偽物? 本物?
「お遊びはそこまでだ、
声が上から
見上げれば、空を飛ぶ大きなカラスの上に、人がまたがっている。
その人は、カラスと一緒に空から
「魔法石を返してもらおう。とんがり帽子もだ」
『それは、とても大切なものでござる!』
制服の上に短めの黒いケープを羽織った、お兄さんだった。
制服は、私や天馬先輩と同じ中学のもの。眼鏡をかけている。
お兄さんの
前に、公園で見たカラスさんだ。間違いない。
今なら分かる、首にまいた魔法石のついたリボン。
あのお兄さんとカラスさんも、魔法使いなんだ。
「おう、堅苦しいことで有名な
「……天馬」
私の前に立った天馬先輩をにらむ、烏谷と呼ばれたお兄さん。
二年生の天馬先輩と知り合いということは、同じ二年生なのかな。
「知り合い……ですか?」
「あんなやつ、知り合いでも何でもねぇ。ただ、同学年の魔法使いってだけだ」
答えるのも
「偽物魔女プロデューサーとは、ずいぶんと失礼なあいさつじゃねぇか」
「本当のことを言ったまでだ」
怒りの感情が表に出ている天馬先輩とは裏腹に、烏谷先輩は冷静だ。
「そこの猫が持っているとんがり帽子と、魔法石を回収しに来た。どけ」
「どけと言われて俺が、はいそうですかって、どくと思うか?」
天馬先輩が不敵に笑う。
「お前みたいなお高くとまってるやつが、俺は
「嫌いで結構。こちらも、お前と仲良くするつもりは一ミリもない」
そう言いつつ、烏谷先輩は眼鏡を押し上げた。
「そもそも、なんでトシローが持っているとんがり帽子と魔法石を回収するんだよ」
「それが、そいつの持ち物じゃないからだ」
「あ゛あ゛?」
天馬先輩が、
そのすきをついて天馬先輩の肩を押しのける、烏谷先輩。
あっという間に、私とトシローさんの前にやってきた。
「お前は魔法石と、とんがり帽子を盗んだ。あの日、魔法石ととんがり帽子が二セット姿を消した。両方ともお前が持っているんだろう」
『そうに決まっているでござる!』
冷たい表情でトシローさんを見下ろすお兄さん。
なんだか、何を言っても聞いてもらえないような気がします。
「トシローさんは、そんなことはしないです……!」
『そうですわ、そんな、魔法石ととんがり帽子を盗むなんてこと……』
私とペガさんがそう続けて声を上げたとき、後ろから天馬先輩が声をかけてくる。
「……猫村」
「はい?」
私が先輩の方を振り返ると、彼はあごでトシローさんを指し示していました。
いつもの自信ありげな表情はどこへやら、彼はうつむいています。
「トシローさんも! いつもみたいに自信満々に言い返してくださいよ! 自分じゃないって。これは、自分の持ち物だって!」
『……
トシローさんが、小さな声で言った。
「え……?」
トシローさんの言葉が信じられなくて、私は言葉を失いました。
『本当は、ワガハイの持ち物ではないのだ。魔女プロデューサーでもないのだ』
『魔女プロデューサーでは……ない……』
ペガさんも驚いています。
「そいつは、とんがり帽子と魔法石を、勝手に持ち出したんだ」
『その猫は、魔女や魔法使いを育てる資格を持っていないでござる』
理解が追いつきません。
私の前に、『魔女プロデューサー』を名乗って現れたトシローさん。
そのトシローさんが、魔女プロデューサーではない……?
「そんなはずはありません! ちゃんと魔法は使えました」
「それは、魔法石の力だ。そいつの力じゃない」
私の言葉に、烏谷先輩は顔色一つ変えずに言う。
すると、トシローさんが声を上げる。
『悪気はなかったのだ! ワガハイは約束を守りたかっただけなのだ!』
「約束……?」
追いついてきた天馬先輩がトシローさんの前にかがむ。
そして、トシローさんに目線を合わせて問いかけた。
「どんな約束なんだ」
『魔女プロデューサーになって、ある女の子を手助けするという約束なのだ』
『それなら、どうして魔法学校に入学しなかったんですの』
ペガさんの問いに、トシローさんはうつむく。
『ワガハイ、元々はただの野良猫なのだ。だから、入学試験を受けたのだ』
『この野良猫は、入学試験に通らなかったでござる。落第である』
『入学試験に落ちた以上は、プロデューサーになる資格はありませんわ』
ペガさんも、ぷいとそっぽを向く。
『でも、せっかく魔女になろうとしているミスズさんがかわいそうです。代わりの魔女プロデューサーをきちんと用意してあげてくれますわよね?』
ペガさんが烏谷先輩に尋ねる。すると、烏谷先輩は
「それは責任を持って、こちらで用意しよう。……それでいかがだろうか」
「……えっと……」
私はトシローさんを見つめた。トシローさんは目をうるませてこちらを見ている。
『
「コンビが解消されれば、本当にお前は魔女プロデューサーでなくなるからな」
烏谷先輩が冷たく言い放つ。
「コンビが解消され、契約が取り消されれば、もう魔女プロデューサーでなくなる」
『そんなの
「嘘はいけませんし、物を盗んではいけません……よね」
独り言のような言葉が、私の口からもれ出た。
「でも、人に迷惑はかけてねぇぜ?」
天馬先輩が一言、そう言った。
その言葉で、私は思わず天馬先輩を見る。
