第3話 東京都連続通り魔殺傷事件

【西暦2060年6月 日台帛連合皇国 東京都大田区 北馬篭きたまごめ 美輪光輝の自宅前】


 老齢でありながら、身長はかなり高く筋肉質な身体つきをしている男性。

 まるで鋼の肉体をコートに覆い隠しているかの様な体躯は、静かな凶暴性を感じさせた。

「刑事さん……って事ですよね?」

「ええ。階級は警部補。昔そんな階級がタイトルになった刑事ドラマがありましたね。

 どんなタイトルだったかな。まぁ、そんな事はどうでも良いんですが」

 加藤と名乗った男は世間話をしつつ朗らかに笑った。

 だが、それは上辺だけのものであり目は決して笑っていない。


「俺達から何を聞きたいって言うんです」

「東京都で連続して発生している通り魔殺傷事件の『被害者』である清川凛さんにお話を伺いたい。

 犯人を捕まえる為には、貴方の証言が必要なんです」

 この男は、何処まで知っているのだろうか。光輝は凛と顔を見合わせた。

 清川凛は今も生きている事になっている。

 恐らくこの男は、エヴォリューションに乗り込み社内の人間から情報を手に入れたのだろう。


「私が何者なのか、解っていると言う事ですか」

「美輪彰浩さんに色々と聞きましたよ。

 タダでは口を開かなそうだったので、それなりの『土産』は渡しましたがね」

 金で転ばせた事を堂々と発言し、悪びれもしていない態度。

 (ああ、この人は父さんと同じ類の人間なんだ。

 自分の信念の為なら、道徳やルールを踏み越えてでも目的を達成しようとする。

 こういう手合いに、違法な捜査だと言っても意味が無い)


 光輝は父親が全てを話した事を理解し、拒んでも大した得は無いと判断した。

「もう1人の清川凛さんにも、証言の内容を強固なものにすると言う意味でもお会いしておきたい。

 こんな所で立ち話をして、誰かに見られるのはお互い嬉しいもんじゃないでしょう」

 生きている事になっているのに刑事から質問を受ける清川凛。

 死んでいない事になっているのに『7人目の被害者』の元を訪ねた加藤虎征。

 誰かに目撃される前に、彼を家に招き入れた方が良いと光輝は判断した。


「ただいま」

「お帰りなさい。……え、凛ちゃん?それにこの人は?」

 美輪光輝の自宅に立ち寄るハズも無い清川凛と、見知らぬ人物の来訪。

 息子を出迎えた母親が狼狽するのも当然の反応だった。

「警視庁捜査一課の加藤です。

 清川凛さんからお話を伺う為にお邪魔させてもらいます。

 もう1人の凛さんとは息子さんの自宅前で偶然お会いしまして」


 権力の効果と言うのは絶大なもので、母親は警察手帳を見せられた途端ぎこちない笑みを浮かべる。

「どうぞ、上がってください。後でお飲み物でも用意します」

「いえいえ、お構いなく。なるべく早く終わらせますから」

 夫の職業上、警察関係者と関係が悪化する事はなるべく避けたい。

 光輝の母親は加藤が光輝の自室に向かうのをそのまま見送った。


「正直、こちらとしては有難い。

 何しろ犯人に繋がる有力な証拠が何一つ出てきていない事件でしてね。

 被害者から直接話が聞けるとなれば、聞きたくもなりますよ」

 光輝は加藤の言葉を聞きながら、彼が『情報交換』に応じる相手なのか否かを知りたがっていた。

 (無理やりこっちに訪ねてきて、自分が聞きたい事だけ聞いてさよならされても困る。

 俺達だって、聞きたい事は山ほどあるんだ。

 正直、霧の中を彷徨っているかの様に解らない事だらけなんだから)


 凛は何故死んだのか。誰に殺されたのか。

 その答えは、光輝も心から欲していた。

 それが納得出来るものなのか、それとも理不尽なものなのか。

 解った後に自分がどう動くかどうかは後回しにして、真実が知りたい。

 その思いは、刑事である加藤も強く持っていた。

「コウ君、その人は?……それに、私も……」

 自室のドアが開いた瞬間、嬉しそうに顔を上げた凛Ⅱは戸惑いの表情を浮かべる。

 特に『もう1人の自分』との邂逅は、決して彼女が望んでいるものでは無かった。


 (パジャマ姿……私の好みの色じゃないから、コウ君のお母さんが買ってきたのかな)

 気まずそうに清川凛から視線を逸らす凛Ⅱ。

 家から気軽に外に出る事が出来ないと言う事実が、彼女の性格にも若干の変化をもたらしている様だった。

「役者が揃った様なので、そろそろ始めさせてもらいましょうか」

 自室の床に腰を下ろし、2人の『清川凛』の顔を交互に見つめる加藤。

 光輝は勉強机についている椅子に腰をかけた後、加藤を抑える様に片手を前に突き出す。


「彼女から話を聞く前に、事件の概要を教えてくれてもいいんじゃないですか?

