第36話 本日三度目の


『ドロテア。侍従長に繋げ、緊急!』

『っはい!』


 皇太子ギルフリードの狙いを察した俺――ロランは、隠し通路から即座にドロテアへ伝達術式を飛ばす。一呼吸置く間もなく、侍従長ジェルマンから通信がつながった。


『ロラン、一体――』

『ファリエール公爵閣下が大使館に来ました。機密書類と引き換えにアンリエット嬢を売る段取りを付けるものかと』


 一瞬の空白の後、術式の向こうから深い溜息が聞こえる。


『そうか……そこまで、馬鹿だったか』


 底冷えするような声で吐き捨て、侍従長は淡々と続けた。


『わかった。公爵の確保と事情聴取をこちらで請け負おう。すまないが、取引前に書類を回収できそうかね?』

『書類を持ち出す瞬間を狙えば』


 ――ホント余計な事しかしねえ公爵閣下だな!


 王城での失言と言い、今回の事と言い、物申したい事が山ほどあるが、今はそんな事を言っている場合じゃない。


『ドロテア、予定変更。ベンノじゃなくて書類を直接狙う』


 ファリエール公爵がギルフリードと接触した以上、ベンノ配下を潰して脅しをかけるという迂遠な手段はもう使えない。

 王国から揺さぶりをかけた所で、公爵と皇太子の間で直接やり取りされては無意味なのだ。


『俺が合図したら打ち合わせ通りに結界を張れ。絶対に公爵と会わせるな』

『了解です!』


 通信を切り上げ、俺はジッと隠し扉に耳をそばだてて機会を窺う。

 服を着替える音の合間に、ギルフリードが口を開いた。


「ベンノ。例の書類を用意しろ」

「かしこまりました」


 ベンノの足音が向かって右側の隅に移動する。

 おそらく金庫か何かだろうか。カチカチとダイヤルを回すような音の後に、キィ、と僅かに蝶番が軋む音を、身体強化した聴覚が拾った。


「お待たせいたしました」

「ふむ。では行くとするか――」


 ――ここだ。


『ドロテア、やれ』

『はい!』


 ドロテアの返事が頭に響くと同時に、隠し扉の向こう側にベンノの動揺した叫び声が響いた。


「なっ、殿下!」


 ダンッ、ダンッ!とドロテアが作った結界を叩く鈍い音に紛れて、俺はゆっくりと隠し扉をスライドさせる。


 部屋の中は真っ暗だった。壁も床も天井も、綻び一つない闇で覆い尽くされた中で、ベンノは脇に大きな茶封筒を抱えたまま、部屋の中央に出現した結界を蹴りつけている。


 ――遮光術式か、流石。


 ドロテア十八番の結界付与によるアシストに感謝しつつ、『夜を纏う者ナイトウォーカー』を起動したままの俺は、以前結界の破壊を試みているベンノの背後を取り、彼の首に二の腕を音もなく巻き付けて絞め上げた。


「――カッ、ハ!?」


 口の中の空気が、乾いた悲鳴となって外へ漏れる。ベンノは俺の腕を掴みながら身をよじって拘束から逃れようとしたが、もう遅い。


 やがてベンノの全身から力が抜け、グルリと白目を剥いて意識を落とした。


 俺は絞め落としたベンノの身体をそっと床に下ろし、傍らに落ちた茶封筒を回収し、踵を返して隠し通路の扉へと戻る。


『書類を回収した。撤収する』

『お疲れ様です、ロラン先輩』


 後はここからおさらばすれば任務完了……――なんて、考えてしまったせいだろうか。


『――先輩! 後方から高魔力反応!!!』


 ――ピシッ、ピシピシッ


 ドロテアがそう叫ぶと同時に、耳に届いたのは連続した鋭い亀裂音。


 咄嗟に隠し通路に飛び込み、身体強化術式を全身に施して即座に入り口から距離を取った刹那。


 ――ドゴオォオオン!!!


 轟音と共に、先程までいた隠し通路の入り口が爆散した。


「はあ……?」

『先輩!!! 走って!!!』


 余りに唐突な出来事に一瞬持って行かれた意識をドロテアの一喝で引き戻され、俺は状況を飲み込み切れないまま元来た道を全力疾走する。


『ドロテア、ねえ、ちょっとまさかと思うけどアレって』

『皇太子ギルフリードです! 信じられない、最高強度の結界を砕くなんて……!』

『マジかよ! セルジュ並みの出力じゃねえか!』


 ドロテアの最高強度の結界は、大砲を至近距離で直撃させてもビクともしないだけの強度がある。

 これを単独で破れるのは俺が知る限りセルジュの『巨人の暴腕タイタンズ・アーム』くらいなものだが、どうやら魔道大国の皇太子なだけあって、強力な魔法を単独で使える程度の魔力量はあるらしい。


『セルジュさん並みっていうか……先輩!』


 だが続くドロテアの言葉に、俺は更なる衝撃を受ける事になる。



!』



 ――……は?


『セルジュの術式? 『巨人の暴腕タイタンズ・アーム??』』

『間違いありません! でも、どうして皇太子が……!?』


 突然の状況変化に予想外の情報。

 どうにか理解できたのは、皇太子ギルフリードが『巨人の暴腕タイタンズ・アーム』を使って侵入者を捕らえようとしているという事。



 ――つまり……捕まったら一撃死ってこと???



『ドロテア!! 俺と皇太子の間に結界を張れ!! 最高強度だ!!』

『は、はい!!』


 ドロテアの返事と共に結界が張られたのを背中越しに確認した俺は、身体強化を全開にして再び逃走を開始。

 だが、一分も立たない内に後ろで再び轟音が鳴り響き、砕け散った魔力の残滓が俺の背中を追い抜いていく。


 泣き叫びそうになる自分を叱咤し、恐怖を必死に堪えながら、俺の命を掴み取ろうとする背後の追跡者を振り切るために、死に物狂いでひた走る。



 ――今度は追われる系ホラーかよチクショウが!!!!!




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