第5話 もう1体のニューマン

【西暦2060年7月 日台帛連合皇国 東京都港区 品川駅近くのカフェテリア内】


 午前9時。

 映画を鑑賞した後3人はカフェ『SOUTHERN CROSS』の店外で休息を取る事にした。

 テラス席は大勢の人で賑わっていたが座っている者達は光輝達に視線を向ける事無く会話を楽しんでいる。

「お冷も貰ってきたよ。連れがカフェイン駄目だからって適当に誤魔化しておいたから」

「コウ君、迷惑かけちゃってごめんね」

 丸いテーブルの上にコーヒーが入ったカップと水が入った紙コップが2個置かれる。

 ニューマンは水以外の水分を一切摂取する事が出来ない為、コーヒーすら飲めなかった。


「貴方も私なんだから、さっきの仕掛けには気付いていたんでしょ?」

「勿論。でも外に出ていなかったら面倒な事になっていたわ。

 1枚貰えただけで充分だと思わないと」

 凛の手には、ケースの中に入った5万円相当の金貨が握られている。

 双子でも無いのに同じ顔の人間が並んでいる所をジロジロ見られるのは避けたかった。

「それにしても、随分と悪趣味な映画だったんだな。最後は愛より金だなんて」

「お金が無い愛も継続していけるかどうかは怪しいわ。

 経済力の無い2人がずっと一緒に暮らしていくにはとてつもない努力が必要になるでしょう。

 要するにバランスよ。お金も愛も両方大事なもの。

 さっきの映画の女性に『愛があったか否か』で言えば、無かったんでしょうね」


 美輪光輝が父親の財産をいずれ相続するであろう事は凛や凛Ⅱにも解っている。

 大事なのは相手を『愛しているのか』と言う一点だけだ。

 金の切れ目が縁の切れ目と言う言葉があるが、例え彼が貧乏になったとしても彼女達は彼を最後まで支えていきたいと思っていた。

 (私はコウ君の事が好き……でも注げる愛情にはどうしても差が出てくる。

 コウ君の『所有物』である凛Ⅱと、現時点ではまだ『他人』である私とでは……)

 外出を制限されてしまうとは言え、凛Ⅱは家の中で常に光輝と一緒にいる事が出来る。

 彼の素顔を覗ける凛Ⅱの事が、凛にはとても羨ましかった。


 (ずっと一緒にいれるなら、所有物でも構わない。

 コウ君が私に対して辛く当たったりしない事は、私が一番良く解ってる)

