マサキさん

「え、なんでここに……」


 クロスケさんに連れてこられたのは、学校の校舎。


『相方、マサキは学校で魔法の勉強をしてるねん。エライやろ』


 クロスケさんが胸をそらす。


「まぁ、土日も部活のあるクラブがあるから、学校自体は開いてるしな」


 天馬先輩が納得したように言う。


『こっちや。学校の屋上が、今の活動場所なんや』

「今の……?」


 私が聞き返す。


『せや。前までは、一年生の教室でやっとったんや。けど最近、いっつも教室を使ってるやつがいるみたいでな、集中できへんからって、屋上に場所を変えたんよ』


 ほな、先に屋上に行ってるで、とクロスケさんは大空へ。


『いいですわね。あたくしも、ああやって大きな翼で大空を飛びたいですわ』


 ペガさんが小さく息づく。


「大丈夫ですよ。きっといつか、ペガさんも自由に空を飛べる時が来ます」


 私が言うと、ペガさんはうれしそうにふわふわと浮かんだ。


『そうですわよね。きっと、できますわよね』


 屋上に上がる前に、一年生の教室を通りかかった。

 すると、確かに一教室がにぎやかなことに気付く。


 少しだけ、廊下の窓の外からのぞきこんでみた。

 中には大量の女子たち。


「うわ、二年生の女子も三年生の女子もいるぜ。何してるんだ」


 天馬先輩が顔をしかめる。一年生の女子がいるのも、分かります。

 私たちは、女子たちの会話を聞こうと、壁に耳をくっつけた。


「久我くんの占い、すごーい、本当に当たっちゃうんだーっ」

「早く私も占ってーっ」


「猫村、久我って知ってるか」

「はい。クラスメートに、久我という名前の男の子がいます」


 久我くんは、私と同じくいつも、教室で一人でいる男の子です。

 見た目はこう言っては悪いですが、これまた私と同じく地味です。

 私と同じく、多分学校を休んでも、出席を取らない限り気づかれない。

 そんな目立たない人です。


「そいつ、占いが好きなのか」

「さぁ。……いつも何か本を読んでいるイメージはありますが、何を読んでいるかまでは、知りません……」

『今はそんなこと、どうでもいいのだ。早く屋上に行くのだ!』


 トシローさんにうながされ、私たちはその場をはなれました。


♦♦


「呼び出してしまって、すまない」


 屋上へのとびらを開けると、クロスケさんを肩にのせた烏谷さんが待っていた。

 彼女は、私たちに笑いかけてくれる。


「いえ、烏谷さんとお話できるなんて、そうチャンスがありませんから」


 近くで見ると、本当にきれいな人。

 女子たちがファンクラブを作ってしまう理由も、分かってしまいます。


「ああ、僕のことは気軽に、マサキと呼んでくれたらいい」

「いやいやそんな! 恐れ多いです!」


 ファンクラブの人たちに、どんな目で見られるか……っ!


「どうやら僕の兄が面倒をかけたみたいで申し訳なかった」


 マサキさんが、深々と頭を下げる。それから、にっこり笑った。


「僕に何か、手伝えることがあればいつでも言ってほしい」

「マサキさんにあやまって頂かなくても……!」


 そう言ってから、あれ、と思う。

 私、普通に今、マサキさんって呼びましたよね?


 天馬先輩は、顔をしかめる。


「なるほど。お前は魔法で、色んな相手をとりこにしていくわけだ」

「人聞きが悪いですね、先輩。僕は、何もしていません」


 マサキさんは、ふっと微笑む。


「僕の得意魔法が、魅了魔法で。それが、香水みたいに周りにまき散らされるだけです」

「サイテーな魔法使いだな、まったく」


 天馬先輩が呆れた表情を浮かべる。


「先輩よりはマシですよ。先輩は、人に嫌われるオーラをまきちらしてるんですから」

「え、そうなんですか?」


 思わず口を挟む。


「ええ、僕が意図せず魅了魔法をまきちらすのと同様に。先輩もまた、自分の意思に反して人から嫌われるオーラをまきちらしているんですよ」


「余計なお世話だ」


 はきすてるように天馬先輩が言う。


「まぁそう言わずに。僕と一緒に行動すればある程度、先輩の嫌われ体質が軽減されます。そして、猫村さんも自分に自信を持って行動できるようになるでしょう」


「何の嫌味だ? お前と一緒に行動しろだと?」


 先輩がまゆにしわをよせる。


「正直に言いましょう。僕は、兄がきらいです。その兄がどうやら、仕事でミスをしたようでして」


 とんがり帽子と魔法石が盗まれたことでしょう。


 私と天馬先輩は顔を見合わせる。


「ミスの内容の、大方の予想はついています。とんがり帽子と魔法石が行方不明になり、一セットが猫村さんのものになった。兄さんは、それを取り返したいのだと」

「そこまで分かってるんだったら、何で俺らを呼び出したんだ」


「再試験を受けるんでしょう? でしたら、僕たちが協力します」

「は?」

「僕のクロスケは、入学試験をトップで合格しています。サイトウを抑えてね」

「サイトウ……?」

『サイトウは、ウチのアニキで、マサキのアニキの相方や』


 すかさずクロスケが答える。


「再試験を受けるには、書類が必要です」

「そうなんですか!?」

「そうなのか!?」


 マサキさんの言葉に、私とそしてなぜか天馬先輩も反応する。


「やはり先輩はご存知ありませんでしたか。再試験を受ける、と言っても魔法使いが許可を出すだけでは駄目なんですよ。ちゃんと書類を用意しないと」


 ヒラヒラと一枚の紙を手に持つマサキさん。


、僕はその再試験の書類を持っています」

「いや、絶対偶然じゃないだろ」


 天馬先輩がツッコむけれど、マサキさんは無視。


「そして、再試験の承認には、少なくとも二人以上の魔法使いか魔女の名前が必要です」

「げっ」


 天馬先輩が絶句する。


「天馬先輩が知っている、この辺の魔法使いは僕と、僕の兄くらいです。僕の協力を断るのなら、兄に頼むしかなくなります」

「それは困りますね……」


 私が天馬先輩を見上げる。


「ここは、マサキさんに協力をお願いしましょう、先輩」

「信用できねぇ! お前、絶対裏があるだろ、裏!!!」


 天馬先輩の言葉に、マサキさんは鼻をならす。


「協力する理由は、シンプルに一つです。兄を困らせたい、以上です」


 ……あれ? さっきマサキさん、お兄さんが嫌いだって言いましたよね。

 本当にお兄さんが嫌いなんだとしたら、関わらないようにすると思うのですが……、構ってほしいのでしょうか。


 首をひねっている私の隣で、天馬先輩は大きく息をはいた。


「烏谷を困らせるために、お前は俺らに協力してくれる。俺らはお前にトシローの再試験の手続きその他を一任する、そういうわけだな?」

「ええ。どうでしょう?」

「信用はしたくねぇけど、その書類の出し方を俺は知らねぇし、お前ら以外の魔法使いを知らねぇし! 仕方ねぇから協力する!!」


 天馬先輩とマサキさんのやりとりは、まるで親子の会話のようです。

 私からも人知れず、ため息が一つ、こぼれ出ました。

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