 何も解らないまま証言しろと言われても、上手く話す事は出来ないでしょう」

 精一杯の抵抗だった。向こうの方が格上なのだから説明がなされなくても文句は言えない。

 一喝されてそれで終わりと言う結果さえありえるのだ。

 加藤は暫く黙っていたが、やがて懐からポケットマップを取り出した。


「貴方の事を信用させてもらいますよ。美輪光輝さん。

 貴方には清川凛のニューマンを誰にも口外する事無く所持していると言うアキレス腱がある。

 それに清川凛さんは人間のフリをしていると言う爆弾を抱えています。

 一般人に捜査情報を漏らすと言うのは守秘義務違反になるのですが、ココは良しとしましょう」

 彼はアウトロー刑事。規則を破ってでも己の目的達成を優先する。

 加藤は3人に事件の概要を話しても差し支えは無いと判断していた。


「東京都連続通り魔殺傷事件」

 東京都23区全てが描かれている地図に、後から赤いペンで×印が書き足されている。

 加藤は床に地図を広げた後、その×印のうちの1つを指差した。

「最初の事件は2059年の年末、12月の下旬に発生した。

 被害者の名前は相沢あいざわ百合絵ゆりえ

 千代田区の路上で倒れている所を発見され、救急車で病院に搬送されたが死亡。

 死因は刃物で腹部を刺された事による失血死だった」


 加藤は視線を別の場所に移し、指を別の場所へ動かす。

「その後、1か月毎に被害者が出た。

 2060年1月、文京区の路地裏で石原いしはら和子かずこ

 2月に北区の路上で植松うえまつ節子せつこ

 3月に世田谷区の路地裏で遠藤えんどう沙奈さな

 4月に新宿区の路地裏で岡崎おかざき浩美ひろみ

 5月に江東区の路上で神谷かみやみどり。

 そして清川凛さん、貴方も知っての通り6月に貴方が狙われた」


 咄嗟に、恐怖を感じたのか自分の身体を抱く様に両手を交差させ肩を掴む凛Ⅱ。

 凛も目を逸らし、悔しそうに唇を嚙んでいた。

「被害者の共通点は、東京23区内に住んでいると言う事。

 女子高生である事、女性にしてはかなり背が高い事。

 皆目の覚める様な美女である事等が挙げられる」

 加藤は再びポケットをまさぐり、被害者達の写真を床に並べる。

 確かに、彼女達は目鼻立ちが整っており綺麗な女性ばかりだった。


「全て、同一人物の犯行なんですか?」

 光輝の問いに対して、加藤はすぐに頷く。

「犯人が同一である事の物証は出てきている。

 現場に残っていた足跡が全て同じものだった。

 靴の使い方……つまり擦り減り方でその靴の持ち主が同一であるかどうかが解る」


 加藤は光輝の顔をじっと見つめ、無念そうな表情を浮かべた。

「だが、それまでだった。犯人を絞り込める様な有力な手掛かりは見つからなかった。

 犯人は路上では一撃で相手を刺し殺しそのまま逃走。

 路地裏では被害者の口をハンカチか何かで塞ぎ、羽交い絞めにしたまま通路に引き摺り込んで胸を刺して逃走。

 凶器やハンカチの類は犯人が持ち去っており、犯人は手袋をしている為被害者の身体から指紋が検出されなかった」


「靴からは、手掛かりは得られなかったんですか?」

 光輝の質問に対して、加藤は首を横に振る。

「私もそれに期待したんだが、駄目だった。