 愛も、金も保障されている凛Ⅱと、まだ彼と一緒にいられるかどうかも不透明である凛。

 妬ましい気持ちが全く無いかと言えば噓になるが、自分自身に嫉妬するのは馬鹿らしいとも思っていた。

「さてと、これからどうしようか。

 帰りが遅くならなければ、凛の御両親もそこまできつくあたったりしないだろう。

 俺はどっちでもいいよ。何処かに寄っても、今すぐ帰っても」


 朝の9時に帰っても、特にやる事があるワケでも無い。

 凛は折角港区にいるのだから、とことん楽しみたいと思っていた。

「近くにある『東京エンジョイパーク』に行きたいわ。

 遊園地でデートするって言う目的も果たせるし……」

「ああ。屋内型テーマパークか。凛Ⅱも行くだろ?」

 光輝はそう言って彼女がいるだろう方向に目を向けたが、彼女の姿は無かった。


「なぁ、付き合ってくれよ姉ちゃん。悪い様にはしないからさぁ」

「離してください。私が誰だか解っているんですか」

 長い金髪の女性が、3人組のガラの悪い男に絡まれている。

 道行く人々は『触らぬ神に祟り無し』とばかりに横を素通りし、関わろうとしない。

「べっぴんさんだろ?そんな事より俺達、良い穴場知ってんだよ。

 スゲェ楽しいぜ?絶対後悔させねぇって」

 赤紫色に髪を染め、腕には刺青。どう見てもまともな連中には見えない。

 無理やり引っ張って彼女を何処かに連れ去ろうとする男達の前に、凛Ⅱが立ちはだかった。


「警察に通報しました。すぐに警官がココに来ますよ。

 貴方達だって、警察沙汰になるのは避けたいんじゃないですか?」

 真っすぐに相手を見つめ、その眼には怯えや躊躇いは感じられない。

 だが男の1人は相手が女だと高を括ったのか、彼女の胸ぐらを掴んだ。

「ガキは引っ込んでろ。痛い目に遭いてぇのか」

 凛Ⅱは不敵な笑みを浮かべると、何事も無かったかの様に男の手首を掴んでその手を無理やり引き剝がす。


「痛ッ……!!なんだこのアマ。とんでもねぇ力だ」

 手首を痛めた男は冷や汗をかきながら後退し、他の2人と顔を見合わせた。

「ニューマンの可能性が高いな。見た目が女であろうが拳で人を殺せる。

 3人がかりで鉄の塊に挑んでも無駄だ。ココは退くぞ」

 リーダー格の男がそう命令すると、他の2人は渋々それに従う。

「畜生、覚えてやがれ」

 いかにもチンピラらしい台詞を吐きながら退散する男達。

 凛Ⅱは安堵の溜息をつきながら後に残された女性の方を見た。


「大丈夫ですか?」

 凛Ⅱは彼女の安否を第一に考えていたが、彼女は別の事で焦っている様に見える。

「あの、警察に通報したって……本当ですか?」

「いえ、彼等を動揺させる為のブラフですよ。

 そんな悠長な事をしているより貴方を直接助けた方が早いですし」

 凛Ⅱの言葉を聞いて明らかに安堵している表情を見せた女性。

 当然それは『警察を呼ばれるのは自分にとって不都合』と言う事実を示すものだった。


「有難うございました。助けて頂き本当に感謝しています」

 見た目の年齢は20代前半辺りだろうか。

 金髪に水色の瞳、整った顔立ちは外国人の様だが肌はそこまで白くない。

 日本語のアクセントも完璧である為、凛の様なハーフであると思われた。

「最近は結構物騒になってきましたよね。怪我が無くて良かったです。

 私は清川凛。こっちの2人は私のクラスメイトです」

 かなり厳しい誤魔化しであったが、凛Ⅱはこの説明で充分だと思っている。

 涼しそうな純白のワンピースを纏った女性は凛達に笑顔を見せた。


「私は二階堂にかいどう雲雀ひばり

 大学を卒業して、今は父が経営している店で働いています」

 光輝はその名前を耳にすると、近くにあったビルを指差す。

「もしかして、あれ?」

「はい」

 自慢になってしまわない様にと視線を逸らし、複雑そうな表情を見せる雲雀。

 東京の駅近くには大抵その店が所有するビルが建っており、皇国民にはその名がよく知られていた。


 二階にかい電脳堂でんのうどう

 関東に住む者なら必ずこの店に一度は足を運ぶであろう家電量販店である。

 品揃えの豊富さ、質の良さ、財布に優しい値段設定。

 客が集まる要素を全て揃えており、関東圏では敵無しと言える存在だった。

「今日は休みだったので、久しぶりに外でゆっくりしようと思っていたらあの人達に……

 こういう事は一度や二度では無く、その度に振り切って逃げていました」

 (常に良くない連中に狙われているって事か。

 誘拐すれば容易く身代金が手に入ると思う人間は山ほどいるだろうしな)

 だが、光輝の目には彼女がそれとは違う『怯え』を感じている様に思えた。


「コーヒーどうぞ」

 何時の間にか席を外していた凛が、アイスコーヒーを持って戻ってきた。

 彼女が座っているテーブルに紙コップとストローを置き、そのまま自分も座る。

「あ、あの、私は……」

「気にしないでください。私の奢りです」


 凛も凛Ⅱも、とっくに彼女の正体に気付いていた。

 警察を呼ばれると都合が悪い事。

 普通の人間には解らないが、同類には肌で感じられる些細な違和感。

 雲雀も普通の人間では無い。

 凛はコーヒーを飲めずにいる彼女に対して優しく微笑みかけ、敵意が無い事を示した。


「さっき、あの人達が言っていた事は正解ですよ。

 私もニューマン。そして貴方もニューマン。そうでしょう?

