第32話 奪還作戦、始動


「それじゃあ、今後の方針ですけども……ジェレミー兄さんとデボラさんは、俺の仕切りでいいんですか?」


 ルシェール子爵邸の一室で、俺――ロランは、同じテーブルを囲んでいる二人に確認を取る。


 国王陛下付き侍従のジェレミー兄さんと、王女殿下付き侍女のデボラさんは、俺たち使用人よりも立場が上。

 下の立場である俺が場を仕切ったり二人に指示を出すなんてことは、普段だったら有り得ないのだが。


「いいわよ~。私は王妃殿下からアンリエット様をお守りするよう言われているだけだもの~」

「俺が任されたのは公爵家の問題の処理だ。そこだけ出来れば問題ねえ。侍従長からも『仕切りはあくまでロランお前だ』って念押しされてんだよ」


 二人の言葉に俺は安堵した。現場の方針にが口出しをして指揮系統が混乱する、なんてのは前世だけでお腹いっぱいだ。

 念押ししてくれた侍従長ジェルマンにも後で礼を言おうと考えつつ、俺は話を続ける。


「では改めまして。現状解決しなければならない問題は二つ。皇国大使館にあるとされる『公爵家の重要文書』の回収と、皇国皇太子ギルフリード殿下の今回の婚約破棄騒動への関与を証明する事」


 俺が二本の指を立てて説明すれば、ドロテアが「はい」と挙手をする。


「学園寮に忍び込んだ侵入者の身柄が、関与の証拠にはなりませんか?」

「難しいだろうな。向こうが『関係ない』って言っちまえば終わりだ」


 そう答えると、今度はメリーベルが挙手した。


「表の身分はなにも持っていなさそうなの?」

「ああ。取引に使うよりかは、拘束したまま情報源として生かしとく方向だ」


 その言葉に、デボラさんが嘆息する。


「侍従長の術式が、公的な証拠にならないのは辛いわよね~」

「文句言うんじゃねえ。その証拠探すのが俺らの仕事だ」


 ジェレミー兄さんが締めた所で、俺は再び口を開いた。


「ただ正直、ギルフリード殿下の関与を証明するのは後回しにしてもいいと考えています」

「なっ……!」


 目を見開いて声を上げそうになったドロテアを、メリーベルが視線で制する。


「だな。なにせ向こうは皇太子な上、外交特権があるから裁判が出来ねえ」

「外交官を罷免する権利が陛下にはありますけども~ナルシス殿下が今は、下手を打てないでしょうね~」


 不満気な侍従の二人を見たドロテアは、もの言いたげな顔ではあったものの口をつぐむ。


 ――……後でキチンと、吐き出させてやらねえとなあ。


「じゃあ、まずは公爵家の『重要文書』を回収することからね」


 メリーベルの言葉に頷き返し、俺は話題を公爵家の『重要文書』奪還に変える。


「『文書』はほぼ確実に大使館にあると思われます。新年で使用人の殆どが出払っているであろう公爵家で、侵入者を捕らえるか返り討ちにした可能性は限りなく低いでしょう」


 テーブルを囲む全員が首肯したのを見て俺は続けた。


「早急な解決が求められている問題ではありますが、文書が大使館のどこにあるかを突き止めるにはいささか時間が掛かります」


 何せ持ち出されたのが、公爵家の不正に関わる文書だ。魔道具で警備を固めた大使館内の中でも、取り分け見つけにくいとこに隠されているだろう。たかだか数時間探し回った程度で見つかる場所にあるとは思えない。