 足跡の靴は何処のスポーツショップでも売っている様なシューズで、サイズが判明しただけ。

 そこまで背丈の高い人物では無いと解るのが限界だったよ」


 一刻も早く犯人を捕まえたいのに、犯人が尻尾を掴ませてくれない。

 加藤が焦っている事は凛や光輝にもすぐに解った。

「我々だって、まごついていたらさらなる犠牲者が出るのは承知している。

 東京の様々な場所に私服警官を配備して犯人を探しているが奴は気配すら感じさせない。

 嘲笑うかの様に事件が起き続け、警察の信頼が大きく損なわれている。

 だからこそ、私は唯一の『目撃者』である清川凛を頼ったんだ」


 光輝は加藤の話を聞き、自分が疑問に思った事を率直に述べる。

「そのスポーツシューズは、若者向けとして販売されているものなんですか?」

「ああ。だが、だからと言って犯人が若いと決めつけるのは難しいが……」

 加藤は突然の質問に目を丸くした。

「犯人は小柄でありながら、女性とは言え背の高い女性を背後から羽交い絞めにして路地裏に引っ張り込んだ。

 相当に鍛えていないと出来ない事だと思います。

 例外はあるでしょうが、犯人は若い男性なんじゃないでしょうか」

 今提示された情報から、出来る限り犯人の姿を絞り込む。

 そうする事で犯人が捕まれば、凛の無念も晴らせると光輝は思っていた。


「それと、路上で刺したり路地裏に引き摺り込んで殺すと言うのは突発的な犯行とは思えません。

 計画的、しかも被害者の行動パターンを事前に調べたうえでの犯行だと思います。

 犯人は都内における土地勘がある為、自宅や職場は都内に限定されるでしょう。

 そして一番大事なのは、それだけ大規模な警官の配備を行っているにも関わらず犯人が逮捕出来ないと言う事実。

 犯人は警察の内部情報を手にする事が出来る立場の人間かもしれません」


 推理小説を読んでいると、疑うセオリーと言うものも養われる。

 光輝は思いつく限りの推理をしただけだったが、凛は彼に尊敬の眼差しを向けた。

「凄い!コウ君、探偵になれるよ」

「いや、疑えるだけなら誰にだって出来る事さ。全て推測に過ぎないんだ」


 加藤は光輝に賞賛の言葉を述べる。

「君には刑事の素質がある様だね、美輪光輝君。

 君の指摘は警察内でもされていた。

 身内に犯人がいるのではないかと言う説だ。

 しかし決定的な証拠が出てこない以上、捜査が先に進む事は無かった」


 無差別では無いが、『流しの殺人』は犯人を挙げる事が難しい。

 犯人と被害者との接点が無く、そこから捜査網を広げていく事が出来ないからだ。

 ニュース番組でも通り魔事件は報道されており、みだりに外出しない様にと言う呼びかけは続いていたが犠牲者は増える一方だった。

「事件の捜査は完全に行き詰ってしまった。八方塞がりだ。

 犯人の犯行は用意周到かつ狡猾で、我々警察に対してまるで隙を見せない。

 一縷の望みは、清川凛さん。貴方の証言に託されていると言うワケです」


 手掛かりはあった。それでも犯人を絞り込むには至らなかった。

 流しの殺しと呼ばれる無差別殺人事件の場合、犯人と被害者の間に接点が存在しない為そこから調べていく事が出来ない。

 犯人は『女子高生』に恨みを抱いている。だが何の為に殺すのか?