 お互いに後ろめたい事を抱えているんですから、腹を割って話し合いたいんです」

 光輝は凛の発言に驚き、雲雀の顔をもう一度よく眺める。

 (いや、俺には人間とニューマンの見た目の違いなんてとても……

 やっぱり、同じニューマンだからこそ解る何かがあるんだろうか)

 雲雀は暫く俯き唇を結んでいたが、やがて決心したのか顔を上げた。


「コーヒーすら飲めないのは『欠陥品』ですよね。私達。

 製造者にその辺りは改善してもらわないと」

 真水以外を一切摂取出来ない身体では、人間だと偽り続けるのは限界がある。

 それは凛も同じだった。

 既に高校内で『昼飯をずっと食べてない』と陰で噂になっていたのだ。

「私は通り魔に刺されて死亡した『本人』の代わりとして作られました。

 何故か、私と凛Ⅱの2体が作られる事になってしまいましたが……」

 凛Ⅱはかけていたサングラスを外し、凛Ⅱと凛が『同一人物』である事を明かす。


「秘密を共有する『仲間』がいれば、少しは気持ちが楽になるんじゃないかと……

 話してもらえませんか、何故貴方が作られたのかと言う理由を」

 絶対に明かせない秘密をたった1人で背負い続けると言うのは簡単に出来る事では無い。

 どうしても、誰かに話して解放されたいと思ってしまうものだ。

 雲雀も『普通の人間』と同じ様に、そう考えている者の1人だった。


「……あれは、2059年の10月頃だったと聞いています」

 雲雀の目は光輝や凛達では無く、何処か遠くを見ている様だった。

「私は大学を卒業後、父が経営している二階電脳堂の本店である品川店で働いていました。

 あそこに本店のビルが見えるでしょう?事件が起こったのはある日の夕方の事でした」

 雲雀はそう言うと、少し遠くにあるテラス席の1つを指差す。

「仕事が終わった後、恐らく私はテラス席に座ってコーヒーを飲んでいたんでしょう。

 ですが、突然私はそこから行方をくらましてしまったんです」

 彼女は肩にかけていたバッグの中からスマートフォンを取り出した。


「父は私の帰りがあまりにも遅いと心配して、部下に様子を見に行かせました。

 GPS機能が備わっているスマートフォンが入ったこのバッグが、現場に残されていたそうです。

 その日を最後に私は失踪してしまいました。

 今も何処に行ってしまったのか全く解っていない状態です」

 テーブルの上に置かれているコーヒーを、雲雀は手に取り眺める。


「きっとコーヒーを飲み終わってゆっくりしている所に誰かがやってきて、私を気絶させるなりして拉致したのではないかと思われています。

 少なくとも身代金目的の誘拐では無いと思います。

 電話は全くありませんでしたから」


「本人がいないのに、雲雀さんのニューマンである貴方が作られたと言う事ですか」

 凛Ⅱの質問の意味を飲み込んだのか、雲雀はその疑問も当然だろうと言う表情を浮かべた。

「私が失踪事件に関して曖昧な証言しか出来ないのも当たり前です。

 何故なら私は、二階堂雲雀が失踪する数か月前までの記憶しか持っていないんですから」

 光輝はその言葉を聞いた瞬間に彼女を作る事が出来た理由を悟った。

「脳内の記憶スキャンは死んだ直後、或いは生きている時に行われるもの。

 つまり貴方はお父さんの要望か貴方自身の意思で脳スキャンを行ったんですね」


 雲雀はその問いかけに対して頷いた後、瞳にうっすらと涙を浮かべる。

「今になって思えば、父は常に保険をかけておく人でした。

 私の身に何かが起きた時の事を想定して、脳スキャンを受ける様促したんでしょう。

 実際に事件が起きても、ニューマンを作って何事も無かったかの様にする為に」

