第39話 新たな手掛かり、新たな疑問
「セル君。そんなに落ち込むこともないわよ」
「うぅ~……」
ルシェール子爵邸を辞し、王城でセルジュと合流したメリーベルは、現在街道を走る馬車の中で、正面に座って
「いや、分かっちゃいるんスけどぉ……俺の術式でロランさん傷つけられたってのは、やっぱキツいッスよ……」
そう言ってセルジュが大きなため息を吐くのも無理はない。
昨晩の皇国大使館での
攻撃したのが自分ではない、と頭で理解していても、気分が重くなるのはどうしようもなかった。
メリーベルもそれを察して、さり気なく話題を変える。
「ロランはそんなこと気にしないわよ。それよりも、セル君がこんなに早く有力な手掛かりを掴んでくれたことを、これでもかって褒めちぎるんじゃないかしら」
「ウッス。正直もっと時間かかると思ったんスけど、意外と早く終わったんスよね」
そう。王立学園でメリーベルと別れてから一日も経っていない内に、セルジュは新たな手掛かりを掴んでいた。
彼が気にかかっていたのは、学園内でも屈指の厳重な警備が敷かれる第一王子ナルシスの部屋に『誰が』『どうやって』エミリーいじめの告発文書を置いたのかだ。
侍従長の聞き取りにより、ナルシスの自作自演の線はなし。エミリーもロランの取り調べにより除外。
となると単純に考えて、ナルシスが告発文書を見つける直前に部屋に出入りした者が怪しい。
そこで早朝、回復したセルジュは再び学園に行き、王族用の生徒寮の入退室記録を確認。ナルシスが文書を発見する前に、正攻法で寮を訪れた人間を調べた。
文書が発見される直前に寮に出入りしていたのは、近衛騎士団長の息子――第一王子ナルシスの取り巻きの一人だった。
「王城に戻って近衛騎士団の詰め所から団長の屋敷に伝話したら、もうあっという間だったッス」
セルジュは伝話番の使用人に『近衛騎士団の業務について確認したいことがある』と言って取り次がせ、騎士団長へ『ご子息のことで内密に聞きたいことがある』と伝えた。
騎士団長は、即座に申し出を受け、セルジュを屋敷へと招いたらしい。
立場上セルジュが『
そうして人払いをした部屋の中で、セルジュは『エミリー嬢に唆されたご子息が、偽の告発文書をナルシス殿下の部屋に置いた可能性が高く、騎士団長の息子の行動の裏付けを取りたい』と申し出た。
エミリーが所持していた魔道具の影響と侍従長の折檻によって未だ目覚めない息子の代わりに、学園で息子の世話役として付けた使用人から話を聞くことに成功。
どうやら騎士団長の息子は冬休みの直前、エミリー嬢と自分の婚約者以外にもう一人、未来の主君ナルシスにすら内密に、別の女子生徒と頻繁に顔を合わせていたらしい。
話を聞く限り、その女子生徒が騎士団長の息子に偽の告発文書を渡し、ナルシスの部屋に置かせた可能性が極めて高かった。
「どうして気づけなかったんスかねえ――エミリー嬢のルームメイトのこと」
新たに捜査線上に浮かびあがったのは、エミリーと寮で同室の女子生徒だった。
名前はカロリーヌ。父親は商会を営んでおり、一年ほど前に没落した貴族から爵位を買い取り貴族の仲間入りを果たした、いわゆる成り上がりだ。
エミリー同様元平民から貴族令嬢になったという共通点もあってか、お互いに意気投合し、セルジュから見ても仲の良い友人同士だった。
「仲良いから何か知ってるかもって、昨日すぐ思いつけたらよかったんスけど……」
「無理もないわ。昨日は例の皇太子殿下が、散々に引っ掻き回していったもの」
「あー、俺が戦ったのも皇国の暗部だったッスね……」
二人揃って遠い目になり、馬車の中に一瞬の沈黙が下りる。
「……そういや、俺の術式いつの間に解析されてたんだろ?」
誰に当てた訳でもないセルジュの独り言だったが、メリーベルは確かに、と頷いた。
「学園で固有術式を使ったりはしてないのよね?」
「勿論ないッスよ! 大事な奥の手なんスから」
と言うか、とセルジュが続ける。
「そもそも何で俺に固有術式あるって分かったんスか? それこそドロテアの『
「そうなのよね。ロランが無事に帰って来れたのなら、少なくともドロテア以上の解析能力はない訳だし」
固有術式の有無を調べる場合、既存の術式では相手の体内に解析術式を走らせるしかない。
つまり他人の魔力が体内に侵入するため、気づかれずに調べることはまず不可能だ。それこそ、ドロテアの固有術式で全く感知されない新術式を生み出すことでもしない限りは。
仮に皇太子ギルフリードが『全く感知できない解析術式』の持ち主であれば、ロランの『
一体どうやって、固有術式の存在を確認し、あまつさえ解析までしてしまえたのか。
腕を組んで唸るセルジュに対し、メリーベルはうっすらと心当たりがあった。
ロラン曰く、皇太子ギルフリードは同郷らしい。
すなわちエミリーとナルシス、およびその取り巻きたちの恋物語を知っている人間で、エミリー同様、恋物語に登場する人物の趣味嗜好などを事前に把握できているということ。
しかも、皇太子はエミリーより正確な情報を持っているとも聞いた。
――もしセル君も例の恋物語とやらに出ていたとしたら? そこでセル君の術式を知ったのだとすれば……
思い浮かべて、メリーベルは軽く頭を振った。妙な先入観は判断を誤らせる。ただでさえ難航している調査に、こんな妄想を挟む余地はない。
「おっと、着いたみたいッスよ」
ゆっくりと速度を落とした馬車が、小さな屋敷の前で止まる。どうやら此処が、カロリーヌの実家らしい。
――今度こそ、確たる手掛かりを手に入れる。
セルジュとメリーベルは、互いに視線を交わして頷きあった。
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