第9話 情報整理


 学園寮でセルジュが侵入者と交戦したと聞き、ココット男爵の屋敷を後にした俺――ロランはすぐに王城へと戻り、再び侍従長の執務室でメリーベルと落ち合った。


「お疲れ、ロラン」

「おう、お疲れさん。セルジュは?」

「命に別条はないわ。治癒術式を起動してたから、回復も早いって」

「そりゃ、なによりだ」


 俺が安堵の息を吐くのを見て、向かいのソファに座るメリーベルが続ける。


「侵入者の方も生け捕りに出来たから、セルくん今回は本当にお手柄だったわよ」

「大したもんじゃねえか。あとで、褒めてやらねえとな」


侵入者向こうも大怪我してるから、尋問はまだできないみたい。今の内に、情報整理しちゃいましょうか」

「だな」


 俺たちはそれぞれ回収してきたものをテーブルに並べた。


 俺に向かって左から、ココット男爵の日記、ナルシス殿下の部屋から回収した日記と手紙、エミリー嬢の部屋から回収した日記と手紙、そして古びたノートの束。


 机に並べた文書の中から、メリーベルがおもむろに男爵の日記を手に取った。


「気を付けろよ、胸糞悪いぞ」

「あら、心配してくれてる?」

「正直読ませたくねえが、仕事だからな。自衛の心構えだけしといてくれ」

「優しいのねえ」


 生ぬるい視線と微笑みを向けられて居心地の悪くなった俺は、ナルシス殿下の日記を手に取って開く。


 結論から言うと、ハズレだった。


 日記の中身は、一日の出来事というより、ナルシス殿下の心情をまとめたものであり、アンリエット嬢への不満、セルジュへの愚痴、取り巻きへの不信が二割ほど。 

 残りの八割は全て、エミリー・ココットへの思いの丈。


『ああエミリー 君は翼の折れた天使エンジェル きっと僕のために天から堕ちてくれたんだね』

『罪深い乙女よ 贖罪のくちづけを僕に捧げてくれ 君の全てを僕が赦そう』


 こんな感じではさまってくる“愛のポエム”に何度か噴き出して、メリーベルから白い目で見られた。


 ――いやあ、若さってすげえな。十年後に本人の前で朗読してやりてえ。


「エミリー・ココットは、養父から逃げ出すために王妃の座を狙ったのかしら」


 男爵の日記を読み終わったメリーベルが、困惑した声を上げる。


「どうだろうな。その日記が書かれた時は、殿下と面識なんてないだろ」


「そうよねえ……いくら養子先が最悪でも、『殿下に取り入って助けてもらおう』なんて発想にはならないわ。ここから読み取れるのも、『学園に入学して養父から逃げよう』くらいね」


「こりゃ殿下の片思いを、エミリー嬢が断れなかった可能性も出て来たな」


 俺は殿下の日記をメリーベルに渡し、殿下宛の手紙の束を読み始める。


 大半は、高位貴族からの茶会や夜会の招待状だ。婚約者のアンリエット嬢の実家・ファリエール公爵家からが一番多く、他には取り巻き連中の家からがちらほら。


 次いで、ナルシス殿下が主催した茶会への出席連絡。婚約者アンリエット嬢からの返信がないのは、彼女が返信しなかったのか、殿下が最初から招待しなかったのか、判別は出来ない。


 そして、エミリー嬢からの手紙が何通か出て来たのだが……


「お手本みてえな社交辞令ばっかだな……」


 その全てが、茶会に招待されたことへの礼状だった。

 内容も要約すると『先日はお茶会にお招きいただきありがとうございます。私のような身分の低い者まで呼んでいただき光栄です』だけで、男女の仲を連想させる文言は一切ない。


 当然、ナルシス殿下に宛てた私信もなかった。殿下の日記から察するに、エミリー嬢から手紙を貰っていたら絶対取っておくはずだし、その日の日記にポエムを量産しているだろう。

 セルジュが侵入者と交戦した後、増援を呼んで部屋を捜索したと聞いたので、殿下宛の手紙を見落とす可能性は低い。


 ただ、侵入者がこちらに見られると不都合な文書を既に処分した可能性も残っているため、結論を急がず一旦保留。


 ナルシス殿下の日記を読むメリーベルの肩が小刻みに揺れているの横目に、殿下宛の手紙の束をテーブルに戻す。


「さて、と」


 いよいよ本命、エミリー嬢の日記だ。


 ここまで読んできた文書から判断するに、エミリー嬢は性的な目で見てくる養父から逃れる為に学園に入学し、そこで出会ったナルシス殿下からのアプローチを受けた。

 しかしエミリー嬢から殿下へのアプローチの痕跡はなく、エミリー嬢が第一王子からの求愛を、身分差ゆえに断り切れなかった……ようにも見える。


 だが、セルジュとドロテアはエミリー嬢を警戒していた。


 殿下の行く先々で遭遇し、親密な関係を築き上げていく。まるで殿だと、報告を受けた『雄鶏』の仲間たちも彼女を危険視した。


 フランセス王国の暗部として、数々の表に出せない案件を片づけてきた同僚たちの嗅覚に引っかかる『何か』は見過ごせない。


 俺は日記を手に取り、一ページ目をめくった。



「…………うーわ…………」



 俺は呻いて、天を仰ぐ。


「ロラン、どうしたの?」

「あー…………うん、まあ、うん」


 余りの衝撃に、怪訝な声で俺を呼ぶメリーベルへの返事もおざなりになる。


 ――マジかあ……マジなのかあぁ……


 打ちのめされる俺の視界の端で、日記の冒頭が否応なく目に入る。







『四月三日 無事、王子ルートに入れたっぽい』


 そう、日本語で書かれていた。



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