第29話 まさかのご同類疑惑


「んも、もあうあうロランさん! ほふはれははッフお疲れ様ッス!」


 俺――ロランが医療班の同僚に案内された病室では、寝間着姿のセルジュがベッドでスープに浸したパンを頬張っていた。


「お疲れさん、セルジュ。ああ、ゆっくり食ってろ。喉詰まらせるなよ」

「んっふ」


 セルジュが言われた通りしっかり咀嚼してパンを飲み込む間に、俺は椅子を持ってきてベッドの横に座る。


「怪我した後でガッツリ食って大丈夫なのか?」

「むしろ魔力回復のために食えって言われたッス。登城前に家で食べてきたのが最後だったんで、もう腹減って腹減って」


 俺と話しながらも、セルジュはハムとレタスのサラダにフォークを突き刺して口に運び、シャキシャキと小気味いい音を立てる。

 食べ盛りの十七歳の良い食べっぷりに癒されながら、俺は情報共有を始めた。


「捕まえた女からはさっき侍従長が情報抜いてくれたぞ。お前が生け捕りにしてくれたおかげだ」

「ありがとうございます……てか女だったんスか、アイツ。顔メッチャ殴っちゃいました……」

「次からは一撃で気絶させよ落とそうな。お前も怪我しないし」

「ウッス……」


 反省するセルジュに助言を与えつつ、ふと気付いた事を口にする。


「つか、術式の加減できるようになったのか」


 セルジュの固有術式『巨人の暴腕タイタンズ・アーム』は、セルジュの握力に準拠した威力が出る重力操作の術式だ。

 しかし欠点として威力の調節が困難であり、人間に向けて術式を発動すれば文字通りとなる。


 侵入者の女は重傷でこそあったものの生きていたので、手加減ができるようになったのかとセルジュを見れば、当の本人は渋い顔をしている。


「毒で手が痺れてたんで、潰さず済んだだけッス。逃げられるよりはと思って、ほぼ賭けっした」


 自分の掌を見ながら唇を尖らせていたセルジュは、「でも」と続ける。


「あの時の感覚で術式が使えるようになれば、もっと色んな場面で役立てると思うッス! 期待してて下さい!」


 グッと拳を握って宣言する姿に、思わず俺はセルジュの頭に手を乗せ、ぐりぐりと乱暴に撫でまわす。


「ちょ、わ、ロランさん!」

「おうおう、知らねえうちに一丁前の面になりやがって。城に来たばっかの時とは偉い違いじゃねえか」

「あ、アレは忘れてほしいッス!」



 俺がセルジュと知り合ったのは二年前。侍従長から新入りが近衛騎士として配属されるから、気に掛けてほしいと頼まれたのがきっかけだ。


『戦闘力は文句なしだが、対人関係にやや難あり』というのが侍従長の評価。


 実際、王城に務め始めたばかりのセルジュはかなり周りの目を気にしていて、ちょっとしたミスにも過剰な謝罪をしてしまう気弱で臆病な少年だった。


 空いた時間を見つけては相談に乗っている内に、こんな話をされたことがある。


『俺、来年からナルシス殿下の護衛として一緒に学園に通うんですけど……授業とかで手を抜いたほうがいいんでしょうか』


 これは後から知った話だが。

 セルジュは元々伯爵家の庶子だった。しかも嫡男よりずっと出来が良かったらしい。

 それを妬んだ正妻と嫡男から嫌がらせを受け続けた結果、魔力を暴走させて屋敷を破壊。正妻と嫡男を巻き込んで大怪我をさせたために伯爵家を追放され、豊富な魔力に目を付けた侯爵家が養子として引き取り、『雄鶏』に来たそうだ。


 自分より上の立場の者の機嫌を損ねてしまえば、また伯爵家に居た時のように嫌がらせをされるのではないか。

 せっかく出来た新しい居場所を、また失くしてしまうのではないか。


 そんな強迫観念にも似た思考に憑りつかれ、他人の顔色を過剰なまでに気にしていたために、学園でもナルシス殿下の機嫌を損ねないよう、あえて実際よりも劣っているように見せる方がいいのかと悩んだが故の発言だった。


