雄鶏たちは夜に潜む

第4話 まずは基本の情報収集



「それじゃあロラン、後は君の仕切りで頼むよ。私はまだの仕事が残っていてね。何かあったら、伝達術式を飛ばすように」

「了解」


 侍従長が去った後、俺は頭の中で仕事の内容を整理する。


 今回の任務は婚約破棄の真相究明。具体的には、ナルシス殿下にアンリエット嬢がエミリー嬢をいじめていると告発した人間の特定。


 誰が、何の目的でナルシス殿下を唆したかを調べること。


「うし、まずは関係者の周りを探るぞ。セルジュ、メリーベル」

「ウッス」「はーい」


「これから学園に行って、殿下とエミリー嬢の部屋を家探し。特に手紙や日記の類は徹底的に探せ」


 了解、と二人が頷いたのを確認し、俺の行動方針を伝えた。


「俺はココット男爵家に行く。男爵が娘を焚きつけた可能性もなくはないからな」


 そして、最後に残ったドロテアに向き合う。


「ドロテア。お前には一番重要な仕事を任せる」

「は、はい!」



「アンリエット嬢に、友人として寄り添え」



 ドロテアは虚を突かれたのか、目を何度もしばたかかせる。


「大広間での様子を見る限りだが、アンリエット嬢は相当にこたえたはずだ。無実の罪で捕まるのを誰も止めなかったわけだからな。『周りの誰も信じられない』と疑心暗鬼に陥っていてもおかしくない」


