第40話 衝撃の対面

 婚約破棄騒動を起こすきっかけとなった偽の告発文書。

 それを作った疑いのある生徒・カロリーヌの実家に到着したセルジュとメリーベルは、馬車を降り二人いる屋敷の門番に声をかける。


「フランセス王国近衛騎士団の者だ。カロリーヌ嬢はいるか」


 近衛の制服を着たセルジュが如何にも騎士らしい堂々とした口調で問えば、門番は慌ただしく屋敷へと向かった。


『ふーん。セル君、騎士団じゃこんな感じなのね』

『ウッス。近衛がなめられたらダメなんで。申し訳ないッスが、聞き取り中はメリーベルさんにもこの口調で話すんで、ご理解ご協力お願い致しますッス!』

『大丈夫よ、気にしないで』


 伝達術式でそんなやり取りをしていると、屋敷から悪趣味な服の小太りの男性が息を切らせながら走って来た。


「お、お待たせ致しました! 王国近衛騎士団のお方が、一体我が家にいかなるご用件で――」

は何者だ?」

「ヒィ!」


 セルジュが威圧を込めて、名乗りもせずに声をかけたことを咎めつつ尋ねれば、小太りの男性は情けない声を出しつつもどうにか答える。


「ももも申し訳ございません! 私は男爵の位を頂いております、ジャコブ・バーレルと申します!」

「バーレル男爵。娘のカロリーヌ嬢はいるか」

「カッ、カロリーヌにございますか?」


 疑問符を浮かべるバーレル男爵に、セルジュは懐から折りたたまれた紙を広げて男爵の鼻先に突き付けた。


「王族に対し虚言を呈し、さらには複数の貴族令嬢の名誉を著しく損なった嫌疑が掛かっている。庇い立てすれば、貴殿も王城に出頭してもらうことになるぞ」


 バーレル男爵は、突き付けられた紙を凝視したまま、見る間に顔を青くしていく。


『セル君。それは?』

『捜査令状ッス。ドラ息子の処罰軽減を侍従長に訴える代わりに、騎士団長に書いてもらったッス』


 メリーベルが伝達術式で尋ねれば、セルジュは事も無げにそう言った。


『処罰の軽減なんて……そんな軽率な約束してもいいの?』

『あくまで訴えるッス。決定権が侍従長なのは変わりませんし、とも言ってないッスから』


 仮にも自分の上司である近衛騎士団長を、利用するだけ利用すると言い切ったセルジュに、さすがのメリーベルも苦笑せざるを得ない。


『あらあら。いつの間にそんな悪いこと覚えたの?』

『ロランさんに教わりました! 使える権力はフル活用しろとの事ッス!』


 そう締めくくったセルジュに、バーレル男爵が俄かに悲鳴めいた嘆願を始めた。


「お、お待ちください! う、うううちの娘に限って、そのような無体を働くことなど断じて、断じてございませぬ!」

「それをこれから確認する。娘を出せ」


 バッサリと嘆願を切って捨てられたバーレル男爵は今にも倒れそうな顔で戦慄わななくと、突然、セルジュの右手を両手で握りしめる。


「お願い致します! 娘は、さる伯爵家のご子息との縁談を控える身なのです! このような間違った噂が広まれば、破談になってしまいます! どうか、どうか!」


 セルジュの手を握りしめたまま、バーレル男爵は深く頭を下げた。

 メリーベルが横目で見れば、セルジュは冷めた目で男爵を見下ろし――


「どうか、どうかお願い、い、痛、グウウアァア!?」


 懇願する男爵の右手を取ったまま、握りつぶさんばかりの力を込めた。

 堂々たる体躯に見合った握力で右手を締め上げられた男爵は、たまらず呻き声を上げながら地面に両膝を付く。


「……貴族となって日の浅い貴殿には、わからないだろうがな」


 男爵の丸い手に深々と指を食い込ませ、セルジュは淡々と告げる。


「王国近衛騎士団は、王族の守りであり、同時にこの国を守る最後の盾でもある」


 そこまで言ったセルジュは、不意に男爵の手を離した。二人の掌の間から、小さな革袋が地面に落ちる。

 落ちた衝撃で開いた革袋の口から、品のない音を立てて金貨が零れた。


「この程度で揺らぐほど安くはないぞ」


 紫に腫れ上がった右手を抱えてうずくまる男爵に、セルジュは全く感情の乗らない声で言った。


「これが最後だ――娘を出せ」


 ――セル君。すっかり『雄鶏』が身についたわねえ……


 隣で見ていたメリーベルが後輩の成長に感動していると、屋敷の玄関扉がけたたましい音を立てて開かれた。


「待ってください! 父は、父は何も知らないんです!」


 栗色のくせ毛が乱れるのも気にせず、緑色のワンピースの裾を揺らして、一人の少女が屋敷から駆け出して来る。


 バーレル男爵を『父』と呼んだからには、おそらく彼女がカロリーヌなのだろう。そう思ったメリーベルが、セルジュに目配せをしようとしたが。


「……は???」


 セルジュは目を見開き、信じられないものでも見るようにカロリーヌを凝視していた。


「ごめんなさい、お父さん。本当に、ごめんなさい……」

「カロリーヌ……ああ、一体どういう訳なんだ?」


 カロリーヌは今にも泣きそうな顔でしゃがみ込み、バーレル男爵を助け起こした。二人のやり取りに、不自然さは見られない。

 だと言うのにセルジュは一言も発さず固まったまま、カロリーヌを隈なく観察している。


 ――セル君、どうしちゃったのかしら?


 メリーベルは固まったまま動かないセルジュを見かねて、彼の肩に手を置いて声をかけた。


「セルジュ。いかがなされましたか?」

「うおっ! あ、メリーベルさ――」

「セルジュ様。こちらのお嬢様の聴取をお手伝いすればよろしいのですよね?」


 危うくいつも通り『さん』付けしようとしたセルジュの言葉を遮り、メリーベルは『令嬢の聴取を手伝いに来た女使用人』としてニッコリと微笑む。


 その笑みから得も言われぬ圧を感じ取ったセルジュは、わざとらしい咳払いを一つして、カロリーヌに向き直る。


「君が、カロリーヌ・バーレルだと?」

「っ……はい。私が……私が、バーレル男爵家長女、カロリーヌです」


 カロリーヌが父親と共に立ち上がり、ぎこちないカーテシーを披露する。セルジュはそれを眺めた後、重々しく口を開いた。


「俺はフランセス王国近衛騎士団のセルジュ・ヴァレスだ。第一王子ナルシス殿下の護衛として、王立学園に通っている」


 セルジュの言葉に、カロリーヌの手がギュッと握りこまれる。


「直接会話をしたことはないが、学園に通う中で


 セルジュの妙な言い回しに、メリーベルは内心で首を傾げた。


 ――その物言いだと、まるで……



「髪の色や体格こそ似ているが……間違いなく、



 セルジュの言葉に、場の空気が凍り付く。誰もが二の句を告げない中、カロリーヌが引き結んだ唇から喘ぐように言葉を紡ぎだす。


「はい……私は、学園には通っていません。通うことが……出来ませんでした」


 ポロポロと涙を流しながら、カロリーヌはこう言った。



「学園に通っていたのは――なんです」




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