今のうちに付近を捜査員で固めておけ。
犯人が通りそうな路地に配備させるんだ。奴が動き次第我々も行動を開始する」
やがて、正門から出てきた雲雀の姿を捉えた黒田は、マスクを着用しフードを深く被る。
ドローンの操作を続け、彼女がT字路を通るタイミングを窺っている様に見受けられた。
一方雲雀とは遅れて正門から外に出た凛Ⅱは、ドローンに映らない様注意を払いながら移動を始める。
勿論、目的は黒田がいるT字路の横道。彼の背後に回り込む事だった。
雲雀は帰宅路の途中にある文房具店に立ち寄り、加藤と打ち合わせした通りにノート等を購入。
カバンの他に余計な荷物が増えれば、咄嗟の襲撃に対して防御がしにくくなる。
黒田はドローンを迂回させる形で手元に戻し、雲雀が自分の近くにやってくるのを待った。
黒田逮捕に関わる者達が固唾を呑んで見守る中、凛Ⅱが電柱の背後に隠れ捕まえる為の態勢に移る。
「家宅捜索の為の令状、準備は出来ているな?」
『はい。黒田が私人逮捕され次第すぐに送り込む事が可能です』
「この日の為に準備してきたのは奴だけでは無いと言う事を教えてやろう」
静寂の住宅街に、微かな足音だけが聞こえてくる。
この時間はあまり人通りが無く黒田にとってもそれは好都合。
逃走ルートも全て頭の中に入っている。彼にしてみれば失敗などありえなかった。
(アイツと同じ様な顔をした女……この世からすぐに消してやる)
事前に見ていたドローンの映像で、彼女の歩き方からココにやってくる大まかなタイミングは把握している。
雲雀の姿が目に入った瞬間、黒田は包丁を持ったまま彼女に襲い掛かった。
彼女が人間であれば、今まで死んでいった他の被害者の様に刃物が腹の中にめりこんでいっただろう。
ニューマンの肉体は外から触る分には人間の肌の様に感じるが、外側からの強い力には反発する。
キィンと言う金属音と共に、包丁の先端は弾かれ黒田の手はそのまま押し戻された。
(ハメられた)
黒田が気付いた時には既に凛Ⅱが彼を後ろから羽交い絞めにし、身動き出来なくさせる。
手に持っている包丁も危険である為、前から雲雀が手首を叩く形で地面に落とさせた。
「よし、逮捕だ!黒田に手錠をかけ連行しろ」
加藤の指示に呼応する形で私服警官が数名集まり、素早く黒田の腕に手錠をかける。
罠に飛び込んでしまった事を悟っても、黒田にはもうどうする事も出来なかった。
「どうして貴方は……」
雲雀は変装を解き、自分が二階堂雲雀のニューマンである事を明らかにする。
自分が『殺した』相手に欺かれた事を知った黒田は、激高し思わず叫んでいた。
「俺が山に埋めた女が、ニューマンになって帰ってくるとはなぁ!
お前の様な女をこの世から消してやろうと思ったのに、とんだ邪魔が入ったもんだぜ」
これは、巨大な爆弾だった。
黒田龍二が逮捕される前に皇国に落としたとんでもない爆弾であり、皇国全土を巻き込んだ戦争へと発展する一言。
だがこの時周囲の人間には、黒田が別の殺人を警察の前で自供した程度としか思えなかった。
「貴方が、私を殺した……?」
「そうさ。俺がお前を殺したんだ。殺して鷲ノ巣山に埋めてやった。
埋めてある場所だって教えてやれるぜ。お前の親父がどんな顔をするのか楽しみだ」
高笑いしながら到着したパトカーに乗せられ、連れていかれる黒田の姿を、雲雀は呆然と見つめている事しか出来なかった。
「黒田君が、私を……」
「君と奴には何か関係があるのか?」
その場にいた私服警官の1人にそう問われ、彼女は俯いたまま答える。
「私が高校生だった時、クラスメイトだったんです。
仲は最悪でしたけど……まさか、私を殺す程憎んでいるとは思っていませんでした」
警察は『黒田龍二が起こした殺人事件の証拠集め』と言う名目で神原組の事務所に突入。
組長の神原、組員の阿武隈も突然の事に対処出来ず人数に押し切られる形で黙ってその場を見守る。
「ブルーウィンターを押収しました。
ブルーウィンターを売買していたと思われる高校生達のリストもココに」
組事務所で探していたのはむしろ覚醒剤関係であり、家宅捜索の目的は言い訳に過ぎない。
本命は黒田の自宅で、被害者の返り血が付着している別の黒パーカー、血の付いた包丁。
被害者の肌の一部が後に検出される事となる皮手袋が発見された。
「殺人未遂の現行犯で奴を逮捕する事が出来たからこそ、これらの証拠を押さえる事が出来た。
皇国では『疑わしきは罰せず』だからな。君達のおかげで殺された人々の無念を晴らせるだろう」
加藤は自腹を切ってまで自分の手で解決したかった事件が終わりを迎えた為、心からホッとしている様だった。
勿論、ココから犯人への尋問、全ての殺人事件が黒田の手によるものである事を立証出来るかと言う問題は残っている。
戦いは続く。そしてその全てが終わった時加藤は刑事と言う職を辞すると決めていた。
「心の整理が付きました。加藤さん、本当に有難うございます」
「本物の君も、きっとこの結果に納得していると思うよ。
犯罪者が逃げ切る様な社会であってはいけない。どんな理由があろうとも、殺人は殺人なんだ。
特にこの事件は、被害者に罪や落ち度がある様なものでは無いからね……」
加藤も福島から『殺人が立証出来ず犯人に屈した』と言う話は耳にしている。
人間が定めた法律やルールには抜け道があり、そこを突いてくる者もいるだろう。
諦めずに己の信じた道を進み、犯人逮捕に全力を尽くす。
加藤もそう考えてはいるものの、警察としての限界を何度も痛感させられていた。
「ブルーウィンターの売り捌きに関しては、最早警察も無視は出来まい。
鳳翔会との全面対決には踏み切れないだろうから、神原組の尻尾切りに留まる可能性が高いな。
ともあれ、闇を晴らすのは我々の役目だ。後は任せてくれ」
「はい」
終わりに向けて動いている。凛Ⅱも加藤もそう信じていた。
ニューマンバッシングの件についても、加藤は『ニューマンが犯人逮捕に貢献した』と発表する事を約束してくれている。
ニューマンが社会を守る存在になれば、人々の怒りも抑える事が出来るだろう。
去っていくパトカーを眺めながら、凛Ⅱもまた心の底から安堵していた。
その後ろで、真一文字に口を結んだまま黙ってその場に立っている雲雀。
彼女の存在が、この国の未来を大きく変える事になってしまうとは、この時は誰も気付いていなかった。
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