第13話 虎はまたない
一か月ぶりに見る知り合いの顔だったのにも少しもうれしくなかった。
着ている服が軽いファンタジーに変わっていたんだけど悪人のような奴らが着ていると三流小説に出てくるごろつきに見えた。
まるであり得ないことでも見たみたいに、奴らの顔が困惑という感情でゆがんだ。
「聞こえなかったのか?なんでてめえがここにいるかって聞いてんだろうが。」
「あ…… あ……」
怒ったようなカヅの声に、体が縮まる。考えというものをしなければならないのに頭の中は大変だという警報を鳴らすだけで何もしようとしなかった。蛇に睨まれた蛙がどんな気持ちだったのか、今に分かった気分がした。
「おいナード野郎!カヅが聞いてるんじゃねえかよ!さっさと答えろーお?!」
まるでくせみたいに、中山が凍り付いた俺の腹をけろうとした。それに反射的に反応した俺は、そんな奴の足をつかんだ!
自分でも驚く前に、つかんだ足を押して倒した。そして自動的に起きれた俺を見て、奴らの目が丸くなる。
「て、てめえらのような奴らと…… する話なんかねえよ……」
「……は?」
これもまたビビりすぎて勝手に出てきた言葉だった。でも…… 俺は何一つ間違ったことを言ってないってことに気づき、歯を食いしばって勇気を絞り出した。
「てめえなんかと…… する話ねえって言ったんだよ、カヅ……!」
予想通り目の下がビクンと震えたカヅのおでこに青い血管が飛び出る。
「……… 如月てめぇ。今誰にそんな口たたいているのかわかってるのか?」
「言っておくけど、俺は3階層まで行ってきた。」
「……?!」
さすがにびっくりしたのか、カヅたちの顔が初めて固まった。
そうだ。俺は3階層のムールを倒してここまで来た。
3階層だけではなく2階層のミノタウロスとも、1階層のラットマンたちとも戦って、勝ってきた。
そんな化け物たちとも渡り合ってきたのに今更こんな奴らに負けるなんてありえないことなのだ。
殴られるばっかりだった昔の俺とは、全然違う!
「お前らはまだ一階層もクリアできてないらしいじゃねえか。」
「………」
「いくら頭の悪いてめえらでも、これが何を意味してるのかくらい分かってるよな?」
奴らをまっすぐにらみながら一歩踏み出した。
「俺にかまうな!お前らみたいなチンピラどもとはもう、人生でどんな形であれかかわりたくねえんだよ!」
堂々と叫ぶ言葉に、中山と邦枝がお互いの顔を見つめた。カヅもここまで言われたのにもバカみたいに俺の顔を見つめるだ何もしてこなかった。
そのすきを狙って、再び入り口に向かって走った。
昔から言いたかったことを思いっきり言ったのにもすっきりする気持ちは全くしなかった。それどころか…… 心情の警報音がますます大きくなるだけで気持ちが悪い。まるでやっちゃいけないことでも起こしたみたいに心の不安が風船のように膨らんだ。
その嫌な気持ちから逃れるため今度こそ町を抜け出ようとしたのに――
「……くそ野郎が。」
「う……っ?!」
今度は背中をけられて倒された。続けて聞こえてきたのは…… 本気で怒った時のカヅの声だった。
頭の中に刻印された恐怖が体を縮まらせる。また真っ白に染まった頭を上げるのに、鬼のような表情になったカヅが倒れた俺の腹に向かって足を動かしていた。
「クアッ……?!」
痛みを代弁する短い悲鳴が噴き出た。だがカヅはそんな俺を全く気にせず気が済まないみたいにけることを続けた。けりながら言った。
「3階層に行ってきた?3階層に行ってきただと!?だからどうしろってんだよくそ野郎!そう言われたら俺がお前なんかにビビるとでも思ったのか?クソザコみたいに許してくれとか言いながら?あ?!」
「くう……!うううっ……!」
月夜がけられないように胸を抱えていた俺の頭をつかんで、そのまま目を合わせてくる。
