第2話 偽りの高校生活

【西暦2060年6月 日台帛連合皇国 東京都大田区 北馬篭きたまごめ白水高校校舎内】


 嘘を嘘と思われない様にする一番良い方法は、真実を嘘の中に混ぜる事である。

 隠し切れない『真実』を話して周囲の人間を納得させつつ、重要な事実は嘘でぼかす。

 通り魔に刺し殺され、命を落としたはずの清川凛は一週間後、クラスメイトと談笑していた。


「それにしても驚いたわ。『あの病気』の可能性があったなんて」

「私も救急車で運ばれたから最悪の事態を覚悟してたんだけど、回復出来て良かったわ」

 第三次世界大戦が発生する前に世界を騒がせた人から人へと感染する病気。

 2060年現在、優れたワクチンの開発によりそれはほぼ根絶されたかに見えた。

 しかし、今でも稀に感染者が発生していると言う状況を利用し、科学者達は時間を稼いだのだ。

 清川凛は病院に運ばれ、検査と治療の為に1週間入院していたと言う事になっていた。


「結局、あの病気じゃ無かったんでしょ。どうして急に具合が悪くなったの?」

「先生の話だと、食あたりだったみたい。点滴生活が何日か続いたのは辛かったわ。

 でも今は何ともないから心配しないで。すっかり元気になったから」

「皆凛の事、心配してたのよ。詳しい事が全然解らなかったし」

 目の前に『清川凛』がいれば生徒達もその『嘘』を嘘と思わず素直に受け入れる。

 だが、美輪光輝だけは遠くから彼女を眺め複雑な表情を浮かべていた。



「御覧ください。コレが清川凛の見た目と中身を完璧に模倣したニューマンです」

 清川凛が学校生活に復帰した日の前日、凛の両親はニューマンが完成したと言う報せを受ける。

 エヴォリューションの社内研究室に足を踏み入れた2人は、ガラスケースの中で直立している彼女を見た。

「確かに、これなら間近で人が見てもロボットだとは思えない。

 技術の進歩と言うのは、私が思っている以上に進んでいたんですね」

 水色の手術着を着た状態で、目を閉じたまま微動だにしない『清川凛』。

 その姿はまるで、早く私を起こしてくれと懇願しているかの様だった。


「メンテナンスが容易になる様に頭が開く様になっていますが、継ぎ目はまず人間の目では見破れません。

 髪・肌・胸と言った触られる可能性のある箇所全てが通常の人間と同じ触感。

 人間として生活するには幾つか欠点こそありますが、即座に露見する事は無いでしょう」

 ガラスケースが自動ドアの様に開き、彰浩は彼女を前から抱きかかえて移動させる。

 ロボットである為重量もかなりのものかと思う者も多いだろうが、体重は本人のものと何ら変わりが無かった。


「ニューマンが誕生し、我が国に製造方法が教えられた理由。

 大インド帝国が親日的な思想を持っていたと言う事もありますが、もう1つの理由は少子化問題を解決する為です」

 凛の父親は彰浩の言葉を聞き、その言葉の意味が理解出来なかった為怪訝そうな表情を浮かべる。

「ロボットが、少子化問題を解決するんですか?」

「貴方も知っての通り、皇国は1億2000万人いた国民の数が少子化により減少。

 本国の純粋な日本人の数は5000万人まで数を減らしています。

 このままのペースで少子化が進めば、2100年には3000万人を下回るでしょう」


 様々な要因が重なり、『結婚しない男女』が驚異的なスピードで増加していった現代社会。

 女性の社会進出、お見合い文化の消滅、独身が白い目で見られない雰囲気の形成……

 結婚していても子供を作らないと言う夫婦も多く、皇国は極端な少子高齢化に陥っていた。

「人間の『人権』がより強く守られる民主主義国家、先進国は全て少子化に頭を悩ませています。

 どんな生き方をしても許される社会になると、人は無駄な時間に足を引っ張られたくないと思う様になるのです。

 つまり、己の自由な時間を増やしたいと強く願えば、夫婦生活や子育ては『不自由な時間』になってしまう」


 彰浩はそっと凛の肩に手を置き、2人に向かって微笑む。

「ならばどうするのか。

 人権が全く関係しないロボットに妊娠・出産・子育てを担わせるしか無い。

 ニューマンは世界で初めて『妊娠』する事が出来るロボットなんですよ」

 ロボットが子供を産むと言うありえない話に、凛の両親は驚愕し何も言いだす事が出来なかった。

 あっけにとられている2人を尻目に、彰浩はニューマンの『妊娠』についての解説を行う。


