第15話 都合のいい事ばかり夢見る乙女


「さて。陛下が後継を改めてお決めになるにあたり、今回の出来事について詳しいお話を伺いに参りました。前置きが長くなってしまって申し訳ございません」


 侍従長は顔面蒼白になったエミリー嬢に向けて慇懃に頭を下げた後、俺の方を振りむいて言った。


「さ、頼むよ」

「はい」


 え? 俺? と思いつつも、条件反射で返事をしてしまった。


 てっきり侍従長が全て吐かせるかと思っていたが……よく考えたら呼びだされてすぐここに向かったから、侍従長と情報共有も何もしていない。


 それに侍従長に魔道具の情報を渡したのは俺だし、尋問の言い出しっぺも俺。そもそもこの任務の仕切りが俺なのだから、指名は当然の流れか。


 そんな事を考えつつも、身体は既に牢の前に向かっていた。一歩横にずれた侍従長の隣に立ち、へたり込んでいるエミリー嬢と視線を合わせるようにひざを折る。

 そして敵意を感じさせないような柔らかな声音と、使用人の仕事で使う業務用スマイルで挨拶をした。


「夜分に失礼します、エミリー嬢。お手数をおかけしますが、いくつか確認したい事がございますので、ご協力いただけますか?」

「――は、はい。わかりました」


 エミリー嬢は俺の対応に、露骨に安堵していた。先程まで侍従長から悪魔のごとく追い詰められていた彼女からすれば、俺の態度は天使か何かにでも見えるのだろう。


 人間、極度の緊張から解放された瞬間は気が緩む。優しくされたらなおの事。


 エミリー嬢は希望が見えたと言わんばかりの笑みを浮かべて俺をみつめている。

 侍従長への恐怖から、優しく見える俺なら自分の境遇に同情してくれるのではないかと期待しているのだろう。


 それゆえに、情報に対するガードも下がる。


「ではまず、簡単な事実確認からいきましょう。あなたがナルシス殿下とお知り合いになったのはいつですか?」


「はい。学園に入学した時です。入学式の会場がわからなくて道に迷っていた所を、ナルシス様に案内して頂きました」


 まずは、答えやすい質問を投げかける。


「その後も殿下にお会いする機会が?」


「は、はい。入学式の日のお礼を伝えてから、お会いするたびお声を掛けていただけるようになりました。


 何度かお会いする内に、お茶会にお誘いいただけるようになって。


 まさか平民生まれの私が、王宮でのお茶会に招待して頂けるなんて思いもよらなくて。

 私のような低い身分の人間には、勿体無いくらい幸せな時間でした」


 ……どうやらエミリー嬢、自分からではなくナルシス殿下からアプローチされて断り切れなかったという方向に持っていきたいらしい。

 ことさら自分と殿下の身分の差を強調し、聞いてもいない事まで話し始めた。


「ナルシス殿下とは二人で茶会を?」

「いえ、まさか! ちゃんと使用人さんたちがいましたよ! 二人きりなんてとんでもない!」


「……その茶会にあなた以外の参加者は、いらっしゃいましたか?」

「それは……いませんでしたけど。でも二人っきりじゃありません!」


 隣を見ずとも、エミリー嬢の言葉に侍従長が呆れているのがわかった。


 貴族の茶会において使用人は同席者ではない、給仕だ。


 レストランで浮気相手と密会して、ウェイターもその場に居たから浮気じゃない! なんて言い訳が通るわけがないのと同じ。むしろ不貞のれっきとした証人だ。


「では、茶会以外で殿下と二人きりになった事はありますか?」

「あ、ありません! そんなの、あるわけないじゃないですか!」


「おや、随分と力強く否定なさいますな。その様子では、疑いも却って深まるというものですよ」


 ここで侍従長がエミリー嬢に再び圧をかけ始めた。


「わ、私がナルシス様とやましい関係にあったって言うんですか?! 一体何の証拠があって?!」


「おやおや。ここに来る前に何をなされたかもうお忘れに? 大広間で殿下とのご関係をお認めになられたではございませんか」

「あ、あれは……っ!」


 口ごもったエミリー嬢に、侍従長が畳み掛ける。


「式典でお召しになっていたドレスもお似合いでしたよ。私の記憶違いでなければ、ナルシス殿下が『自分の瞳と同じも色のものを』と、王室御用達の礼服店に依頼したものです。

 あの時はてっきり、アンリエット様への贈り物かと思いましたが……殿方から瞳と同じ色のドレスを贈られる意味は、ご存知でしょう?」


 侍従長の指摘に、エミリー嬢の視線が左下に逸れた。


 人間の視線の動きは、脳の働きに連動する。左下に動くのは、外部の刺激にどう反応すべきかを判断している……言い訳を考えている時の動きだ。


「それに袖を通し、殿下のエスコートを受け、公衆の面前でお披露目になった。

 あなたのその振る舞いが、殿下とあなたのご関係を充分に物語っていらっしゃいますよ」

「違う!!」


 ここで初めて、エミリー嬢が大声で反発した。


「私は、私はただ贈られたものを受け取っただけよ! そもそも断れるわけがないじゃない! ナルシス様はこの国の王子なのよ!? そんな人に、たかが元平民の男爵令嬢が口答えなんてできると思うの!?」


 全身を震わせながら、なりふり構わず叫び散らしたエミリー嬢は、俯いてハァハァと荒い息を整えると、顔を上げて俺を見据える。


「ねえ、信じて。私は何もしてないの。だからお願い、ここから出して……お願いよぉ……」


 ボロボロと大粒の涙を流しながら哀願し、縋るような眼差しを向けてくるエミリー嬢。


 そんな彼女を、俺は内心で冷ややかに見つめていた。


 ――なるほど、ナルシス殿下については『身分差で断れなかった』で押し通す気だな……


 侍従長からの『仕返し』が効き過ぎたのか、エミリー嬢は身分の差を強調して保身に入っている。これではまともな証言は期待できないだろう。


 こちらの目的は婚約破棄騒動の真相究明。

 具体的には『アンリエット嬢がエミリー嬢に非道な行いをした』という告発文書の出所を探ること。


 今のエミリー嬢だと、仮に関与していたとしても『ナルシス殿下が勝手にやっただけ』とシラを切り通しそうだ。


 学園寮でセルジュが遭遇した不審者の存在から、おそらく今回の騒動の裏側で『何か』を企む人間が、こうして取り調べをしている間にも動いている。

 ここでエミリー嬢のに時間を使うのはいささか厳しい。


 真相究明を急ぐためにも、短時間で言い逃れの出来ない証拠を上げることが必要だ。


「エミリー嬢。あなたがこうした状況に置かれていることは、心苦しく思います」


 俺は柔らかな態度を崩さずエミリー嬢に話しかければ、彼女は涙を流しながら顔を綻ばせる。よしよし、まだ俺の話を聞く耳はあるな。


「あなたの行動が我が国の法の下に正しく判断されるためには、事実をつまびらかにする必要がございます。どうかご協力を願えませんか?」

「ええ、もちろん。だって、私は無実なんですから!」


 ――うん、反省の色がない。


 これは是が非でも法の下に正しく判断キチンと処罰してもらいたいと、俺は自分に都合のいい展開ばかりを夢見る彼女への苛立ちを隠しつつ、次の質問へと移る。


 ナルシス殿下絡みの質問が無意味ならば、違った角度からアプローチするまでだ。


「では質問を続けます――ナルシス殿下と懇意にしていた三人の御令息とのご関係について伺わせて下さい」


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