第12話 戻ってきた町
「スウウウ…… フウゥ…… スウウウ…… フウゥ…… スウウウウ……!フウウウウ……!」
夜明けの青い光が漏れ出ている町につながる階段の前で、俺は心を落ち着かせるための深呼吸を何度も繰り返していた。
ムールから得た傷は全く治ってないので肺を膨らませるたびに胸骨が痛くなってくる。でも今はそんなことよりもすぐにでも逃げ出しちゃいそうな気持を抑えるのに必死になっていた。
白虎の部屋からここまで帰ってくるのに一週間。その間何度も迷いながらも結局進むことを選んだ俺だったのに、いざ目の前まで迫ってくると過去のトラウマが思い浮かんで足が止まってしまう。
まるで学校に通ってた時を思い浮かばせる。待ってるのは俺をイジメる悪魔たちとあざ笑う視線だけで大人たちですらそれを黙認し俺の見方にならないために必死になってた。そんな地獄を自分の足で毎日通ってたなんて過去の自分はすごかったと今更感じてしまった。
吐き気までして目の前がくらくらするのに、
「………え?」
目立たないために虎の姿になって俺の懐に隠れていた月夜が、軽く胸をたたくのを感じた。
視線を下すと彼女は何も言わずにじっくりと金色の瞳を合わせてきた。
そして目を一度長く瞬いて、俺の胸に顔を埋める。
それは俺がどんな選択をしても信じる、という甘やかしではなく、俺なら勇気を出して上れる、そう信じているという意味で口と耳を閉じたのだ。
それが伝わると、体を支配していた不安の中に、うそみたいにちっぽけな勇気が広がる。
「ありがとう……」
小さくつぶやいた俺は懐の彼女を撫でながら最後に深呼吸をした。
大丈夫だ。悪魔たちの活動パタンを考えればこの時間に動くのはプレイヤーにとって効率が悪い。だからきっと、みんなまだ眠っているはずだ。必要な用だけ最速で終わらせて帰ればだれにもばれずに1階層に戻るのができる。
たとえばれたとしてもかまわない。今まで必死に強くなってきたのは奴らに復讐するためではないか。何よりも俺は3階層のボスであるムールに勝った。町内ではスキルが使えないっていう規則があるけど、あんなチンピラどもに負けることは決してない。
覚悟を決めて顔が見えないように布を深くかぶる。そのまま人が見えない町に向かって勇気を込めて一歩踏み出した。
「おいおいちょっと待って。」
「?!?!?!?!」
心臓が口から飛び出ると思った。慌てて振り向くと、そこには教室の机の前に座っている一人の男がいた。
全く初めて見る顔だったけど久々に見る人間男の顔だったせいか、妙ななつかしさまで感じた。だができる限り人と会いたくなかった俺としては少しもうれしくなかった。
腰が抜けそうなので何も言えずに立っている俺に彼はあやしいと反応することもなくなれた動きで机の下から取り出した赤いポーションを投げてくれた。
慌てすぎて頭の中が軽くパニックを起こしているのに、彼はそんな俺を怪しいとも思わず慣れた動きで机の下から取り出したポーションを投げてくれた。
「ケガしてそれどころじゃないってことはわかってるけど名簿はちゃんと書いてくれないと困るよ。それ飲んでこれを作成してから病院に行ってくれよ。」
「え……?」
「どうした?飲まないのか?見たところめちゃくそボロボロなんだけど。先発隊で大けがして先に帰還してきたんだろ?」
「あ…… あ…… ああ……」
何を言っているのか、わからなかった。訳がわからない。でも……
「あ…… あ!そうだ。その通りだ。ありがとう……」
まずは彼が言ってる言葉に自然に合わせる。
彼の言うとおり俺の体はボロボロだった。ムールを倒してレベルアップしたから歩けるまでは回復したけど、激しい動きをしたらひびが入った骨や筋肉が悲鳴を上げる状態だった。
そのせいで戦えない俺を守るため月夜の苦労が倍となってた。本人は何も言わなかったけどかなり疲れてるはずだ。
なんであれまずは俺の体を治さなければならない。
飲んだ直に体を抑えていた痛みがだいぶ薄くなる。一瞬に痛みから解放されるって感覚は快感すら覚えさせた。
そんな俺を見ながら苦笑いした彼は名簿と書かれた本を差し出した。
「傷が深いほどポーションを飲んだ時の気持ちがいいんだよな。ほら名簿。時間は午前5時7分だ。」
「……ありがとう。」
受け取った本の中には名簿というか名前通り誰が、いつ、何時に1階層に降りて行ってどんな理由で帰ってきたのかまで詳しく書かれている。
見たところ彼は危なっかしい階層への出入りを管理する警備のようだ。名簿で内容を記録し、大きな負傷を得て帰ってきた人にはさっきみたいにポーションをあげて応急処置をするのだ。
相当実用的なシステムだ。おかげで助かった。しかも名簿を見たおかげで願ってもない重要な事実を三つも知ることになった。
一番最近出ていったのが三日ほど前であってこれがさっき彼が言った先発隊ってこと。
その先発隊には天草寺帝と新月司が含まれているってこと。
先発隊に含まれてない大門勝己は、今現在この町にいるってこと。
いろんな意味が込まれた冷や汗が背中に乗って流れる。まだ帰ってきてないやつの名前で適当に名簿を作成すると幸い彼も適当に確認してサインする。
「今回の遠征で1階層を完璧にクリアするって言ってたよな?どうだ?順調か?」
「……ああ。」
「そうか。それはよかった。でも一か月かかってやっと一階層かよ~ 覚悟はしたけど家に帰るにはまだまだだな。」
「………」
「おっと、つかまえてごめんな。もう行っていいよ。」
席に戻る彼の見送りを受けて俺もまた町に向かって足を回した。
