第8話 頑張ってる人に必要なもの
扉を開けた。気のせいかもしれないけど開けるたびに軽くなる感じがする。
レベルが上がったから全く可能性がないのでもない。ついにレベル20を達成したので本来なら町の神殿で陰陽師、錬金術師、魔導師の一つを選んでジョブチェンジするところだ。
門を開ければ真っ先に見える位置に月夜が座っていた。予想通りゲーム機をいじっていた彼女がこっちに向けて顔を上げる。
軽く手を上げてあいさつした。
「やあ。ただ今。」
「……お帰り。」
おお!返事してくれた。幸い機嫌が少しは治ったみたいだ。
「洗って。」
「ん?」
「血、生臭い。」
………違ったか?
言葉で刺してちょこちょこと木のベッドに戻る。やはり主な生息地だ。気で作ったから固そうなイメージだけど、意外とふわっとして驚いたことがある。
彼女の言う通り体を洗って服を着替えた。着替えできる服が制服とスタートアイテムとしてもらった装備1セットだけなのでいろいろと苦労している。
食事の準備をするために冷蔵庫に向かう。ってつっても一番涼しくて湿気がない場所に置くだけだけど。
でも全く効果がないわけでもないのでそれなりに使ってる。
チラッと月夜のほうを見る。相変わらずこっちには気にせずゲームに集中していた。あれだけ画面を近くするなって言ったのに吸い込まれちゃいそうほど近い。
そういえば一週間あればっかやってるんだけど、飽きたりはしないのか?ほかにもソフトがあるんだけどプレゼントでも……
いやいや何考えてんだ。ペット様の新しいおもちゃを悩む執事の心がけか?
料理に集中することにする。今日の晩御飯はウォールシャドウで作ったステーキだ。一番おいしいところであるサーロインで作る。
首を切って血を抜いておいたウォールシャドウからサーロインを切り取る。
「確かサーロインはレアで食べるのが一番おいしいってマイーチューブで言ってたよな。」
……ただし見ただけでやったことないからどうすればいいかわからない。
「焼く時間が一番短いってことはわかってるけどどれだけ短くすればいいのかわからないし火の扱いとかも、わからない。」
ソースを塗りながら味付けしていた俺はしばらく考えて、そのまま苦笑いした。
「時間も結構建っちまったし、無理なんだよね思い出すの。だとしたら、ここは料理スキルに頼ることにするか。」
それらしく言ったけど要するに感でやるって意味だ。でも全く根拠がないわけでもない。
この世界で料理を作るために必要なのはレシピを覚えていることだけど、その味をより高くさせるのは料理スキルだ。
何をどのタイミングでどれだけ入れればおいしくなるのか、スキルレベルが高ければ高いほどわかるようになる。
設定では料理スキル50。つまりスキルランクがMAXになれば普通のおにぎりを作ってもステーキより美味しく作れるってなっていた。
「せっかくDEVIL TAKERに来ちゃったし、目指してみるか?ステーキよりもうまいおにぎり。」
冗談を込めてそうつぶやいた。もし本当にできたら俺は誰よりもいいお嫁さんになれると思う。
そんなバカなことを考えながら感覚に頼って肉をひっくり返す。
「……?」
顔を上げると、月夜がじっと見つめる。まだ?って目で言っていた。
苦笑いしながら肉を切るとゲーム機を切って駆け付けてくる。
「これあのミドリムシ?」
「ミドリムシって…… ウォールシャドウのことか?」
「うん。」
あってるけどさぁ。言い方変えてくれよ。1階層でのPTSDが上ってくるんだよ。
そんな俺の気持ちも知らず教えた通り合掌して肉を食べる。
「美味しい。」
「本当?よかった。もうちょっと焼くべきかと思ったよ。」
「硬くなくて好き。」
「ゲームはどう?滝登り、得た?」
「うん。でももうすぐ終わっちゃう。」
へぇ、飽きてはないけどもう少しでクリアしちゃうみたいだ。
そりゃあ一週間の間ずっと手から離さなかったんだからな。ゲームセンスも悪くないしそろそろクリアしてもおかしくない。
表情からはあまりでないけどちょっと寂しいはずだ。好きなゲームをクリアしたときの満足感とともに来る寂しさを、同じゲーマとしてよくわかっている。
「それクリアしたらほかのゲームソフトもあげよっか?」
「……え?もっとある?」
「あるよ。六つぐらい。」
月夜の顔が明るくなった。目は大きくなってほっぺは薄く染まる。
「啓人はいい子。」
お、おお?!頭を撫でられた。まさかスキンシップをしてくるとは思わなかったので体が固まる。びっくりするのを超えてビビった。