 一旦そこで言葉を区切った後、俺は提案する。


「なので探すのに時間が掛かる『文書そのもの』ではなく、文書を持ち出した実行犯――ベンノという男を狙いたいと考えています」


 俺の言葉にジェレミー兄さんの眉が片側だけ上がる。


「捕まえて、侍従長に『視て』もらう気か?」

「それで隠し場所を把握して奪還~? でも~部下が攫われたら却って警戒されるんじゃないかしら~?」


 デボラさんの懸念に、俺はこう返した。


「確かにされるでしょう。でも、

「どういう事ですか?」


 ドロテアの疑問に対して、俺は三本の指を上げる。


「侍従長が読み取った記憶によれば、ギルフリード殿下が今回の婚約破棄騒動に乗じて動かしているのは三人」


 学園寮のナルシス殿下の部屋に忍び込んだレーネ。公爵家から文書を持ち出したベンノ。

 そして、屋敷の外からアンリエット嬢を見張っているマヌエラ。


 そこまで告げた所でメリーベルが「ああ、そういう事」と呟いた。


「つまり、手駒を潰して身動きを取れなくするのね」

「あら~いいじゃな~い。不寝番も要らなくなるし~」


 王城から付いて来たマヌエラがよほど鬱陶しいのか、先程とは打って変わって満面の笑みで俺の意見に賛同するデボラさん。


「ギルフリード殿下の動きを封じるのは良いとして、肝心の文書はどうするんだ? さっきデボラが言ったみてえに、警戒されて隠し場所変えられたら、侍従長に『視て』貰っても無駄になるぞ」


 ジェレミー兄さんの問いに、俺は「ええ」と返す。


「なので、持ってきてもらいましょう」


 その場にいた全員が、信じられないものを見る目を俺に向けた。


「持ってきてもらうって……ギルフリード殿下にか? おい黒チビ、折角手に入れた他国の格好の弱みをそう簡単に手放すと思うか?」

「状況次第では有り得るかと」


 そもそもギルフリード殿下がわざわざ公爵家の不正の証拠なんてものを手に入れたのは、ひとえにアンリエット嬢を自分の婚約者にし、ライヒェン皇国に連れて行くためだ。


 そしてそれは間違いなく、ギルフリード殿下の独断で行われている。


「他国の婚約済みの令嬢を、皇太子の婚約者にして迎え入れる……なんて事を国ぐるみで推し進めている事はまずないでしょう。ほぼ確実に、皇太子殿下は本国に知らせず独自に動いています。


 協力者の三人を潰した所でをかければ、動かせる可能性は極めて高いと考えられます」


「揺さぶり、ってのは具体的に?」


ジェレミー兄さんの問いかけに、俺は一拍置いて答えた。


「皇国大使館に嘘の情報を流します。『国営に関わる重要文書を流出させたとがで、ファリエール公爵家が一族郎党』と」


 フランセス王国では、国営をいちじるしく損なう重罪――例えば、国王暗殺や機密情報の漏洩――には、罪を犯した本人だけではなく、その関係者もまとめて処罰の対象にできる『連座制』が採用されている。


 ギルフリード殿下は『このままだと法に殺される』と言ってアンリエット嬢に亡命をうながしている。

 つまり、相手が最も恐れている展開は『アンリエット嬢が連座制の対象となって処刑される事』だ。


 もしそれが、自分が公爵家の文書を手に入れた事で引き起こされると知ったならば?

 自分の手駒を全て潰され、情報の真偽を確認できない中でたった一人、文書を持ち続けることができるだろうか?


「皇太子殿下の耳に情報が入った機を見計らって、こちらから秘密裏に接触を図ります。

 『書類が盗まれたのは間違いだったと証明できれば、アンリエット嬢の処刑はまぬがれるかもしれない』と言えば、少なくとも無反応という事はないでしょう」


 シン、とその場が水を打ったように静かになる。


 しばしの沈黙の後、口を開いたのはジェレミー兄さんだった。


「……魔道大国の皇太子相手に脅迫かよ……あー、侍従長がお前を気に掛ける理由が今わかった」


 呆れた口調と裏腹に、兄さんの口角は釣り上がっている。


「確かに……あれだけアンリエット様に執心しているなら、効果は高いと思われます」

「流石ロラン君~メリーちゃんが言うだけあるわね~」

「姉さん。今は関係ないわよそれ」


 ギルフリード殿下と実際に対面したドロテアも有効と判断。残りの二人の発言がかなり気になるが、今は我慢だ。


「ジェレミー兄さん。侍従長と関係各所への根回しお願いしていいですか?」

「しょうがねえなあ。やってやんよ」


「デボラさんとメリーベルは、外に居るマヌエラを確保で」

「フフ、は~い」「わかったわ」


 そして俺は最後に残った彼女に声を掛ける。


「ドロテア。ベンノの確保だ、行くぞ」

「――はい!」


 こうして俺たちは、公爵家から持ち出された『重要文書』奪還に向けて、各々動き出したのだった。


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