第12話 どう足掻いても手に負えない事態
――うーわマジかよ……感応系の魔道具か!
俺――ロランは思わず口元を覆った。
魔道具には用途によってそれぞれ系統がある。
照明や浄水装置など、生活の質を向上させる実用系。汎用術式を習得するための
そして魔力量の測定や得意属性の判別、尋問用の嘘発見器など、相手の心身の反応を感知するものが感応系だ。
エミリー嬢が所持しているらしい、相手の好感度によって色が変わる指輪なんてのは、まさしく感応系の魔道具の典型だろう。
日記でさも当然のように出て来たことから、彼女に取っては既知の知識。察するにゲーム内で攻略対象の好感度を
そして厄介な事に、文面からしてエミリー嬢は間違いなく、感応系の魔道具を所持していることの意味を分かっていない。
――待て待て待て待て。ゲームでならいざ知らず、感応系の魔道具なんざ、現実でどうやって手に入れたんだ?
この世界での魔道具は、照明などの実用的な品でさえ、王侯貴族の中でも更に限られた層にしか普及していない超高級品。作成系は国の認可を得た魔術師たちが、これまた国の専門機関から許可を得たうえでしか所有できない。
感応系の魔道具に至っては、人間の心身へ影響し、使い方によっては洗脳まがいのことが出来てしまう危険性から、各国によって厳重に管理され、個人での所有は近隣諸国で禁じられている。
たかが一代限りの法衣貴族や元平民の男爵令嬢なんかが、真っ当な方法で手に入れられる訳がない代物だ。
――エミリー嬢はこの指輪を、いつ、どこで、どうやって手に入れた?
口元を覆っていた手が、無意識に顎鬚に向かう。
普通ならある筈のないものが、あってはいけない場所に存在している。
持ち出しが禁じられている指輪の出所。多分これが、今回の騒動の肝だ。
「ロラン、これ」
「ん?」
隣に座っていたメリーベルから差し出されたのは、エミリー嬢の部屋で見つかった、古びたノートの束だ。
「その日記と同じ文字だわ。中身は文書と言うより、表や計画書みたいな雰囲気ね。ノートの古さや字体からして、日記よりもかなり前に書かれたのは確実よ」
「わかった。手紙の方はどうだ?」
「不審な物はなかったわ。でも大した
ほとほと呆れ果てたとでも言わんばかりに肩をすくめるメリーベルを横目に、俺は日記を一度テーブルに置き、一番上のノートを手に取って開く。
『ラブ・クローバー 設定まとめ』
ラブ・クローバー。多分、この世界のゲームタイトルだ。
文字が日記のものよりも
表題だけ書かれた一ページ目をめくった瞬間、俺はノートを両手で閉じた。
「今度はどうしたの? 随分と顔色が悪いわ」
「……控えめに言って、死ぬほどヤバイ」
「わかるように言って頂戴」
笑顔で圧をかけてくるメリーベルに、俺はまず日記を指さして言う。
「あの日記にな、エミリー嬢が指輪型の感応系魔道具を使ってる記述があった」
「なんですって」
驚愕に目を見開くメリーベルの前で、俺は手に持ったノートを指さした。
「で、ここに指輪の出所が書いてあった」
「どこなの?」
「母親の形見、だってよ」
エミリー嬢の母親。属国クローディアからの移民。
「……エミリー・ココットの母親が、持ち出しが禁じられている感応系の魔道具を属国から持ち出して、娘に託していた……ということかしら?」
「もし事実なら、どうあがいても国際問題なんだわ……」
――面倒くせえ事態になりやがった……
俺は今日一番の溜息を吐いて、次の行動を組み立てる。
まずはエミリー嬢が指輪を所持しているかを侍従長に確認し、所持していれば回収・解析。
並行して、エミリー嬢への尋問だ。感応系魔道具は所持だけでも違反だが、意図的に使用していた場合は極刑もあり得る。
属国クローディアで管理されるべき魔道具が、フランセス王国に持ち出された上、王太子に使用されていたともなれば、政治的な判断が必須。
そうなれば、もはや『雄鶏』の手には負えない案件だ。
俺は侍従長に連絡を入れるべく伝達術式を起動しようとしたが――……
『ロラン。今、大丈夫かね?』
「侍従長。どうしました」
それよりも先に、侍従長から連絡が入った。俺の様子を見たメリーベルも伝達術式を起動する。
『エミリー・ココットを収容している地下牢に、貴族の令息三名が押し入ってね。制圧したのだが、どうも様子がおかしい。一緒に見てくれないか?』
侍従長の話を聞いたメリーベルが、俺の前に三枚の便箋を差し出す。
三人の貴族の令息から、全てエミリー嬢宛に。
「……それって、ナルシス殿下の側近候補の令息たちですか?」
『そうだ。どうやら、手掛かりは掴めたみたいだね』
俺が目配せをすると、メリーベルは素早く日記とノートの束を手にソファから立ち上がり、隠し通路の扉を開く。俺も侍従長室の施錠を確認して、彼女の後を追って隠し通路に飛び込んだ。
「すぐ向かいます。ああそれと、エミリー嬢の所持品や装飾品ってどうしてますか?」
『どちらも収容所の管理室に保管してあるはずだ』
「その中に指輪があるか、確認して下さい。エミリー嬢に、感応系魔道具の違法所持の疑いがあります」
『……ふむ。すぐ確認しよう』
伝達術式を切った俺は、メリーベルと共にエミリー嬢が収容されている地下牢へと向かった。
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