 ドロテアの掌が再び握り込まれる。


 アンリエットが連行された時に追い掛けなかったのは、『雄鶏』としては最善の選択だ。

 でも、ドロテアにとって『この選択をした自分』を受け入れられるかどうかは別問題。


 彼女が『雄鶏』である限り、この先同じような選択を強いられる場面は何度でも訪れる。

 『雄鶏としての最善の選択』を、自分で許せないまま繰り返したらどうなるか。



 ――際限のない自己否定の先には、破滅しかない。



「……だがドロテア。学園の友人で、一緒に加害者扱いされたお前なら、まだ心を許す余地がある」


 俺は彼女の目を真っ直ぐ見つめた。


「まずはアンリエット嬢との信用回復。しかる後に、情報を聞き出せ。これがお前の仕事だ。いいな」

「……っはい! 必ず、必ずやり遂げます!」


 俺は頷き、改めて目の前の三人に言い渡す。


「それじゃあ、各自行動に移れ。定時連絡は一時間ごと。ドロテアは緊急時のみで構わない。成果の有無問わず、22時になったら一旦帰還しろ。質問はあるか?」


「メリーベル了解」「セルジュ了解ッス!」「ドロテア了解しました!」


「うし、じゃあ行動開始」


 そう言うと、ドロテアは真っ先に部屋の隠し通路から飛び出して行き、セルジュが後に続いた。

 最後に残ったメリーベルが、通路に入る前にこちらを振り返る。


「甘やかし過ぎじゃない?」


 メリーベルの言うこともわからなくはない。


 もし婚約破棄の現場に居合わせたのがメリーベルなら、迷わずアンリエット嬢を見捨てて報告を最優先にするだろう。


 仕事に私情を持ち込むのは愚の骨頂。

 特に『雄鶏』の仕事では、一時の情に流されて判断を誤れば、自分だけでなく仲間や、最悪は国を危険に晒す恐れだってある。


 ドロテアは今回ギリギリ踏みとどまれたが、次も踏みとどまれるかはわからない。

 次を踏み外す前に、釘を刺した方が良かったのではないか。


 そう暗に示すメリーベルに、俺は肩をすくめてみせる。


 ――甘ったれた考えかもしれないが、それでもだ。


「アイツにしか出来ねえ仕事を任せただけさ」


 士気、やる気、モチベーション。これらの言葉が証明するように、仕事から感情を切り離すことは出来ない。


 なら仕事と感情の方向性をすり合わせてやるくらいは、こんな汚れ仕事ダーティーワークでだって許されて良いだろう。


 それで仲間が潰れずに済むなら、なおの事。


「物は言いようね」


 小さな溜息と呆れた眼差しを残して、メリーベルは隠し通路に消えた。


「……さて、俺も行くか」



 ◆



 冬の張りつめた空気を浴びながら、誰もいない夜の貴族街を、身体強化術式を発動しながら駆ける。


 俺は給仕服から、夜間隠密用の装備に着替えていた。

 黒の上下に同じく黒革の胸当てと篭手こて。底にナイフを仕込んだブーツ。口元も黒い布で隠し、全身を黒のフード付きマントで覆っている。


 万が一捕らえられても良いように、個人を特定できるものは何も持っていない。


 向かう先は、エミリー嬢の養父であるココット男爵の屋敷。


 ココット男爵は法衣ほうえ貴族――王城で働く為の一代限りの爵位を持つ貴族だ。独身で、結婚歴もなし。


 エミリー嬢を養子に迎えたのは、彼女が十歳の時。彼女の母親はココット男爵家の元メイド。妊娠を理由に暇を取ったが、産後の肥立ちが悪く帰らぬ人になり、エミリー嬢は孤児院に引き取られる。


 そしてメイドの訃報を知ったココット男爵は、エミリー嬢がいる孤児院に寄付をして陰から彼女を支え、彼女が十歳になった時に養子として引き取った。



 ――いやーすてきなお話ですねー。



 父親も分からないメイドの子供のために? 十年近く少なくない金銭を孤児院に渡して? 手のかからない年頃になって初めて身柄を引き取った??


 全くもって吐き気しかしない美談である。


 手を付けたメイドの妊娠がわかった時点で家を追い出し、寄付金と言う名の口止め料と、実子ではなく養子。

 聞く人間が聞けばわかる。愛ゆえの行いではなかったと。


 エミリー嬢は果たして、自分の父親の正体に気付いているのだろうか。


 ちなみに何でココット男爵家のドロドロ事情に詳しいかと言えば、『雄鶏』内でエミリー嬢は『学園で第一王子に付きまとう要注意人物』だから。

 『敵』の情報収集は基本だな。



 まあそれはそれとして。



 今回の婚約破棄騒動、ココット男爵がエミリー嬢を焚きつけた可能性は捨てきれない。


 法衣貴族は一代限りで、しかも薄給。

 学園で出会った高位貴族の令息に娘を嫁がせることが出来れば、姻戚いんせきとして利権のおこぼれに預かれるかも、と考えても不思議ではない。


 実際、ナルシス殿下と一緒に彼女をちやほやしていた取り巻き令息たちは、フランセス王国の次代を担う人材だ。


 宰相の息子、王国騎士団長の息子、宮廷魔術師長の息子――この話をセルジュから聞いた時も『乙女ゲームの世界かよ』って内心でツッコミを入れていた気がする。


 そう言えば、殿下たちの振る舞いは他の生徒にはどう映ったんだろうな。

 確かライヒェン皇国の皇太子の他にも、諸外国から同年代の学生が留学していたはずだ。


 彼らが王位を継ぐ、或いは国の要職に就いた時に、フランセス王国との外交はうまくいくのか――まあナルシス殿下がやらかしてくれたので、今更考えてもせんのない事だが。


「……とか言ってる間に到着っと」


 王城から身体強化術式を起動して駆けること数分。法衣貴族の屋敷がのきを連ねる一画にある、ココット男爵家の屋敷の裏手に辿り着く。


 さて、年末年始のパーティーにはフランセス王国の貴族たち全員が招待されている。当然、エミリー嬢の養父であるココット男爵もだ。


 だがエミリー嬢が拘束され、恐らく男爵も取り調べを受けている最中。

 薄給の法衣貴族の屋敷では、使用人は殆どが通い。居るとしたら主人の帰りを待って不寝番をしている家令だけ。


「それでもまあ、念のため」


 俺は身体強化術式を解除。同時に、固有術式に魔力を回す。



「『夜を纏う者ナイトウォーカー』、起動」


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