第34話 『魔術創造の工房』



『最強』を定義するのは難しい。何故なら強さの基準は状況よって大きく変わって来るからだ。


 例えば、『百人の人間をいち早く制圧しなければならない』という状況の場合。『生きたまま制圧する』という条件ならば、おそらく俺が知る限り最速はジェレミー兄さん。

 しかしこれが『生死不問』という条件であれば、重力操作の固有術式『巨人の暴腕タイタンズ・アーム』を使えるセルジュに軍配が上がるだろう。


 このように『最強』の基準は設定条件でかなり異なる以上、大抵の場合『最強』を定義する時は『○○という条件で』と付くはずだ。


 特に『雄鶏ウチ』は、俺――ロランを含め、自分の得意属性を固有術式にまで昇華した一芸特化型の工作員が多いため、状況設定は個々の強みを活かすための重要な要素になってくる。


 そして『あらゆる魔法で防御を固めた場所を攻略する』という条件において、最強は誰かと問われれば――


「ドロテア、行けるな?」

「ええ、いつでも」


 ドロテアは礼拝堂の鐘塔から、五十メートル先にある灯りの消えた大使館を見据え、固有術式を起動した。


「『魔術創造の工房アトリエ・オブ・ウィッチクラフト』」


 そう唱えたのと同時に、俺たちが居る空間が不可視の結界によって隔離される。

 物理的防御のみならず認識阻害や魔法感知妨害といった魔法を幾重にもかけた『工房』は、あらゆる魔法の干渉を無効化する空間だ。


「【起動セットアップ】」


 詠唱と共に現れたのは、術式作成用の魔法文字が敷き詰められた入力盤コンソール

 ドロテアを中心に扇形に展開された入力盤の上を、彼女の両手が迷いなく滑っていく。


「――霊脈接続完了。座標指定完了。隠密走査術式起動。指定座標周辺の霊脈走査スキャン開始。術式範囲内の建築物走査スキャン、生命反応の検知及び接続魔道具の検索、開始します」


 言い終わるや否や、彼女の目の前に大使館の見取り図が大写しになった。各階を上から見たその図には、外部の人間が立ち入れない地下や、限られた人間しか知らないであろう抜け道や隠し部屋・隠し通路まで事細かに記されている。


 更に見取り図の上では、各階にある魔道具がまる、そこに居る人間がさんかくで、それぞれマーキングされていた。


 ――相変わらず、とんでもない術式だよなあ。


 ドロテアの固有術式『魔術創造の工房アトリエ・オブ・ウィッチクラフト』は、元々魔法習得用の巻物スクロールを作成するための術式だ。


 巻物スクロール作成術式は、犯罪利用防止のため王国が定めた国家資格を複数獲得することで初めて習得でき、加えて術式習得者は必ず王国が指定する機関への就職が定められている。


 生家が工作員養成施設『雄鶏の家』であるドロテアは、『雄鶏』への加入を条件に、作成術式を魔改造。


 結果、『魔法によるあらゆる干渉を可能にし、汎用・固有を問わず術式を瞬時に作成し付与する』という破格の固有術式『魔術創造の工房アトリエ・オブ・ウィッチクラフト』が誕生した。


 そのトンデモ性能は見ての通り。最新式の魔道具によって守られている大使館の見取り図を呆気なく手に入れ、警備状況まで丸裸にする無双ぶりだ。


「ロランさん、解析完了しました」


 同じ真似が出来る奴はフランセス王国内に二人としていない、まさに魔法戦最強の女こそ彼女――ドロテア・ルシェールなのだ。


「おう、ありがとよ」


 ――さて、俺もキッチリ仕事しねえとな。


 俺はドロテアに礼を言い、地下二階地上三階建ての大使館の見取り図を眺める。


 どうやら地下一階は倉庫、地下二階が警備魔道具の制御室になっているようだ。

 地上部分は一階が来客対応のための階。二階が業務のための階。そして三階が大使のプライベートスペースと考えられる。


 大使館の敷地外に通じる秘密の抜け道が地下一階にいくつか存在しており、侵入および脱出はここを使うのが良いだろう。


 更に大使館の内部では王城と同じような隠し通路があり、巡回する警備の人間に気を付けさえすれば、誰にも見られず地上と地下を行き来する事が可能だが――


「流石っつーかなんつーか……隠し通路にも警備魔道具か」

「並べ方からして、重量感知式でしょうね」


 見取り図内の床にびっしり並んでいる○印に、俺は思わず顔をしかめる。


 俺の固有術式『夜を纏う者ナイトウォーカー』は、熱感知や振動感知、魔力感知なら引っかからないが、重量感知となるとそうもいかない。

 暗闇の中で認識できなくなるだけで、実際に俺の身体が消えてなくなる訳ではないからだ。

 当然、魔道具を踏めば俺の体重に反応して警報が即座に鳴り響き、潜入失敗となるだろう。


 ただし、それは俺が単独だった場合の話である。


「ドロテア。無力化は」

「もちろん、可能です」

「よし」


 警備魔道具の課題はクリア。後は、今回の任務で拉致する目標――ベンノの位置だ。


 皇太子ギルフリードが連れてきたライヒェン皇国の暗部であるベンノは、恐らく皇太子の近くに控えている筈だ。

 必然、彼が居るのは三階のプライベートスペースになる。


「三階の寝室は……ここだな」

「生体反応が二つ。恐らく目標と……皇太子ギルフリードですね」


 皇太子の名を呼ぶとき、ドロテアの声が僅かに低くなったが、致し方ないと聞き流して話を進める。


「寝室に繋がる隠し通路があるから、ここから入るとして。皇太子殿下が居るだけあって、夜間の警備もそれなりだな。戦闘になりゃ、間違いなく増援が来るぞ」


 ドロテアが出した見取り図には、ドアの前に見張りが二人。そして廊下では大使館付きの騎士が二人一組で巡回しており、騎士の詰め所と思しきスペースには更に六人の反応。戦闘になれば最大で合計十人の増援が予想される状況だ。


「ドロテア、結界で寝室だけ隔離できるか?」

「可能ではありますが……皇太子の術式が気になります」

「皇太子の術式?」


 そう言えば、ドロテアは皇太子に王城で結界を破壊されたと報告していた。


「はい。王城で、私が結界に付与していた術式を正確に把握していました。解析系の術式か、あるいは――私と同じ、によるものかと」

「……つまり結界が破られるかもしれないし、最悪は俺の術式にも何かしら影響を及ぼすかもしれない、ってことか」

「恐らくは」


 ただ、とドロテアが続ける。


「極限まで物理防御を上げた結界で目標と皇太子を分断すれば、少なくとも物理的な妨害は止められます。もし皇太子が術式での妨害を試みた場合は――私が直接、止めます」


 その言葉に思わず反論しかけたが、任務の重要度を考えれば強く反対する事も出来ない。

 何よりドロテアの覚悟を決めた顔を見て、俺は結局深い溜息をつきながら頷いた。


「……わかった。だがあくまでは最終手段だってことは、忘れるなよ」

「わかりました――どうかお気をつけて」


 こうして俺はドロテアとの打ち合わせを終え、いよいよ大使館へと侵入するのだった。


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