明け番だからちょっと疲れてるみたいだったけど彼の顔や言い方からは相当余裕が感じられた。最後に覚えている、わけわかんない世界に落ちてパニックになってた時の顔たちとは全然違う。
そりゃあこの世界に来てから一か月も過ぎたしそろそろなれるころとは思うけどあれほどまで余裕なのは驚いた。
これはおそらく…… それだけ統制がなっているという証拠なのだろう。生活さえ安定すれば適応の動物である人間はより早く新しい環境に慣れることができる。
どんな統治方を使ったのかはわからないし相変わらず気に食わないけど、能力だけは本物だと認めながら販売屋に向かった。
今まで冒険で得た材料やコルノ・デ・トロ・ヒガンテみたいに必要なくなった武器を売ると一気に2万6千レビという代金が入ってきた。
この金で一番最初に買うのは当然今まで手元にいなくて何度も苦労させたポーションだ。もう二度とこの町に来たくないのでHPポーション30個とMPポーション20個、スタミナポーション25個ずつ余裕に買っておく。これなら7階層につくまで何とか持ちこたえられるはずだ。
次は防具屋だ。
4階層からは環境に影響を受ける場合が多いのでいろんな服を購入する必要があった。そもそも俺も月夜も服が一つしかいないのでポーションと同じく必須購入品だったのだ。
ただし、彼女の服のサイズがわからなくて困ってた。長く悩む時間がなかった俺としては仕方なく周りに人がないのを確認して彼女に直接服を選ばせたんだけどブラのような女性用の下着は本当にハードルが高かった。
たとえ誰も見ていないとしても童貞には刺激が強すぎる。
最後にジョブチェンジできる聖堂に向かったんだけど、そこにも入り口と同じに警備を絶っている男が一人いた。彼もまた見覚えがない顔だったので気にせずジョブチェンジを急ごうとしたのに、
「いや、何言ってるんだ君…… 天草さんの許可証がないんだろ?じゃあジョブチェンジは許可できないよ。知ってんだろ?」
全く予想できなかった理由で阻止されてしまった。
やられた!話によるとジョブチェンジはリーダーである天草寺帝の許しが必ず必要らしい。
理由は組織の合理性のためであって攻略に足りない職業がないようにバランスを調整するため、すべてを彼が決めることにしたのだ。
追放される前に彼が言ったことが思い浮かぶ。
『 大事な情報ってのはできる限り誰も知らないのが安全だというのに多すぎでしょう?だから減らすんだ。』
その言葉…… それはこんな場合まですべて予想し、含んでいたのだ。彼は本当に何もかもまで自分がコントロールするつもりだった。
あまりにも彼らしくて、怒りを超えて気持ちが悪い。
ジョブチェンジはポーションや服みたいに必ず必要なものってわけじゃなかったけど、今後の危険を減らせる重要なことだったので月夜と力を合わせて無理やりジョブチェンジするかとも思ったけど…… 騒ぎになって困るのは俺だった。仕方なくジョブチェンジはあきらめて聖堂を出ることにした。
「よし…… 全部じゃないけど必要なものは全部得た。じゃあ帰ろう。今すぐ。」
急いできた道をさかのぼって入り口に向かう。
防具屋と聖堂の位置は真逆だったのでそろそろ日が昇り始めていた。
小鳥たちがさえずってるし夏が終わり始めていることを証明するかのように空気が涼しくなっている。行く途中で名前は忘れてしまったけど去年同じクラスだった女の子が寝ぼけた顔でどこかに向かっていたので急いで身を隠さなければならなかった。
少しずつだけど人の活気が町に広がり始めている。
なんなんだよくそ……!なんでみんなこんな早く起きるんだよ……!まだ7時もなってねえじゃねえか……!
毎日悪魔と戦ってた俺としてはとても理解ができない状況だった。町がどんなシステムで回っているのかはわからないけど、この時間に階層に降りて行って悪魔たちと戦うのは効率が悪すぎだったからだ。
焦りに少しずつ足が速くなって、気づいた時には全速力で入り口に向かって走っていた。
やっぱまだあいつらとは会いたくない。その一心で息が切れるのも無視して線速力で走ると――
何とか誰とも会わずに階層へと降りていける入り口が見えるとこまで帰ってくるのができた。交代時間なのかさっき見た男がまた見たこともない女と交代しているのが見えた。
「はあ…… はあ…… よし……」
ここまで来たらまずは大丈夫だ。今度は名簿とか気にせず一気に通過さえすれば、この息苦しい町から出られる。スキルと悪魔とステータスが存在している、DEVIL TAKERの世界に戻れるのだ。
その事に自分も知らないうちに笑いながら再び入り口に向かって走った。
――――――走ろうとした。
「おい待て。」
「う……っ!?」
誰かが呼んでると思った瞬間、肩に鈍い感覚が走る。
全く予想できなかった奇襲だったので中心もとれずそのまま地面を転んで倒れた。
殴られるのには誰よりも慣れている俺だったからすぐ気づくことができた。これは誰かに遠慮もなく、けられたのだ!
誰だ……?という言葉は思いもしなかった。よくない想像が頭の中をいっぱいにしたからだ。声も…… 記憶の中に刻印されて忘れられなかった。
そんな俺の不安を証明するかのように顔を隠していた布が無理やりはがされる。俺の顔を見て驚くやつらの声が順番に聞こえてきた。
そのその憎たらしい面々が、俺の目にも映った。
「ほら…… ほら!見間違いじゃないって言ったろ?!」
「うそだろ…… どうなってるんだよこれ……」
「なんでお前が……」
騒いでいる奴らは順番に、
「なんでここに生きているんだ…… 如月啓人。」
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