「確かに、物を盗んだことには変わりねぇ。でも、こいつがお前を選んでなかったら、お前は魔女にはなれてねぇ。それ、分かってんのか?」
『でも代わりの魔女プロデューサーは紹介してもらえますわよ?』
「いや、そういう問題じゃねぇ。そもそも、こいつと出会ってなければ、猫村は魔女になれてねぇ。出会いが嘘だろうが何だろうが、こいつのおかげで猫村は魔女になれたんだ」
「それは、そうですが……」
「ちなみに、契約が出来たってことは、お前とトシローの相性がよかったってことだ。それと、持ち主のいるとんがり帽子と魔法石は、契約できねぇ」
「それってつまり……」
「おい天馬、やめろ」
烏谷先輩が口を挟む。でも天馬先輩は止まらない。
「つまり、トシローが持ってきたとんがり帽子と魔法石は、持ち主がいない状態だった。だから、誰も困ってないし、返す相手もいないんだよ」
天馬先輩はそう言い放ち、烏谷先輩をにらんだ。
「どうせ、管理を任されてた持ち主不在の魔法道具を盗まれたもんだから、責任問題にされるのが嫌で、取り返しに来たんだろ。そんなこと、させねぇ」
「お前には、関係ない」
「いいや、関係あるね。この猫と、その相棒魔女はもう、俺の仲間だ」
そうきっぱり言い切ってくれた天馬先輩が、とてもまぶしく見えた。
「猫村、お前は誰といたいんだ」
天馬先輩は私の方を振り返って不機嫌そうな顔をする。
「お前を選んでくれたトシローか、そうでないプロデューサー動物か」
「私は……」
「嘘から始まったっていい。大切なのは、今だろーが」
天馬先輩の言葉に、背中を押された気がした。
そっか、例え嘘から始まった出会いだった時でも、今一緒にいる。
正直、トシローさんでなくても他のプロデューサーが来て、私が魔女で居続けられるなら、それでいいかもしれないと思ってしまいました。でも、それじゃ駄目です。
「私は、トシローさんと一緒に魔女を続けたいです」
天馬先輩に言われて、私がどうしたいかが見えた。
トシローさんは確かに、最初は私に嘘をついて近づいてきた。
ですが、彼が私を選んでいなければ、私が魔女になることはありませんでした。
非日常が始まることも、ありませんでした。
だとするなら、答えは一つのはずです。
「天馬先輩の言う通り、トシローさんが選んで下さらなければ、私は魔女になっていませんから」
「そういうことだ。……烏谷。俺はこいつらのために、再試験を要求する」
「何?」
今まで無表情だった烏谷先輩の表情に初めて、動揺の色が見えた。
「試験で落ちたなら、また受け直せばいい。受かるまで何度でもやり直せばいいんだよ」
『何度でも……』
トシローが言葉を繰り返す。
「一度駄目だったからあきらめるなんて、もったいねぇ。そんな簡単にあきらめるな」
『わ、悪かったのだ……』
「嘘をついて物を盗んでまで始めたことだ、最後までやりとげろ」
『分かったのだ、頑張るのだ』
自信なさげな顔をしていたトシローさんの顔が、決意に満ちた顔になった。
「再試験には、魔法使いの承認が……」
「俺とペガが承認する。それで問題ねぇよな?」
「……」
どうやら、完全に決着はついたように見えました。
「これからの活動は、こちらも
「勝手にしろよ。今までも監視してたくせに。俺らは俺らで、勝手にさせてもらう」
「それに、もう一セットのとんがり帽子と魔法石の行方が気になる」
「だから、こいつらは持ってねぇって」
「そんな簡単に信用できるか」
はきすてるように、烏谷先輩が言う。
「……お前、そういうところだぞ」
「は?」
「そういう性格だから、友達すくねぇんだよ」
「お前に言われる筋合いはない!」
烏谷先輩は半分怒鳴るように言う。
それから、さっきの天馬先輩のように両肩をいからせて去っていった。
「……ふぅ、帰ったか」
カラスさんに乗って去っていく烏谷先輩。
それについて、他のカラスさんたちも帰って行った。
カラスたちが見えなくなってから、天馬先輩は言う。
「さて、再試験を受けるとなると、今まで以上に頑張らねぇとな」
「先輩、ありがとうございます」
『助かったのだ、ありがとうなのだ』
珍しく、トシローさんもきちんと天馬先輩に謝りました。
「別に、お前らのためだけにそうしたわけじゃねぇ」
天馬先輩は、頭をかきながらそっぽを向く。
「俺がそうしたかったから、そうした。せっかく仲間と呼べる相手ができたのに、そいつともうお別れだなんて、嫌だったから」
「先輩……」
「俺も大した魔法使いじゃねぇ。だから、一人じゃなくて仲間がほしいと思ってた。そんな時に、お前らと出会った。きっとこれも縁だ。大事にしてぇと思ってる」
縁。すてきな響きです。
「ただ、再試験に受かるのは、なかなか大変だぞ。心してかからねぇと」
それに、と天馬先輩は言葉を続ける。
「アイツに一泡ふかせねぇと、俺も気が済まねぇ。ぜってぇ、再試験は受かって、本物の魔女プロデューサーになれよ、トシロー」
『分かったのだ。絶対、本物の魔女プロデューサーになってやるのだ!』
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