「勿論ニューマンはロボットなので、無から有を生み出す事は出来ません。

 予め精子と結合させた受精卵を子宮に入れるだけ。

 通常の人間と全く変わらない育成環境の中で、受精卵はどんどん大きくなり赤ん坊になります。

 出産しても差し支えの無い大きさになると自動で人間と同じ場所から排出。

 ニューマンとそのパートナーがその赤ん坊を育てるも良し。

 あるいは政府が急ピッチで建築を進めている『乳児養育センター』に預けるも良し。

 昔の言葉ではありますが、『産む機械』が無ければ我々は子供を増やす事すら出来ないのです」


 人間に限りなく近付けつつ、『物』である事を利用して子供を強引に増やすと言うやり方。

 凛の父親はそれに対して否定も肯定もしなかった。

 (そういう世の中になっているのは認めよう。だが私達の娘は物の様に扱いたくは無い。

 あくまでも、娘が望む事を叶えてやるだけだ)

「ちなみに卵子は血液さえあれば簡単に培養する事が出来ますよ。

 娘さんの全身をスキャンした後、我々の方で主要な臓器と血液は冷蔵保管させてもらっています。

 娘さんがもし『〇〇さんとの子供が欲しい』と言ってきた場合は何時でも声をかけてください」


 人間的な感情を排除し、社会に貢献するロボットを作ると言う事だけに拘り続ける彰浩。

 凛の両親は彼を理解する事は出来なかったが、彼の助けが無ければニューマンを手に入れる事が出来ないのも事実だった。

「そういう話は凛が本当にそんな事を望んでからにしましょう。

 今はニューマンを管理する為の方法を教えてくれませんか」

 煩わしい話題を遮り、本題に入る様にと促す父親。

 彰浩は少しだけ残念そうな顔をしたが、彼の意見を尊重した。


「ニューマンの活動に必要不可欠なのがこの『リチウムイオンバッテリー』です」

 机の上に置かれていたのはかなり大きな円柱状の物体だった。

 その全てが銀色に塗られ、見ようによっては乾電池の様にも見える。

「ニューマンが自分自身で交換する事が出来ない様、このバッテリーは背中から装填する仕組みになっています。

 背中にある蓋を『指紋認証』で開け、切れる前にバッテリーを交換してあげてください。

 満タンになったバッテリーでの活動時間は約24時間。

 バッテリーは一般家庭のコンセントで充電が可能ですが、充電には約10時間かかります」


 所有者以外の人物が勝手にバッテリーを交換する事は出来ない。

 万が一ニューマンが持ち主の元から離れ『脱走』しても、長時間の活動が出来ない様にする為の措置だった。

「そしてニューマンを人間として運用する場合、気を付けて頂きたい事が数点あります。

 ニューマンは人間と違って睡眠を必要としないので、『眠くなる』と言う事が無いのです……」



 授業中に『欠伸』をした凛の姿を見て、隣にいたクラスメイトが笑う。

「夜更かしでもしてたの?」

「よく寝ていても眠くなる事だってあるわよ。睡眠にも体力を使うんだから」

 ニューマンを人間らしく見せかける為の技術。

 (眠くなくても、1時間の間に数回は欠伸をする事。

 全く欠伸をしない人間なんてこの世にいないから怪しまれる。か……)

 凛は今までと変わらぬ学校生活を送りながら、自分がロボットであると言う事実をなかなか認める事が出来なかった。


 人格と記憶が共通ならば、当然『人間としての自覚』がある。

 突然本物の自分が死んで、ロボットの自分が本物の代わりを務めると説明されてもすぐには信じられなかった。

 (腹の傷が綺麗に消えていたし、バッテリー交換の事も説明されたし、今お腹が全くへってないし……

 自分がロボットなんだろうとは思う。でも、ココまで完璧に似せているだなんて)

 自室で服を脱ぎ、服の下まで確認したが何処をどう見てもロボットには見えない。

 身体の全てに違和感が無く、『清川凛』そのもの。

 だからこそどうしても違和感が拭えなかった。


『貴方が摂取する事が出来るのは涙の材料になる真水のみ。

 それも多くは溜めておけませんから、水を飲むフリもしっかり練習しておいてください』

 食欲が全く無くても、食べ物・飲み物に対する興味が消えたワケでは無い。

 むしろ食べたり飲んだりする事が大好きだった凛にとって食事を封じられたのはかなりの痛手だった。

 (昼の時間に食べなければ不審に思われる。

 それを騙し通せと言うのは無茶が過ぎるわ。やるしか無いんだけど……)


