第13話 地下牢にて

 王城の真下にある、うすら寒い石造りの地下空間。


 等間隔に立ち並ぶアーチで繋がれた白い柱が、明かり取りから入る僅かな光で、暗闇からぼんやりと浮かび上がっている。


 平時は王城内で捕らえた罪人を収容する地下牢、非常時は王族用の脱出経路にもなるその場所を、音もなく早足で通り抜けながら俺――ロランとメリーベルは、エミリー・ココットを捕らえている地下牢に向かっていた。


「それにしても、押しかけた令息たちはどうやってエミリー嬢の居場所を知ったのかしら?」


 エミリー嬢の日記とノートの束を小脇に抱えるメリーベルに、俺は「さあな」と返す。


「何せあんな大勢の前で連行されたんだ。ここに収容されるのは、城仕えの人間ならすぐ見当つくだろ。

 乗り込んだ令息坊ちゃんたち、家の格だけは良いからな。聞き出そうと思えば誰からでも聞ける。エミリー嬢と同時に、坊ちゃんたちの尋問も追加だな」


「それなら、侍従長がもう『視て』るんじゃないかしら?」

「それもそうか」


 侍従長の固有術式を思い出した俺は、弱みやら恥ずかしい過去やらを全て『視られた』であろう令息たちに、ほんの少しだけ同情……いや、する余地ねえかな。

 そいつらも自分の婚約者をっぽってエミリー嬢に入れあげてた訳だし。


 そんな益体やくたいもないことを考えながら地下を進んでいると、地下牢に続く扉の前に、誰かがカンテラを片手に立っていた。


「やあ二人とも。急に呼びだしてすまないね」

「侍従長。お疲れ様です」


 噂をすればなんとやら。待っていたのは俺たち『雄鶏』の長である侍従長ジェルマンだ。


「制圧した貴族の令息たちは、どうされました?」

「適当な空いてる牢に収容したよ。彼らの家には知らせたから、じきに迎えが来るだろう」


 そう言うと侍従長は地下牢への扉を開けて俺たちを先導し、入り口からほど近い檻の中をカンテラで照らす。


 中ではパーティー用の礼服を着た三人の青年が、猿轡さるぐつわをかまされたうえで、両手足を縛られて転がされていた。

 辺りにはかすかに吐瀉物としゃぶつの臭いが漂い、目を凝らせば顔の所々が腫れ上がっていて、相当きついをされた事が伺える。


 逆に言えば、ということだ。


「あまりにも酷い暴れようだったものでね。制圧の際に彼らを『視た』ら、脳への魔力干渉の痕跡があったよ。君の言うとおり、感応系魔道具が今回の件に関与している可能性は極めて高い」


「なるほど……後遺症は残りそうですかね?」


 脳への魔力干渉。人間の身体の中でもひときわ繊細で生命維持に欠かせない器官に、外部から強引に干渉すれば、最悪は廃人になりかねない。これもまた、感応系の魔道具が危険視されている一因だ。


「ふむ。おおよその見立てだが、四、五日も安静にしていれば、効果は切れるだろう。肉体への影響も出ないだろうね」


「わかりました。押収品に、魔道具と思しき指輪はありましたか?」

「なかったよ。おそらくエミリー嬢が隠し持っているんじゃないかな。ロラン、その指輪の詳しい効果はわかるかい?」


「エミリー嬢の部屋から押収した日記の文面から、今の所わかっているのは『相手が自分に好意を向けているかを確かめる効果』があるらしい事です。ただここにいる坊ちゃんたちの様子から察するに、『それだけ』かは疑わしいかと。


 日記はまだしか読めていませんが、エミリー嬢は『好意を推し量る効果』だけは自覚して使っていますね。それ以外の効果については自覚があったか不明です」


「なるほど。指輪の出所は?」

属国クローディアからの移民である母親の形見のようです」


 侍従長は「ふむ」と一度頷いて言った。


「では、この後はどうするね? ロラン」

「差し支えなければ、このままエミリー嬢の尋問に入りたいですね。日記に書いてある事が、全部エミリー嬢の妄想である可能性があってほしいので」


「あら、事実じゃなくていいの?」


 後ろに控えていたメリーベルの問いに、俺は肩をすくめてみせる。


「魔道具絡みの国際問題より、若気の至りで済む方がマシだろ。なにせ俺は平和を愛する小市民なもんでね」


 そう言い終えた瞬間、前と後ろで思いっ切り噴き出す音がした。


「も、もう、バカ! し、仕事中にそ……そんな面白いこと言わないでちょうだいぃ……」


 メリーベルは口元を抑えて震えながら、俺に背を向けてうずくまる。

 一度ツボに入ると笑い止むまでに時間がかかるタイプだ。しばらく放っておこう。


「フ、フフ……『雄鶏』に二十年以上いて……平和主義の小市民、フッ、フフフフ……」


 侍従長も必死に笑いをこらえようとしているが、全く堪えきれていない。


「あー……俺そんな変なこと言いました?」

「い、いや。すまないね。変というわけではないんだが」


 ゴホン、と侍従長が咳払いをして言った。


「『雄鶏私たち』の仕事はつまるところ、汚れ仕事だからね。いつどの任務で死んでもおかしくないし、任務のために仲間を見捨てることも珍しくはない。


 そんな仕事なものだから、犠牲の上にある『平和』を嫌う者も少なくないし、自分は『平和』に暮らせないと諦めてしまう者もいる。


 それでも、一番の古株である君が『平和』を信じてくれるなら、とても頼もしいよ。

 きっと、君の考えや在り方に救われている仲間も多いんじゃないかな」


 いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた侍従長の言葉を、俺はなんとも釈然としない気持ちで受け取る。


「噴き出したこと、はぐらかそうとしてますね……?」


 俺の疑念の眼差しに、侍従長が苦笑した。


「悪かったよ。純粋に褒めているんだ。私も長くこの仕事をしているから、『平和』を信じるというのが中々難しくてね。乱そうとする輩がいつでもどこでも湧いて来るものだから、全くもって気が抜けない」


 侍従長は檻の中に転がる令息たちを冷めた目で一瞥いちべつすると、カンテラを片手に俺たちに背を向ける。


「じゃあロラン。丁度いいことだし、このままエミリー嬢の尋問を済ませてしまおうか」


「了解。立てるか、メリーベル」

「もう、誰のせいよ……了解」


 こうして俺たちはいよいよ、婚約破棄騒動の中心人物であるエミリー嬢と対面する運びとなった。





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