 疑問だらけの難事件は、歴戦の兵である加藤ですら白旗を上げる程だった。

「私はもうすぐ警察としての定年を迎える。

 恐らく、この事件は私が担当する最後の事件になるでしょう。

 犯人は逮捕されるまで犯行を続ける。女子高生を殺し続けるハズです。

 絶対に、これ以上被害者が出る事を阻止しなければならない」


 罪の無い人々が殺されると言う事態に終止符を打ちたい。

 凛も凛Ⅱも、その気持ちに嘘は無かった。

「解りました。思い出せる限りの事をお伝えしたいと思います」

 ニューマンが人間よりも優れているのは、絶対に覚えた事を忘れないと言う点だ。

 電子頭脳にストックされる知識や経験は、決して消えはしない。

 そして、その時の情景をまるで今見たかの様に正確に思い出せるのもニューマンの利点だった。


 目を瞑り、意識をあの夜へと移行させる凛Ⅱ。

 あの時刺された瞬間の視界が、鮮明に蘇る。

「犯人は、曲がり角で待ち伏せしていました。

 黒いフード付きのコートを着ていて、下は黒いジャージの様なものを。

 いきなり、持っていた包丁を私の腹目掛けて突き出す様な形で刺してきて……

 すぐに包丁を抜いて、逃げる様にその場から立ち去っていきました」


 犯人が着ている服の特徴が解ったのは大きな収穫である。

 だが加藤はその先がどうしても知りたかった。犯人の顔と身長だ。

「顔は、見えなかったんですか?」

 凛Ⅱは頭の中に浮かぶ映像を何度も何度も見返したが、首を横に振った。

「元々、街灯の下で刺された事もあって犯人の姿は影の様に真っ黒でした。

 フードを深く被って俯いていたので口元すらも解らない状態で……」


「身長はどれ位でしたか?」

 凛は一瞬現れた黒い影が、自分の目線よりも若干下であった様な気がしていた。

「私より低かったです。私の身長が175cm。

 犯人はそれよりも低かった。

 見てすぐにそうと解ったので10cmは低かったんじゃないでしょうか」


 150cmでも無い。160cm~165cmの間位だと凛Ⅱは証言した。

 身長の情報は大きい。

 コレで極端に大柄な人物が容疑者として浮上してきたとしても可能性を排除する事が出来る。

 ただ、容疑者となる様な者がまだ1人も出てきていないと言うのが気がかりな点だった。


 顔に関しても、マスクやサングラスをしていた場合見る事が出来ない。

 死者の証言に頼らなければならない程事件が難航しているとは言え、結局目立った成果無しと言う結果に加藤は溜息をついた。

 (いや、黒コートに黒ジャージと言う見た目が解っただけでも朗報だ。

 いたちごっこかもしれないが、犯人の服装や身長をポスターにすれば抑止力になるかもしれん)

 被害者になりえる人々への『警告』は、当然犯人も容易く目にする事が出来る。

 尻尾を掴ませない犯人がポスターを見れば、服装を変える事もありえるだろう。

 黙っているべきか、広く世間に公表するべきか。それは難しい問題だった。


「すいません、お力になる事が出来なくて」

「いえいえ、貴方の証言が聞けただけでも充分ですよ。

 我々は今まで犯人の服装すら知る事が出来なかった。

 人を殺す事に躊躇いが無く、また逃げるのも早い。

 正直今まで扱ってきた事件の犯人よりも手強い相手ですが、必ず捕まえてみせます」

 霧の中を彷徨うかの様な、不確かな道。

 それでも加藤は警察に身を置く者の1人として、事件を解決すると断言した。


 (あまりにも、手際が良過ぎると言うか……手慣れ過ぎている。

 例えば俺が、同じ事をしようとしても2人目か3人目辺りで仕留め損なうだろう。

 まるで殺人マシンの様に正確に人を殺すだなんて。

 犯人は殺しのプロなのか?少なくとも、一般人にやれる事じゃない)

