第27話 手の込んだ自殺


『アンリエット嬢、公爵家を出てドロテア嬢と同棲するってよ』


 受話器から聞こえたトンデモ情報に、俺――ロランは固まった。


 視界の隅では侍従長が同じ話をメリーベルに耳打ちしているのを横目に、俺は伝話機を操作して部屋全体に会話が聞こえるようにし、続きを催促する。


「何をどうしてそんなことになったんです?」

『いやホント、アンリエット嬢があんなこと言い出すとはなあ……』


 国王陛下付き侍従の先輩曰く。


 ナルシス殿下の婚約破棄騒動の収拾に回った侍従長の代わりに陛下のお傍にいた先輩は、国王陛下マクシム五世および正妃であるエマ殿下と共に、アンリエット嬢のご家族であるファリエール公爵家の面々との会談にのぞんだ。


『そしたら部屋グッチャグチャな上、アンリエット嬢が錯乱して部屋を出て行っちまったって、家族総出で平謝りでよ』


 どうやら会談の準備が整ったと陛下の使者を返した後の出来事だったらしく、国王夫妻とちょうど入れ違いになったようだった。


 さて、ナルシス殿下との婚約について話し合いに来たのに、当事者であるアンリエット嬢がいないのは困るという事で、陛下が人を遣ろうとした時だった。


 どこから話を聞きつけたのか、ライヒェン皇国の皇太子・ギルフリード殿下が話し合いの場に現れ、『それならば自分が探してくる』と名乗り出たらしい。


「ライヒェン皇国皇太子って、婚約破棄直後にアンリエット嬢に求婚したっていう?」

『そうだよ。惚れた女が泣いてるなら放っとけねえ、つって陛下が何か言う前にさっさと探しに行きやがった』

せわしないですねえ」


『まあ流石に皇太子とは言え、他国の人間に好き勝手歩き回られちゃ困るからな。一人に後をけさせたんだわ。まあその辺りは後で教えらあ』


 そしてしばらくして皇太子殿下がお戻りになり、やや間を空けてからアンリエット嬢がドロテアと共に戻って来たそうだ。


 アンリエット嬢が無断で部屋を離れたことを国王夫妻に謝罪し、陛下たちも実の息子であるナルシス殿下の愚行を謝罪。ようやっと話し合いの場が整ったところで、アンリエット嬢が切り出した。


『しばらく公爵家を離れて自分を見つめ直したい、ってよ。その間どこに住むのかって陛下が聞いたら、ドロテア嬢の実家――ルシェール子爵家だって申し出たんだよ』


 国王夫妻はもちろん、公爵家の面々も寝耳に水だったようで、父親であるファリエール公爵を始めとして家族から猛反対を喰らった。


 しかしこの反応を予想していたアンリエット嬢は、笑顔でそうだ。


『お父様たちが仰るような、「愛想よくして隣で突っ立ってるだけのことも出来ないような、女の身で諫言ばかりする可愛げのない女」だった自分の有り様を自省するお時間をいただきたいのですわ――だってさ』


「うーわ……マジですか」


 アンリエット嬢の言葉の意味を理解した俺は、たまらず天を仰いだ。


 要するに大広間でナルシス殿下から婚約破棄され、大勢の貴族の前で騎士に連行されかけた実の娘アンリエット嬢に、家族全員が暴言を投げかけたと。


 しかも内容がまた大問題。誰が聞いても、王妃という役割を軽んじていることがありありと透けて見える不敬な発言ときた。


 それをアンリエット嬢は、国王夫妻の前で遠慮なくぶちまけやがったのだ。


『いやあ、実の娘に裏切られると思ってなかったんだろうな。慌てまくった公爵がな。


「そのように外で話して良いことと悪い事の区別もつかないから殿下に捨てられたんだ!」


 なんて言っちまってよ』


「あー……それはまた、手の込んだ自殺を……」

『黒チビお前、時々おもしれえ言い回しするよなあ』


 当然、国王夫妻――特に王妃殿下は激怒した。


 息子の不始末を、恥を忍んで謝罪しに来たと言うのに、次期王妃として娘同然に可愛がっているアンリエットを慰めるどころか責め立てた挙句、王族の血統存続に欠かせない王妃の存在を軽視する発言を、よりにもよって王妃を輩出した由緒ある筆頭公爵家の当主がするとは何事か。


『それを怒鳴り散らすんじゃなくて、淡々と言い募るのがなあ……もう、ハチャメチャ怖かったぜ』

「お疲れ様です」


 ぞんざいに慰めると、先輩はまた大きな溜息を吐いた。


『そんなわけで、アンリエット嬢を公爵家に居させることは許さないって王妃殿下が仰って、条件付きでルシェール子爵家で過ごす許可が出たんだよ。


 まさかアンリエット嬢があんな暴挙に出るとか信じられなくてな。だからドロテア嬢が何か吹き込んでけしかけたんじゃねえかと思ってな』


「なるほど。今ドロテアってどうしてます?」

『アンリエット嬢と別室で待機中だ。公爵家との話し合いも、日にちと場所を改める事にしていったん解散』


 んで、ここからが本題な。と先輩が言う。


『アンリエット嬢がルシェール子爵家で過ごす条件ってのが、「王城に務める侍女と使用人をアンリエット嬢に付けること」でな。現場の情報に詳しい奴一人、寄こして欲しいって侍従長に頼みたいんだわ』


「だそうですが、侍従長」

「わかったよ。メリーベルをそちらに送ろう」


 いつの間にか俺の隣に立って伝話機の会話を聞いていた侍従長がそう答えると、受話器の向こうで先輩が大慌てで言葉遣いを改める。


『じ、侍従長!? も、申し訳ございません。お聞き苦しい言葉遣いで』

「簡潔でわかりやすい報告だったよ。他には何かあるかな?」

『は、はい』


 先輩は咳払いをして、先程より声を落として報告した。


『ギルフリード皇太子殿下がアンリエット嬢を探しに行った時、アンリエット嬢に大使館への亡命を持ちかけていたとの報告があります』


 亡命という単語に、執務室の空気に剣呑な物が混じる。

 「まあ、駆け落ち?」と冗談めかして呟くメリーベルの雰囲気も、言葉とは裏腹にまったく穏やかではない。


「ふむ……でもアンリエット嬢は、ドロテアの家に逗留とうりゅうするのだろう?」

『はい。アンリエット嬢は亡命の誘いをはっきりと断っています。ただ、その後が問題でして』


 亡命の誘いを跳ね除けたアンリエット嬢に、ギルフリード殿下はこう言ったそうだ。


 このままでは、あなたはこの国の法に殺される。よからぬ輩に手に掛けられる前に、あなたを助けたい。と。


「……確かかい?」

『はい。ファリエール公爵家の不正をほのめかす発言の後、こう言ったそうです。


 ――証拠は大使館にある、と』


 先輩が言い終えた瞬間、柱時計が夜の十時を告げる。

 ボーン、ボーンと低い鐘の音が鳴り響く中、不意に侍従長と目が合った。


 行けるかい? と唇の動きだけで問われる。


 ――やれやれ、もう一仕事しろってかよ。


 冬の夜の長さを内心で恨めしく思いつつ、俺は首を縦に振った。



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