 両親の気持ちは痛い程解る。

 自分が『清川凛』として生きていく事で両親の心の傷を癒す事が出来るのならば、やり通したい。

 他の生徒達が昼食を取る中、凛は席を離れ教室から姿を消していた。

「うわッ、お母さんまた楽してフードプリンター使ってる!」

 弁当箱の中に入っている、ゼリー状の物体。

 上部分が黒、下部分が白の長方形は『海苔の佃煮』と『炊いた白米の飯』を再現している。


「食べた時の味とか食感は変わらないんだから良いじゃない。

 それに今は何処の家でもフードプリンターを使うのが一般的なんだし……あれ、凛は?」 

 何時の間にか凛が教室からいなくなっている事に気付き、辺りを見回す生徒達。

 男子生徒も美輪光輝が教室から姿を消した事を訝しんでいた。


 日の光が当たり、輝いている校庭。

 美輪光輝と清川凛は建物の影、暗がりになっている場所からその光をじっと見つめる。

 暗がりと日の当たる場所。それは彼女が送るであろう『今後の人生』を暗示している様にも感じられた。

「……何処まで聞いてるんだ。全部知っているのか?」

「貴方の家に、もう1人の私がいるって話は聞いているけど、実感が湧かなくて。

 貴方しか、私が『ロボット』である事を知る人間はいないとも聞いているわ」

 理解が追い付いていないのは光輝も同じだった。

 突然自分の幼馴染に瓜二つのロボットを連れてきて『所有物』として自由に使って構わないと言われても戸惑うのが当たり前だろう。



『貴方のお父さんは、命を何だと思っているのかしら』

『父さんはあらゆる事に対して感情を挟まない人なんだよ。

 俺はそれが正しいのか間違ってるのかハッキリとは答えられないけどね』

 物として扱われる事を嫌がり、悪態をつく凛。

 自分が人間だと言う意識を持って目覚めたのだからそう感じるのが普通だ。

 そして光輝自身もまた、『凛Ⅱ』をどう扱うべきなのか悩んでいた。


 どんなに人間そっくりに作られていても、彼女はロボットなのだ。

 本物は既に殺されてしまい、この世に存在していない。

 感情がグチャグチャになり、涙が出てこなかった。

 自分がどう思えばいいのか、どう感じるのかが正解なのか。

 一週間もの間、光輝は敢えて己の感情を押し殺していた。


 (凛の御両親の為なのだと己を偽り続けた。

 ココで涙を見せたり、不安がったりすれば他の生徒達が不審に思う。

 俺はそうやって自分自身を誤魔化しているだけなんだ。

 今は自分を騙す方が精神的に楽だから、そうしているだけに過ぎない)


 まともに、凛がこの世から失われたと言う現実と向き合う事が怖かった。

 毎日、同じ時間をある程度共有し、笑い、時には一緒に悩み泣き喜びを分かち合った。

 側にいてくれるのが当たり前だと思っていた人が、もう存在していない。

 それが嘘であるかの様に清川凛そっくりのロボットが隣にいる。

 正直、自暴自棄にもなれず感情を何処に持っていけばいいのかも解らなかった。


「コウ君、私ね……父さんと母さんの気持ちは理解出来るの」

 記憶と人格が同じ人間は、同一だと思うべきなのだろうか。

 彼女の横顔を見ながら、光輝はそんな事を考えつつ凛の話に耳を傾けていた。

「娘がいなくなってしまった事を認めたくない。

 嘘でも良いから、ずっと側にいてほしい。

 私が父さんや母さんの立場だったら、例えば私が両親を失ったら同じ事を考えたと思うの」


 逆であったら、もし自分が死んだら……清川凛は自分のロボットを望んだだろうか。

 偽りの慰めであっても、慰められる道を選んだのだろうか。

 1つ確かな事は、誰かに縋り付きたくて仕方が無いと言う事だった。

 (母さんも父さんも、俺が悲しんでいる事に対して本気で慰めてくれはしない。

 愛の通っていない冷たい家庭だ。だから俺は凛に温かみを、愛情を求めた。

 もう、俺の隣にいる凛がロボットだったとしても他に愛を求められる相手なんて)


