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彼女と再会を果たした日以来、部活で忙しい日が続き、なかなかカフェに行く機会が確保できなかった。休日も練習に忙殺され、心身ともに疲れる中でも、大津さんからの相談は極力乗るようにした。帰り道の電車で、彼女のことや『次会った時の一言』はもちろん、大津さん自身のことや部活についても相談を受けた。結果今年は県大会に進むことができたものの、今は盆休みが無くなるとか、さらに演奏について思うところとかを嘆いている。
「私、ここってもっと粒そろえた方がいいと思うんやけど、先生は柔らかくなじませようとしてるんよ。どう思う? おかしいと思わへん?」
と、フルスコアというすべての楽器の楽譜が載っている冊子を見せられる。見方は一応わかるが、軽音用のものと比べてずっとごちゃごちゃしているため、何回か見せてもらった今でも目が疲れる。耳から聞こえてくる音源は少しノイズが入っているし、録音場所の関係かシンバルがうるさすぎて、大津さんの言うところはあまり聞こえない。
「そんなこと言われても、録音音源を聞いただけじゃあんまりわかんないなぁ」
「わかんないのが問題なんよ。もっと存在感あった方がええと思う。裏メロをガンガン出すのが、吹奏楽の面白さだと思うんよ。もちろん主メロを食っちゃうのはだめやけど」
「とはいえ俺軽音だしな。吹奏楽に関しては素人同然だし音痴だし音感ないし」
「そんなに卑下せんといてよ。申し訳なくなるやん。それに島野くんはベースやろ? 中低音パートの気持ちがわかるんちゃう?」
「まあベースはベースの仕事をやればいいって思うけどな。たまにソロパートももらえるし、聞かせどころもあるし。そうじゃないところはしっかり支えるのがいいと思う」
「もう無理。絶交ー」
突然イヤホンから耳が解放され、最寄り駅の名前が聞こえる。
「あ、もう着くじゃん」
「え、危な。助かったぁ」
俺たちは電車を降り、ホームのベンチに腰掛ける。
「そういえば、島野くんって標準語よね。でも私とかが喋る方言も大体理解してくれているみたいやし」
「まあ、俺はここに来てそこそこ経ってるから。大体六年くらい。でも言葉はうつらなかったな。家族もみんな標準語だし」
「そうなんや。すごく言葉きれいだと思って」
「きれいって、そもそもみんなの方言も語尾が変わるだけで、内容は理解できるよ。他のみんなもそうだと思う」
「気にしてるのは私たちの方なんかもね」
帰ろっか、と大津さんは立ち上がった。
ああ、今日も言えなかった。
俺は半月ほど、大津さんと度々顔を合わせているが、彼女と会ったことは一度も言っていない。あの場所にいると大津さんが知ったら、いよいよ会えなくなると思ったからだ。彼女にゆっくり話していいと言った手前、『大津さんと会うこと』はきっと大きなショックになるはずだ。もちろんいいことでもあるのだが、それは今すべきではないと思う。
明日、カフェに行く。半月ぶりに。
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