8

 俺は念のため行くはずだった公園、数時間前に行った楽器店に立ち寄ったが、案の定二人の姿はなかった。

 駅に着いて、改札を通ろうとポケットを探っていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、彼女がおびえたような顔をしていた。


「見えてるやんね?」


 声も震えている。もしかして大津さんと合わせるのはやはり危なかったか。


「見えてるよ。もちろん」


「だったら反応せい!」


 彼女は俺のお腹を強く押した。思わずよろける。


「今、目の前素通りされたんやけど」


「まじ? 気づかなかった。ほんとにごめん!」


「ほんとに、びっくりしたんやからぁ……」


 彼女は泣きそうな顔で、駅前のベンチに座るように促す。


「大津さんとは、上手くいった?」


 俺はカバンを膝の上に置いて、彼女が座ったのを確認してから問いかける。


「うん、全部話した。カフェに住み込みなんて危ないからって、千景の家に来るよう誘われたんやけど、今度遊びに行くってことで解決した。知り合いに迷惑かけるのははばかられるし。でも次会う時は、君の方が注意せんといかんよ?」


「え、なんで?」


「会ってたこと、千景に話してなかったやろ? 教えてくれたらよかったのにって言ってた」


「うわあ……やだなぁ。学校休もうかな」


 彼女は手を、俺がカバンの上に置いていた手に重ねるように乗せ、


「だめ。しかも夏休み中やし、休む以前の話」


と息が顔にかかる距離で注意してきた。思わず息を止めてしまう。彼女が離れてから息を吸い、口を開く。


「いや学校で会うからさぁ。それに駅でも鉢合わせるし」


「仲いいんや」


「まあ、いい方だとは思うよ。バンドの面々と同じぐらいかな。この夏休みで一気に」


「そっか」


 彼女は立ち上がって、駅の電光掲示板を指した。あと三分で電車が来る。俺は腰を上げようとした。その刹那。

 俺はベンチに押し付けられ、そして体を押し付けられた。状況を飲み込むと同時に顔が赤くなってくる。


「え、ちょっと」


「お、藤司やん」


 俺の下の名前を呼んだ、軽音楽部の部員の一人がベンチの前に立っていた。


「どした?」


「いや、電車来るまで待ってようかなって」


「そっか。てっきり暑さでやられたんかと思った。顔赤いし」


 じゃあまた、と彼は駅に歩いて行った。俺は見送った後、自分の体に回された手に気づき、それはすぐにほどかれた。彼女の顔は逆光でよく見えない。でも彼女の顔が赤くなっているのは、なんとなくわかった。


「普段はこういうことしない。これで私が言ってたことを、改めて信じてもらえたと思う。もし、私がこのままでも、一緒にいてくれる?」


「も、もちろん」


 思わず言葉が詰まりかける。


「じゃあね!」


 彼女は走ってカフェの方に走っていった。

 呆然とした俺がベンチを立った時には、駅からたくさんの人が出てきていた。

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