 光輝は、弱い自分を人に見せる事を嫌がる性質の人間だった。

 本当は愛を求めているのに、みっともない姿を晒す事を恥じる。

 スッと目から流れ落ちた一筋の涙を、彼は慌てて拭った。

「俺は嬉しいよ。凛が戻ってきてくれたんだから。

 2人になったのは驚いたけどね。今は俺の帰りを待っててくれてるんだ」

 

 自分とは別の『清川凛』がいる事。

 自分とは違い外に出る事は出来ないがより近くで光輝を励ます事が可能だろうと言う事。

 その『傍らにいてあげられるもう1人の清川凛』の存在が、凛の心をざわつかせる。

 (私だって、コウ君の事が好きなのに。

 コウ君になら、私だって私の所有を認めてあげても良いって思う。

 コウ君は私が物だったとしても酷い扱いをする様な人間じゃない。

 私と全く同じロボットがコウ君の家にいるって言うのは……)


 清川凛が生まれて初めて抱いた感情、嫉妬だった。

 今まで、自分の恋路を邪魔する存在など現れた事が無い。

 それに美輪光輝が自分以外の女性に心を奪われると言う事も無かった。

 幼い頃から何をするのも一緒で、好きと言う感情はずっと変わっていない。

 彼に対する好意が恋愛的な意味での『好き』に変わるのも、当然の成り行きだった。


 だが彼の家にいて、身の回りの世話をする『もう1人の自分』がいると言うのならば話は別だ。

 凛の心は掻き乱され、まだ会ってもいない相手に対する妬みの炎が燃え上がっていた。

 (私は、コウ君を失いたくない。父さんや母さんが私を失いたくないと思っている様に。

 それがどんな相手だったとしても、私は一歩も引かないわ)

 ロボットがロボットに、しかも自分自身に対抗意識を持っている。

 コレが光輝の父親、彰浩が望んだ『実験観察』なのだろうか。

 彼の思い通りに事が運んでいたとしても、凛は溢れる思いを抑える事など出来なかった。


「全員100mを2回。しっかりしたフォームで走る事は健康にも繋がる」

 午後の体育も飲食の問題と同じく、ロボットの凛には気を付けなければならないものだった。

 ロボットは疲れない。ダミーの汗は流れるが、疲れたフリをする必要がある。

 そして運動能力も大幅に上昇している為、走るスピードも抑えなければならなかった。


 (12秒位を目標に……そもそも私は運動音痴じゃ無かったんだし)

 何も考えずに走れば、世界新記録を容易く更新し8秒台を叩き出すだろう。

 ニューマンは『人間よりも優れ、人間の助けになる』事を念頭に置いて作られているので、その力はアスリートよりも高い。

 全力疾走していると言う演技も含め、凛は誰にも疑問を抱かせる事無く体育の時間を乗り切った。

「もうッ……嫌になるよね。こんな事して何になるのよ」

「ホントホント。もう2060年だって言うのに……時代遅れの体力テストなんてしてさぁ。

 歩かせるならともかく、ただ走ったって私達の得になんて、ねぇ」


 荒い呼吸、その息の乱れ方、膝に手を置きつつ前屈みの状態で苦しそうな表情を浮かべる凛。

 (演じる事にかけては、ニューマンの右に出るものはいない……か)

 ニューマンの利点は、生きてきた人間の記憶を保持している為その模倣を完璧にこなせると言う点だった。

 過去にあった様々な事柄を一瞬で昨日の事の様に思い出し、その通りに行動する事が出来る。

 (凛と同じ様に笑える。笑い方に一切違和感が無い。

 生前と全く同じ生き方が出来るんだからボロが出る心配も無かったか。

 俺が助けに入るべき時も来るかと思っていたが、考え過ぎだったな)


 寧ろ、秘密を知っている自分こそしっかりしなければ。

 光輝はそう思いつつ、男子グループの輪の中に入りながら凛の横顔を見つめていた。


 一日なら、誤魔化せる。だが一週間、一か月経過したらどうだろうか?

