再試験内容

「はい、それでは約束通り再試験書類を早速書いてみましょう」


 屋上の床に、私たちは仲良く腰かけている。


「僕の名前はすでに書類に書いてあります。隣に、先輩の名前を書いてください」

「お、おう……」


 天馬先輩が書類に名前を書く。すると、マサキさんが顔をしかめる。


「……先輩、これ一応正式な書類なんです。きれいに書いてください」

「うるせぇ。俺は元々、字が汚ねぇんだよっ」

「それでも、もう少し丁寧に書くことはできたでしょう」

「うるせぇ、うるせぇ。そんなんだから、烏谷が嫌がるんだよ」


 ぎゃあぎゃあと言い争いをしている二人。なんだか楽しそうです。


「おい、何笑ってるんだよ猫村」

「いや、楽しそうだなと思いまして」

「楽しくないですよ」


 そう言いつつも、マサキさんもどこか楽しそうです。


「さて、書類は完成しました。あとは頼みました、クロスケ」

「任せとき!」


 マサキさんはクロスケに書類を渡した。

 クロスケは、書類をくちばしにくわえると、飛び立つ。


「すぐ帰ってきますから、ちょっとここで待ちましょう」


 マサキさんはほうっと一息ついた。

 天馬先輩は、立ち上がって景色を眺めはじめる。


 少しの沈黙。


「マサキさんはよく、屋上に来るんですか?」

「まぁね。……教室にいると、他の人の迷惑になるし」

「迷惑」

「うん。……自称ファンクラブの女子がすぐ集まるから」

「ああ、なるほど」


 休み時間になると、クラスメートの女子たちが走って行くのをよく目にします。

 あれは、マサキさんに会いに行っていたのですね。


「僕は僕で、静かに過ごしたいから透明とうめいになる魔法で、屋上まで上がってくるんだ。屋上の扉に、鍵をかけてね」

「ああ、それで休み時間だけ、屋上に鍵がかかっていたんですね」


 クラスメートの会話で聞いたことがある。

 休み時間だけ、なぜか屋上に上がれなくなるんだと。


「キミもちゃんと透明になる魔法が使えるようになったら、ここに来ていいよ」


 マサキさんは、大の字になって寝ころんだ。


「いいんですか? マサキさんの、大切な場所なのでは?」


 私が尋ねると、マサキさんは驚いた顔をする。


「一人で何か考え事をしたり、静かに過ごしたいのではないですか?」

「まぁ、それもある。あるけど……」


 マサキさんはふっと笑った。


「面白いね、猫村さんって」

「そうでしょうか」

「うん、今まで出会って来た女子とは、ちょっと違うみたい」

「私って、変わってますかね……」


 呟くように言うと、マサキさんは私の肩を叩いた。


「そうじゃないよ。キミのこと、嫌いじゃない」

「そういう時は、正直に好きって言え、好きって」


 天馬先輩が遠くを見つめたままで言う。


「ラブじゃなくてライクの方だろ、お前の嫌いじゃない、は」

「当たり前だろ! ……あ」

「認めたな?」


 天馬先輩が意地悪い笑みを浮かべる。


「お、お前のことは嫌いだからな!」

「別にお前に嫌われてても気にしねぇよ」


 ふんと鼻をならす先輩。なんだかさっきとは、立場が入れ替わっている。


「お、帰ってきたみたいだぞ」

「え、そんなすぐに帰って来れるんですか」


 天馬先輩の声に、私も立ち上がって空を見上げた。黒い点が一つ。


『再試験書類、預かってもらったで。それで、これを預かってきた』


 屋上のフェンスに止まったクロスケは、くちばしから何かを落とした。

 マサキさんがそれを手でキャッチする。


 さっき、マサキさんがクロスケに持たせたように書類を丸めたものみたい。

 書類を広げるマサキさん。私と天馬先輩も後ろからのぞきこむ。


「なるほど、再試験の内容が書かれたものです」

『え、再試験ってここで受けるのだ?』


 トシローさんが不思議そうな顔をする。


『あたくし、入学試験は魔法学校で受けましたわよ?』


 ペガさんの言葉に、マサキさんは頷く。


「入学試験は、魔法学校で受ける決まりなのさ。だけど、これは再試験。そして、トシローには既に、魔法石ととんがり帽子が与えられているからね、再試験の内容も変ったのさ」

『確かに入学試験の時点では、ウチら、魔法石もとんがり帽子ももらってへんかったからな』


 クロスケさんも頷く。


「再試験の合格基準は大きく分けて二つ。一つは、魔法が一通り使えて、誰かを幸せにすること。それからもう一つは、とんがり帽子と魔法石を盗んだもう一人を見つけることみたいだ」


 そう読み上げて、マサキさんは鼻を鳴らした。


「どうやら兄さんのミスはすでにバレていて、なおかつ兄さんはまだ、犯人を捕まえていないらしい」

「お兄さんが犯人を見つける前に、とんがり帽子と魔法石を盗んだ相手を見つけないといけないんですね」

「そういうこと」


 マサキさんはウインクする。


「探し物なら任せてよ。僕が魅了魔法をまき散らせば、みんな知っていることを僕に知らせてくれるから」

「ほら見ろお前、やっぱり魔法をまき散らしてるんじゃねぇか」

「きにしなーい、きにしなーい」


 天馬先輩の剣幕もどこ吹く風、マサキさんは自信満々だ。


「二つ目の方は、僕が目星をつけておく。キミは一流の魔女になるべく、先輩の汚い字のノートと、僕が愛用していた教科書で勉強しなよ」


 ぽん、とマサキさんから洋書風の装丁の本を渡される。

 パラパラとページをめくれば、薬の作り方やホウキのお手入れの仕方、呪文一覧など様々なものが載っている。


「先輩はまだ暗記しきれなかったから貸せなかったんだろうけど。魔法使いのバイブルだ」

「そんなもの、お借りしたら悪いです」

「だーいじょうぶ。僕には魅了魔法がついてるから大抵なんとかなるし、大体のことはここに入ってる」


 マサキさんが自分の頭と、肩に乗っているクロスケを指す。


『問題あらへん。ウチが全部内容を暗記してる。しっかり覚えや』

「はい、では遠慮なくお借りします」


 天馬先輩は警戒してるけど、マサキさんもいい人だ。

 こんな大切なものを貸してくれる人ですから!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る