閑話 第一王子は自分の正しさを信じている



「どうして私とエミリーが拘束されなくてはならないんだ!」

「勅命にございます」


 フランセス王国の第一王子ナルシスは、右の拳を取調室の机に振り下ろす。

 ダンッ、と天板が悲鳴を上げたところで、取り調べに当たる国王直属の近衛騎士団長は眉一つ動かさない。


「私は婚約者の過ちを正し、見合った罰を与えただけだ! それにエミリーは被害者だぞ! 彼女を捕らえるなど、父上も母上もどうかしている!」


 ナルシスがどれほど声を荒げ、己の正しさを主張しても、騎士団長はナルシスの言葉に頷かず、こう返した。


「殿下、我が国で不貞を犯した人間に如何なる刑罰が処されるかご存知ですか」


「馬鹿にしているのか! 『不貞をした人間が持つ財産の半分を被害者に与え、被害者が望むのであれば離縁できる』だろう!


 !? !」


「……殿下がご自身の不貞をおおやけになさったからです」

「不貞だと? さっきから一体、何のことだ!」


 騎士団長は溜息を吐きたくなるのを堪え、訥々とつとつとナルシスを説き伏せる。


「婚約者を持つ身でありながら、他の女性と意を通じていると、大広間で堂々と宣言されましたね」


 その言葉に、ナルシスの顔が一瞬で赤くなった。


「わっ、私とエミリーの仲を不貞と言うのか?! ふざけるな!! 彼女は私の運命のひとだ!! そのような猥雑な関係と呼ばれる筋合いはない!!」


「意を通じていることはお認めになるのですね」

「くどいぞ! 私が心から愛しているのはエミリーただ一人だ!」


 騎士団長が今度は隠さずに溜息を吐いた。ナルシスは怯むどころか、むしろ彼をあらんばかりの怒気を込めて睨みつける。


 国王たる父の命令で拘束されていると言うのに、ナルシスは依然、己の正しさを信じ切っていた。


 理由はこの取り調べが始まる直前、騎士たちがナルシスを部屋に閉じ込め、騎士団長を呼びに行くまでの僅かな時間にある。



 侍従長のジェルマンが、ナルシスのもとを訪れていたのだ。



「ナルシス殿下、なんと御いたわしい……」


 ジェルマンはナルシスの主張を否定せず、何度も頷きながら話を聞いた。


 エミリーがいじめに遭っていた話に目を覆えば、ジェルマンも同じように目を覆って嘆き。アンリエットの理不尽さにこぶしを握れば、ジェルマンもまた拳を握って憤る。


「殿下の熱意、このジェルマン感服致しました。必ずや、エミリー嬢への仕打ちの真相を調べ上げ、陛下へとご進言致しましょう」

「ああ、頼むぞ! ジェルマン」


 心強い味方を得たと確信したナルシスは、ジェルマンにエミリーがいじめられていた証拠品の隠し場所を教えた。

 エミリーが元平民というだけで陥れようとする輩に見つからないよう、ナルシスだけが知る場所に全て隠しておいたのだ。


「破かれた教科書、切られた制服、汚れた鞄に壊れた筆記具……これらは、エミリー嬢が直接殿下に?」


「いや。匿名の告発を受け、エミリーが授業で寮にいない間を狙って、彼女の部屋から持って来させたんだ。

 彼女は私や友人たちを心配させまいと、自分の受けた仕打ちを誰にも悟られないようにしていたんだよ。何て健気な女性なんだろう……!」


「なるほど。しかし、悟られないように隠していたなら、告発は難しいのでは?」


「なあに、大勢の生徒が通う学園で、絶対に誰の目にも止まらない場所などないだろう。それらの目撃証言を、私の婚約者である立場を盾に取って黙らせていたのだよ、アンリエットめは!」


「左様でございましたか。殿下のご心痛、察するに余りあります。ところで、その告発書は他の生徒が直接殿下に手渡したので?」


「いや。授業から戻ったら、部屋の机の上に置いてあったんだ。誰かが、管理人にでも頼んだのだろうな」


「ふむ……勇気ある告発をした者には、殿下より然るべき言葉を贈る必要があるでしょうな。その告発書を見つけた日付は覚えていらっしゃいますか?」


「ああ、そうだな! アンリエットめの横暴に屈さぬ強い正義感の持ち主だ! 是非見つけてくれ! 日付は確か……」


 こうしてナルシスは、自分が知り得るあらゆる情報をジェルマンに託した。

 彼は自分のよき理解者であり、忠実な臣下である侍従長が自分の正しさを証明するに違いないと信じきっている。

 ゆえに、騎士団長の追及にも頑なに己の非を認めようとしないのだ。


 しかしナルシスは大きな勘違いをしている。


 侍従長は『エミリーが受けた仕打ちの真相を明らかにする』とは言ったが、『王子の正しさを証明する』とは明言していない。


 そして何より、ジェルマンが仕えるのは王でも王子でもなく、フランセス王国である事を、彼は全く理解していなかった。



 ◆



 侍従長の執務室で、ジェルマンとその四人の部下がエミリーへのいじめの告発文書をあらためめ終わると、その中の一人がジェルマンに声をかけた。


「しかし、よくナルシス殿下が証拠やらなんやら侍従長に渡してくれましたね」

「なに、君のおかげだよ。ロラン」


 え、俺? とその部下――ロランは心当たりがなさそうに自分を指さす。


「ほら、前に教えてくれただろう。『話を頷きながら聞くだけで、相手は自分を味方だと思い込む』って」

「あーアレですか。なるほど今の殿下に味方いないから、効果てきめんでしょうね」


「『相手と同じタイミングで同じ動作をする』というのも一緒にやってみたよ。いつもより言いくるめるのがずっと楽だった。どうもありがとう」


 この年で新しい尋問方法を学べるなんて思ってなかったよ、と。


 自分が仕える国の第一王子の無知に付け込み、寄せられる信頼を利用して情報と証拠品をだまし取ったことを、『雄鶏』の長は全く悪びれる気はなかった。


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