 二階堂雲雀が無事だと周囲に誤解させれば、平穏な日々を取り繕う事が出来る。

 全ては社員や家族、二階電脳堂に関わる多くの者達に動揺と不安を与えない様にする為に。

 それが例え偽りの平穏だったとしても、それで充分だったのだろう。

 父親にとって、自分は幾らでも替えの効く存在。

 そう思われているのだと感じ、雲雀は陰鬱な気持ちになってしまうのだった。


「娘さんを失っても、気にもしていない様に見えると?」

「少なくとも私はそう考えています。父の本心を完全に読み取れたワケではありませんが……」

 雲雀は、本物の『二階堂雲雀』は既にこの世にいないのではないかと思っている様だった。

 拉致された後人気ひとけの無い場所で殺され、山に埋められたか海に沈められたかだと考えている。

 それでも結局犯人は誰なのか、何故自分が狙われたのか。

 その辺りに関しては見当もつかないと彼女は語った。


「コウ君、確か『連続通り魔事件』の最初の犠牲者が出たのって、2059年の12月だったよね」

 光輝は凛Ⅱにそう聞かれたが、断言出来る自信は無かった。

「刑事さんに色々教えてもらったけど、全部は覚えていないんだ」

「うん、確かそうだったハズ。加藤さんがそう言ってたから」

 凛も記憶力は人間とは比べ物にならぬ程向上していた為、ハッキリと覚えていた。

「この『失踪事件』が始まりだった可能性は無いかなぁ……」

 彼女自身、この説を提唱しつつも裏付けがまるで無い事は理解している。


「うーん、可能性はゼロじゃ無いけど……犯人が行っている事に共通点が無いからね。

 連続通り魔は路地裏や人通りの少ない夜道で死体をそのままにして逃げていた。

 対してこの事件では被害者を拉致して何処かに連れ去っている。

 被害者の生死すら明らかになっていない以上、この2つの事件を結びつけるのはまだ早いよ」

「そうね。それはそうなんだけど……ちょっと気になっちゃって」

 雲雀がどういう事かと聞いてきた為、隣にいた凛が今までの経緯を説明した。


「これ以上の被害者を出さない様にする為にも、犯人を捕まえたい。

 私自身が捕まえられなくても、その正体に迫りたい。私はそう思ってます」

「そうでしたか……私にも何か手伝える事があれば良いんですが」

 凛Ⅱは感謝の言葉を述べた後、雲雀の『失踪事件』をもう一度考え直す事にした。

「そもそも、この事件において解っている事を確認しておきましょうか。

 1・二階堂雲雀は誘拐され、現在も生死不明。

 2・金銭目的ならば、『身代金を用意しろ』と言う電話があるハズだがそれは無し。

 3・既に半年以上が経過しているのに、犯人サイドは何の動きも見せていない」

 違っている箇所が無いか雲雀と確認しつつ、凛Ⅱは2つの可能性を提示した。


「例えば、犯人などおらず雲雀さんが自発的に失踪……

 または誰かに唆されて行方をくらました可能性は?」

「それはまず無いと思います。私が父に辛く当たられた記憶も無いですから。

 職場の皆さんも良くしてくれていましたし、不満は全くありませんでした」

 公私共に順調となれば、不満を抱えて失踪したと言う線は消える事になる。

「では無理やり誘拐されたとして、問題は何故そうなったのかと言う点です。

 今現在においても犯人側からの連絡が無いのは、金目的での犯行では無いと言う事。

 他に考えられるのは、やはり怨恨目的でしょう」


 怨恨と言うキーワードが飛び出した瞬間、雲雀の肩が僅かに震えたのを凛Ⅱは見逃さなかった。

「例えば学生時代。中学・高校・大学生の時に誰かから恨みを買いませんでしたか?