「そんなウソを信じるとでも思ったのも腹立つけど発想がオタク過ぎて気持ち悪いんだよ。このままぶっ殺したくなるんだよ!あん?!こら!」
「う、うそじゃ……」
「常識的に考えろよ如月!てめえがそんなに強い奴だったら、異世界に来たぐらいでできる奴だったら!元の世界で俺にいじめなんかされたはずがねえだろ!!」
怖く唱える勢いに押されて、しようとした言葉も、勇気も、再び喉元の奥に潜り込んでしまう気がした。
まっすぐこっちをにらんでくる目に恐怖を感じて、怖いという三文字がまた頭の支配権を奪って体を震わせた。
そんな俺を見て、彼は低くなった声で言った。
「最後に聞くぞ。なんでお前がここにいるんだ?あの日階層に降りて行って、死んだはずだろ?」
俺はあくまでも真実を言った。嘘なんか何一つ言ってない。これを信じないのなら、俺が何を言っても奴には届かない。だから沈黙すると、それをどう受け入れたのか鼻で笑ったカヅがつかんでいた俺の頭を放した。
「どうしても言わないってことか。いいだろ。おいお前ら。このくそナードに昔を思い出させてやれ。」
「「オーケー」」
それなりに真剣だったカヅに比べて純粋に下品な笑みを浮かばせていた二人がリレーのバトンタッチでもするかのように俺のほうに近づいてきた。
ぶるぶる震えながらもガードを上げて奴らに向かい合うと、邦枝がバカにしながらこぶしを伸ばした。
それを目で追った俺は―― ほっぺでそのこぶしを受けた。
…………何やってんだ。
続けて中山のローキックが膝を強打する。中心を失った俺は起きたばかりのその場にまた倒れてしまう。
なんで……… 体が動かないんだ……
立ち上がらない俺を見ながら奴らは昔と変わらない動きで俺の体を踏み始めた。
なんで、戦わないんだ。なんでこぶしを握らないんだ。あれだけ戦ったくせに、あれだけ訓練したくせに……!
投げられた体が壁に衝突する。起きなければならないのに、もはや起きるどころか、こぶしを握ることさえできなくなった。
なんでだ……?なんで、なんで、なんで、なんで、なんで……!
「くう…… うぅ…… ふうううぅ……」
なんでこんなにも…… 怖いんだよ……!ちくしょう……!!
痛みではなく悔しさですぐにでも涙が出ちゃいそうだった。再び近づいてきた「まだ気絶しちゃだめだぞ~?」と笑う声だけが頭の上から聞こえてきた。
こいつらは本当に気絶するまで殴るってことを知っていたので動けない体を動かし、月夜が入っている懐を必死にかばった。せめて彼女だけは…… 何があっても守らなければならない……!
――そう思った瞬間。
「さぁ~さぁ~ 久々のパンチマシンやるぞーダハッ?!」
中山が何かにぶっなぐなれる音が聞こえてきた。
続けて「え……?!」や「中山!?」などとカヅと邦枝が順番に驚く声が聞こえてきた。
何が起きたんだ……?
固まってしまった体をゆっくり動かして首を上げると、そこには目に慣れた尻尾と耳が付いた少女がいた。
黒と白で作られた、きれいな女の子が視線を下すと、俺と目が合う。
「つく…… よ……」
「ごめん。じっとしているって約束破っちゃった。でも、」
いつもと変わらない声と重さだった。だが、黒と白が繰り返される髪の毛の中に包まれた顔はいつもみたいに緩やかにほどかれていない。怒ったみたいだった。
そんな彼女が俺にだけ聞こえるように最後の言葉を伝える。
「私はもう待たない。」
振り向いた彼女が邦枝と目を合わせる。
「な、なんだこの女いきなりどこから、ど、どうして耳と尻尾が。」
いまだに状況把握がなってない邦枝に月夜は一息で距離を狭めた。
「え?!」とどうにか反応したまではよかったけどこぶしを腹深くまで刺された奴が血が上った顔を真っ赤にしてその場に膝まづく。
苦しみにゆがんだ顔で息さえできなくなった奴の腕をつかみそのまま自分の両足に挟んで、木が折れる音とともにへし折りた!
