地区大会

「絶対勝つぞー! おー!」


 青空の下、元気のいいかけ声が響いている。

 私の通う中学校の試合は、この試合の後に始まる予定。


 私は、天馬先輩の姿を探す。

 そして、金網フェンスの近くに隠れるように立っている先輩を見つけた。


「先輩っ」

「おう、おはよう」


 先輩は、目を細めた。


「どうしてこんな場所に?」

「いや……、思ったよりうちの中学の生徒、来てるから」


 これ、絶対野球部だけの応援じゃねぇ、と悪態をつく先輩。


「他の運動部の大会もあるんだろ、ああ、いやだ」


 茂みに隠れるようにして、先輩は顔だけ出す。

 そうしている間にも、同じ中学の制服の女子が通り過ぎていく。


「あー。これは、サッカー部とか、ですかね」


 運動部の花形、サッカー部。

 サッカー部の練習中は、学校のグラウンドにもたくさん女子が集まる。


「あ゛ー、確かに、このくらいの時期だったか……」


 頭をかく天馬先輩。なんだか、言い方が引っかかったので聞き返す。


「え、天馬先輩もサッカー部なんですか」


「悪いかよ。というかやめたけどな、既に」


 天馬先輩も、女子にキャーキャー言われていた時期があったのでしょうか。

 そんなことをぼんやり考えていると、先輩がぶっきらぼうに言った。


「それで? できたのかよ」

「え? ……あ、はい。宝箱、無事に開きました」


 かばんの中から、宝箱を取り出す。

 先輩は、宝箱を上から下まで眺めた。


「なるほど、そう来たか」

「どうでしょうか」


 私が尋ねると天馬先輩は、軽く微笑んだ。


「いいんじゃね? 初めてにしちゃ、上出来すぎるだろ」


 められて、私は思わずガッツポーズ。


「しかも、相談相手に対する気遣いも感じられる。俺にはない才能だ」

「せ、先輩、褒めすぎです……」


 思わず言うと、先輩は首をかしげる。


「いいじゃねぇか。悪口言ってるわけじゃねぇし」

「いけません。調子に乗ってしまいます」

「調子乗って、さらにいい働きをすればいいだけじゃねぇか」


 ……先輩、さらっとおっしゃいますがそれ、すっごく難しいことです。


 そう伝えようとしたその時、トシローが叫んだ。


『いたのだ! 昨日の相談者なのだ!』


 トシローさんの言葉に、私と先輩は思わず振り返る。

 ちょうど、野球部のユニフォームを着た男子二人が、通りすぎようとしていた。

 そのうちの片方は、確かに見覚えがあった。


「俺も一緒に謝ってやるからさ。なくしちゃってすみませんって正直に言おうぜ」

「だから、失くしたわけじゃないんだって! 宝箱が開かなくなっちゃったんだ!」

「じゃあその宝箱ごと、持ってくればよかっただろ」

「それは……」


 昨日、私達に宝箱をたくした男子生徒は明らかに、落ち込んだ様子だった。


「トシローさん、お願いします」

『猫使いが荒いカイヌシなのだ。困ったカイヌシなのだ……」


 そう言いながら、トシローさんは二人の男子生徒の前に飛び出る。


「あ、お前は昨日の猫!」

「昨日の猫ってなんだよ」


 相談者の男子生徒は、部活仲間の男子生徒に構わず、トシローさんの前にかがむ。

 そして、リボンにくくりつけられた宝箱を見る。


「ここまで届けてくれたのか! ありがとな!」


 そう言いながら、宝箱を手に取る。

 そしてこわごわ、宝箱のふたに手をかけた。


「開いた……っ」


 そして、野球ボールのついたストラップをつかんで、空にかかげた。


「やった! これで謝らなくて済む!」

「そこかよ」


 部活仲間の言葉はまた無視して、男子生徒は宝箱の中をあさる。

 

「え、これって……」


 男子生徒が手に取ったのは、手紙と小さな南京錠と、鍵。


「無事に宝箱は開きましたので、お返しいたします。それから、よければこの南京錠と鍵をこれからはお使いください。くれぐれも今度はなくさないように! ……もちろんだ、本当にありがとう!」


 男子生徒はトシローさんの右前足をつかんで、上下に振る。

 どうやら、あくしゅをしているみたいです。


「あの南京錠と鍵も、魔法で出したのか?」

「いえ、あれは家にあったものです。使ってないので、差し上げることにしました」


 私の言葉に、天馬先輩はふむふむとうなる。


「なるほど、全部魔法で解決しようと思わなくてもいいわけだ。確かに、そうだな」

「はい。使えるものは、そのまま利用しようと思いまして」


 ものの大きさを変える魔法は使いましたが、南京錠と鍵は、家にあったものです。

 わざわざ鍵を閉めていた人なので、鍵と南京錠があった方がいいと思ったのです。


「ありがとなー」


 そう見送られて、トシローさんが私達の元へと帰ってきました。


『ワガハイ、今、とっても気分がいいのだ』

「見たら分かります」


 いつもより、おひげがピーンとなっています。


『あ、来ましたわよ』


 ペガさんが言う。


「何がでしょう」

『何がなのだ』


 私とトシローさんの声が重なる。


『魔法のかけらですわ』


 ペガさんの言葉とほぼ同時。

 リボンの上についた魔法石が、ゆっくりと光り始める。


 光がおさまった時、先ほどまでより魔法石がきらきらしていました。

 中に入っている魔法のかけらも、増えているような気がします。


「やりました! 自分たちで魔法のかけらを集めることができました!」

『これで、魔女プロデューサーとしても一歩前進なのだ!』


 私とトシローさんは、抱き合う。そんな時。


「お前ら、こっちに寄れっ」


 天馬先輩の鋭い口調が響いた。

 あわてて喜び合うのをやめて、天馬先輩の傍らに身を置く。


『さっきから、カラスがうろついているとは思っていましたけれど……』

「まさか、本当に俺らを見張ってたのか……」

「カラス!?」

『カラスなのだ!?』


 私とトシローさんの声がまた重なる。

 カラスさんと言えば、トシローさんと初めて会った時のことを思いだす。

 あの時、トシローさんを襲っていたのもカラスさんでした。


 見上げれば、何羽ものカラスさんが近くの電柱やフェンスの上に止まっていた。

 どうして今まで気づかなかったのでしょう。

 いくら、嬉しくて我を忘れても、気づいておかなければなりませんでした。


 反省しても、もう周りはカラスさんだらけ。絶体絶命のピンチです!

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