第42話 (2/21加筆改稿)不愉快極まる話(※胸糞展開注意)
※この先、かなり不快な内容を含みます。いわゆる『胸糞展開』が苦手な方は読み飛ばしていただいても構いません。
※当作品に暴力行為や法律・法令違反を推奨する意図は一切ございません。
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「ご気分は落ち着かれましたか? カロリーヌ様」
「はっ、はい……ありがとうございます。メリーベルさん」
カロリーヌを連れて応接間を離れたメリーベルは、二階にある彼女の部屋にいた。
明るい色の家具で揃えられた部屋のベッドに腰かけたカロリーヌに、彼女の書き物机の椅子に座ったメリーベルが話しかける。
「こちらこそ、急な申し出をお受けいただいてありがとうございます。カロリーヌ様のお部屋に上がり込む形になってしまい、申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です。気になさらないで下さい」
そう言ってカロリーヌは、先ほどメリーベルが渡したハンカチを握りしめたままぎこちない笑みを浮かべた。
――これは、少し時間が要りそうね。
未だ緊張の解け切っていないカロリーヌを見て、メリーベルはすぐに本題へ入ることを避けた。
メリーベルの推測が正しければ、これから尋ねることはカロリーヌにとって苦痛以外の何物でもない。
聞き方を間違えれば、有力な情報を一切得られないまま終わる可能性が高いのだ。
――確か、こういう時は別の話題で相手の警戒心を下げるのが良いって、ロランが言ってたわね。
「それにしても……きちんとお掃除が行き届いた部屋でございますね。良い掃除婦をお雇いでいらっしゃいます」
「えっ? あ、はい……」
「……」
「……」
メリーベルの思惑は外れ、室内が気まずい沈黙で満たされる。
――うーん、やっぱりロランみたいにうまくはいかないわね。
もとから人の心の機微を読み取るのが苦手な自覚のあるメリーベルは、ロラン式の聞き取りを諦め、潔く頭を下げた。
「申し訳ございません。緊張をほぐせるような話題をと思ったのですが、却って困らせてしまいました」
「え、あっ、す、すみません! 察しが悪くて……!」
「とんでもございません。困らせてしまったのはこちらですから」
「い、いやいやいやこちらこそ!」
「いえ、こちらこそ」
「いやいや」「いえいえ」「いやいやいや」「いえいえいえ」
二人して頭を下げ合ううちに、同じタイミングで揃って頭が上がる。
目が合った瞬間、二人は同時に吹き出して、どちらともなく笑い出した。
「ふふ、うふふふ、ああ、おっかしい! ふふふふふ」
「フフフ、笑っていただけたなら、恥をかいた甲斐がございます」
ひとしきり笑った後、カロリーヌは呼吸を整えてメリーベルを見つめる。
「……ありがとうございます、メリーベルさん。部屋を変えたのも、私が話しやすいようにしてくれたんですよね」
メリーベルは何も言わずに、カロリーヌに微笑んだ。無言の肯定を受け取ったカロリーヌが頷いたのを見て、メリーベルは本題へと入る。
「あなたが攫われてから今に至るまで、可能な限り詳細に教えていただけませんか」
その質問を呼び水に、カロリーヌは自分の身に起きたことをゆっくりと語り始めた。
◆
学園で制服を奪われた後、下着姿のまま目隠しをされて馬車に乗せられ、長い時間をかけてカロリーヌが連れてこられたのは、およそ男爵令嬢にあてがうには豪華すぎる部屋だった。
ライヒェン皇国製の照明の魔道具や、属国クローディア製の絨毯やタペストリーの他、外国から取り寄せた物珍しい品々が並べられていたが、如何せん統一感がなさすぎる。
とりあえず高価なものを片端から寄せ集めただけ、という見立てはそう的外れではないだろう。
『では屋敷の主をお呼びしますので、くれぐれも勝手に部屋から出ないようにお願いしますね』
自分を拉致した事務員の男が無表情でそう言い捨てて出て行った後、そう間を置かずに扉の向こうから、ガショ、ガショ、と妙な足音が聞こえた。
