第16話 現実はいつだって残酷だ


 俺――ロランがナルシス殿下と親しくしていた三人の令息について言及すると、鉄格子の向こうのエミリー嬢の表情がわかりやすく強張こわばった。


「学園では、ナルシス殿下だけでなくご令息の方々と親しくされていたそうですね」

「え、えーとそれは……」


「茶会にも招待されていたと聞いています」

「そ、そうだけど! 違います! やましい事は何もありません!!」


 まだ事実確認の段階であるのに、必死に令息たちとの関係を否定するエミリー嬢。もう、わざとやってるんじゃないかとすら思える反応に溜息を吐きたくなる。


 カンテラを持って俺の隣に立つ侍従長は何も言わない……と言うか、呆れて物も言えないんじゃないか?


「では、どういった経緯で茶会に招待されたのでしょうか」


 そう聞くとエミリー嬢から、意外な答えが返って来た。


「し、就職活動です!」

「しゅうしょくかつどう」


 予想外の返答に思わずおうむ返しをしてしまった俺の事を気にする素振りもなくエミリー嬢は続ける。


「そうです! 私の養父は男爵なのですけど、爵位は一代限りなんです。だから私、学園を卒業したら勤め先を探さなくちゃいけなくて。

 それで、ナルシス様のご友人である皆様の家で雇ってもらえないかと思って、その……面接! そう面接してもらってたんです!」


 先程とは打って変わって、エミリー嬢は自信に満ちた笑みを浮かべている。ドヤ顔、というやつだろうか。


 俺は口元が引き攣りそうになるのをこらえ、どうにか営業スマイルを作り上げて質問を重ねる。


「それで、ご令息の皆様からの反応は」

「はい! 皆様、私が家に来てくれるなら大歓迎だと口々に褒めていただけました!」


 そう言って、やれどの令息が自分の手料理を褒めてくれたとか、この令息に自分の雰囲気は癒されると言われただとかの話を始めたが、俺はそれを咳払いで遮った。


「エミリー嬢。確認したいことがあるのですが」

「? はい、なんですか?」


「その面接に、令息の婚約者であるご令嬢は同席されていましたか?」


 俺の疑問に、エミリー嬢はキョトンとした顔でこう返した。


「なんで令息の皆様の家に雇われるのに、婚約者の方と会う必要があるんですか?」


 その言葉に、エミリー嬢以外の全員が溜息を吐いた。意味の分かっていない当の本人は、怪訝な顔で俺たちを見回す。


「これはこれは……王妃どころか、貴族の奥方の務めすら、まるでお分かりになっていませんでしたか」


 ややあって、ど直球に辛辣な言葉を投げかけたのは侍従長だった。エミリー嬢はひるみながらも、目を吊り上げて言い返そうとする。


「な、なんですか。私の身分が低いから釣り合わないって……」

「身分の問題ではありません。あなたは無知すぎて一般常識すら身についていないと言っているのですよ、エミリー嬢」


 あまりの物言いに二の句を継げなくなったエミリー嬢に、いいですか、と侍従長が続けた。


「この国では、貴族の当主となった男性は家の『外』の仕事をします。すなわち領地や家臣の管理です。領地で作られる作物の収穫量の調査や、領内で起きた問題の仲裁。あるいは社交の場で他家との交流などです。


 当主にそれらの務めに集中してもらうために、家の『内』を整えていくのが、貴族の妻となった女性の仕事です」


 冷ややかな眼差しをエミリー嬢に注ぎながら、侍従長が追い打ちをかける。


「では家の『内』の仕事とは何か。家格や地域により様々ではありますが、王都に住まう高位貴族の妻であれば、最も重要な仕事は……使用人の管理、です」


 その一言に、エミリー嬢が息を呑んだ。


「もしあなたとお話しになったご令息の皆様が、あなたを本当に使用人として雇おうと思っているのなら、婚約者であるご令嬢が同席していない訳がないのですよ。何せ将来、家の『内』の仕事を任される立場なのですからね」


 それに、と侍従長が容赦なく現実を突きつける。


「そもそも、ご令息の皆様に使用人を雇う権限などありませんよ」

「えっ……?」


「当然でしょう。使用人を雇う権限があるのは現当主ご夫妻です。ご令息の皆様はあくまで次期当主であって、実際には何の権限もありません」

「そんな……」


 多分これは、本当に知らなかったのだろう。唖然とした顔で侍従長を見上げるエミリー嬢は、演技をしているようには思えない。


 思い返してみれば、エミリー嬢の母親は幼少時に亡くなっている。ココット男爵も独り身のままで、家の正規の使用人は家令一人。使用人の雇用事情に疎くとも致し方ない環境だ。


 その点を踏まえて判断するに、エミリー嬢と茶会を開いた令息坊ちゃんたちは、彼女を雇う気はなかったのだろう。


 婚約者が決められている令息たちが、学生時代の思い出にと手を出した火遊びか、あるいは――婚約破棄して妻として迎える気だったか。


 ここが乙女ゲームの世界と知った今となっては、貴族社会では有り得ないはずの後者の仮説が十分に有り得そう……と言うか、ナルシス殿下以外の令息をしていればそうなった可能性が高い。


 ――もっとも、エミリー嬢の魅力だけでそう出来たわけではないのだろうがな。


 侍従長が伝えるべきことを伝えたと判断し、俺は本題へと移る。


「そのご令息の皆様が、先程いらっしゃいましてね」

「っ本当なの!? 皆が!?」


 その言葉にハッと我に返ったエミリー嬢が、期待に満ちた目でこちらを見つめる。


 ――もしかして、助けに来たとでも思ったのか?


 まあ確かに、公衆の面前で騎士に連行され、地下牢に監禁された上に侍従長から詰問されて、この数時間でおよそ普通の十六歳の少女が遭わないであろう散々な目にあった彼女からすれば、知り合いが来たイコール助けが来たと連想してしまってもおかしくはない……直前までの文脈を全て無視してでも、だ。


 ゲームの世界であれば、さぞや盛り上がる場面であろう。


 ――でもな、現実はいつだって残酷なんだよ。


 俺はエミリー嬢に向けて、事実だけを端的に述べた。


「ご令息の皆様は、何の権限もなく王命で捕らえているあなたの釈放を要求した挙句、見張り番に暴行を加えたとがによって拘束されております」


 そう告げた瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。



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