 どんな些細な事でも構いません。事件の謎を解く為に必要なんです」

 あからさまではあったが、雲雀の顔からさっと血の気が引き光輝や凛から視線を逸らす。

 何か、言い出せない秘密を抱えているのは明らかだった。

「やっぱり、誰かから恨まれている自覚があるんですね?」

「そんな事はありません。この話は無かった事にしましょう」

 それは単なる秘密と言うよりも、何らかのトラウマとなっている様に見えた。

 雲雀にとって、思い出したくも無い過去。彼女にとっての汚点。


 (うーん……これ以上踏み込むと雲雀さん、機嫌を損ねて帰ってしまうかもしれないわ。

 こういう場合は無理やり聞き出すより、彼女の方から言い出してもらった方が得。

 まだ解っていない事を聞く機会を増やしたいし、北風と太陽の『太陽作戦』に切り替えましょう)

 踏み込もうと思えば簡単に出来た。

 人から恨みを買い、『家電量販店会社の社長令嬢』が必死になって隠したい出来事。

 それは恐らくいじめだろう。

 彼女1人と言うより、複数名が関わっている可能性が高い。

 何者かをよってたかって蔑み、傷付けた。

 もしそんな事実があったとすれば、彼女は墓場までその秘密を隠し通したいだろう。


 (いじめ、かなぁ)

 光輝も情報をまとめて、その可能性に辿り着いていた。

 学生時代に彼女が中心となっていじめを行っていた場合、被害者は逆らえなかった可能性が高い。

 社長令嬢に手を出せば、その被害者の両親や周囲を巻き込んだ大事に発展しかねないからだ。

 しがらみが消えた成人後に『復讐した』とすれば、動機としても納得出来た。

「もう止めにしませんか、この話は」

 彼女の心が悲鳴をあげている。雲雀の姿を見ればそれが容易に想像出来た。

「ええ、そうですね。面白くない話を続けても意味はありません」

 凛から責められると思っていた雲雀は、そう言われ安堵の表情を浮かべる。


「有難うございます」

 太陽作戦。ココでさらなる追求を行っても雲雀の機嫌を損ねて話が聞けないだけ。

 ではどうすべきか。彼女と距離を縮める努力をすべきなのだ。

 そういった話を打ち明けられる程の親友になる。

 まずは彼女との関係を深めるべきだと凛Ⅱは考えていた。

「気分を損ねてしまったお詫びと言うのも変な話ですが……

 今から私達、東京エンジョイパークに遊びに行く予定なんです。

 遊ぶ人数は多い方が良いですし、これから一緒に楽しみませんか?」


 暗かった彼女の表情がその話を聞き一気に明るくなる。

 やはりこの判断は間違っていなかったと凛Ⅱは思った。

「ええ。たまには色々な事を忘れて思う存分楽しみたいですものね。

 是非同行させてください」

 全く見えない真実に辿り着く為の、僅かな手掛かり。

 凛も凛Ⅱも彼女からの証言に一縷の望みを抱いており、光輝にも彼女達の考えが解っていた。

 (雲雀さんと仲良くなる事で得られるメリットはあれど、デメリットは全く無いからな。

 凛とデートするって言う当初の目的からずれてきている気はするけど……)


 だが凛が選んだ道なのだから、反対する理由も無い。

 光輝は凛、凛Ⅱ、雲雀を連れそのまま『東京エンジョイパーク』に向かった。


【同日 東京都港区 午後3時 東京エンジョイパーク内】


 東京エンジョイパークは通常の遊園地とは違い、ビルの中にある『屋内型テーマパーク』である。

 巨大なビルの1階~3階部分が敷地となっており、様々なアトラクションが用意されていた。

 豪華なパレードは無いものの、ジェットコースターや大きく左右に揺れる海賊船を模したアトラクション等絶叫系も充実している。

 映画館の時と同じ技術を用いたお化け屋敷もあり、まさに東京都を代表する遊園地の1つであった。

「いや~、お化け屋敷もなかなか怖かったですね」

「さっきのライド型シューティングゲーム、もう1回乗りません?