「グアアアァハハアァ……!」と悲鳴なのか泣き声なのかわからない邦枝の声が弾け出た。
そんな奴の顔を体重を乗せて踏みつぶした月夜は―― 続けてカヅに顔を向けた。
「うっ……?!?!」
奴は即座にガードを上げてこぶしの間に自分の顔を隠した。邦枝と同じで状況は全く把握できてないみたいだったけど彼女が敵てことは認識したみたいだった。
珍しく緊張した顔で「クッ……!」と呻いては落ち着いてステップを踏みながら鋭い拳を放った。
大門勝己。彼はキックボクシングで地域大会で準優勝するくらいけんかに慣れていた。
持って生まれた体のフィジカルもいいけど意外と努力もする奴だったので1年の時には先輩たちですら彼には逆らえなかった。
獣なみの凶暴さに比べて防御力がよくないから準優勝で済んでしまったけど、それを除いてもやつは強い。あの月夜ですらほっぺをかするジャブに少し驚いて後ろへと一歩下がった。
―――ただ、今回ばかりは相手が悪すぎる。
そんなカヅなんかよりもずっと強かった月夜は続かれる攻撃を軽くよけて邦枝にやってたように腹にこぶしをたたきこんだ。
自然に降りてくるやつの顎をアッパーで殴り上げて空中に少し浮いた頭をつかんで地面に投げつける。
確か石の床のはずなのにも、カヅの体が衝撃によって少しだけはじかれるのが見えた。
「かは…… へあ……」と完全にグロッキー状態になった奴を見下ろしながら月夜は全く疲れてないのか軽く息を吐くだけだった。
そんな彼女が一歩踏み出すとカヅの体が反応する。足を上げれば急いで頭を守ろうとするし腹をけって手が下りてきたらその時悪ふざけでもするかのように顔を蹴り飛ばした。
まるで地面を這いばってるダンゴムシでもイジメてるみたいだ。
あっという間にあの三人を制圧した月夜は何事もなかったのように俺に向かって振り向いた。
「—あ。」
目が合った瞬間、さっきまで刃みたいに鋭く気が立っていた彼女の瞳にかすかに温かい感情が生まれる。
唇は少し緩んで、しっぽも柔らかく揺れた。
もう大丈夫だと、そういうかのように軽く肩をそびやかしてゆっくりと俺のいるところに戻ってくる。
―――――――だがそんな月夜の背中に、立ち上がったカヅがナイフを刺した。
「つっ……!」
驚きの余り、一瞬次の言葉を忘れてしまう。月夜も音も出さずに血を吐いた。
そんな俺も、小さくうめく彼女もものともせずナイフを抜いたカヅは続いてほかのところにナイフを突き刺した。
「ううっ……?!」と始めて呻く彼女を見て、勝ったみたいに鼻と口から血をダラダラ流す彼が汚らわしく笑った。
「くそ女が…… いい気になりやがって。」
「……う……」
さらに押し込むナイフに反応して彼女の腰が弓のように曲がった。
「気持ちとしてはこのままぶっ殺したいけど、ここでは殺人が禁じられているんだからな。だが俺は…… 借りはきちんと返すタイプだ。今この場で女として責任取らせてやる。」
血だらけになった月夜の胸に、カヅがゆっくりと手を伸ばそうとした。
月夜の口から再び苦しがってる声が漏れ出て、俺もやっと気を取り戻してそんな月夜を助けようとしたのに、
「ウップ……?!」
「触られるのは好き…… 撫でられるのも…… でも、」
手が届く前に、月夜の手が先にカヅの顔を握った。
つかんだ手の甲に青い血筋がはっきりと見えるほど、手に力が入る。
「お前じゃない。」
そのまま力で地面にたたきつけてはナイフを落としたカヅの首をつかんだ。マウントをとった彼女がこぶしを引っ張り上げた。
スプリングが圧縮されるみたいだった。
スタート信号待ちの旗手や、停止信号で立ち止まった列車のように見えた。
ここでスキルなんて使えるはずがないのに、ものすごいプレッシャーが彼女のこぶしを包んだように見えた。
同じことを感じたのか、カヅが慌てて叫んだ
「ま、待て……!ここで殺人をしたらお前も死ぬぞ……!」
彼女の手が一瞬止まる。だが――
「大丈夫…… 人間はそう簡単に死なない。特に、」
白い雷が落ちるかのように彼女がこぶしを振り下ろした。
「お前みたいな外道は。」
強力な一撃が顔面を打った。漫画みたいに地面にひびがはいたりはしなかったけど、階層で何度も聞いたことがある、骨が折れる音が聞こえた。
今度こそ気絶したのかびくびく白目をむいた彼を確認して、彼女が身を起こした。
息が弱くなった彼女が再び俺と目を合わせて、笑う。ふらふらこっちに向かって歩いてくるその姿は戦場で兵士たちとともにするという勝利の女神みたいに見えた。
だが、ステータスも何もない町の中で、ナイフに二度も刺された彼女は、限界を迎えたみたいだ。
血が付いた唇で俺の名前をつぶやいて、そのまま倒れる。
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