第11話 良い女にそんなこと言われちゃたまらない(1/25改稿)


「ねえロラン。どうして私が見た事もない言語を、あなたはすんなり読めたのかしら?」


 メリーベルは据わった目のまま微笑みを浮かべて、俺を注視している。不審な動きをしたら、即座に制圧する気だろう。


 今回の事件の原因であるエミリー嬢。彼女の日記に使われる未知の言語を難なく解読している俺。

 裏で繋がりがあるのではと警戒されるのは当然だ。


 ここが乙女ゲームの世界だった、というショックから立ち直ろうと焦りすぎて、そこに全く気が回っていなかった。


 ――今更とぼけるのは無理だな。さて、どう話したもんか。


 『前世で使ってた言語です』なんて言っても、頭がおかしいと思われるだけだ。

 そもそも前世という概念が通じるかがわからない。フランセス王国では死んだら天国か地獄に行くという思想が一般的だ。

 死後の世界が信じられているならば、生前の世界があるという発想も、そう突飛ではないだろうが……。


 ――俺にとっての死後の世界はここ、何て伝えたらどんな顔されるだろうな。


「あー……まあ、この国に来る前に使ってた言語だ」


 俺は迷った末、ぼかした形で真実を伝えた。

 馬鹿正直に前世なんて言っても信じてはもらえないのは火を見るよりも明らかだし、下手な嘘をついても『雄鶏』の調査能力の前ではすぐばれる。


 ――だからと言って信じて貰えるかどうかは別だがな。


「それは、あなたの故郷の言葉?」


 メリーベルは俺を見据えたまま口を開く。


「そうだな」

「それを、エミリー嬢も使える?」

「そうなる」

「じゃあ、エミリー嬢とあなたは同郷という事かしら?」

「多分な」


 メリーベルは俺から目を離さず、ココット男爵の日記を指さした。


「でも、エミリー嬢が生まれたのはこの国で間違いないわよね? セルジュとドロテアの報告を聞いて、私たちも調べたんだから」

「…………」


 メリーベルは日記を指さした手を持ち上げて、何も言わない俺の首元に這わせる。


 この状態で彼女が固有術式を使えば、俺は為す術もなく死ぬだろう。



「ロラン。あなた、どこから来たの?」



 微笑んだまま俺の首に手をかけるメリーベルを、俺は真っ直ぐ見つめ返す。



「……この世に存在しない国から」



 長い沈黙が、俺たち二人の間に落ちる。ややあって、メリーベルの手が俺の首から離れた。


「……そういうことにしてあげるわ。任務中だもの」


 先程までとは違う、殺気のこもっていない笑みでそう言われ、俺は無意識に詰めていた息を吐き出した。


「さっき驚いてたのは、存在しない筈の国の文字を、この国で生まれた彼女が使ってたから?」

「そうだ……エミリー嬢が同郷とか、今でも信じたくねえよ」


 何の脈絡もなく訪れた命の危機を乗り越え、脱力した身体をソファの背に預ければ、首の後ろを冷や汗が一筋つたう。

 そんな俺を見たメリーベルが、からかうような笑みを浮かべる。


「フフ。それが演技だったら、大した物よ。役者に転職できるんじゃない?」

「俺はあがり症なんだ。裏方くらいが丁度いい」

「嘘ばっかり」


 でも、とメリーベルが続ける。



「あなたの嘘なら騙されてもいいわ」



 そう言って彼女は机の上からエミリー嬢宛の手紙の束を手に取って、目を通し始めた。


 ――……。

 ――え、ちょ、ちょっと待てどういうことだメリーベル!!


 動揺のあまり彼女の横顔を凝視したまま固まる俺の前で、メリーベルは素知らぬ顔で便箋を眺めている。


「? なあに、私の顔に何かついてる?」

「あ、いや、なんでもない」


 メリーベルに指摘され、俺は慌てて手元の日記に目を落としたものの、内心はそれ所ではない。


 ――おおお、落ち着け俺、メリーベルはあれだ。『俺が日本語を読める理由をここではこれ以上追及しないでおく』という意味で言っただけで、他意はない。他意はないはず……。


 ――いや落ち着けるか!! 良い女から突然『騙されてもいいわ』なんて言われて平然としていられる奴なんていねえわ!!


 日頃メリーベルから『同僚』以上の好意を寄せられるような事がないだけに、とんでもない不意打ちを喰らってしまった。


 ただ、メリーベルが『雄鶏』になった経緯に俺が大いに関わっている事もあって、俺にとっては他の同僚より少しばかり、特別な感情があるのは否定できない。


 ――もしその辺の感情を読み取った上で言われたんなら、それこそ騙されてもいいわな。


 そう思ってしまう程度には、俺は彼女を意識している。


 ――……なんて言ってる場合じゃねえんだよな!


 俺はメリーベルに混乱を悟られないよう必死に平静を装いながら、エミリー嬢の日記をめくる。

 こういう時は、仕事に没頭して強引に頭を切り替えるに限る。


『四月二十日 指輪が緑になった。王子の好感度上げは順調だ。でもトマトは黒、要警戒』


 ――指輪?


 新たな情報手掛かりの出現に、浮きたった気持ちが一気に冷める。


 どうやらエミリー嬢は、好感度によって色が変わる指輪を持っているらしい。

 好感度の高いナルシス殿下が緑で、警戒対象のトマトとやらが黒。


「……うーわ」


 文章の意味を理解した瞬間、自分の顔からザッと血の気が引くのがわかった。

 


 ――マジかよ……か!







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