 ――それがまあ、随分と立派になりやがってよお。


 ここに来るときに侍従長が俺を撫でた気持ちが、なんとなくわかる気がした。



「そ、それよりロランさん! 調査どうなったんスか?」

「ん、ああ。そうだな」


 脇道にそれた話を戻し、俺はセルジュたちと別れてからの経緯を説明する。


 ココット男爵の日記から、エミリー嬢が男爵から逃げるために学園に入学したらしいこと。

 エミリー嬢を地下牢で尋問した結果、婚約破棄の根拠となったデタラメな『証拠文書』に関与していないこと。


 そしてセルジュが捕らえた侵入者が、皇国皇太子ギルフリード殿下の指示でナルシス殿下の部屋に侵入していたこと。

 同時に、ナルシス殿下の婚約者であるアンリエット嬢の実家・ファリエール公爵家から、を持ち出している可能性が高いこと。


 それを聞いたセルジュは、腕を組んで思い切り首を傾げて唸る。


「ギルフリード皇太子殿下が? なんでッスか???」

「心当たりは……ない感じか」


「ないッスね。せいぜい、エミリー嬢ばっか気に掛けるナルシス殿下を遠巻きに見てた程度ッス。それに、もし学園でアンリエット嬢に接触してきたとしたら、ドロテアが黙ってないッスよ」

「そうだよなあ」


 そもそも、とセルジュが続ける。


「ギルフリード殿下が婚約破棄騒動に首を突っ込むことに何の得があるんスかね?」


「『惚れた女を助けたい』だそうだが、どう思う?」

「それだけの為にわざわざ公爵家に忍び込んで、その『重要文書』ってやつを持ち出すんスか? 釣り合わなさすぎるッス」


「普通はそう思うわな。ただギルフリード殿下は、その『重要文書』を餌に、アンリエット嬢に大使館への亡命を持ちかけた」

「亡命ぃ? ますます意味わかんねえんスけど???」


 うがー、と唸りながら頭を抱えていたセルジュだったが――……


「……ん?」


 とこぼしたかと思うと、不意にピタリと全身の動きが止まる。


「どうした?」

「あー……いや、その。何か分かったってわけじゃねえんスけど」


 セルジュらしくもない歯切れの悪さが気になりつつも、俺は彼の言葉を待った。


「えーっと、ロランさん。エミリー嬢と話して、どう思いました?」

「どう……って言われてもなあ」


 自分と同じ転生者。ゲームのストーリー通りに幸せになろうとして、現実とゲームの違いを認識しようとせずに自滅した女。


「まあ、夢見がちだなあ、とは」

「それッス」

「それ?」


 やりとりの意図が分からずおうむ返しをすれば、セルジュは顔を顰めたまま話し始める。


「俺も上手く言葉に出来ないんすけど。エミリー嬢ってんスよ。それこそ、夢見がちっていうか……同じ場所に居るのにっつうか……」


 ――マジかよ、鋭いな。


 本人に自覚はないが、エミリー嬢が前世で得たゲームの知識を基準に生きていたことを見抜いている。

 無意識に本質を掴む洞察力に、俺は内心で舌を巻いた。


「だから、何かしたいのは分かるけど、その方法が現実離れしてて何がしたいのか分からないんスよね。こう、透明な壁一枚へだてて全く別の国があるっていうか、『身分が違うから』で説明できないような不自然さっつうか……」


「あー、言いたい事はなんとなく分かったが。セルジュ、それは今関係あるか?」

「あ、スンマセン! えっと、要するにッスね……



 殿



 まあ『考えなし』って言っちゃったらそれまでなんスけど、でも何て言うか、中身と行動が合ってないっていうか、俺らが認識できない大きな齟齬があるって感じで……ロランさん?」


 セルジュが心配そうに俺を覗き込んできたが、内心それどころではない。


 今のセルジュの言葉で思い出したのは、侍従長と『視た』侵入者の女の記憶。


『……レーネは、学園寮のナルシスの部屋に行け……』


 ギルフリード殿下は、。侵入者の女以外へも、婚約破棄を見越した指示を出していた。

 それはつまり、からではないか。


「うーわぁ……」


 ――魔道大国の皇太子様が、まさかの転生者ご同類疑惑かよ……


 俺はこの先さらに混迷を極めるであろう調査を考え、顔を覆って天を仰いだ。



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