 加藤と凛Ⅱの会話を聞きながら、光輝は犯人像を思い描いていた。


「加藤さん、犯人は間違いなく『普通』じゃない。

 精神的にもそうですが、肉体的にもです。

 何処かで訓練を受けた人間か、裏社会に身を置いている人間か。

 俺はその線で探した方が良いと思いますよ」

 犯人が捕まるなら、今考えられる全ての事を警察に伝えるべき。

 その思いで光輝は加藤にそうした提言を行った。


「君は洞察力の塊だな。

 君の様な人間が警察に多くいれば、事件の解決も早まるかもしれないね。

 もし相手が殺しのプロだとしても、私も護身術全般を身に付けているプロだ。

 一歩も引けないよ。怯えてはいられない」

 刑事としての矜持。

 危険人物を捕らえ、街を平和にする使命に突き動かされている。

 その『正義感』は本物であり、自分の父親とは異なる点だ。

 光輝は彼の様な人物が報われる様な世の中であってほしいと思った。


「さて、そろそろお暇させてもらいましょうか。

 君達のおかげで色々な事が解った。

 特に服装と身長に関しては凛さん、貴方の証言が無ければ知りえなかった事です。

 明日の捜査会議で、貴方から聞いた情報が上に受理されると良いんですがね……

 その地図は差し上げますよ。きっと何かの役に立つでしょう」

 立ち上がり、3人の顔を見回す加藤。

 疲れが目立つが、その表情からは必ずやり遂げると言う強い決意を読み取る事が出来た。


「私の無念を晴らしてください。殺されてしまった人達の分まで」

 凛Ⅱと凛は立ち上がり、同時に頭を下げる。

 加藤は何も言わず、ただ僅かに微笑んだ後頷いた。

 光輝は彼を玄関先まで見送り、背後に立っていた母親と目が合う。

「もうお帰りですか?丁度淹れ終わったのでコーヒーでもと思っていたんですが……」

「いえ、お構いなく。私も少々急いでいるものでして。

 またこちらに伺う事があるかもしれませんが、その時は宜しくお願いします」


 今度会う時は良い報せを持って伺いたい。

 そんな言葉を残して加藤は光輝の自宅から去った。

「母さん。コーヒーは俺が飲むよ。そこに置いておいて」

 2杯分のコーヒー。

 凛達はそもそも水以外の飲料が飲めないので用意する必要が無い。

 少しの間額に手を当て、思案していた光輝であったが考えていても仕方が無いと思い自室へと戻った。


「私は貴方と喧嘩がしたいんじゃ無いの。貴方は私なんだから。

 ただ、貴方がいる事で私がコウ君と話し難くなるのは嫌なのよ」

「コウ君、家に私が来るのは問題無いんでしょ?他の人が来るのならともかく。

 家に彼女が来るのがNGって言うのは良くないわ。

 むしろ気軽に遊びに来れる位でも良いと私は思ってるんだけど……」

 凛は自分と全く同じ顔の女性に対して強い言葉をかける事が出来ず、困っている様子だった。

 出来るなら、仲良くしたい。そんな雰囲気が2人から伝わってくる。


「それは難しいんじゃないかな。

 俺は良いけど、凛の御両親が強く言っている事だから……

 今日だって、母さんに黙っててもらえるかどうか怪しいんだ。

 バレたら、外で君達2人が会う事すら出来なくなる。

 夏休みの間、ただ家でゴロゴロしてるのもつまらないしね」

 

 光輝は凛を説得させる為、なるべく家の外で凛と関わろうとしていた。

 それだと凛Ⅱが納得しないので、変装して付いてきてもらう。

 近所の人間がいない場所なら、大丈夫だろうと考えていた。

「夏休みなら、私プールに行きたいわ。海も見ておきたい。

 私今まで映像でしか海を見た事が無かったから」

「映画館も行った事無かったわよね。

 そもそも、私達コウ君とデートした事が無かったし」


 やはり本人同士馬が合うのか早くも意気投合している凛と凛Ⅱ。

 性格が同じなのだから仲良くなって当然なのだが、光輝は複雑な気持ちだった。

 (凛の御両親の所有物になっている凛と、俺の所有物になっている凛Ⅱ。

 今はまだその事実が溝を生んではいないけど、いずれそれが障害になる。

 凛の御両親が凛を人間として育てたい以上、俺の近くから遠ざけたいと思うハズだ。

 恋愛なんて以ての外。卒業したら、会う事すら禁じられる可能性すらある)


 人間には自由があるが、ロボットには自由が無い。

 所有物である以上、所有者の思惑から逃れる事は決して出来ないのだ。

 片方の凛と親密になり、もう片方の凛とは疎遠になる未来。

 こんな滅茶苦茶な事態が発生するなど、光輝は考えてもいなかった。

「ね、ね。そうしようコウ君。私達3人で遊びに行きましょうよ」

「一旦別行動で、現地で合流すれば人の目もきっと誤魔化せるわ」

 

 2人の凛は互いに仲違いしたくないと思い、光輝を共に愛したいと願っている。

 その希望を、光輝は自分から握り潰す事は出来なかった。

 (言えない。そうなる事が解っていても自分から言い出すなんてとても……

 いや、恐らく薄々は凛も凛Ⅱも解っているんだ。気付いていないフリをしているだけ。

 今だけは。この瞬間だけは一緒にいれると信じている。

 俺が出来る事は、その願いを可能な限り叶えてやる事だけだ……)


 どちらの凛が好きだとか、そういう事では無い。

 彼女達は人の都合に振り回され、生き方すら選ばされる運命なのだ。

 それは、背中のバッテリーを所有者しか交換する事が出来ないと言う事実が如実に示していた。

 (こんな形であれ、俺は凛が今俺の側にいてくれる事に感謝しているけれど……

 コレで本当に良かったんだろうか?)

 満面の笑みを浮かべている2人の凛を見ながら、光輝は誰が答えてくれるワケでも無い疑問を投げかけていた。

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