こっちは童貞なのでこんな風に驚かせるのはやめてほしい。
それからはいつもと一緒だった。
皿洗いをして、話をして、夜が訪れて、一緒に眠りにつく。
彼女はいつも虎の姿になって俺の横で眠ってた。そんな彼女をつい触ったことがあるんだけどチラッと見るだけだったので怒らないように注意しながら頭を触ってた。
今日も悪夢だろうな……
実はミノタウロスにぶっ飛ばされて気絶した日を除いて、奴らに追放されたあの日から続かれた悪夢のリレーは今にも終わっていなかった。
内容は目を覚めたら忘れちゃうしスタミナにも影響を与えなかったけど、悪夢だから今や寝る時間が怖くなっていた。
頼むから今日こそ安眠できますように…… 頼むから……
空に浮かんでいる星にそう祈りながら、俺は眠りに落ちた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は、必死に走っていた。
場所は学校。どこを目的地にすればいいのかもわからず、ただ誰かから逃げるために必死になる。
心にいるのは恐怖と焦りだけ。反撃なんて考えることすらできない。
ただ無気力に、逃げる。俺に向けられる危険から。
廊下を回った瞬間それに見つかった。赤い髪色とナイフを持っているそれは残酷に笑いながら俺を追ってきた。
何があってもつかまりたくなかった俺は窓から飛び降りて逃げ続ける。さすが夢なだけに3階から飛び降りたのにも痛いところはいない。
でも走るたびに体が重くなる感じがした。まるでスローモーションにでもかかったみたいに腕も足も、のろまみたいに遅くなる。
焦りが倍となって歯を食いしばっても結局つかまれてしまう俺は、そのまま悪魔にー
「啓人?」
「…………ハアッ?!!」
虎が見降ろしていた。白い虎だからたとえ夜中でも月の光が映した白い毛ははっきりと見える。
月夜の口調から心配が感じられて、頭を撫でてあげる。体が汗だらけだ。
「啓人痛い?」
「いや。夢を見ただけだよ。」
「怖い夢?」
………やっぱわかるのか。
「俺なんか叫んだりした?」
「いや、うんうんとうなりながら私のしっぽ踏みつぶした。」
「あ、ごめん。」
「うん。」
月夜がゆっくり俺のそばに戻る。余裕にしっぽを振ってその場に座った。金色の瞳が静かに瞬いた。
「おやすみ。」
「そうしたいけど汗だらけでさ。体洗って寝るよ。」
服を抜いて湖で体を洗う。とんでもなく冷たくて体中の神経が立ち上がる。眠気が消えちゃいそうだった。
夏には冷たい水で洗うのも悪くないらしいけど、俺は夏にも温かい水で洗ってた人なので辛すぎる。
静かに息をする月夜のそばに戻った。
今回見た夢は久々に記憶も残った。追われる夢の原因はストレスって聞いたことあるんだけど、今の俺の状態を考えれば間違ってないと思う。
やっぱり眠気は消えてしまった。こんな時には羊を数えたり本を読めば眠れるんだっけ?でもどうせまた悪夢だろうからそこまで寝たくはない。
とにかく、まず大事なのは、横になることだ。
横になる。目をつぶる。どんどん頭が冴えていく。
困ったな。
「眠れないの?」
急に声が聞こえて心臓が口から飛び出ちゃいそうだったけど、月夜ってことに気づいてホッとする。
美しい白い虎がまたしずしずと動いて枕元まで来る。すぐ眠りについたと思ったのに、相変わらず耳をピコついている。
「ああ、ちょっとね。水が冷たくて眠気が消えちゃったよ。」
「怖い?」
予想できなかった言葉にビクンと驚く。
「怖いって……」
「あなたはいつも寝て起きたら嫌なにおいがしてた。それは皮脂と汗が混じった、怖気ついた時の匂いだよ。」
「…… マジかよ。さすがネコ科。鼻がいいな。」
「どんな夢だったのか、聞いてもいい?」
珍しくデリケートな問い方だな。
「うーむ。そう、だな……」
「いや?」
「ん?」
「私が急にこういうの訊いたら、啓人は嫌?」
「別に嫌じゃないよ。ただ…… どこから話せばいいかわからなくて。」
夢そのものの話をするべきか夢の原因となったストレスに関して話すべきか、迷ってしまう。
だから最初から話すことにした。期待を持って高校に入ったこと、余計なことをしてカヅたちに目をつけられて、イジメの始まりになったな。
それからパンチマシン扱いされて、動画とかも取られて、その悔しさを親に払って、後悔しながら泣いて、あれこれ。
イジメされてる子の定番はすべてやった気がする。
俺が異世界から来たってことも話した。話の止めどころを逃してしまったから。
追放されてからは、バカみたいな話だけが繰り返される。