『ああ、お前か! 平民上がりの似非男爵の娘というのは!』
暴言を吐きながら現れたのは、自分よりも五、六歳ほど年上であろう男だった。
金髪碧眼の整った顔立ちではあるのだが、底意地の悪さと言うか、心根の卑しさが表情に出ていて、お世辞にも良い印象は与えない。
やはり値だけは張るであろう、年齢不相応な豪奢な刺繍が施された衣服を纏う男の左足は、どうやら義足らしい。
ガショガショと金属音を立てて左足を引きずりながら、男は挨拶もなしにカロリーヌの頬を片手で掴み、自分の方に向けさせる。
『ハハッ、器量はまあまあじゃないか。まあ顔以外は大した取柄もないんだろう。偶然とはいえ、僕に見初められて良かったな』
あの失礼極まる事務員の男を更に上回る不愉快な言い様に、カロリーヌは堪らず顔を
『……おい、なんだその顔は』
それが、義足の男の
男はカロリーヌの肩に手をかけて寝台へ突き飛ばし、そのまま彼女にのしかかった。
『お前もか。お前も、この足が気味悪いか。ええ?』
恐怖に顔をひきつらせたカロリーヌの上で、男は唾を飛ばしながら
『みんな、皆そうだ。俺の足を見る度に顔を逸らして。眉を顰めて。ええ? 俺が好きでこうなったと思うのか? なあ、おい、なあ、なあなあなあ!!』
男はカロリーヌの髪を掴み上げ、悲鳴を上げるのも構わずガクガクと揺さぶった。
『全部、全部アイツの所為だ! お前と同じ、顔だけが取り柄の平民上がりの娼婦が産んだ、下賤な血!! 庶子の分際で、嫡子の俺以上に父上に気に入られるなんて、あってはならないだろうが!!!』
カロリーヌの頭をシーツの上に乱暴に押し付けた男は、彼女の耳元で息を荒げながら囁く。
『下賤な血が、高貴な血を損ねることなんて、あってはならないんだ。調子づかせないように、きっちり理解させてやらないとなあ?』
◆
「それでっ……義足の男が部屋からいなくなるまで……我慢して、やり過ごしました」
学園で謎の男に拉致されてから自分の身に起きた出来事を、しゃくりあげながら話し終えたカロリーヌに、メリーベルは何も言わなかった。
ハンカチで抑えた口元から零れる、カロリーヌの微かな嗚咽だけが、部屋の中に響く。
「あ、の……父には、どうか……」
「ええ、もちろん。調査の過程で聞き得た情報は、むやみに漏れることはありません」
ほう、安堵したカロリーヌに、メリーベルは努めて穏やかに語り掛けた。
「貴女を連れ去った男と義足の男の他に、どんな人間が居たか、おわかりになりますか?」
「っはい……私の世話をしていた女の使用人が三人と、あと人数は分からないんですけど、何人かの男の人の話し声が、廊下から聞こえてきたことがありました」
「貴女の居た部屋から、外の景色などは見えましたか?」
「はい。いつも雨戸が閉め切られていたのですが、使用人が換気するときに景色が見えました。多分二階で、中庭に面した部屋だと思います」
メリーベルは聞き取った情報を、黙々と手帳に書きつけていく。そのペン先がページを貫かんばかりの筆圧になってしまうのは、致し方のないことだった。
――一体、女を何だと思っているのかしら。
『雄鶏』の任務上、そういった話を聞くことは珍しくない。世の中に溢れるごく当たり前な不幸の一つ。国を守るという任務の裏に蠢く悪意を見慣れ、任務によってはその危険に自ら身を晒して来たメリーベルにとっては、今更過ぎる話だ。
しかし今回のはあまりにも度が過ぎている。
尊厳を踏みにじるとか、そういう問題ではない。女の存在そのものを見下してくる連中に、さしものメリーベルも静かに怒りを燃やしていた。
――全くもって、不愉快極まりないわ……
そんなメリーベルの心情を知ってか知らずか、カロリーヌがおずおずと話しかけてきた。
「あの……突然、こんなことを聞いて申し訳ないんですが……」
「はい、なんでしょうか」
「メリーベルさんって、独身なんですよね?」
――……え?
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