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テストと、浮かれた気分の避難訓練が終わった教室は、セミに負けないやかましさだった。今日は長い職員会議があるため、全ての部活動は休みだ。そのため周りでは昨日以上に遊びの約束が飛び交った。
「なあ、お前も行くよな?」
「あー……ごめんちょっとパス。用事あって」
「まじか。それはしゃーないか。でももったいないな、せっかく部活オフなのに用事あるなんて、報われ無さ過ぎ」
「また別の機会で。すまん」
手を振る彼とその他を見送った時には、もう教室の中はまばらになっていた。俺はカバンを持って教室を出て、どこか学校の中で時間をつぶせそうなところを、卒業生の寄贈品である校内マップの掲示を見る。今日は職員会議に出ない人が管理するところだけ開いている。例えば図書室。うちの学校の司書の先生は学校の近くの図書館から来ているから職員ではない。他には購買。業者の人がいるからだ。
「迷ったん?」
マップの文字を目で追っていると、いつのまにか隣にいた人に声をかけられた。顔を見ると、クラスメイトの女子だった。思い返せばさっきも教室にいた。多くの人が県外どころか地方外から来るこの高校では珍しい、それでも馴染みのある訛りだったため、驚くことはなかった。
「いや、どこ行こうかなって思って」
「ふーん。暇なん?」
「ちょっと学校で時間をつぶさないといけなくて」
「部活は今日ないもんな。あたしも吹部ないし。鍵持たずに家出てもうたからすっごい暇」
「そうなんだ。じゃあ」
そう言ってその場を離れようとすると、
「えっ、今のどっか行く流れじゃないん?」
と呼び止められた。確かにそうする流れな気はしたが、今日俺は自分のタイミングで学校を出なくてはいけない。最悪学校を出て他の場所で時間をつぶすにしても、必ず昨日より少し早い時間にあの駅に行かなくてはならない。
「まあそうかもしれないけど、とりあえずごめん!」
俺は後ろ髪を引かれる気を振り払って、そそくさとその場を離れた。
***
結局図書室で三時間ほど本を読んで、学校を出た。シリーズものにのめりこんで危うく図書室が閉まるまで読み続けてしまうところだった。残りは借りることができたから、夏休みの楽しみが増えた。
そして、俺はあの駅に向かっている。一日寝ると、ある程度冷静になれた。
彼女があの駅を毎日使っているとは限らない。彼女が同じ時間にいるとは限らない。自分以外に呼びかけようとしていたのかもしれない。そもそも偶然彼女が死角に移っただけで、何もなかったのかもしれない。
でも一日寝て頭の中を整理した結果、とにかく駅に行ってもよいという結論になった。帰り道だし、そこまで遅い時間でもないし、少しの興味でする寄り道程度だと解釈することができた。
昨日入ったカラオケ店を素通りして、駅の改札を通る。そして昨日学生やサラリーマンが走ってきた階段を逆流し、向かいのホームにたどり着いた。
今降りてきたのとは別の階段の先、屋根の落とす影の先に、淡いオレンジ色に照らされた彼女が立っていた。
「こんにちは」
少し低い、けれども男の自分よりは高い声で、彼女の方から話しかけてきた。
「こんにちは。昨日の人だよね?」
「はい、昨日の人です」
「あの時、何言おうとしたの?」
俺は焦って、いきなり本題を持ち出してしまった。勝手に歯車がかみ合って動き続けているようで、この瞬間を楽しむ余裕を生んでくれない。
「あ、あれね。その、ただ呼びかけようとしただけで、何言うかは決めてませんでした」
この反応からして、本当にそのようだ。
「私のこと意識する人が、特に夕方にいることはとても珍しいことだったので」
次の質問を考えていると、突然後ろから甲高い声が聞こえた。
「
振り向くと、より見覚えのある顔が近づいて来、俺の横を通り過ぎた。
「
そういえばそのような名前であった気がするが、その名前は視線を戻した先から聞こえた。
「なんでどこか行っちゃったんよ! すごく心配したし、さみしかったんやから!」
千景さんは日葵さんの肩を強くつかんでいるようで、日葵さんは顔をゆがめていた。
「ちょっと千景さん落ち着いて」
「下の名前で呼ぶな。あとうるさい」
反射的に呼んでしまい、冷たい声で制止された。するとその隙に日葵さんは手を振り切って改札の外に走っていった。隣のクラスメイトは追いかけようとするが、ちょうどこちらに向かってくる昨日の集団が邪魔をし、すぐに見失ってしまった。
「あのさ」
不服そうな、それでいて悲しそうなクラスメイトは、真剣なまなざしを向けた。
「ちょっと明日、時間作れる?」
そう言ってQRコードの映ったスマホの画面をこちらに向けてきた。
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