奴らに復讐する妄想で、そして生きたいという気持ちで毎日を耐えて、耐えきった。
見たくもない悪魔たちと付き合って、誰も待ってないところで寝て、過ごして、一人でここまで来た。
やらなければならないことだからやったけど、本当はやりたくなかった。それがつらかった。
ぬくもりが欲しくて、月夜を撫でる。頭頂部から、首に沿って、肩や、腰まで。毛が優しく指に絡み合う。
月夜もそれを感じるかのように目をつぶって、開ける。
「私はあなたが撫でてくれるの好き。」
「………本当?」
いつもかまれることを覚悟してたのに。
「私はいつも一人だった。それを寂しいと思ったことは一度もない。でも、つまらないとは思ってた。だから見たこともない神様の言うことを守ろうとしてたんだ。それも結局待たなければならないから退屈で、外に出て、殺して、食べて、殺して。繰り返してた。それが唯一私が感じられることだったから。あなたは私を退屈させたりしない。きれいって言ってくれた。だからもっと触って。いやじゃない。」
彼女の黒い眉毛に沿って、眉間と、耳たぶと、しっとりとした鼻を見つめる。そっと撫でた。
「俺もお前が嫌じゃない。ありがとう。」
「うん。」
彼女の「うん。」には短絡的だけど安定感があった。信じられそうな、そんな力がこもっていて好きだ。
「ぬくもりが欲しいんだ。頼っても…… いい?」
大人になる寸前の、高校3年生の男がするセリフじゃないってことはわかってるけど、勇気を出していった。
それに月夜は、静かにこっちを向き合って、低い響きを持つ声で言った。
「待つの飽きた。だからもう、私は待たない。」
そういった彼女の体が薄い光とともに人間の姿へと変わる。そのまま俺の頭を抱きしめて、柔らかい胸の感触と体温を伝えてきた。
Jesus Christ見える以上に大きい気がするんですが?!
「お、おい……!なんで人間の姿にー」
「だってこっちのほうがもっと喜んでもらえるんじゃないかと思って。」
「えっ?!」
「好きでしょ?おっぱい。たまにチラチラ見てるの知ってた。」
そういえば聞いたことある。男はばれてないって思ってるけど女性は胸が大きい人ほどそんな視線に敏感で気づいちゃうって。
当然ばれた男としては顔が熱くなって仕方がなかった。
「わ、悪かったよ。これからは注意するから、だから虎の姿に戻ってよ。」
「どうして?好きじゃないの?」
「好きとかないとか、そんなの以前に…… こういうのは男をダメにするんだよ。」
「ダメになっちゃダメ?」
「……え?」
顔を上げると金色の瞳と目が合う。暖かくぬれているその瞳は俺を受け入れようとするかのように優しく俺を映していた。
「誰でも甘えていいって意味じゃない。世の中には頑張りもしてないのに甘えたがる人でいっぱいだから。 」
「……」
「でも啓人は甘えていいんだよ。だって、私は知ってるから。啓人が頑張ってここまで来てくれたってことを。誰よりもつらかったはずなのに、誰よりも死にたかったはずなのに…… 生きることをあきらめなかったってことを。明日を向き合おうとしたことを。そんなけなげな啓人だから、甘えてもいいんだ。」
穏やかに届く声。
「だから啓人。怖がらないで。」
それはちょっと、胸の奥深いところに触れた気がして、
「私は啓人が喜んでもらいたい。幸せになってほしい。もう苦しまないように…… 支えたい。」
すぐにでも涙が出ちゃいそうだった。
「それともやっぱりいや?」
聞き返す言葉に目をつぶる。本当にピュアな気持ちで聞いてるのかわかってて聞いてるのかわからない。
どっちにしろ恥ずかしくて、そして離れたくなくて、何も言わずに顔だけをさらに深く埋めた。すると優しい香りと肌触り、心臓の音が一段階濃くなる。
そんな俺を見てくすぐったい笑い声を出した彼女がゆっくりと俺の頭を撫でてくれた。
そのまま眠ってしまった俺は本当久しぶりに、俺は悪夢を見ずに安眠というものをすることができた。
ただし、次の日は甘えたのが恥ずかしくて彼女の顔を見ることができなかった。
そんな俺に月夜はいつも通り「これどうすればいい?」とか「ごはんまだ?」とか聞いてくるし、しかも「おっぱいほしい?」とかまで聞いてきてマジで困った。
このままだとダメだと思って頭を一度クールダウンさせるのも兼ねて迷路に行ってこようとするのに、
「私も行く。」
「え?」
「昨日言ったでしょ?」
彼女の表情がやさしく解れる。
「私はもう待たない。」
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