 特に飲食が出来ないと言うのが致命的だ。

 昼食抜きはともかく、クラスメイトから『ジュース飲もうよ』と誘われても断る他無い。

 凛は今まで以上に学校にいる間は自身の言動に気を付け、光輝の近くにいる必要があると思っていた。

「おかしいと思われるのは時間の問題だよ。

 何とかこの生活を続けて、ニューマンが人間の代わりになると認める社会の到来を祈るしか無い」

 学校からの帰り道。光輝の話を聞いていた凛は憂鬱そうな表情を浮かべていた。


「解ってるわ。

 外にいる間何も食べない、水以外の飲料を一切摂取しない人間なんているワケが無い。

 私も辛いのよ。

 空腹感は無いけど、食べ物に関する記憶だってあるから誘惑されそうになってしまう。

 コンビニで大好きなバニラアイスを買い、家に持って帰って食べる事も出来ないなんて」


 人間として生きてきた記憶を持ちながら、突然ロボットとしての生き方を強要される。

 それは苦痛だろう。苦痛を感じながらも、生まれたからには貪欲に生を求めてしまう。

「人間もロボットも、与えられたチャンスを絶対に手放したくないと思うって事か……

 凛だって制約は多々あっても、生きたいと思う気持ちに偽りは無いだろ?」


 人間と同じであるからこそ、ニューマンは死を恐れる。

 普通のロボットならば意思を持たない。破壊される事への恐怖など抱くハズも無い。

 目の前にいる『清川凛』はシャットダウンを拒み、活動し続けようとしている様に見えた。

「折角貰った命だもの。それをないがしろにするつもりは無いわ。

 私も……そして『彼女』も」

 凛Ⅱの話題に触れた為、光輝は話題を逸らそうとする。

「俺、こっちだから。明日また学校で会おう」


 凛と離れようとした光輝だったが、彼女に腕を掴まれ困惑した。

「コウ君、彼女に会わせて」

 下を向いていた為、顔を見る事は出来なかったが、その声には懇願の思いが溢れている。

「無理だよ。君の両親から凛Ⅱと会わせる事は禁止されているんだ。

 君が2人いる所を誰かに見られたらそれだけで致命傷になる。

 彼女はまだ、俺の家から一歩も外に出ていないんだよ」


 凛Ⅱが清川凛に対して遠慮しているのに、その配慮を台無しにすると言うのか。

 何とか彼女に理解してもらおうとした光輝であったが、その決意は揺るがなかった。

「私は、彼女が今何を考えて、コウ君の家に身を寄せているのか知りたいの。

 貴方のプライベートに『私』が介入していて、私が何も知らないと言うのは嫌だわ。

 コウ君の家に遊びに行くなんて、普通の事でしょう?」


 凛Ⅱに対する嫉妬と、自分が蚊帳の外に置かれているかの様な疎外感。

 仲間外れになりたくないと言う強い思いが伝わってくる。

 (ニューマンの手を振り払う事は出来ない。

 俺が了承するまで凛はこの手を離さないだろう。

 俺が凛Ⅱと深い仲になっているのではないかと邪推してるのか……?)


 大好きな人を誰かに奪われたくない。

 それが例え自分と全く同じ人間だったとしても。

 結局光輝は折れ、彼女を自宅に案内する事になった。


 バレなければ大丈夫。

 そんな言葉に縋って危ない橋を渡り続ければ、いずれ橋から落ちるに決まっている。

 光輝はそれを理解していたが、彼より頭が良いハズの凛がそれを理解していなかった。

 感情に強く突き動かされるのが女性であると聞いた事がある。

 ぼんやりと様々な事を考えながら、2人は光輝の自宅の前に辿り着いた。


「鍵はちゃんと持ってなきゃいけない。

 凛Ⅱに玄関での対応をさせる事は出来ないからね」

 母親が家にいる確率は高い。どう言い訳しようか。

 鍵を回して抜き、光輝はドアノブに手をかける。

 その時、凛以外の人間の手が彼の肩を優しく叩いた。


「えッ!?」

 慌てて振り向き、その人物が誰かを確認する光輝。

 凛も不審者かと思い一瞬身構えたが、彼の容貌や服装を見て動きを止める。

「お帰りになるのを待っていましたよ、美輪光輝さん。

 そして、清川凛さん。貴方から是非お話を伺っておきたかった」


 総白髪に無精髭、淡い緑色のスーツにクリーム色のジャケットを羽織った老齢の男性。

 まるで狼の様な鋭い目つき。顔や体格からして普通の人物では無い事は明白だった。

「貴方は一体……誰なんです?」

 おぼろげに答えは把握出来ていたが、それでも聞かないわけにはいかない。

 光輝の質問に答えるかの様に、男は懐から警察手帳を取り出した。


「警視庁、捜査一課所属の加藤と申します」

 顔写真の下に書かれた『加藤かとう虎征とらまさ』と言う文字。

 名前を確認した後2人は改めて彼と向き合ったが、言葉では言い表せない緊張感がその場に漂っていた。

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