 最新鋭のVR技術が使用されていて凄く楽しかったので……」

 凛達はある程度アトラクションを堪能し、休憩を取っている所だった。

 光輝1人が売店で購入した色とりどりの『アイスビーンズ』を口にしている。


「嫌な事があっても、忘れられる場所があるのって本当に素晴らしいですよね」

 雲雀の満面の笑顔の裏に、隠し切れない憂鬱な気持ちがある事を凛は感じていた。

 (雲雀さんが持っている秘密は、きっと1つじゃない。

 さっき家庭や職場に不満は無いって言っていたけど、それも嘘。

 彼女は常に何らかの不安を抱えながら毎日を過ごしている。

 それを吐き出してもらうには、相当親密な関係になるしか無いわ)

 絶対にこのチャンスは逃せない。

 光輝とのデートも大事だが、自分を『殺した』犯人を突き止める為の手掛かり。

 それを掴む為なら、彼女の心にとことん近付こうと凛Ⅱは考えていた。


 東京エンジョイパークを出る頃には、時計の針は6時を回っていた。

 新しく手提げ袋を店員に貰う必要がある程のお土産。

 エンジョイ君のぬいぐるみや職場の人達へ渡すお菓子が主な内容だった。

「本当に楽しかったです。夢の様な時間を過ごす事が出来ました。

 凛さんや光輝さんには心から感謝しています」

 ある程度自分達に心を許していると思い、凛Ⅱはすかさずこう切り出す。

「私もニューマンの友達が欲しかったんです。

 スマホの電話番号とLAINの連絡先を教え合いませんか?」


 今後も彼女と会う為の方法を確保しておく。

 断られる事は無いと踏んでいた凛であったが、若干内心では不安だった。

「ええ、喜んで」

 雲雀は凛や光輝とスマホの番号を教え合い、LAINを使用して連絡を取り合う事も可能になる。

 まずは一歩前進と言った所だった。

 (すぐに結果を得ようと思っても、彼女の警戒心はかなりのもの。

 まずは私達が敵では無いと言う事を理解してもらう必要がある。

 氷を少しずつ溶かしていく様な根気強さが求められるわ)


 雲雀の心の中に眠っている謎を探る為には、彼女の懐に潜り込んでいくしか無い。

 彼女と仲良くなる事。当面はその事だけ考えようと凛は思った。

「私達は帰ります。機会があればまた一緒に遊びましょう」

「はい、楽しみにしていますね。私もそろそろ帰らないと父が心配するので……」

 バッテリーの残量を考える必要もあり、ずっと遊んではいられないのは凛も雲雀も同じだった。

 人の波の中へ消えていく雲雀。その背中は何故かとても寂しそうに映る。

 (まだ、全部は見えていない。これから、少しずつ暴き出していくのよ。

 それが、雲雀さんの為にもなると私は信じているから)


 心の闇を払うには、その闇を全て表に晒し照らし出すしか無い。

 そしてそこに、凛が知りたかった真実が眠っている。

「俺は凛がしたいと思った事には反対しないよ。

 あまりにも危険だと思うものに関してはその限りじゃないけど……」

 光輝の言葉からは、凛の無念を理解する気持ちと彼女を心配する気持ちの両方が感じられた。

「有難うコウ君。私の我儘を聞いてくれて」

 凛も凛Ⅱも、真実が知りたいと言う思いで動いている。

 可能ならば、誰も犠牲になる事無く彼女達の望みが叶うと良い。

 光輝は自宅へ帰る途中、そんな思いを脳裏に浮かべていた。

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